早朝から敵の相手はしんどい

 ヘカテーとの戦いが無事終わったその日の夜。

 あの後ひとしきり関係者が来て、喜びを分かち合うっぽいムーブをして、また神と王族が会議をしていた。


「暇だな」


 俺に用意された寝室で、成長したシルフィを褒めながら、ギルメンとだらだらする。もうやることがないといいが、そう都合よくもいかないだろう。


「いいんだよ暇で。もう辛いこととか起きなくていいの」


 ひたすらベッドでごろごろする。寝心地もいいし、横にいるシルフィも機嫌がいい。


「だがそう簡単には終わらないだろ」


「じゃな。まだ親玉がおる気がしてならぬ」


「でもかなり倒したわよ。ここからどうやって襲撃をかけるのかしら?」


 イロハの言うことももっともだ。これだけ神のいる場所に、いくらなんでも襲撃かけて勝算があるとは思えん。


「敵の出方次第だが、つまりフルムーンに信仰を取り戻せればいいわけだろ?」


「そのために王族と団長が邪魔だったんじゃな」


「逆に考えよう。妨害するんじゃなくて、達成したと仮定する」


「ふむふむ」


「運良く王族と団長を全員殺せました。さあどうする?」


 肝心なのはここだ。やつらは信仰と地位が欲しい。なら死を国民に隠し続けることはできない。


「王族になりすます?」


「ありといえばありじゃな」


「いつまでも隠せるものかねえ」


 会談とかで発覚するという、最悪のケースがある。ごまかしきれないだろう。


「そもそも神がでしゃばるわけにもいかぬ。王族抜きで国家運営……民主主義にでもする気かの?」


「無理だろ。民主主義ってのは、国民がほどほどにアホで、上がギリギリ叶えられない希望という餌を与えてやらにゃ成立しない。匙加減が難しいのさ」


 あとファンタジーに似合わない。カリスマあふれる王族がいるなら、ぶっちゃけ王政で成立する。


「となれば今と似たような形でやっていく必要があるじゃろ」


「完全な部外者では難しいわね」


「身内……やっぱり神様が混ざるのかな?」


「だと思うが……わからん」


「なら楽しいことを考えよう! 明日はパーティーだよ!」


 もう明日なんだな……なんか長時間戦いっぱなしだった気がするが、体感より時間は経っていない。さっさと帰って、城でうまいものでも食おう。


「段取りとかあるのか?」


「各国のおえらいさんが来て、お祝いの言葉とかがあって……貴族の人たちとかも来て、軽く放送があるよ」


「放送?」


「シルフィの誕生日と国家の繁栄とかを色々話すスピーチ? まあそんなものよ」


 めんどくっせえ……王族って大変だな。大掛かりすぎるだろ。


「特別に遠距離の首脳陣にも届くような放送がされるわ。フルムーンの技術力あってのものね」


「でも毎年じゃないよ。今年は家族にも余裕ができたし、やろうってお父様もお母様も」


「サクラさんも乗り気だろうな」


「そうだねー、わたしは派手じゃなくてもいいんだけど……」


 そして話は続き、いつの間にか眠ってしまっていたのだろう。

 目を開けると、同じベッドで寝るいつもの四人。

 もうじき日が昇る。俺としたことが、予想以上に早起きしちまったようだ。


「どこへ行く」


「ちょっと散歩。そのまま寝な。今日は誕生日会だぞ」


「うむ、さっさと戻るのじゃよ」


「ああ、おやすみ」


 小声でリリアと話し、そっと抜け出す。明かりの消えた廊下は、静まり返って涼しいものだ。嫌いじゃないよ。


「さて、どこから探したもんかね」


 もうじき日が昇る。そうなれば俺が単独で動き回れる時間も終わりを告げる。

 それまでに決着つけたいが、正直可能性は低い。騎士団と神が探して見つからないのだ、敵はもうこの城にはいないのかもしれない。


「ん? あれは……」


 廊下の窓からアリアさんが見えた。闘技場の中へ向かっているようだ。


「間に合いそうだな」


 ヒーローキーとミラージュで地味な魔法兵に変身。これでいい。

 追っていくと、激闘のあった舞台の前で、何やら複数のシスターが集まっている。

 全員フードつきの修道服だ。あれはアリア団長の団員が着ているやつだな。


「そこにいるのは誰です?」


