マーダラー誕生秘話
マーダラー・タクトが現れてから二日後の昼。自宅のリビングでごろごろしていたら、色々と調べていたコタロウさんが帰ってきた。
「ただいま帰ったでござるよー。にんにん」
狙われている以上、単独行動どころか外出も控えている。本職の忍者に頼るのがベストだと判断したのさ。
「ご苦労さまです。少し休んでください」
あれからマーダラーの襲撃は無い。不気味なほど何もないので、学園で騒ぎを起こしたことが不思議でしょうがない。存在をばらさずに目的を遂行したほうが得なはず。目立つことに意味があるのだろうか。
「お館様、仕事でその口調はいかんでござるよ」
「今回はフウマ全体の問題です。俺が仕事で使っているわけじゃないからセーフです」
これはたまに言われる。慣れてきたけれど、どうも大人数を命令下して動かすとか、トップとしての態度というものが難しい。
「今やってみて慣れるでござる」
仕方がない。わざわざソファーに座り直し、片膝ついているコタロウさんに命令を出す。
「コタロウ、ご苦労だった。皆が来てから報告しろ。それまで休め」
「はっ、ではお茶にするでござるよ」
ソファー前のテーブルには、二人分のお茶がもうあった。
温かいお茶が、白い湯気を出しながら香りを漂わせている。
「心が落ち着くほうじ茶でござる」
「ティーカップで飲むほうじ茶も悪くないですね」
「意外と飲みやすくていいでござるよ。お茶請けは羊羹でよろしいかな?」
「そこまでしなくてもいいのに」
甘さが上品な栗羊羹を出された。いやおいしいんだけど……なんか接待されていないかなこれ。そこまでせんでいいのよ。お館様っていってもお飾りだし。
「いやいや、せっかくこうして同郷と二人。故郷の話に花を咲かせたいでござる。お館様なのですから、この時だけ敬語もなしでいくでござるよ」
「どうもパラレルくさいぞ」
「でござるか。イエヤスが天下人とは……わからんものでござる」
戦国まではほぼ同じだろうが、そこから完全に歴史が違うっぽい。
武将との戦いとか、合戦の体験とかを語ってくれる。本物から聞くと迫力とリアリティがあって面白い。
「やっぱノブナガか」
「でござる。ノブナガは豪傑であるが繊細で、民と仲間を大切にする男でござった。刃を向けたことも、ともに外敵を打ち破ったこともあるが、笑うと子供のようで、案外柔和な男でござったよ」
魔王みたいなイメージは、敵対者からのものが多いらしい。恨みを込めて後世に残すとそうなる。実際には先を見据えすぎていただけで、本当にうつけか、全部天才の計算なのか、案外両方なんじゃって人だったんだと。
「勢力伸ばして上洛だろ? 対策大変だろうに」
「幸いオダとは少し離れてござった。故にタケダを防波堤にして、サトミとサタケを倒して吸収したのでござる。徹底した富国強兵を目指し、海外と貿易なんぞも初めてござった」
「おお、先見の明ってやつか」
「北の覇者であったモガミを倒すため、アシナと組んで北へ追いやり、復活したモガミが北を制圧して戻ってきたりでござる」
「俺の世界でも北で有名なのはモガミとアシナの二強だな。あとウエスギ」
ゲームでも東北はそいつらの天下だ。似ている部分もあるんだなあ。
それぞれの戦いと作戦やら時代背景やらを聞くだけで面白い。
「桶狭間から十年と少しの、急速な侵略と地盤固めでござった。忍者大活躍でござるよ」
「武将バトルは興味がある。あんまり一騎打ちとかの伝説聞いたことがなくてな」
戦国史は兵器と兵法の歴史でもある。鉄砲や大砲により、大きく戦ぶりが変わっていく。その過程も嫌いじゃないが、ゲームのような一騎打ちも聞きたいのだ。
「一騎打ちも鉄砲の登場で少なくなって、少し悲しいでござるよ」
「使えたんですか?」
「得意分野でござるよ。影に隠れて敵を撃つ。西洋甲冑の隙間も撃てるでござる」
貿易を始めたホウジョウから手に入れるらしい。設計図を手に入れて、自国での生産と流通を管理したり、仕事は多い。大変だな。
「覚えること多そうだ……」
「忍者でござるから。鉄砲も治水事業も外来語も覚えたでござる」
「おおー……忍者なのに最新技術だ」
「本来忍者ほど最先端技術を取り入れねばならぬ職業はありませぬ。常に時代の変化をいち早く調べ上げ、有効な兵器、最新の防衛システム、革新的な戦法、使えそうなものは全部知って備え、敵に当たる」
