マーダラー・テイル

 俺の家での会議から一夜明けて、朝早くに俺たちは学園を後にした。

 今は眠気と戦いながら列車の中である。


「遠いな……そして眠い」


 一車両全部忍者の関係者だ。俺たち四人にコタロウさん、アランさんにももっち。さらに上忍が各勢力から二人。そして警備の中忍が前後の車両に待機。これで安全対策はばっちりである。


「いささか人数が少ない気もしますが、コウガも精鋭を集めました。ご安心を」


「仕方がないでござるよ。自国の防衛と、学園内での防御を固めるため、人員を割く必要がござる」


「むしろ少数精鋭でいいわ。気兼ねなく戦えるもの」


 マーダラーの目的が忍者撲滅と推測される以上、単独行動はさせられない。

 よって三勢力とも自国の防衛を最優先し、学園の人間は学園で固まることにした。

 学園内に忍者の避難場所があるらしく、それぞれそこに固まって警戒しているらしい。


「今更だけど、フルムーンのお姫様巻き込んじゃってよかったのかにゃ? 責任取れないぜい」


「イロハが狙われるなら放っておけないからね。親友のピンチに駆けつけるのです!」


「ありがとう。でも無理はしないでね。シルフィが傷つくのは嫌よ?」


「へーきへーき。これでも強くなってるんだから!」


「んじゃもう一回ちゃんと説明します!」


 今回の目的地と、そこで何をするかのおさらいをしておこう。現地でどんなトラブルがあるかわからないからな。


「イガとコウガの本拠地は学園外に存在します。今となっては別々の拠点が存在しますが、袂を分かつ前は一緒でした。一つの国と言ってもいい規模を誇り、今もそこにはイガ・コウガ別け隔てなく住めるようになっています」


「歴史ある建物や文化はそのまま残そうという意図もあるんだってさ!」


 アランさんとももっちが解説してくれる。俺たちが行くのはその国らしい。


「一応一般開放されていますが、フウマが集団で行くのは目立ちます。よってイロハ様と上忍二人。正体を知られていないコタロウ様の四人で一般人に変装して入国していただきます」