「どうも、怪しいものじゃありませんよ」


 見つかったので素直に出ていく。数人が武器を手にとった。やめろ敵じゃないって。超怪しいけどな。


「あなたは確か、シルフィ様の横にいた……」


「まあ学園の友人です」


 あえて名乗るのは避ける。そのまま数歩歩み寄ると、静止の声がかかる。


「止まりなさい。なぜここに?」


「起きたらどこかに行く人影が見えたので、調べようかと」


 観客席にシスターが増えている。だが今なら俺だけ。暴れても巻き込む味方はいない。都合がいいぜ。


「団長こそここで何を?」


「これも騎士団の仕事です」


「こんな早朝に?」


 調査は散々やったはず。なのにこんな朝早くにやる意味がない。

 新発見もないだろう。あったら俺が起こされている。

 念の為、神殺しができるやつを同席させるためだ。


「任務内容を話すことはできません。立ち去りなさい」


 高圧的な人がいる。確か副団長の……なんだっけ。マリー……だったと思う。何の接点もないや。覚えているわけねえだろ。


「聖女様が無抵抗の人間に武器向けないでください」


 しょうがない、とりあえず時間稼ぎだ。誰かが起きてくるのを待とう。


「他の団長から聞きました。その身を王国に捧げ、聖女と呼ばれる存在だと」


「まあ当然だ。私とアリア様は国に仕える騎士団。治療と癒しを司る者は、身も心も清らかでなければ務まらぬ」


「みんな回復してもらって感謝してましたよ。あれだけの人数治療は大変でしょう。尊敬しますよ」


 適当に媚び売って時間稼げたらいいなあ。苦手分野だけど。まず会話が苦手なんじゃい。


「お喋りはここまで。アリア様の邪魔になる。立ち去れ」


 逃したくない。こいつらはほぼ黒なのよ。まず間違いなく敵側だ。

 いまいち証拠がなくて困っているので、なんかボロを出しちゃくれんかね。


「ああすみません。団長とお話できることなんて、一生に何回あるかわからないので、ついテンション上がってしまいました。しかし朝早くから調査とは、ここに何か危険な装置でもあるんですか?」


「いいえ。ここが私たちの担当場所なので、見ておこうかと」


 団員が増えてきたな。俺を露骨に警戒しているのだろう。


「お仕事お疲れさまです。なんでしたら、起きている騎士団の人にでも応援頼みましょうか?」


「余計な真似をするな!」


 マリーが苛立っている。同時にシスター軍団が警戒し始めた。そうか、警戒させちまえばいいのか。


「ついでに何をしているのか教えてくれたり……」


「くどい! これ以上は不審者として拘束する。何も話すことはない。騎士団長である聖女アリア様の仕事に、間違いはない」


 しょうがない、下ネタとセクハラは性欲まみれの猿みたいで嫌いだが……やるしかないか。


「聖女ねえ……あんたら非処女だろ?」


「きゅ、急に何を……」


「処女厨をなめるなよ。俺は50メートル先の女が処女かどうか、100%判別できる自信がある」


 こいつらは国に捧げたとか言っている割に、完全に非処女の気配なのである。

 最初からそこが怪しかった。


「世の中には本人に聞かないと確証を得られない三流もいるようだが、俺は違う。あんたらは男を崇拝して身を捧げるタイプだな。依存型」


「それ以上の無礼は許さん」


「失礼しました。では他の兵士に知らせてきます。よくわからんものを調べていると」


「無駄だ。全員疲れている。昼まで起きてくることはないだろう」


 ここに来るまでも、異様に兵が少なかった。なにかしやがったなこいつら。

 やはり俺だけで皆殺しにするのが最適解だ。


「きっと我らの治療なしでは起きられないさ。神と戦ったのだからな」


「あなたも昼までゆっくり眠りなさい。その後治療してあげるわ」


 俺に武器を向け、明確な殺意を飛ばしてくる。下手に動けば拘束するつもりか。証拠もなしに殺すと面倒なんだよなあ。


「その必要はないぞ、アリア殿」


 シスターの一人が話し出す。いや完全に男の声なんだけど。


「睡眠薬と金縛りの呪縛が混ざった回復魔法のことなら心配めされるな。神の加護と解毒薬をトッピングした、オレの特製海鮮焼きそばを食えば、そんなものに惑わされることはない」


