艦橋での戦い
階段を上がった先は、驚くほど空気が澄んでいた。
宇宙船の艦橋のようでもあり、ぐるりと一周外が見渡せる作り。
そして何より広い。遠くの窓ガラスが霞むほどだ。
「待っていたぞ、強き者よ」
男の声。そして空を埋め尽くす宇宙戦艦の群れ。
どうやら包囲されているらしい。
「この船の艦長だ。親しみを込めて艦長と呼ばれている」
中央から歩いてくる白衣の男。
二十代後半くらいか。整えられた緑色の短髪と、金色の目が特徴かな。
「ふーん」
いやつっこまないよ。仲間でもないやつのボケに乗ってやる義務とかないし。
「ワタシはこれが気に入っていてね。ついそう呼んでほしくなるのさ」
声が女のものに変わる。髪の色も白くなった。なんだこいつ。
「君たちの戦闘力を高く評価し……」
そこで部屋全体に赤いアーマードールを着た連中が転送される。
わかっちゃいたが、やはり戦うのか。
「少し話をしてみたくなった。魔王アスモデウスやハルファスに引けを取らない圧倒的な戦闘力。素晴らしい。ぜひ我々の目的の為に使って欲しいものだ」
目的ねえ……こいつら機関だろ。
そういや正義のため平和のためとか、そんな目的だったような気がする。
いや超迷惑だけど。できれば消えて欲しい。自主的に。
「おそらくリーダーであるオレンジ色の君。名前は?」
オレンジ……ああそうか、まだミラージュキー使いっぱなしか。
髪の毛オレンジなんだな。
「黒」
「ほう、オレンジなのに黒か。愉快だ。では黒、我々と来る気はないか?」
「ない」
まあ即答だよ。さっさと終わらせて帰りたい。
仲間がうしろで明らかに飽きた空気出しているし。
成り行きを見守るムーブだ。俺ばっかり会話するのしんどいのに。
「これでもかい?」
赤い連中が一斉に銃口を向けてきた。
光速の三十倍くらいで手刀の真空波を放ち、艦長以外の敵を切る。
誰にも悟らせず、ゆっくりと敵の首が床へ落ちた。
「ん、悪い。これってどれのことだ?」
すっとぼけてみます。こいつがどれだけ強いか試してみよう。
「何をしたのか知らないが、今のは君なんだろう?」
「いや全然。魔王がやったんだろ」
「では魔王マーラよ、ワタシと……」
「断る」
まあそうだろうな。この茶番はいつまで続くのかな。
「そうか、大義を理解できないか。嘆かわしいね。量産型ヴァルキリーと管理機関の技術により、より効率的に平和が訪れる。その一翼を担うという栄誉を授けてあげられるのに」
「まずお前らの正体がわからん。わけわからん連中にはついていけない。管理機関なのか? この戦艦は何だ?」
「我々は腑抜けた管理機関を利用しているだけさ。最上の結末のために。この戦艦は基地でもある。強者を探し、連れて行くためのね」
「正義とかそういうもんのためか?」
「そういう目的の人もいるね。ワタシは凡人に正義など、分不相応だと思うよ」
わからんでもない。正義マンはうざいからなあ。
ああいう連中にツバを吐きかけて殴る以外の使い道はないと思う。
「平和は副産物。あの方々が欲するもの全てが集まれば、自動的に世界は平定される。その時に大義とか言っていれば聞こえが良くて便利だろう?」
「だろうな」
どうもはぐらかされているな。これは時間を稼がれているのかも。
「学院はもうお前らのものか」
「ああ。あれこそオルインにおける我らの楽園さ。ヴァルキリーと機関の人間、そしてワタシのような選ばれたものだけが暮らしている。君たちにもそれなりの暮らしを約束するよ」
「選ばれた?」
「おしゃべりはここまで。本来君たちに選択肢はないんだよ。周囲の戦艦は主砲のチャージが終わっている。合図一つで一斉射撃が始まる」
