誕生日会に嫌なニュースは持ち込まない
神に用意されたこの世界が、巨大なバリアによって隔離された。
消えたアリア、神々からの通信とまあよくわからんことがまとめて来やがる。
「今何が起きている?」
『この世界が厳重なバリアで隔離された』
「まずいのか?」
『それそのものは機能として存在する。だが解除機能が失われている。しかもティターンの力も上乗せされ、どうにも解除が面倒だ』
「壊しちゃまずいんだな」
『仮にも神が大暴れして壊れない世界だぞ。本気で破壊するにも、まず騎士団が耐えられない』
この人質というのが厄介だ。自分がやれば効果があるが、敵にやられても効果がある。クソやん。めんどいわボケ。
「俺が斬るか?」
『いや、転移装置は残っている。そこから君だけがフルムーンへ行ってくれ』
「シルフィたちを置いて行けと?」
『ここはハンサムと神々がいる。戦闘にならないだけ安全なのだ』
「っていうか俺が行くのかよ。お前らで止めてこい。ここにいる意味は何だよ」
なんか俺に押し付けようとしていないか? 俺がどう止めるんだよ。
「騎士団長が行った方が説得力あるだろ? 俺は無名の一般人だぞ」
『誰かはつける。だがアリアと現地の神を止める存在が必要なんだ』
「そもそも敵の狙いは何だよ。目的がふわふわしていて止めようがないだろ」
『ああもうわしに代わるのじゃ』
リリアの声だ。やはり解説ならリリアに限るな。
『とりあえず城の中庭に来るのじゃ。急ぎで』
「了解」
渋々数秒で駆け抜ける。もう神と関係者が集まっていた。
神々と団長と王族だけが、今この場に存在している。
兵士はどっか別の場所だろう。それよりも別の疑問が尽きない。
「ここの全員で行けばいいだろ。安全が確保できて、帰還を宣伝できる」
「むしろここなら安全じゃ。指輪があれば、どの次元にいても存在は確認できるじゃろ?」
「だからわたしがアジュと行く。王族がいれば、生き残りがいるって証明できる」
「君たちにしかできないことだ」
「スピーチが始まるまであと十分。その十分を三十分に伸ばすのよ」
なるほど、そういうことか。いやクソめんどいな。ラストにこんな障害持ってくるんじゃないよ。
観念してシルフィキーを刺し、鎧を変化させた。
『シルフィ!』
「こういうことだろ?」
「そういうこと。行ってくれる?」
「わかったから詳細を説明しろ。転移と移動の途中でいい」
こうして二人で手をつなぎ、中央の転移装置からフルムーン本国へ。
飛んだのは城下町の入り口だった。
『無事ついたようじゃな』
「当然だ」
「ここからどうするの?」
『誰にも見つからないうちに、その街だけ少し止めるんだ』
作戦はシンプルで複雑。目的はわかりやすいが、細心の注意を払わなければならない。
『ユングは城のバルコニーだ。そこから集まった国民に向けて放送は開始される』
「了解」
【ただ今ご紹介に預かりました、フルムーン第二騎士団長ユングです】
ここまで放送が聞こえてきた。作戦開始だ。簡単にまとめよう。
・城下町にどんな仕掛けがあって、敵がいるかわからない。
・団体で行けば目立つし、集まっている民衆を巻き込む。
・だから時間をいじって、その中で行動できるやつだけ対処する。
「シルフィは敵味方の判別要員と、王族だからか」
『スピーチを止めて、この馬鹿げた騒動を終わらせてくれ』
「わかった」
声がスローになり、時間がゆっくりと流れていく。
【国民を愛し、国民から愛される国となるべく、王族も騎士団も……】
「いくぞ。伸ばすとはいえ時間がない」
「了解!」
ほぼ静止している街を、なるべく目立たないように慎重に進む。
「ついでだ、連中の目的でも話せ」
通信はつないだまま。魔力と神格さえあれば、この状態でも会話は可能だ。
『最初からこの戦争そのものが、我々を隔離する罠だったんだ』
『一週間かけて、じわじわとフルムーンの有力貴族に死を信じ込ませ、今なら自分たちが国の頂点に登れると諭す』
