報告のちサクラさん
「はあぁ……報告って疲れるな。あの意味わからん状況を伝えるのは俺のトーク力じゃ無理だ」
「お疲れ様ー。ちょっと苦労したね。でもきっと有力な情報だよ」
あの後で監督役のリット先生に報告に行った。起きたことと首謀者っぽいゲンドルの容姿を伝えるためだ。一時間くらいかかってようやくリット先生の研究室を後にし、昼には早い時間帯に商店街を歩く。
「だといいな。後は誰かが終わらせてくれるといいんだけどさ」
ゲンドルはおそらく生きている。ヒマワリが爆発した時、やつが回復と移動の魔法で逃げていく気配を感じた。完全に仲間を囮に使ったんだろう。中々ゲスいじゃないか。
「あ、ヨツバはっけーん。おーい」
「あれシルフィとお館様じゃないですか」
いつもの黒帽子だ。シルクハットの短くて丸くなってるアレ。なんていうか名前知らん。ファッションに詳しい俺とか最高にキモいので知ろうとは思わない。
「おう、久しぶり……でもないか。まあいい。今日はイロハと一緒じゃないんだな」
「イロハはリリアと一緒にいるのを見ましたよ。私とイロハはむしろ一緒のほうが少ないです」
「仲悪いのか?」
「ちーがーいーまーすー。お仕事の関係で二人とも別行動が多いんです。経営とか私がすることが多くなって……」
里の経営は幹部さんが優秀らしくて、学園でのんびりする暇はあるようだけど。それでも切り盛りするのは俺の知らない苦労とかあるんだろう。ねぎらってあげるべきかもしれない。
「ヨツバも大変だね」
「イロハがお館様にべったりですからねえ。まさかこんなに積極的に甘えるタイプとは」
「そうじゃないイロハが想像できないな。初対面の時はクール系美少女のイメージだったけど」
「ふーん、イロハは美少女だと思ってたんだね」
「客観的に見てな」
「その言い訳は苦しくないですか? 本人に言ってあげたら喜ぶと思いますよ?」
「絶対に無理」
俺のヘタレ度は下がるどころか上がっている気さえする。上限などあるのかすら不明だ。
「イロハは里じゃ普通なのか?」
「本来はそうですよ。恋というのはここまで人を変えるのですねえ……」
「なんかすまんな。里の頭領なんて若いうちからできるもんじゃないだろう」
「いえいえ、小さい頃から私もイロハも教育は受けてましたから」
「できなくてもそういう勉強はさせられるよねー。わたしなんて王位継承する可能性低いのにがっつり勉強だったよ」
シルフィがひどくげんなりしている。王族の英才教育とか初日で逃げたくなるほどめんどいだろう。
「まあ私は運良く補佐していればいい立場ですし」
「運良くってのはどういう意味だ?」
「フェンリルの力のことじゃないの?」
「頭領を決める試練がありまして。からくり屋敷タイムアタックとか手裏剣投げとか」
「おぉーそれっぽいじゃないか。楽しそうだな」
「ぽいんじゃなくて本物なんです」
「他にどんな試練があったの?」
本場……かどうか判断に困るけど忍者の試練とかすごそう。
どんなことやるのか興味あり。
「薬と毒の生成とか、罠作りとか料理とか」
「知識量ハンパないな」
「全部覚えるの大変そう……」
そこらに生えている薬草や毒草を使ったり、自然のもので罠を作ったりするらしい。膨大な知識と練習がいるだろう。素直に尊敬する。
「お茶とお花とか……あ、礼儀作法とかもやりましたよ」
「俺はやったことないな。絶対に窮屈であろうことだけはわかる」
「それでほぼ正解ですよ」
「おおーやっぱあるんだ。あれイヤなんだよねえ……わたしあれと楽器の練習嫌い」
「あはは、楽器は笛とか好きでしたね。動物に聞かせたりしました」
「うわーいいなーわたしお城の中だったからそういうのなかった。きっとかわいいんだろうなあ」
俺には立ち入ることの出来ない話題だ。改めてこいつらいいとこのお嬢様なんだと実感する。でも動物は好き。モテるモテないで俺を見ないから。
「あとはゴボウしばきあい対決ですね」
「なんだその対決!?」
「ゴボウしばき合い対決はですね、二本のゴボウに己のすべてを託して戦う究極の茶番です」
「つまり茶番じゃねえか」
長いこと決定戦やってると、審査員が飽きてくる時間帯だから茶番を入れるらしい。バカばっかりか。里の運営が順調というのが信じられん。
「他にも美味しいケーキ作り対決とかしましたよ」
「忍者関係ない!! 忍者と真逆の存在だろケーキは!」
「真逆……なんですか?」
「そうなの? 忍者ってケーキ禁止だったり?」
