シルフィちゃんのお悩み相談室

 家に入ってリビングのソファーに座る。

 ここからシルフィタイムの始まりらしい。何やるのか想像つかないな。


「実はね、何やるのか全く決めてません!」


「まさかのノープランだよ。どうする? オセロとかだらだらやるか?」


「シルフィちゃんタイムっぽくないじゃん」


「ぽいの定義が全然わかんねえわ」


 絶対何も考えずに話してるな。シルフィはノリで動く時がある。

 もちろん他人の迷惑は考えているんだけど、それでも俺達にはちょっと自由に振る舞ったりする。気を許しているんだろう。


「いつもアジュは部屋でだら~っとしてるだけじゃん。そこをちょっとチェンジ!」


「どうやって?」


「アジュ隊長、指示を!」


「では自分で考えたまえシルフィくん」


「うえーアジュがいじわるだ」


 いじわるとは心外な。女にいじわるするくらいならその場を離れるぞ俺は。


「そうだ! わたしの部屋にいこう!」


「シルフィの部屋に? なんかあるのか?」


「いつもわたし達がアジュの部屋に行くでしょ? でもアジュは誰の部屋にも入ったこと無いんじゃない?」


「そらそうだ。ハードル高いし。俺にそんな度胸があると思わないことだ」


「ってわけでパジャマに着替えてわたしの部屋に来てね!」


 すたたたーっとリビングを出て行くシルフィ。思い立ったら一直線だな。


「いいんじゃないかしら。私とリリアは夕食の仕込みをしておくわ」


「おぬしらが降りてくるまで、こちらからは呼びに行かぬ」


「わかったよ。んじゃさっさと着替えますかな」


 制服よりパジャマが好き。パジャマ最高だろ。

 普通の服ってのはピッチリしてるし、寝るのに向いていなくて嫌いだ。

 さっさと着替えてシルフィの部屋の前に立つ。


「おーいきたぞー」


「ちょっ!? 早いよ! まだ着替え終わってないよ!」


「そうか、じゃあ部屋にいるから呼びに来てくれ」


「ダメ! 絶対部屋帰って寝るじゃんアジュ! もうちょっとだからそこにいるの!!」


 俺の行動パターンが完全にバレている。

 ちょっとやそっとじゃ起きないレベルで寝るだろう。

 仕方ないので待つ。しばらくして扉が開く。シルフィもパジャマだ。


「おまたせ。それじゃあ入っていいよー」


「ほいほいお邪魔しますよ」


 人生初の女の子の部屋だよ。

 白で纏められた部屋にクッションとかぬいぐるみが少々だ。

 清楚な乙女の部屋だな。壁にかけてある高そうな剣さえ見なければ。

 ベッドが普通に一人用だ。やっぱ俺の部屋にあるやつはサイズがおかしい。


「俺の部屋と間取り一緒か」


「そりゃ同じ家に住んでるしね。元々が集団生活用の家っぽいし」


「そらそうだ。ごちゃごちゃしてなくていい部屋だ」


「ちゃんとお掃除しないとダメだよ。片付けないからごちゃごちゃするんだよ」


 最近物が増えてきたからな。一回掃除するか。


「はい、じゃあお茶あるからシルフィちゃんタイムはじめるよー座って座って」


「悪いな。なにするか決まったか?」


 ちゃぶ台くらいの低さのテーブルにお茶が置かれる。知らんお茶だけどいい匂いだな。

 シルフィがクッション敷いてくれるのでそこに座る。テーブル挟んで向かい合う形だ。


「シルフィ・フルムーンのお悩み相談室ー! わー! はい、今日はぶっちゃけトークです」


「急にテンション上げてきたな。悩みって言われても簡単には出てこないぞ」


「ギルドジョークジョーカー所属 シルフィさんからの相談です」


「お前が相談するんかい」


「一緒のギルドに居る男の子がなんだかとってもつれないです。ずっと一緒と言ったのにぜーんぜんスルーで日常生活を送っています。もうちょっと遊んで欲しい。とのことです」