「なるほど、ずっと遅延行為みたいな戦争させられていたのは、完全に時間稼ぎだったわけか」
『それと倒した敵のエネルギーを回収していた痕跡がある。おそらくポイベーやヘリオス、アンタイオスなんかの力もだ』
神の力を吸収して、自分のものに……どこも考えることは似たりよったりか。
「団長の命も捧げる予定だったりしてな」
『だろうね』
会話しながらも足は止めない。特に異常はないようだが、逆にそれが疑わしい。
大通りは人がいすぎ。少しだけ順路を離れる。
「でもなんで今? わたしの誕生会でやる必要ってあるの?」
『シルフィのお誕生日会では、同盟国友好国の統治者にも放送が入ると言ったじゃろ』
「……そういうことか」
『勘がよいのは相変わらずじゃな。そこで各国の王に王族の死を宣言し、同時にユングを暫定的に王として認めさせる』
「そうやって国民と周辺国を黙らせようってか。回りくどいねえ」
こっちは作戦行動中だってのに、どこからか攻撃魔法が飛んでくる。
「邪魔だよアリアさん」
位置を探索。魔法ごと拳圧で撃ち抜いたつもりだったが。
「アリア? どうしてここに?」
白い鎧を着たアリアさんには届かなかったようだ。
「ユング様の邪魔はさせませんわ」
「逆だ。お前らが俺の邪魔なんだよ」
「なぜ私がいるとわかりましたの?」
「最初から敵っぽかったんでな。しっかり魔力の探知機をつけておいたのさ」
俺が何の保険もなく動くわけねえだろ。まず他人を信じない。女ならなおさら信用などしないのだ。
「どこからわかってたの?」
「ほぼ最初。聖女とか言いつつ非処女だし。ユングってやつに心酔して、ご褒美に抱かれているけど、愛されてはいないってとこか。一方通行の愛だな」
「黙れ! ユング様の悲願を成就することが私の使命ですわ!」
「一応言っておく。あんたじゃ俺たちの相手はできない。シルフィの戦いを見ていたはずだ」
「いいえできます。闘技場で神の力を上乗せした私なら」
滲み出る神の気配。猛烈にドス黒い嫌な気配だ。聖女が出していいもんじゃないだろ。
「そういやコイオスってやつがまだいたな。あんたがそうか」
「コイオスなんて神はもういない。殺して取り込んだのです」
複数の気配が混ざり、くすんだ色へと変わっていく。まるで何十色も足した絵の具が黒くなるように。
「私は新たなる神、聖なる神アリア。新生フルムーンの騎士団長にして女神」
「なるほど、半人半神にして、団長である自分を崇めるようにすりゃいいのか」
「おお! そういう裏技があるんだね!」
「あるっつうかアウトじゃねえのかこれ」
悪知恵が働きすぎるやつは、こういう大規模な面倒事を起こす。ここで消そう。
「死んだ神だけじゃない。ヘカテーとクロノスの力もありますよ」
【ですが……めでたい日に、とても残念なお知らせを……】
放送が再開された。時間の流れを強引に戻しているのか。
急いで二人の力を使い、もっと時間を遅くする。
「そこまでして国が欲しいか? 神の力で征服しちまえばいいだけだろ?」
「恐怖ではない、祝福され民に認められることが国の条件。国とは民あってのこと。ユング様のお言葉です」
「つまり国も民も邪魔だな」
「その結論はどうかと思うよ」
問答はここまでだ。特に合図もなく同時に駆け抜け、左右からアリアに殴りかかる。
「マナーのなっていない方々ですわ」
拳を拳で止められた。どうやら今までより厄介らしい。
「わたしたちが死ぬことで、その悲しみを利用して、踏み台にして国民を騙すんだね」
「騙す? 実際に死んでもらうので、一切嘘はございません。王族は死に、貴族による統治が始まるのです」
シルフィに神の波動が牙となって襲いかかる。
「うあう!?」
寸前で防御が間に合ったようだが、飛んでいく先は民衆のど真ん中だ。
空中で足裏の空気だけ時間を止め、なんとか踏みとどまった。
「あっぶなー」
瞬時に隣へ戻ってくる。その間に数発アリアにジャブを出してみるが、建物を壊さないように殴っていると効かんな。