「なるほど確かに。ぼんやり古風なイメージだったよ」
古い技術のみで戦う、時代劇から飛び出してきた連中のイメージだった。
漫画とかでも忍者って、古流武術とか忍具忍術で現代兵器に勝つ印象だ。
「無論伝統は大切でござるよ。守っていくべきでござる。里の人間も伝統も守る。どこも組織の頭は辛いでござるなあ」
「聞くだけで大変そうだな。フウマもフルムーンも、きっとしんどいだろう。俺はお飾りのお館様で十分だ」
「人にはやりたいこと、やれないこと、やるべきことがござる。それを理解し、選べる行動力と判断力。成し遂げる実力、お館様にはちゃんと備わってござるよ」
「随分と買われたもんだな」
俺に無理なお世辞は必要ない。そして忍者というのはかなりリアリストだ。つまり半分以上は本気で言っている。そこまで言われるのもわからんな。嫌な気はしないが。
「たまにはこういう時間もいいでござろう?」
「そうだな。俺のいた世界はクソだが、歴史なら悪くないか」
「なるほど、気をつけるでござる」
「そっちの歴史や食い物についてはまた聞かせてくれ。面白い」
「承知にござる」
お茶も羊羹も無くなったし、やることなくなったな。こういうのんびりした時間は貴重でありがたい。このまま寝ちまうかな。
「アジュ、お客様よ」
イロハが音もなく近くに来る。二階からリリアとシルフィも降りてきた。
「誰だ」
「ももっちと、確かコウガの忍者よ」
「代表者を呼んであったでござる」
「わかった。通してくれ」
そしてももっちと、赤い忍装束の男が入ってきた。見栄えを気にしているのか、派手な装備だ。コウガに多いタイプだ。
「コウガの上忍、アランです。三勢力の会談とのことで、現当主に代わり、参上いたしました」
頭巾を取ると、金髪で優しそうな王子様っぽいやつが出てきた。金色の両目がこちらを見ている。高身長で鍛え上げられた筋肉をしているイケメンだな。
「じゃあイロハとももっちに任せる。コタロウ、俺とお茶の準備」
「もうできてござる」
「すみません。気を遣わせてしまって。これコウガからフルーツ盛り合わせです」
「これはご丁寧にどうも。拙者切り分けるでござる」
全員分用意されていた。流石だ。メインの三人がソファーに座り、俺とシルフィ、リリアはテーブル横の椅子に座る。コタロウさんは俺の横に控えている。
「ギルドハウスで会談と聞いた時は驚きましたが、そちらの御仁、只者ではありませんね」
「結果的にここが一番安全だ」
「そうそう、じゃあ改めましてご報告! マーダラーにイガとコウガの隣国が襲われたよ!」
おいおい唐突にやばい案件始まったぞ。あいつらが国に攻撃? どういう目的があるんだよ。なぜ隣国。それじゃすぐ忍者が到着するし、最初からイガとコウガを狙わないのは……ああそういうことかこれ。
「不思議なことに略奪もせず、ただ兵士を殺戮し続けて撤退していきました」
「忍者が到着したらみーんな逃げてっちゃったってさ」
「国に絞ってきやがったか」
「お館様、どう見ますかな?」
「テストケースですかね?」
「おそらくは。断定できかねますがほぼ正解でござろう」
テストする項目は複数だ。
忍者のいない小国なら、どの程度で倒せるか。
忍者がどのくらいの速度で駆けつけてくるか。
そいつらと戦えるか。撤退でどのくらい被害が出るか。
小国をテストケースとしつつ、忍者への不信感を煽って協力させないようにする。
そんな感じで結論を出し、コタロウさんに詳しく説明させた。
「まあこんなところじゃろ」
「あじゅにゃんの変な勘のよさ出てるね」
「フウマに被害は?」
「ゼロでござる。攻められてすらいないでござるよ」
「フウマは隣接する同盟国のフルムーンがまず強い。他の国も簡単には落ちない。フウマの里が天然の要塞でもあるし、秘伝の技術も多く、攻めるには不確定要素が多すぎる」
「けどイガとコウガの近くには小国があって、周辺国は友好的ではあっても、軍事レベルで同盟を組んでいるわけじゃない。緊急の通行にも手続きがいるんだ。そこを狙われちゃったんだねえ。嫌な敵さんだ!」
完全に計算して行われている。殺人に躊躇がなく、謎の目的のために団結して動く奇妙な連中。やばいな。どう対処するんだこれ。
「僕らコウガは明るい忍者というイメージで、ようやくここまで来た。陽のあたる道を歩けているというのに、いらない風評が広がってしまう」
