謎の黒髪ロングさん
「とりあえず何者なのか、何をしに来たのかはっきりしてくれ」
リビングのソファーに腰掛けた俺の左右にシルフィとイロハ。
膝の上にリリアという退路を塞がれた状態の俺。
仕方なく対面のソファーで出されたお茶をふーふーしている知らない人に話しかける。
「改めましてごきげんよう。わたくし、あま……ええと……あま、あまて、あまお……まず『あ』から始まるという固定観念にとらわれるべきではありませんわね。あ、ヒルメノですわ。略してヒメノと呼んで下さいまし」
「100%偽名だよな!?」
「むしろ本名ですわ」
「むしろの意味がわかんねえよ!!」
こいつアホなのか策士なのかわかんねえ。完全に即興で名前考えただろ。
「怪しい。とりあえずフルネーム教えて」
「フルネームですの!? タイムとってもよろしくて?」
「よろしいわけあるか!?」
「チャージドタイムアウト! ヒメノ!」
両腕でTの文字を作るヒメノ。俺達をからかっているのだろうか?
「受理されるかそんなもん! なに正式にタイム取ろうとしてんだよ!!」
「もう叩きだして終わりでよいじゃろ」
「そうね、アジュの裸を見た罪は決して消えることはないけれど。今出て行くのなら無かった事にするわ」
「このアウェイ感はなんですの?」
「アウェイだよ、どアウェイに決まってんだろ。ホームでたまるか」
俺達を、少なくとも俺を知っていてこの家に来たんだろう。
リリア達に危害を加えるようなら叩き出したいけど、目的がサッパリわからん。
「諸行は無常ですわね。もっと女性の扱いは優しくお願い致しますわ」
「無理だな。女に優しくしたってどうせ利用されるし、俺に優しさは帰ってこない」
「大丈夫よアジュ。私はずっと味方だから」
「イロハ、そこは私達にしようよ」
「話がそれるからそこまでじゃ」
人数が多い事による弊害が早くも出始めている。
「まだ敵か味方かもわからないしな。ヒメノさんでいいのか? とりあえず……」
「ヒメノ、と呼び捨てで構いませんわ。こちらはアジュ様とお呼びしますので」
「ヒメノな。うん、よろしく」
「はい。不束者ですが、どうか末永くよろしくお願いいたします」
正座のまま頭を下げられると、ついついこっちも下げてしまう。
そつがない優雅な動きだ。
「ふふっまるで婚約みたいですわね」
「この女は敵よ。この家に入れてはダメ」
「ダメだよアジュ。なんか凄いダメ。今までにない危ない感じがする。この人はダメ」
なんか必死なシルフィとイロハ。一体何がそうさせているんだ。
両サイドから服を引っ張るのはやめろ。伸びるだろうが。
「もうよい。ちゃっちゃと本題に入るのじゃ」
「そうですわね。リリア様の言うとおりですわ。お話を進めませんと」
「いいから何で来たのか言ってくれ」
疲れた。寝たいんだよもう。さっさと終わらせる。
「わたくし、皆様の安全のためにこの家に住みますわ!」
ビシっとサムズアップするヒメノ。拒否されることを考えていない笑顔だ。
「必要ないわ。これ以上増えても困るのよ」
「迷惑はかけませんわ。むしろわたくしがアジュ様をお守りすることで、皆様の自由時間も増えますし」
「余計ダメだよ! アジュは独り占め禁止だよ!」
「そのルールは初耳だけど、正直ギルドメンバーをいたずらに増やしたくない。できればこの四人でいることに慣れたいんだ」
急に人が増えると生活空間が侵食されている気がして、微妙な気持ちになる。
「ゲルちゃんが来たでしょう? ああいった子がこれからも来ないとは限りませんの」
「知り合いなのか?」
露骨に警戒してしまう。イロハ達も俺の袖を離し、いつでも動ける体勢に移る。
「名前くらいは、というところですわね。ああいう輩が増えるのは好ましくありませんので。ほとぼりが冷めるまで、わたくしどもが護衛しようかと思いましたの。このあたりの気配りが人気の秘訣ですわ」
「自分で言うなや。シルフィの力を狙ってる奴がまだいると?」
「別にシルフィ様だけではございませんわ。皆様例外なく人外の強さをお持ちですもの」
「私達のことを調べてあるみたいね」
「ええ、失礼とは思いましたが。身体データと性癖と下着の色を中心に、ついでに神の力も色々と」
「いらん情報が多すぎる!?」
長いのでまとめさせる。
・ゲルみたいな面倒なやつから護衛するため一緒に住みたい。
・護衛の必要が無いと安心するまで一緒に住む。
・友達が欲しい。寂しい。そろそろ恋人の一人もいないと夜中に切なくなる。
「以上ですわ!」