「無事で何より。さっさと殺さないとな」
「わかった!」
路地に押し込めるわけにもいかんし、大通りは全部人がいる。
さてどうやって倒したもんかね。時間を止め続けるには、こいつを速やかに排除しなければ。
「ならこういうのはいかがです? どうせ止まった時間の中。犯人などわからないでしょう」
光速のレーザーが人混みへと飛んでいく。
「知らんな」
ガン無視で接近し、力を一点集中して右ストレートをボディに叩き込む。
「ぐげあ!?」
「そういうのはシルフィがやれ。俺は人間なんざどうでもいい」
ちゃんと背後でレーザーを消しているシルフィ。いい子だ。
そしてヒントを得た。
「いい子だアリア。お前のおかげで撃退法がわかったよ」
鎧で全域の生体エネルギーを感知して、適当にでかい塔へ投げ飛ばす。
「ぎいぃ!? こいつ、被害を無視して私を!」
「少し違う」
塔は封鎖されていて人がいない。だからアリアごと蹴り飛ばして粉微塵にしても問題ないのだ。
「どうせ止まった時間の中だ。壊れたことも、直したこともわからんよ」
そして塔の時間だけを戻して修復完了。
さらにアリアを掴んで大きな彫像に叩きつける。その像も直す。
「どれだけ壊そうが直せるわけだ」
城が見えてきた。こいつを殺してすぐに行こう。
「ですが甘い。人混みに逃げればその力も出せないでしょう」
俺から距離を取り、雑踏へとその身を隠す。
魔力が上がっているし、死ぬたびに成長でもすんのか。
「流石は騎士団長様。上空に逃げてくれたりはしないのね」
ここで建物のない空で決着をつけてやる! とか言ってくれりゃ対処が楽なのに。無駄に知恵が回りやがる。
「だが俺が一般人なんぞ気にするかな?」
「そこは気にして欲しいんだけど」
『蛮行は控えるのじゃ』
『クフフ、被害は少なめでお願いしますよ』
はいストップかかりました。ちくしょうめんどい。
「今回ずっと制限かかってストレスになるわ。お前ら作戦とか立てるなよ」
ずーっと邪魔が入る。ずーっと人だの物だのがあって全力出せない。
「いい迷惑だアホ!」
強引に掴んで空へ投げる。だが光速で背後に回られた。ご丁寧に攻撃魔法のおまけつき。
被害が増えないように殴って消す。ひと手間加えさせるなボケ。
「まだまだ! 残り全ての神の力を使えば、こんな街の時間くらい進められる!」
また余計なことを始めやがる。だがちんたら殺し合いをしていたおかげか、ちょっとだけ応用を思いついた。
「シルフィ、全域の時間を止め続けろ。何が起きても異変じゃない。俺がやっている」
「わかった!」
広場へと進み、人混みの中でアリアと対峙する。
「自分から人の多いところに行くとは、観念したのですか?」
「いいや、力の使い方を試すのさ」
鎧に流れるクロノスの力を改造してやる。
俺の魔力で広場を満たす。
「この広場を六個のブロックに分けた」
「なんですって?」
アリアを殴り飛ばし、実験を開始した。
「愚かな。民衆を巻き添えにするとは!!」
「どうかな?」
アリアが倒れている場所は、そこだけ誰もおらず、月明かりが照らしていた。
「月? どうなっているの?」
「お前がいるのは5ブロック。そこだけ誰もいない時間帯へと時を戻した」
「バカな!?」
ブロックごとに違った時間へと巻き戻したり進めたりする。
本来不可能だが、鎧のパワーってしゅごい。軽く引く。
『うわあ……凄いことしてるね彼』
『無茶しおる』
「わたし多分無理」
鎧の補助により、最適な時間を検索し、一瞬でその環境へと時間を戻す。終わったらまた現代に戻すのだ。これをピンポイントで連続させる。
体験するのが一番ということで、さらにアリアを殴りつけ、雪の積もる石畳へと叩きつけた。
「ぬああぁ!! 雪? ここだけ雪が!!」
「四季を一周させてやろう」
真夏日のような熱い日差しの差す場所へ蹴り込む。
急な温度差は風邪を引くから気をつけようね。
「こんなこと……どれほどの力と精密さがあっても不可能よ!」