「イガはもっと深刻かも。そういう戦略より黙々と仕事するタイプだからねえ」
二人の顔が暗くなる。雰囲気まで重くなっているが、それもそうだろう。得体の知れない敵に脅かされて、功績が消えるのは不本意極まりない。
「忍者の孤立と対立。うまくやったものでござるな」
ここまでかなり念入りに計画が練られている。この恨みの原動力は何なのか、ここではっきりさせておきたいところだ。
「じゃあマーダラーがなんなのか、みんなの調査結果発表するよー!」
コタロウさん、ももっち、アランさんの持ってきた情報を合わせて、それなりの結論にたどり着いたらしい。聞いておこう。俺にわかるかわからんけども。
「ぶっちゃけよくわかんなかった!!」
「えぇ……」
「フウマの古い文献を漁っても、情報がなかったのでござる」
「フウマの諜報技術で手に入らないのは異常よ」
明らかに忍者に敵対している。なのに知らないってことは、それだけ秘匿されているか、ごく最近できたかだ。
「今のイガ・コウガのトップや重鎮に聞いても、何も情報が得られなかった。かなりの異常事態だ」
「そこでさらに文献を遡り、少なくとも七百年前の資料を見つけました」
「えっらい昔から持ってきたのう」
「そこにはマーダラー計画について、わずかですが記載があった。忍者を駆逐できる究極の戦闘集団を作る計画です」
どんだけ前からの構想だよ。数百年単位で続く計画なんて可能なのか。
ことが大きすぎて、聞いている俺たちもピンとこない。
「忍者台頭前には、人々を脅かす裏世界の暗殺者と、それを使役する勢力が多く存在していたんだって」
「イガもコウガも一緒だった頃、そういった闇の勢力を殲滅し、平和を守るために、我々の先祖は戦っていたのです」
「どこかに雇われて、護衛や諜報活動などもしてたんだけど、ぶつかっては戦う感じだったみたいだよ」
光と闇の忍者対決みたいなことが行われていたらしい。
正義の忍者軍団は力も勢いもあり、世論を味方につけ、裏の連中が邪魔な組織が援助を惜しまなくなる。一刻も早く全滅させないと、善良な資産家連中は死ぬと思ったんだろう。
「そこにフウマ忍者が現れた、ということでござるな」
「ええ、まったく想定の範囲外から現れた新勢力です。当時フウマは侵略行為をせず、里に住んでフルムーンと同盟だったと記録があります。自分たちから攻撃はせず、侵略者に対しフルムーンと共同であたるに留めていたと」
「うむ、国際情勢に関わる気はなかったでござる」
忍者は隠れて生きるもの。そもそも別の場所から来たコタロウさんは、オルインで戦争ふっかけたりする気もなかったらしい。フェンリルと暮らしながら、自分たちの里を作っていったのだ。
「でも勝てない忍者の存在が怖かったんだね。昔の技術をじゃんじゃん使って、人体実験ばっかりやって、ついに忍者キラーを作る計画ができちゃったんだって」
「ならなぜ知られていない?」
「悪の組織が根こそぎ壊滅したからです。プロジェクトは凍結。研究所は完全に破壊され、その記録は殆どが抹消されたそうです」
邪悪な研究は潰えた。野望が達成されることはなかっただろう。それは喜ばしいことだが、まだ続きがありそうだ。
「フウマに喧嘩売らず、こっそりとイガ・コウガが潰し、記録も抹消して数百年経った。これが情報の少なさってわけか」
「はい。完全に存在そのものが消えたはずなんですが……どういうわけか復活し、忍者すべてを殺すまで止まらない集団へと変貌しているようです」
「クソ迷惑だよ。まず数百年前のいざこざが有効なのか?」
「その頃から生きていたんでしょうか? だとしても数が多すぎますよね」
「どこから戦力が補充されているのか、それはまだわからんでござる」
数もそうだが、対策取って再登場までが早すぎる。どんな方法で情報共有がされているのか不明なのは、あまりいい気分ではないな。
「ですから、より確かな情報を求め、発祥の地へ行こうと思います」
「発祥の地?」
「イガ・コウガが分かれる前の、我々の国と。マーダラーの研究所のあった場所へ」
当然のように俺たちも行く流れである。まあフウマが危険だってんなら、行かないわけにもいかん。できればそこにヒントがあってくれ。長引くなよ頼むから。
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