「その程度で死ぬやつをスカウトしてんのか?」
っていうかお前も撃たれるだろ。脱出手段でもあるのか。
「ほほう、余裕じゃあないか。ここまでに多少は消耗しているだろう?」
鎧に疲労とかないけれどな。無限に戦い続けられる。不可能はない。
「別に。とりあえずトップの情報が少なすぎる。もっと話せ」
「断る。仲間になるしか道はないと言っているよねえ?」
「聞き分けのない人ね。どうあがいても私たちを勧誘するのは無理よ」
「そういうこと」
「それじゃあ死にたまえ!!」
殺したはずの部隊が動き出す。首がないのに動き出す。いやあ怖いね。
「こういうのは、あんたを倒せば消えるはず」
おなじみ光速移動で艦長の頭をふっとばす。
おかしい。なんか脆い。パンチ一発で死ぬものかね。
ゲルでも耐えた威力だ。余裕っぷりからして終わるはずがない。
「終わったの?」
「わからん。とりあえず首無しは動いているな」
首無しがまだ動き続けている。
同じく首の消えた艦長は、床に倒れたまま。なんじゃこりゃ。
「不思議かい? ワタシが死んでいるのになぜ兵は動くのか」
赤い兵隊の一人から艦長の声がする。
いつの間にか首から上だけ艦長だ。しかも緑髪の男版。
「もう一度倒せばよいだけじゃ」
リリアのビームが直撃。今度は全身消えた。これなら復活もできまい。
「なるほど、躊躇がない。そしてその魔法、どこかで見たね」
また別のやつから首が生えている。
こいつなんだよ。ホラーなのかギャグなのかすらわからん状況だ。
「測定開始」
床がぼんやりと光っている。
何かの魔法だろうが、とりあえず敵を蹴散らしておこう。
流石に全部消せば復活もできまい。
「まったく。考え無しは困るよ。スカウトしていたらワタシの責任問題だったかな」
白衣の艦長も復活している。おかしいな。あの体は復元している。
つまり回復するという過程と、何らかの魔力が必要だ。
そもそもあいつから魂のようなものが感じられない。
「魂のようなものが見当たらない。面倒な手合いだ」
「どうするの? まだまだ増えるよ!」
「種類も増やしちゃいましょうかねえ」
そう言って出てくるのは、全身白く光るマネキンのような何か。
「天使か」
そうだ、この世界の天使ってこういうやつらだったな。
「おやあ? 人間のくせに詳しいじゃないですか。いかがです? 魔王マーラなら、最近大量に見たでしょう?」
「魔界で暴れてくれた礼をしてやろう。光葬縛鎖陣!」
光が集って鎖となり、縦横無尽に敵を裂く。
ここにきて疲れも見せていない。流石は魔王。
「いいですねえ。もっと激しく、もっと隠された力を見せてください。それでこそ判別は容易になる」
俺たちの力の検査が目的か。なんだか知らんが潰しておこう。
「消えろ!」
手のひらに魔力を集中。魔力波で艦長を消し、何かの粒のようなものが見えた。
「ん?」
「無駄だよ。頭を使えない人間に、ワタシが負けることはない」
やはり敵に艦長が混じる。もう一度吹き飛ばす。今度は弱め。
やはり粒のようなものがある。四角い小さくて、模様のある何か。
消える瞬間につまんでみた。
「チップ?」
機械とかに使うICチップだ。
何でこんなもんが……しかもこれだけ魔力で満ちている。
隣のザコを蹴り砕くと、やはり体内にチップがあった。
「白、このチップなんだ?」
こういう時はリリアだ。つまんだチップを見せてみる。
「ふむ……なるほどのう。魔力と電波で繋がっておる。どこかにメインチップがあるようじゃ」
やはりできる子だった。すごいなー。つまり何かある。
「マーラ、こいつの大本を探せるか?」
「任せろ」
マーラに投げ渡すと、チップから細い鎖が伸び、天井を突き破る。
