リリアとお風呂

「それでは今日の成果発表の時間じゃ」


 お悩み相談室の後、飯食って今は風呂。

 湯船につかったところで突然横にリリアがいた。

 浴槽が広くて助かった。十人は入れる作りだからな。

 洗い場も広いから大人数でもゆったりできる。いい風呂だ。


「なんかあるじゃろ。新発見とかキスしましたとか」


「シルフィがお姫様でイロハが匂いフェチだった」


「落差激しすぎるじゃろ。ギューンいってガーン落とすのやめい」


「俺だってしんどいわ。高速道路で突然の直角カーブだよ。心の準備できねえよ」


 だって貴族のお嬢様とかその辺だと思ってたんだよ。

 お姫様ね、ドレスとか着れば似合うだろうな。


「別にお姫様でも対応を変える必要はない。安心してハーレムにぶっこむが良い」


「むーりーだっつの。いや対応変えたりしないけどさ」


「何がダメなんじゃ。我儘じゃのう」


「いや、あいつらは大事だよ。大切なんだけど困るというか」


「嫌いではないじゃろ。女性として好きかどうかわからんわけじゃな」


「正解だ。あいつらに惚れているのかと聞かれればまったくわからない」


 異性を好きになるということがよくわからない。

 わからないのにハーレムは相手に失礼な気がする。

 ハーレム自体が失礼ではないかという意見はガン無視の姿勢でいこう。


「俺を受け入れるという奇跡の体現者だからなあいつら。仲良くやるのはいいことだし、気を使ってくれているのもわかる。だからこそ、そういう優しい連中になんとなくで手を出したくない」


「なぜそんなところだけ真面目かのう……ちなみに全員処女じゃ。安心するが良い」


「ほう、最高じゃないか。貞操観念は大切だぞ」


「俺色に染めてやるぜーという気になるじゃろ?」


「ノーコメントで。まあゆっくりでいいさ。地道にいこう」


 急いだっていいことはない。慎重にいこう。

 女との適切な接し方がわかっていないんだから、ヘタすると嫌われる。


「超パワーがあるのに地味じゃな。野心とか無いんかいおぬし」


「ない。特殊能力があれば最強目指そうとしたり、伝説残そうという発想が既に古い。せっかく死ぬまで安泰な力があるんだから、日常生活でほどほどに楽できるだけ使って、のんびりスローライフでいいんだよ」