「何者だ!」


 フードを取ると、そこには三日月団長がいた。化粧しているのはなぜですか。


「剣神三日月……なぜここに!?」


「そこの男が闘技場に入っていくのが見えてな。都合よくそちらの団員が集まってくれて助かった」


 そして大爆発が起き、コロシアムの一部が吹っ飛んだ。


「装置は破壊させてもらったよ。この完璧なシスターの変装、やはり何事も形から入るべきかもしれんな」


「おのれ!」


「まさかポセイドンと焼きそばを焼いていたのも?」


「無論下準備だ。腹が減ったのも事実だがな」


 この人アホなのか切れ者なのか判別できねえ。

 化粧いらんだろ。っていうか俺を囮にしおったな。


「さてアリア団長、ここで質問よ。その焼きそばを一番多く食べていたのは、誰でしょう?」


「何が言いたい?」


「正解は私。忍者ってそういうものだったり、しないかしら?」


 別のシスターがナギ団長でした。いやあもうボロボロやんアリアの計画。すごい杜撰っすね。


「さて計画は崩れたぞ。どうする?」


「三日月の魂なら、代用はできるのさ!」


 マリーさんの髪が氷へと変わり、皮膚が鉱物と緑の鎧で埋め尽くされていく。


「神か……マリー殿をどうした?」


「マリーなんて女は、はじめっからいないのさ! 女神ボイペー、お前らの命をいただくよ!!」


 シスター軍団が一斉に襲いかかる。だが騎士団長を御せるほど強くもない。


「無駄よ。雑兵で勝てるほど」


「騎士団長は甘くない」


 斬撃と移動の衝撃で土煙が舞い、俺を隠す。


『ミラージュ』


 鎧は闘技場に入る前に着ている。あとはナギさんに化けるだけ。


「分身の術。まあ忍者って、そういうもんでしょ」


「そうね。そういうものかもしれないわ」


 本人の許可が出たので使っていこう。敵を雑に蹴って、ボイペーの相手をする。


「お前も終わりだ。装置は一個じゃないんだよ!」


 何かが闘技場を、いやこの世界を包みこんでいる。強力な結界で閉じ込めるような、それでいて力を吸い出すような何かが動いている。


「お前の力も、我々のものになる!」


「そうはならんだろ」


 当然だが鎧でカットできる。こんなもん通用するわけ無いだろ。


「楽に殺して欲しけりゃ目的を言え」


 光速の数千倍で動けるようだが、厄介さなら他の神が上だ。周囲に敵と団長しかいないから、雑に暴れられるのも気楽でいい。


「ぬかせ! この地で神に勝てると思ったか!」


 冥府の力が溢れている。おかしい、こいつはヘカテーの魔力だ。


「ボイペー、無闇に力を使うのはやめなさい」


「しょうがないだろう。こいつ強えんだからさ」


「わかってんなら観念しろ。お前らを生かして返すつもりはない」


 雑魚軍団は団長二人が倒し続けている。改めて三日月団長強いなー。


「さあどうする英雄さん。ここまでコソコソしてたんだ、おおっぴらに出てきちゃまずいんじゃないのかい?」


「甘いぜ。俺の手柄はすべてナギさんに押し付けられる。手加減してやる理由がねえんだよ!」


 ボディブロー入れて回し蹴りで追撃。左アッパーで空へと打ち上げた。


「飛べオラア!!」


「ぶがっはあぁぁ!?」


「私、利用されてる?」


「いいえ、感謝を捧げております。手柄全部持っていってください」


 そこからもボイペーを引き受け、終始優勢で進む。


「仕方がありませんね」


 ボイペーの隣にアリアが並ぶ。流石に二人同時は面倒だな。団長に避難してもらうしかないだろう。敵はほぼ斬り終えているようだし、少ししたら作業開始だ。


「ありがとうボイペー。少し足りないけれど、あなたの魂で代用できるわ」


 長く伸びた爪が、ボイペーの胸を貫いた。


「なん……で……アリア……あんた」


 全員の動きが止まる。アリアのやっていることがわからない。


「もう朝よ。目的を果たしましょう」


「あんた……はじめっからこのつもりで……」


「ええそうよ。今までありがとうマリー。私はフルムーンで幸せになりますわね」


 そして闘技場と城の各所から爆発が起きる。吸い取られるような術式も消えた。


「どうやらオレの部下は、無事に装置を破壊できたようだな」


 安心したのもつかの間、巨大な魔力の塊が飛んできて、殴り消した時にはアリアの姿はなかった。


「さようなら。そして始まる……王族のいない、新生フルムーンが」


『クフフッ、助っ人さんと団長さん、聞こえますか?』


 イアペトスの声だ。闘技場に響いている。


『こちらはすべての装置を破壊しました』


「ああ、聞こえている。こっちはボイペー消したがアリアに逃げられた」


『ほう、よくやった。ハンサムポイントが高いぞ』


『敵の狙いがわかりましたよ!』


『この大戦が、そもそも罠だったんだ』


 複数の声が飛ぶ。焦っているような、向こうでも何かあったんだろうか。


『あっちじゃ王族も団長も死んだことになっている』


「はあ?」


 最近似たような話聞いた気がするぞそれ。今回の騒動、まだ終わりそうもないな。

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