「ん? ああ、こっちじゃ区別とかねえのか? ボケかマジかわからんよもう」
和洋折衷という概念はこっちじゃ無いのかもしれない。
まあ無くても面白そうだから別にいいか。
「で、まあなんやかんやありまして延長戦で結局コイントスですね」
「お前らいい加減にしろや!」
「さいしょはグー、からのコイントスですね」
「さいしょはグーの意味がねえ!?」
どこまで本当なんだろうこれ。目的もなく歩くには、このくらいしょうもない話をしながらでいいのかもしれないが。そろそろいい時間だ。
「シルフィ、もうすぐ昼だ。この後どうする?」
「もうそんな時間? このあとお料理教室行くんだけど」
「調理科の週一でやってる家庭料理教室のこと? 私も行く予定ですよ」
「そうそれ! 全員料理できるからね。レパートリー増やさないとアジュの胃は掴めないのさ! ミナに負けっぱなしではいられないの」
「これについてお館様からひとことどうぞ」
「ええ……あーあれだ。料理はできたほうがいいよな。慣れれば楽しいし」
突然のフリに対応できるほど俺のトーク力は優れてはいない。照れるし、嬉しいよシルフィ。とか言うのって自意識過剰というかキザったらしくて無理。
「このていたらくですよ。頑張ってシルフィ」
「うん、ちょっと本気だすよ。アジュも一緒にいく?」
「興味はあるけど……女の子が多そうでなあ」
「確かに多めですね」
こいつら以外の女とあんまし会いたくない。まず浮くだろうそんな場所は。
「むしろシルフィが帰ってきてから教えてくれてもいいな」
「それだ! いいじゃんそれ! 他の女の子に邪魔されないし最高だよ!」
「おおー! お館様が……女の子にまともな提案を!」
「いや提案自体はいつもまともだよ。俺は女にちょっと冷たいだけさ」
「よーしじゃあ行ってくるね! 二人でお料理するよ! 絶対だよ!」
「わかったって。ヨツバ、シルフィがはしゃぎ過ぎないように見といてくれ」
「お任せください。それじゃ、失礼しますね」
元気に走り去る二人。どんな料理か期待しよう。腕がいいのは毎日ひしひしと感じ取っている。さて、それじゃあ適当に本屋か飯屋にでも行こう。昼飯でも食いながら考えるとしようじゃないか。
「あら、サカガミくんじゃない。元気だったかしら?」
「……サクラさん? ええまあ元気です」
サクラさんと合うのは二回目か。今日も優雅さの中に怪しさと気品がある。
この人はなぜ俺に話しかけてくるんだろう。
「お久しぶりってほどでもないですね」
「そうねえ、なんだか疲れているみたいだから声をかけてみたのよ」
「最初もそうでしたね」
「ふふっいつも疲れているのね。最初みたいに回復してあげるわ」
サクラさんに回復魔法をかけてもらう。サクラさんの回復魔法は疲労も抜けていくし、ストレスのようなものまで消える気がする。俺の覚えたての回復魔法とは段違いだ。もしかしたら違う魔法なのかもしれない。
「すみません」
「こーら。前に言ったでしょう? 謝罪じゃなくてお礼が聞きたいって」
「ありがとうございます」
「よろしい。よくできました。それでなにを困ってたのかな?」
「困ってるの前提ですか」
「私ね、何かを見抜く力っていうのかしら。そういうものがあるの。私とギャンブルはしないほうがいいわよ」
「しませんよ。一応あんまり人に話しちゃいけないクエなんです」
それなりに秘密の任務だった気がする。そのほうがテンションも上がる。
極秘任務とかかっこいいじゃん。
「そう……ならぼんやりでいいわ。友達の話ですって言っちゃえばいいのよ」
結構ハイカラな人なんだなサクラさん。でも俺だけの問題じゃないし。
なんかこの人も怪しくないかね。
「生活かかってますからねえ。そう簡単にはどうも……」
「じゃあ恋愛の話でいいわ。そこのカフェで少しお話でもしましょう」
「いいんですか?」
このいいんですかは、俺みたいなもんと一緒におしゃれなカフェとか入って誰かに見られたら後悔しますがいいんですかという意味を込めている。
「いいわよ。私はね、うわさ話も好きなのよ。なにか有力な情報に繋がるかもしれないわね。そしたらお仲間さんも危険な目にあわないかもしれないわ」
「わかりました。いきましょう」
どうせ予定もないんだ。この怪しいお姉さんの誘いに乗ってやる。さて、これでこの人がまともかどうか判断できれば儲けものだ。
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