「実戦ってのは大切だな。その場の状況から、新しい小細工も思いつく」
敵の注意力が散漫になってきている。脳の処理が追いついていないようだ。
「まだ終わらない! 多少の痛みなど、環境の差など覆すのが神の力!」
「いや、お前はもう詰みだよ。俺が意味もなく弱い力でお前を殴っていたとでも?」
アリアの胸と背中に強烈な衝撃が発生した。
「ぎっ……あが!?」
前後どちらにも衝撃が逃げず、立ったまま血を吐き出す。
「神ですら見えない速度で、そっと何億も何兆も打撃を入れる。まあ難題だが、お前が団長で人間だったことが功を奏した」
今までそういう敵に遭遇したことも、それができる人間と勝負したこともないのだろう。
「ずっと攻撃は蓄積されていたのさ。本物の時間差攻撃だ」
殴った事実を固着させ、一気に放出する。これも時間操作のおまけ機能だ。
「がががっががが!?」
身動きが取れず、小刻みに揺れては血を吐くアリアに、シルフィの剣が突き刺さる。
「みんなから奪った力、返してもらうよ! トゥルーエンゲージ!」
「ぎゃああぁぁ!!」
「あなたには、神の力なんて宿っていない!」
アリアから神の力が消えていく。これでいい。シルフィの剣が刺さる程度に力を分散させ、弱体化させるのだ。
「やめろ! やめろ!! この力は、私がユング様と幸せになるための力だ!」
「つまり力不足だったのさ。お前も、ユングってやつもな」
「さようならアリア」
「嫌だ! 消えてたまるか! 私は神として、ユング様と……」
力を全部吸い出され、光の粒子となって消えていった。
「とりあえず終わったか」
【皆様にお伝えしなければならないことがあります】
時間の流れを戻してみると、空に赤髪の男の顔が大きく映し出される。これは技術か神の力か。いずれにせよ敵の計画は最終段階に入ったのだろう。悪あがきしやがって。
【フルムーンに未曾有の危機が迫っていました。それは強く恐ろしい、神に等しき存在でした】
王族が死にましたまで放送させて、違うと言った方がいいか。嘘つき呼ばわりで混乱させられる。
「演説ってのは長くて聞いちゃいられない」
「しかも嘘だからね」
【団長は……傷つき、その命を散らしました。ジェクト様も、レイナ様も、シルフィ様も】
大嘘ぶっこいていらっしゃるよ。確かに品のある顔立ちで、いかにも貴族っぽい美青年だ。服装が礼服であることもあり、優雅で威厳がある。こういう場にはうってつけか。
【ですが私は信じています。きっと生きている。その志が絶えることはない。フルムーンを継ぐものが現れると】
「それはお前じゃないっての」
「ほら行くよ。終わらせないと」
「わかっているさ」
演説を聞きながら屋根の上を飛び回る。城が近くなってきた。
城へ裏手へ着地したら、バルコニーの上へ行く。
【その日まで、暫定的に私と名だたる貴族の連盟において、このフルムーンを運営していくことを決めました】
ざわつく国民の皆様。そりゃ誕生日会で本人死んでいたらそうだろうなあ。
信じない者、泣く者、呆然と立つ者、様々である。
【この場を借り、中継されている各国の方々に、我々貴族連盟にしばらくの王権を認めると、ご承認願いたい】
豪華な服着た連中が、ユングの横に並んで立つ。あれも敵でいいんだろうか。
お話が長いよ。だがようやく終わりだ。そう思うと少し感慨深い気がした。
【悲しみを超え、怒りを超え、いつか帰ってくることを願い、祈り、それまで美しいフルムーンを守っていくことをここに誓う!!】
まだ混乱しているが、それでも声援が混ざっている。どうやら本当に広告塔として人気だったらしいな。
【そう、つまりこの日こそが!】
「シルフィちゃんのお誕生日だろ?」
二人で飛び降りて、バルコニーに着地。突然のことに警備兵が剣を構える。
当然だが赤い鎧は顔が見えないし、声も変えた。
いよいよラストステージだ。
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