「合理的で大変よろしい」


「そこで文献を調べて貰っています。情報を手に入れたら、立入禁止区域となった研究所跡へ向かいましょう」


 何事もなきゃいいけどな。敵が明確なのだから、どっかで戦うことにはなるが、なるべく大騒ぎにはしたくない。フウマの評判が悪くなるのはNGだ。


「車内は広い。ここなら敵もすぐ見つけられるし、大勢で押し寄せることもできないでしょう。今のうちに休んでおいてください」


「そうですね。じゃあしばらくゆっくりと……」


「窓の外を。何かいます」


 指さされた方向を見ると、猛ダッシュで列車から離れた位置にいる集団を発見した。


「列車と同じスピードで走るなや」


 できるのはわかるよ。この世界の連中なら可能だろう。でも実際に見ると意味分かんないよね。


「まだ敵って確定でもないですし、結界張る準備だけしておきましょ」


「おいおいおい、そんな判断力で忍者できると思ってんのかいボーイ」


 扉によりかかり、イケメンしか許されなさそうなポーズをとっている男がいた。


「かっこいいポーズ取ってる!?」


「かっこいいからな。自然とそうなる」


「うさんくせえ!?」


 白く長い髪と、獰猛でギラリと光る銀色の目が特徴的な男だ。引き締まった筋肉と銀色の忍者装束がまた派手な変なやつ。フウマじゃないな。


「ああいうのはコウガですよね」


「いや、僕らは知らないよ。そもそも全員顔合わせしてあるし」


「ん? じゃあこいつ誰? イガじゃないよん?」


「扉に前にいた忍者はどうしたでござる?」


「しばらく眠ってもらった。安心しな、殺しちゃいねえ」


 室内にいた上忍が、男を敵とみなして地面に叩きつけて拘束する。


「おーいってえ。こんな痛えと生きてるって感じすんなあ! そう思わないかい!!」


「拙者に振られても困るでござるよ」


 楽しそうにこっちを見ている。なぜこの中でコタロウさんチョイスだ。半透明だからか。


「お前が一番忍者として強えだろ? 違うか?」


 いつの間にか、男と上忍の役割が逆転している。動きが見えなかった。

 上忍を押さえつけているが、刃物を出さないし、殺そうともしていない。目的は何だ。


「お前もマーダラーか!」


「テイル。マーダラー・テイル。オレに極上の物語をくれ!!」


「今までに無いキャラのやつが来たのう」


「ここは我らにお任せを」


 コウガの上忍とアランさんのタッグで相手をするらしい。

 俺たちは逆側へと下がる。


「なんだよなんだよ! そっちの半透明のやつじゃダメなのかよ!」


「半透明で戦えるわけねえだろ」


「そっか……って騙されるかーい!!」


 なんだこいつ。なぜここでノリツッコミ。なぜ陽気。うるさい。忍べ。マーダラーのイメージがおかしくなるだろ。


「コウガ流忍法、ブリザードバインド!」


 吹雪が床から男を凍らせていく。やがて氷の塊の中に囚われていった。

 車内でこれをやられると、ほぼ動けない。天井はそこそこ高いが、飛び回るには圧倒的に不利である。逃げ場がないのだ。


「車内じゃ下手に動けない。的確な状況判断もできずに忍者が殺せるわけがないよね」


「そうか? 割といけると思うぜ?」


 またいつの間にか男が開放されている。そしてアランさんの首から下が凍結していた。上忍さんも同じ。凍るまでのプロセスが見えない。やべえこいつ強いぞ。


「そんな!? 術を使う素振りなんて無かったぞ!?」


「イガ忍法、分身千鋲嵐!!」


 ももっちが五人に分身して、無数の長い針を投げつける。千本針? みたいな名前の武器だった気がする。


「あー……こりゃいってえわマジ。やるじゃねえかちびっこ」


「ちびっこじゃないし!」


 全身に太めの針が刺さっているのに会話していやがる。何なのこの男。


「背が伸びるツボってやつを押してやるぜ!」


「コタロウ、変わり身!!」


「承った!」


 テイルの技が反射なら、ももっちが針山になる前に回避すればいい。コタロウに変わり身の術さえ使わせればいいはずだ。それなのに、漠然と嫌な予感がする。


「これは……」


 ももっちを下がらせ、丸太に針が刺さる。このまま刺さり続ければ問題ないのだが。


「あうっ!?」


 なぜかももっちの手にも針が刺さっていく。変わり身にも刺さっているということは、何か条件があるはずだ。


「下がって回復しろ。こいつちょっと厄介だ」


「んん? おいおいおいおい、もう効かねえやつがいんのかよ。トップ一人くらい殺せるでしょうとか都合のいいこと言いやがってタクトのやつ」


「タクトか。あいつはどこにいる?」


「案外近くにいるかもな」


「首をはねろ」


 音もなくコタロウさんが動き、テイルの首を跳ね飛ばす。だがそこには両断された丸太が転がるのみ。


「身代わりの術ってやつだぜ。やっぱ強いのはてめえか!」


「今の攻撃を見切るとは、久々に歯ごたえのある敵でござるな」


「だが本気は出せねえだろ? オレらが全力で動けば、列車もろとも大回転だ」


 だろうな。超人レベルが本気を出してぶつかるということは、こんな列車なんて軽く吹き飛ばす。必殺技はもちろん禁止されてしまう。


「最低でもどっかのトップは始末させてもらう。半透明のおっさん、あんたは最後に取っておく!」


 本当に厄介だ。こいつもマーダラーなら、下手に技を使うと対策を取られる。

 神のような圧倒的な強さはないが、面倒でストレスを与えてくるタイプだ。


「なら僕らで決着を付けてあげよう。いくぞ!」


 アランさんとコウガ忍者による体術の連打が続く。

 つまり術を使わず、できるだけ急いで倒せばいいわけだが。


「効かないねえ!!」


 体術も強かったりするらしい。多数との戦闘に慣れているのか、徐々に風向きが敵へと変わっていく。


「こいつ……死なないのか!」


 不死身と錯覚するほどに頑丈だ。どこを切っても突いても死にゃしない。自分への攻撃を反射している説が濃厚だが、それだけじゃない。何かある。


「いんや死ぬさ。あんたらには殺せねえだけだ! オレをうるせえだけのネタキャラだと思ってんだろ? 甘いぜ!」


 こいつ超人クラスでも強い方か。やばいぞ。ここまで本格的に強いと俺じゃ鎧を使うしかない。だがその存在は秘匿すべき。つまりうかつに介入できない。


「コウガってのはこんなもんか?」


「うぐ……」


 やがて追い詰められていく。テイルが一歩も退かないのだ。こちらも回復魔法を使いつつ戦うが、あっちは致命傷をものともしない。不利な状況を覆せないのだ。


「うがっ!?」


「あっ……ぐうう……」


 コウガが傷ついていく。ダメージの蓄積と、狭い場所で切り札を見せられない縛りプレイが厳しすぎるんだ。


「コウガはつまんねえ。もう首もらうぜ。次はちびっこだ!!」


「させないわ!」


 アランさんに斬りかかるテイルを、なんとかイロハが止める。

 剣戟の音が車内に響き、両者一歩も動かず切り結ぶ。

 反射されないように、テイルへの攻撃はせず捌き続け、術の正体を見極める気だろう。


「へえ、あんたも強いんだな。透明のやつの次に殺してやるぜ」


「まだ死ぬ気はないわよ」


 テイルの両手に嫌な気配が集まっていく。見たこともない魔力が圧縮され、


「クライマックスいくぜ!! 必殺! 本日の四死逢魔!!」


『テイル、そこまでです。列車が目的地に付きますよ』


 タクトの声が響く。これは魔法だろうか。姿も気配もない。声だけ届けているようだ。


「殺しきれずか。まあいい。今日のところはここまでだ。次はもっと広い場所で殺してやっからな!!」


 本日の必殺技は中止され、テイルからは殺気が消えた。この状況で逃げ切れると思っているのか。


「逃しはしない!」


「逃げねえよ。今から死ぬんだ。オレがなあ! 忍法、血晶瀑布!!」


 テイルの体が粉々に吹っ飛び、槍のように鋭く凝固した血液が四方に飛ぶ。結界で防御したが、最後まで騒々しいやつだった。


「どうなってんだよ……」


「先が思いやられるぜ……」


 いつの間にか外を走っている集団も消えていた。

 まったく、到着する前からこれかよ。なるべく急いで行動するっきゃないようだな。

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