 こういう形式のほうがぶっちゃけやすいかもな。狙ったのか知らないけど乗ってやろう。


「難しいな。その男の子も結構ギリギリで頑張ってるんじゃないかな」


「もうちょっと何かあってもいいと思うんだよなー。騎士になるとか影になるとか言って遠回しだとわかんないみたいだし」


「多分その人は騎士とかピンときてないぞ。そういうのよくわからない場所から来てるからな」


「むうーその後にずっと一緒って言ったじゃん! そっちスルー? っていうか騎士として一緒にいるって勝手に思い込んでるでしょ?」


「かもしれないな。自然とそっちに結びつけるのは、女への不信感とかあるんじゃないかな」


 女なら男のせいにして逆ギレすれば約束なんてどうとでもなる気がするし。


「どうやったら信じてくれるかな?」


「信じるためには自信を持たないといけない。けどそれはしんどい。なぜなら俺じゃなくていいから」


「また難しいこと言ってごまかすー」


 むくれているシルフィ。悪いとは思うけど気持ちの整理ができない。


「俺の力は鎧と鍵によるものだ。シルフィ達だって、最初に出会ったのが俺だっただけで、同じ力を持った転校生がいたらシルフィとイロハはどうした? 俺より顔が良かったり金もってたりさ」


 もう完全に俺の話だ。知り合いの男の子設定どっかいったな。


「そんな過程なんて意味が無いよ。わたしは今のこの家に住むみんなが好き。大事なのは今だよ。わたし達はアジュがいい。鍵とかじゃない。そういうこと言わないって約束でしょー」


「んー悪いな。どうしてもモテた経験ってのがないと受け入れるのに時間がかかるんだよ。まずそこまでお前らが好意的な理由がわかんねえ。そうなった理由は何さ?」


 問題の一つがそこだ。こいつらはなんで俺なんかに好意的なんだ。

 その切っ掛けが知りたい。


「理由って言われても説明なんかできないよ。どこからかなんてわかんない。でも今のわたしはいっしょにいたいって思ってる。それじゃダメ?」


「ダメじゃないさ。ただこの状況が特殊すぎるからなあ」


「それはわかるよ。あと一個気が付きました! リリアってそんなに特別?」


「どういう意味だ?」


 これは本当に意味がわからない。


「さっきわたしとイロハはどうするって言った。でもそこにリリアが入ってない。リリアだけ一歩先っていうか傍観者っぽいけど、さらっと一番の理解者っぽいし。そんなに付き合い長いの?」


「いや、シルフィ達と二日くらいしか差がないはずだ。嘘じゃない。何故か妙に親しみやすいだけだ」


「じゃあきっと二人には秘密があるんだよ。それを知っても一緒にいるっていう現状がもう安心できてるんだと思う。だからアジュはリリアが見捨ててどっか行くと思ってない! どうだシルフィちゃんの推理は!」


「そうかもな。マジで名探偵になれるぞ。気持ちの整理ができてきたかも」


 俺はリリアに呼ばれてこの世界に来ている。

 こうなる前の俺を選んだということがデカイんだろうな。


「よーしよーし。一歩前進! この調子でカウンセリングしてくよー。で、アジュの秘密って何? あとリリアって謎が多いんだけどわかる?」


「どっちも答えられない。俺については決心つくまで一緒にいて時間くれ。リリアに関しては俺の案内人ってことしかわかんね。そういやあいつ謎だらけだな」


 あいつの接し易さはなんだろうか。まるで昔から知っているような……?


