野望の終わりとパーティーの始まり

 ユングの計画を止めるため、俺とシルフィは城のバルコニーに突入した。

 

「あなたの悪行はすべてお見通しです。ユング」


「バカな……」


 そしてユングが、兵士が、民がシルフィを認識していく。


「シルフィ様……」


「シルフィ様だ」


「ユング様、これはいったい……」


「静まりなさい」


 シルフィの一声で一斉に膝をつく兵士たち。その凛とした声と佇まいは、完全に王族としてのそれだ。


「シルフィ様! ご無事だったのですね!」


「下手な芝居はやめなさいユング。今回の騒動、すべてあなたとアリアが共謀して起こしたこと。言い訳は後で聞きます。全員おとなしくしなさい」


「心外ですな。私はただ国を落ち着かせようとしていただけです」


「ならばなぜわたしたちが死んだなどと」


「訃報が入って来たからですよ」


 無理があるだろ。取り繕っても無駄だ。いかに人望があろうとも、王族には及ばない。


「王族も団長も全員無事です」


「それは喜ばしいことですな」


「アリアからも証言は取れています。抵抗しなければ、無駄な被害を出さなくて済みます」


 どちらの味方もできず、ただざわめく民と騎士は放置して、ユングを殴ろう。


「さっさと悪党倒して終わるぞ」


「なんだね君は」


「気にするな」


 ユングに歩み寄る。こちらを警戒する素振りがないな。


「警備兵、彼を」


「手出し無用です。全員下がりなさい」


 シルフィの権限が強い。兵に好かれているのだろう、成り行きを見守るように立っている。


「ほう、その男の味方をするというのですね」


「お前を倒して、さっさと終わらせる。これ以上茶番でシルフィの時間を無駄にするな」


「仮にも騎士団長である私を拘束すると?」


「違うね。死ぬ寸前まで殴るだけさ」


「できるものならどうぞ」


 とりあえず左右のフックを顔に入れる。


「ばっ!? ぐぶ!?」


「どうした? スピーチ考えるのに必死で寝不足かい?」


「あまり調子に乗らないこどばあぁ!?」


 顔にジャブを入れて鼻を折る。


「三日月団長の五百倍弱いな」


 もう強さの感覚が麻痺してきた。

 この世界の人間は強弱が極端で、レベル分けが難しいよ。


「こいつ、騎士団派か」


「騎士団派でも貴族派でもない」


 派閥とかクソめんどいやん。誰かといるの嫌い。

 そして貴族連中がわめき始める。


「生意気な!」


「何をしている! この男を捕らえろ!」


「いいから寝てろ」


 貴族派全員に腹パンかまして黙らせる。手早く処理しましょうね。

 証言させるためにも生かしておいてやるよ。


「そこまでだ。少しはやるようだが、第二騎士団長ユングに勝てるという思い上がり、ここで正そう」


 豪華な槍をこちらに向けてくる。別に高いだけだな。伝説の武器じゃないっぽい。


「うるせえ。一週間無駄になったぞアホ」


 近寄ると槍が突き出される。別に避ける必要もないので直進だ。


「なにい!?」


 耐久力の違いだ。槍だけが衝撃に耐えきれず砕け散った。


「こんなもんか」


 ボディに数発入れると、あっけなく肋骨が砕けていく。

 おかしいな、第五騎士団長から上は別格とか聞いた気がするのに。


「うっ……げええぇ……はっ、はあ……ありえん……」


「色んな意味でこっちのセリフだよ」


 しゃがみこんだユングの顔を蹴っ飛ばす。バルコニーのふちまでよろけていき、今にも落ちそうになっている。


「別にお前らの主張だの、騎士団と貴族の歴史だの、そんなもんに興味はない。俺にはどうでもいい」


 呼吸も満足にできないユングへと、死刑執行の歩みをすすめていく。


「けどな、それでシルフィの涙が一滴でも落ちるなら」


 殺さないように、周囲に被害が出ないように調節完了。気品あるお顔に右拳をクリーンヒットさせた。


「ぐべっふあああぁぁ!?」


「その涙が地に落ちる前に、てめえらを地獄に叩き落とす」


 すっ飛んでいくユングに追いつき、バルコニーまで蹴り戻す。

 民衆の中に落っこちられても困る。


「ふざけるなよ……神は何をやっていたんだ」


 近寄る俺に、突然ユングの背中から生えた羽と触手が襲い来る。


「何っ!?」


 咄嗟にバックステップで離れ、手刀で切り落とすと、黒い煙となって消えた。


「化け物か。人間のフリして団長とは、うまいことやるもんだ」


「人でも化け物でもない。神でもない。すべてを超えたものだ。この体は特異点。私は最高の適合者なんだよ」