「見つけたぞ。今引きずり下ろす」
天井の一部ごと引っ張り出されたのは、無傷で白衣の艦長だった。
「あれが本体だ」
「正確にはメインチップが埋め込まれた肉体じゃな。それがあれば、サブチップの埋め込まれた存在を操作、もしくは乗り移ることができるわけじゃ」
「なるほど。妙なもん作りやがる」
「まさかこれほど早く見破られるとはね。少々侮っていたよ」
「諦めろ。他の戦艦へ乗り移ることも許さん」
鎖により体内からぶっこ抜かれたチップを掴んで砕く。
これにより糸の切れた人形のように倒れ始めるザコども。
「やるじゃないか。だが検査は完了した。ク……クハハハハハ!! これが運命か!! ふひゃはやひゃひゃふは!!」
仰向けに倒れたまま変な笑い方し始める艦長。
きもい。こいつが艦長やれるってどうなんだろうね。層が薄いのかな。
「見つけたぞ、葛ノ葉ああぁぁ!!」
葛ノ葉。それはリリアの一族。決して表舞台で有名ではない存在。
「お前どこでその名を……」
「さあ、学院へ行こう! 新たなる神として、もうひとりの葛ノ葉様として、我らの旗印になってもらう!!」
そこで初めて認識できた。艦長の横に、狐の面をした何者かが立っている。
和服で、何の気配もない。殺気どころか人の気配さえないぞ。
「誰だ? どこから来た?」
俺の言葉を合図にするように、全員がそいつを意識しだす。
誰も気づかなかった。ぼんやりと転移してきたのが記憶にあるだけ。
速いのか、それとも魔法なのか。
『なるほど。一番強いのは君か』
また男女どちらかわからない声だ。
人間なのかすらわからん。
そしてまた消えた。
『さあ行こう』
移動の痕跡をたどり光速移動。
リリアに触れようとする腕を掴むことができた。
移動に一切の予備動作がない。やたら不気味だ。
「こいつに触れるな」
『もう遅い。葛ノ葉はあるべき場所へと、戻るのだ』
狐面は自分の腕を切り離し、リリアとともに消えた。
「リリア!!」
『艦長、最後の仕事だ。任せたよ』
空間によく通るやつの声。リリアの魔力は遠くに感じる。
「はっ! 全艦一斉射撃!!」
外の戦艦がこちらへ主砲を向けている。
「ああそうかい」
俺がぬるかったな。じゃあとことんやってやるよ。
両手に魔力を集中、左右に加減もろくにせず解き放つ。
「オラァ!!」
そのまま横に一回転。敵戦艦が消えたのを確認した。
魔力のローリング射出だ。ついでに艦長も消しておく。
『トーク』
「全員避難しろ。この船を消す。五秒以内だ」
縦に手刀を走らせ、戦艦を両断。
切断面から大きく左右に別れていく。
そこから別働隊だったヴァンたちが離れていくのを確認。
「行ってくる。お前らは全員で学園に帰るんだ」
残ったメンバーも無事脱出。
もう一度魔力を撃ち出し、爆発すら許さず戦艦を消した。
「ついて行かなくてもいいのか?」
「ああ、そのかわり全員でシルフィとイロハを頼む」
今回ばかりは手加減をするつもりはない。
徹底的に虐殺と破壊だけを実行する。
そこに仲間がいると巻き込んでしまうからな。
「リリアをお願いね。やっぱり四人一緒じゃないと嫌だから」
「こちらは気にしないで。いつまでだって二人の帰りを待っているわ」
「ああ、すぐに戻るよ。ヒメノたちに、学院は今日で消えると伝えろ」
俺がリリアの魔力を見失うことはない。
どこにいようと、それが別世界だろうが探知できる。
どんな事情があるか知らないが、あいつを奪った罪は重い。
必ず探し出して皆殺しにしてやる。
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