「それもそうじゃな。今の生活で十分ハーレムじゃし。おぬしのやりたいようにするがよい」


「そんときゃサポート頼むよ。あとできれば風呂には入ってくるな」


「いきなりシルフィと入るのはしんどいじゃろ? こうやって何度も入ることで日常の一コマに落とす、というのが何よりも大事じゃ」


 何回もやっていればこの状況にも慣れるということだろうか。正直無理だ。

 何度も続いたら風呂入るの嫌になりそう。リリアと入るのも結構恥ずかしいんだぞ。

 横にいるリリア見るの無理だし。


「いきなり一緒に風呂入った気がするぞ。しかもほぼ初対面で。随分とぶっ飛んだ日常おくるようになったな俺は」


「楽しいじゃろ? 毎日幸せ噛み締めとるということじゃ。いなくなったら困るのじゃろ」


「ちょっと待てシルフィ言いふらしてるのか? なんでお前がそれ知ってる?」


「わしとイロハだってシルフィを心配しとる。じゃからあの塔で何があったか聞くに決まっとるじゃろ」


「あいつ全部話しやがったのか……うあぁ……どこまで聞いた?」


 やばい。今更凄い恥ずかしい。流れで口走ったが冷静になって考えると臭いセリフだ。

 とても俺が言ったとは思えない。


「頬染めながら、これでもかというほど嬉しそうに語っておったのじゃ。もじもじするシルフィは可愛さ三割増しじゃな」


「元が可愛すぎるから三割でも超パワーアップするけどな」


「かわゆいのう。そんな美少女に囲まれる生活じゃ。満喫せねば損じゃぞ」


「お前も含めて全員美少女なのは奇跡だな。安心しろ、今でも満喫してるし感謝もしてる。精々手放さないように生きていくさ。ずっとな」


「うむ、前向きで良い。しかしいい話で終わるのもつまらんのじゃ。ここは背中でも流してやるとするかの」


 その無駄な芸人根性は何だリリアよ。

 あと急に立ち上がるな。反射的にそっち見ちまうだろ。


「やはり道具など邪道じゃな。胸とか擦りつけて洗うべきか……」


「やめろやめろ。そもそも胸無いだろ」


「無いほうがより密着できるじゃろ。浴場で大欲情じゃ!」


「最低だ!? せめて前を隠せ!」


 髪の毛でうまいこと胸を隠しやがって。そういう技術はどこで手に入れてるのさ。


「前をタオルで隠していると思い込むのじゃ」


「実際に隠せや! 恥じらえ!」


 リリアが洗い場に仁王立ちしている。つまりリリアをどうにかしないと、浴槽にいる俺は風呂から上がれない。


「ここで見せんでいつ見せるのじゃ」


「なんでここで見せるんだよ! 意味わからんだろうが」


「そら二人っきりだからじゃろ。んん……これはアシストに回りすぎたかのう。よし、意地でも洗ってやるのじゃ」


「そんな決心固められましても」


「好意は素直に受け取るのじゃ。ほれほれ座れ座れ」


 仕方ないので観念する。なるべくリリアを見ないように椅子に座る。


「まずはタオルで洗ってやろう」


「ずっとタオルで頼むわ」


「かゆいとこございませんかー?」


「それ床屋だろ」


 ごしごし背中を洗ってくれる。強すぎず弱すぎず絶妙な力加減だ。

 目の前の鏡にチラチラリリアが映る。

 見えそうで見えない動きをしやがって小賢しい。


「月並みじゃが背中大きいのう」


「普通だよ。お前がちっこいんだ」


「ちっこいのも大きいのも同時に愛せる度量が大切じゃ。いい具合に大中小と三人おるのじゃ。比べてみれば良い。もみ心地とか張りとか」


「できるかアホ。そんなことしないで普通に暮らすぞ。俺は変態じゃない」


「大切にすることと、手を出さないのは別じゃ」


「ですわね。お背中にお湯かけますわよ」


 なんとなく違う気がするけど具体的にはわからないな。わかる日は来るのだろうか。

 知らない人に背中をざっと洗い流してもらって終わりだ。


「そろそろ出るか。長湯しちまった」


「湯冷めしないようにお気をつけ下さいまし」


「風邪でも引いたら面倒じゃからのう」


「わかってるよ。さてと」


 脱衣所で体を拭きながら牛乳を探す。


「はい、コーヒー牛乳ですわね」


「おう、悪いな」


 知らない黒髪の人からコーヒー牛乳を貰って、三人で腰に手を当てて豪快に飲み干す。


「うむ、風呂あがりはこれじゃな」


「まったくだ」


「お風呂の醍醐味ですわね」


 和やかな雰囲気だけどタオルくらい巻こうな。俺以外全裸だよ。


「さ、着替えてリビングに戻るのじゃ」


「お着替え、お手伝いいたしますわ」


「いや、自分でできるからいい」


 知らない黒髪ロングさんの申し出はお断り。

 女の子に着替え手伝ってもらうのは躊躇して当然だろう。

 ましてや知らない人だぞ。うん、そういや知らない人だな。


「うおおおぉぉぉいい!? 誰だお前!?」


「おお、そういえば全然知らんのう」


 リリアも知らないんじゃ完全に知らない人だな。


「ちょ、誰か! 知らない奴が入ってきてるぞ!! おいどこ行こうとしてるんだ逃げるな!」


「あらあら、牛乳瓶を捨てに行くだけですわっとっとっと」


 知らない人を止めようと慌てたせいで足元が濡れていることを失念していた。

 そんなところで激しく動けば当然コケる。知らない人に覆いかぶさる形で。


「うお、ちょっ、どいてくれ!?」


「あらら、きゃっ!?」


「おおーラッキースケベというやつじゃな」


「どうしたの! アジュだいじょ……う……ぶ?」


「お風呂場に侵入者とは死にたいよう……ね……」


 最悪のタイミングでシルフィとイロハが入ってくる。

 どう見ても裸の俺が知らない人を押し倒している構図だ。


「とりあえず三人とも服を着なさい」


 不機嫌なオーラの出ているイロハの一言で服を着て、リビングで一人正座を強要されている知らない人。


「なぜですの!? このパターンはなにやってるのよこの変態! と言いながら殴られて正座させられるのはアジュ様だけ、というのがこういう時のお約束ではありませんの!?」


 確かにラノベとかでよく見る光景だな。

 ああいうのって男が殴られるのがお約束と化してるよなあ。


「どこまでも愚かな女ね。その男はアジュなのよ? 自分から女の子とお風呂に入りたがったり、全裸の時に押し倒したりしてくれるはずがないじゃない」


「そうだそうだ! アジュはそんなに軽い人じゃないし! もしそうならわたし達は全員チューくらい済ませててもいいはずだよ!!」


「このヘタレにお約束パターンなぞ適用されるはずが無いじゃろ。なぜならアジュだからじゃ」


「さてはお前らフォローしてないな? むしろ俺を責めてるな?」


「信頼しているのよ。ある意味ではね」


 あんまり嬉しくない信頼のされ方だな。まあ誤解されてないようで何よりだ。


「ふふっ、信頼されてらっしゃるのですわね。羨ましいですわ」


 俺に優しい笑顔を向けてくれる黒髪ロングのそこそこ巨乳さん。


「いい話にしようとしてもダメだよ! 一緒にお風呂に入った罪は消えません!!」


「まあな。とりあえず正座も辛いだろ? 崩していいから何しに来たのか話せ。このままにしておいてもしょうがない」


「アジュが……初対面の女性に優しいですって!?」


「ほほーうなるほどのう。確かによく見ればこれはこれは」


「リリア先生! これはどういうことですか!!」


 超驚かれている。そんなに優しくしてないだろ。みんな俺のイメージどうなってんだ。


「黒目で黒髪ストレートロング。下品にならない程度に大きい胸。アジュよりちょっとだけ低い身長と無駄のないスタイル。纏っている優しい雰囲気。口調やしぐさからにじみ出るお嬢様っぽさ」


 突然知らない人の特徴を列挙し始めるリリア。なにやってんだこいつ。


「こやつ――――――アジュの好みド真ん中じゃ」


「ええええええええええええぇぇぇぇ!?」


 シルフィとイロハの絶叫がリビングに響く。


「あらあら光栄ですわ」


 右手を頬に当てて、はにかむしぐさがお嬢様っぽいじゃないか。

 好みかどうかわからんけど嫌いじゃない。

 さてこいつは何者なのか。できれば戦わずに済ませたいところだな。

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