「最後いらんよね!? いらん情報入れないと会話もできんのか!」
「今なら部下の二人も同居させますわ!」
「人が増えるのが嫌だって言ってるだろ! もう帰ってくれ。少なくともこの家には住むな」
「そうですか。アジュ様に好かれるまで、この家を愛の巣にするのは諦めますわ」
しょげているヒメノ。おう諦めてくれ。そして二度と思い出さないでくれ。
三人から負のオーラが漂っている。こいつが来る度にこの空気になるとか絶対嫌。
「では、本日はこれで引き下がります。ですが、監視と護衛と伴侶になるための努力は続けますわ。わたくしが絶対に皆様の平穏無事な生活をお守り致します。だってもうお友達ですもの!!」
お前がいる限りそんな生活は訪れないことに気がついてくれ。一刻も早くだ。
「では失礼いたします。これ、つまらないものですがお饅頭ですわ。皆様で召し上がってくださいまし」
「これはご丁寧にどうも」
「あ、これ高いやつだよ」
「本当ね。中々手に入らないものよ」
「一日限定何個、というやつじゃな」
君ら詳しいな。女の子は甘いものが好きなんかね。
「しまった、逃がしたわ」
俺達がまんじゅうに気を取られた内にヒメノは消えていた。
きっとまた会う気がする。そう言ってたし。そしてその予感はバッチリ当たる。
「お久しぶりですわ。お食事ご一緒してもよろしくて?」
さっそく次の日に昼飯に誘われている。
わざわざ俺が午前中の座学の授業が終わったところを待ち伏せしやがった。
「さあ二人っきりでお昼ご飯ですわ!」
二人っきり。つまりリリア達がいない。
なぜなら今まで受けていた授業が魔法科の初心者講座だからだ。
この授業は魔法の経験なしの初心者を対象としたもので、既に魔法が使えるリリア達三人はいない。知ってやがったなこいつ。
「いた! やっぱり先回りしてる!」
シルフィ達の声だ。こちらに向かって駆けて来る。先回り?
「今更来てももう遅いですわ! 獲物は確かにいただきましたわー!」
「うおぁ!? ちょっ離せおい!!」
俺を抱えて三階の窓から飛び降りるヒメノ。
「一度やってみたかったんですの。予告状からの愛の逃避行」
「俺を巻き込むな! 一人でやってろ!!」
「相手がいなければ成立しませんわ。せっかくカードも作りましたのに」
そう言って俺にカードとやらを見せてくる。そこには。
『昼食時に親愛なる皆様から、更に更に親愛なるアジュ様を頂きに参上致します。怪盗ヒメノより愛と友情を込めて。PS これからもずっとお友達でいましょう』
と書かれていた。
「お前バカだろ!?」
「一人の男性を奪い合う! 青春ですわ! 友情ですわ! この一件を通して更に友情が育まれますわよ!」
「育まれるかそんなん!!」
「アジュは返してもらうよ!!」
「茶番はそこまでよ。怪盗さん」
「無駄な手間を取らせおってからに」
いつの間にかすぐ後ろに追いついているシルフィ達。
結構なスピードで学園の中庭を疾走しているのに追いつくとは。
ヒメノも俺を抱えて走るとか身体能力高いな。
「ヒメノの時間を遅くして、さらにわたし達を加速させる! アジュは貰った!!」
「一回止まれ! このまま走り続けるわけにもいかねえだろ!」
「一晩泊まれ? いやですわ一晩などとおっしゃらずに……」
急停止するヒメノ。全力ダッシュの追いかけっこ中にそんなことするとさ。
「うわわわわ!? どいてどいて!!」
「どきなさい! ぶつかるわよ!!」
もちろん激突しそうになるさ。ヤバイこのままぶつかると怪我する。
「シルフィ! 時間止めろ!!」
『ヒーロー!』
停止した時間の中で動けるようにヒーローキーをさす。
直後にシルフィが時間を止める。
「…………セーフ」
全員の時間が止まるので、まずヒメノを遠くにどかす。
次にゆっくり止まった時の中を動いていたシルフィが、ヒメノがいた位置で安全に止まる。イロハとリリアを動けるようにして二人で抱きとめてミッションコンプリート。
「助かったわ。ありがとう」
「すまぬ。やれやれ災難じゃな」
全員の無事を確認し、周囲を通常の時間の流れへと戻す。
「さて、ヒメノがこっちに気付かない内に逃げるぞ」
「はーいてっしゅー! どっかいく?」
「魔法の講座受けてきたから練習したい。回復と攻撃とか」
「じゃあ修練場かな。空いてる場所探そうよ」
人の少ない修練場を探して歩き出す。
そんなわけで俺達の日常がちょっと騒がしくなるわけだった。
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