「ほう、一緒にいていいんだね? 約束したよー? もっとわたしもしたいことあるんだからさ」


「あのドリンクみたいなのは勘弁してくれ。夢であのドリンク持った店員に追いかけられたぞ」


「あはは、なにそれ。でもイヤじゃないんでしょ? 恥ずかしいだけで」


「正解。ああいうのを自分でやると思わなかった」


「これからドンドンやっていくよー! 外がダメならわたしの部屋でやろうよ!」


 シルフィがいると俺の生活が明るくなる。

 それでいて無理やり明るくしているわけではない。

 だからこそ付き合いやすいんだろうシルフィは。


「言ってることわかってるか? それイロハとかいないよな?」


「もちろんだよ! 二人っきりでわたしの部屋でいちゃらぶドリンク……うわあぁ!? なんかすっごい恥ずかしいよそれ!?」


「当たり前だろうに。わかってなかったのか」


「なんかすっごい意識しちゃうじゃん! 外だとドリンクだけだけどさ! 部屋で二人っきりだと想像しちゃうじゃん!」


「なにをだよ? 勢いで喋るからそうなるんだぞ」


「ドリンクの後のことだよ!!」


 ドリンクの後? あの後なんかあったっけ? 思い出せない。


「あの後なにか特別なことあったか?」


「違うよその日じゃなくて! 部屋で二人っきりでアレやったらそういう雰囲気になるじゃん! 完全にチューとかしたくなるやつじゃん!」


「いやお前チューて」


 その言い方はどうなのさ。凄いこと言ってるぞこの子。


「ダメだよ! ダメだからね! チューの先はまだ早いよ!!」


「いやチューもダメだろ」


「ダメじゃないよ! イヤじゃないけどなんかダメ!!」


「わけわかんねえだろ。俺にどうしろってのさ」


「どうって……アジュの好きに……していい……よ?」


 なぜ上目遣いで顔を赤らめているのか聞きたいけど怖くて聞けない。


「……ゴメン……今のは忘れて…………何言ってるんだろわたし……違うってそうじゃないんだって……そうだけど……頭がぐちゃぐちゃだよもう……これもアジュがはっきりしないのが悪いんだよ!」


 真っ赤になりながら机をバンバン叩くシルフィ。ヤケになってるなこれ。


「わたし達といてアジュはどうなんですかー! 毎日幸せ噛み締めてる感じが出ていないと思います! 断固抗議です!」


「口に出すもんじゃないだろ。あの時のセリフ覚えてるのかよ」


「覚えてるよ。嬉しかったもん。わたしをフルムーン王家の人間としてじゃなく、姉様の妹じゃないシルフィとして見てくれるみんなが好き。わたしにこんな幸せな居場所をくれたみんなが好き」


「そっか、それはよ…………は? 王家? お前お姫様なの?」


「言ってなかったっけ? フルムーン王家次女だよ。それよりアジュはどう思ってるんですかー?」


 超初耳だよ。いいところのお嬢様だとは思ってたけどまさかお姫様とはね。

 まあ違和感は無いか。容姿だけ見れば納得だ。

 不貞腐れて絨毯の上でごろごろしている今の姿さえ見なければな。


「それよりですませていいんかい。はしたないからゴロゴロするんじゃないの」


「わたしの部屋だからいいんですー。こうやって仰向けでごろーんっとして胸を強調するといいわよってイロハが言ってたし」


「あいつ碌な事しないな」


「なんかイロハと言い合いになってたね。何話してたの?」


「イロハが俺の昨日履いてた下着嗅いでたのが発覚した」


「本当になにしてるのイロハ」


 シルフィが珍しく呆れている。珍しい表情である。


「そこは下着じゃなくて、ベッドに入ってぬくもりを感じるべき」


「そんなべきはねえよ!」


「なんかね。あの場所が好き。優しい感じがして、暖かいの。お城は沢山の物に囲まれてたけどね。それでもみんな忙しくてさ。姉様と一緒に寝るベッドは暖かかったの。アジュのベッドはそれよりずっとあったかいんだよー」


「そら日当たりが良いんだろ」


「そう思ってるならなんでそっぽ向くのかな? 照れてるねー?」


「それはお前もだろ」


 相手のちょっとした動きで何を考えているか理解できる。ちょっとだけな。

 俺はそこまでシルフィを理解できているのかね。


「そろそろいい時間だ。下いくか」


「話しすぎたかな? お腹減ったね行こっか」


 シルフィが先に部屋から出て、下へ行く階段の手前で立ち止まる。


「あのね、待ってるよ」


「悪い、今行くよ」


「そうじゃないよ。チューは無理でも手を握るとか遊びの誘いとか。やっぱり男の人からして欲しいな。それだけ。じゃ、下いくよー」


 さっさと階段を降りていくシルフィ。


「やってみるかな」


 少しだけやってみるかな、そういう気分にさせてくれる。

 周りの人間を前向きにさせるのがシルフィのいいところだ。

 それにつられたってことにして、精々恥でもかいてみますかね。

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