「急に意味わからんこと言うな」


 ユングのひしゃげた顔が戻っていき、やがて顔以外が紫の皮膚と毛に覆われた化け物へと変わる。


「どうなってんだ……」


 体躯は五メートルほどになり、時折すべてが液状になったり鉱物になったり変化し続けている。まるで脈打っているように、生物としての構造が変化し続けていた。


「足りない……まだ力が、魂が足りない……お前の魂もよこせええぇぇ!!」


 人間と神の、それも数種類の力が混ざった化け物が誕生した。

 膨大な邪気を撒き散らし、このままじゃ被害者が出る。


「シルフィ、ここは頼む」


 気配を消し、速攻でユングの背後に回って首を掴む。


「貴様何をする気だ!」


「恒例行事さ」


 そのまま大ジャンプすれば、一緒に宇宙の旅へ出発だ。


「久しぶりに来たな宇宙」


 静寂の中、美しく煌めく星々を眺める。

 少しだけ漂っていたい気分に駆られるが、ユングがそれを許さない。


「よくも計画を台無しにしてくれたね」


「俺じゃなくてもできたさ。今回は偶然俺だっただけ」


「ならお前から消してやる」


 水と炎と邪気でできた槍を構え、光速で突っ込んできた。


「手加減している場合か?」


 光速の三億倍で直進して、顔面に拳をめり込ませる。


「がっ!?」


 防御もできず、何千光年もぶっ飛んでいくユング。


「邪魔さえなければ、この程度はできるのさ」


 やはり周囲を気にせず戦える環境は素晴らしい。清々しい気分だよ。


「神を超えた私に何度も傷を……」


 ユングがいる場所へ移動すると、どうやらまだ元気らしい。


「頑丈だな。だが神を超えたってのは不正解だ。お前は上級神を超えていない」


 ヒメノやヤルダバオト未満である。ティターンの力も感じるが、どうにも弱々しい。完全には取り込めていないのか。


「最後に目的でも話せ」


「お前の最後にかい?」


 とりあえず光速の五万倍で打ち合う。それなりに強いな。

 超回復と特殊能力で食らいついてくる。


「力を手に入れて、神になって、いや神を超えて? 国を手に入れてどうする? そうさせてくれたパトロンは誰だ?」


「誰でもない。私たちは共同開発者であり、経営者だ」


「その力の?」


「新しい国のさ」


 液状化した両腕が宇宙の全方位から飛んできた。

 鎧なら液体も殴れるが、インパクトの瞬間だけ鉱物に変化している。

 銀河くらいなら潰せるだろうが、やはりおかしい。


「面倒な体質だな。私生活どうしているんだ?」


「ご心配なく。制御法くらい収めている」


 緑色の炎を吐き出しながら、鉱石を弓矢のように飛ばしてくる。

 どれも絶対的なカリスマと威力ではない。

 こいつの自信がわからん。


「君の見たこともない技で殺してあげよう」


 黒い六枚の翼が広がり、羽が舞い散る。

 周囲の隕石を砕きながら、そのすべてが俺に飛来するわけだ。

 魔力を開放して消しながら、飛んでくるビームの軌道をそらす。


「全部どっかで見たぞ」


 どこかは覚えていないが、なんか見覚えがある。

 なんだったかな……こう、敵か味方か、それとも知識だけか。

 判別できんが、こいつは邪魔だ。


「君こそどうして邪魔をする? フルムーンの関係者なのかい? 愛国者とでも?」


 高速回転しながら光る円盤を飛ばしてくる。どうやら盾としても機能するようだ。

 あんなもんに宇宙のゴミがかき消されていく。そういう掃除機みたいだな。


「そうでもないさ。フルムーンの人間でもない」


 一個拝借して投げ返し、軽くフリスビーと洒落込んでいく。


「ならばどうして立ちはだかる。君にどんなメリットがある?」


「単純に俺とシルフィの邪魔なんだよ。だから全員殺すのが手っ取り早くて安全だ」


「安全? 死地に赴くことがか?」


「殺しってのは再発を防ぎ、安全と安心を手に入れるための作業だ。存在ごと消しちまえば、そいつは二度と復讐できない」


 義務だの責任だのが大嫌いな俺だが、これだけは俺がやるべきことだと思っている。渋々だが引き受けてやるのさ。


「なぜそこまでする?」


「俺なら必ず復讐するからさ。まずそいつの一番大切な身内からな」


「それだけか。実にシンプルで合理的だ。達成できるのなら、という前提だが」


 ユングが変身前へと戻る。戻れるのか。今までの連中は暴走していたのに。


「わかるかい? これが私の天賦の才だ。狂うこともない。100%完全に制御している」


 ユングの胸が紫に輝いている。何か禍々しい力が蠢いているのを感じた。


「君にお見せしよう。これがネメシスのコアだ」


 宇宙に光が満ちていき、収束した中心には、紫の鎧を着たユングがいた。

 俺の赤い鎧と同じデザインなのはどういうことだ。


「君に敬意を払い、その姿を真似してみた。お気に召していただけたかな?」


「ものまねで俺に勝てるとでも?」


「ならここからは実力を見せていこう。テストに付き合ってくれ」


 光速を遥かに超えた速度で突っ込んでくる。

 ハイキックを打ち合えば、宇宙を衝撃が走っていく。


「手を抜いてやがったか」


「お互い様だろう?」


 さらに速度は上がる。今回散々神の戦いを見てきたが、こいつはそれを超えてきた。


「イアペトスより速い!?」


「当然さ。私は複数の神を取り込める。この戦争で、私はますます強くなった」


「やはり生かしておくべきじゃないな」


 何億何兆の打撃を交えても、こいつは動じない。

 そろそろ決めるか。これ以上強くなられても邪魔だ。


「超再生能力。無限の命。概念的存在となった私を、無遠慮に殴りつけるか」


「邪魔なやつを殴るのに、遠慮なんかしないだろ」


 ガンガンリミッターを外していく。ここなら多少何かが壊れても関係ない。


「なぜ届かない? これほどの神の力を結集して、なぜ君は倒れない?」


「集め方が足りなかったんだろ」


 体を多少ぶっ飛ばしたところで、すぐに別の物質が再構築される。


「君の力も是非欲しい」


「お断りだ」


 やつの胸のコアだ。あれさえ壊せば勝てる。決めに行くか。


『ソード』


「決着をつけよう。予定が詰まっている」


「私もだ」


 ユングの右腕に全魔力が集中している。宇宙など数百消せる力を、俺を殺すために一点集中で凝縮させ、解き放つ。


「消えてくれ。私の理想の国家のために」


「消えな。俺の願う今日のために」


『ホウ! リイ! スラアアアァァァァッシュ!!』


 お互いの力がぶつかり合い、消滅と増幅を繰り返す。

 最後に押し切ったのは俺の力だった。


「これが世界の答えか……勉強になったよ、紅の鎧よ。いずれまた、君に会いたい」


「悪いな。俺はあいつら以外、誰にも会いたくない」


「残念だ」


 断末魔の叫びもなく、滅びを受け入れるように消えていった。


「なんだったんだあいつ……」


 今までの敵とは違う、不気味な執念を感じたのに、いやにあっけない。

 強かったが、最後まで謎の残るやつだ。


「今気にすることじゃないか」


 ゆっくり星に降りていくと、シルフィの声が聞こえてくる。


「今回の騒動は、とてもとても辛く、苦しい戦いでした」


 放送で何か話しているようだ。


「敵はとても強く、未来はずっと遠く、手を伸ばしても伸ばしても、先の見えない中で、たくさんの戦いがありました」


 シルフィの周囲に団長たちの気配がある。戻ってきたか。


「敵の目的もわからず、時間は待ってくれなくて、団長も傷ついていく。弱いわたしは何もできなくて、壮絶な戦いは眩しすぎて、進むべき未来を見失っていく」


 国民は黙ってその話を聞いている。聞き逃さないようにと。


「それでもわたしの手を引いて、背中を押してくれるみんながいました」


 雲を突き抜け、足元に城が見えてくる。


「わたしの手を掴み、もう片方の腕で最悪の悪意を切り払い、最低な野望を打ち砕き、その人たちは笑ってくれるのです。わたしの勝利を信じているから」


 声が震え始めた。泣いているのだろう。


「負けるはずないじゃないか、お前は俺たちのシルフィなんだから。そう言ってくれる人たちがいました」


 だが笑っている。涙声で、とても嬉しそうに話している。


「進むべき道はもう、そこにあった。託されたものが、守りたいものが、大切な人たちが、もうわたしにはあるのだと、気づくことができました」


 ゆっくりと団長たちの横に降り立つ。


「みんなありがとう。わたしは今……幸せですっ!!」


 シルフィからマイクをもらい、この茶番を締めくくろう。


「はいそれでは皆様ご一緒に、これ聞いている連中もだ。はいせーの。シルフィちゃん!」


 団長も、騎士団も、民も、みんなの声が重なる。ただ一人を祝うために。


「お誕生日おめでとおおおおおおぉぉぉぉ!!」


 こうして一連の事件はひとまず幕を下ろす。

 今はシルフィを祝ってやろう。問題は誰かが解決してくれるさ。

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