四階の悪夢
いよいよ三階ラストの部屋だ。
そこで俺達を持っていたのは、床に広がる紫の液体だった。
「あの紫の液体は何だ?」
「食虫植物の……まあ血みたいなものよ。大きくなり過ぎて人を食べるようになった危険なものよ。ほら、あっちに残骸があるわ」
少し離れた位置にツルや花びらがまとめて積み上げられている。
そこから紫の液体が流れ出ているので間違いはないだろう。
「なんでもう倒されてるんだ?」
いつまでも結界が張られない。今までの部屋とは違う。運営側のミスか?
「中央になんかあるよ」
シルフィが指し示す場所にはナイフで止められた紙が一枚、床に貼ってある。
「なになに……ここはクリアとみなします。四階にいらしてください。じゃと」
「怪しいわ。というより異様ね。食虫植物をわざわざ倒す理由がないわ。そのまま試練に使えばいい」
「イロハの言う通りだ。どうする?」
「進むしか無いんじゃない? 何があったかわからないけど。この先に行った人達もいるはず」
「警戒しながら行くしかないか」
これ自体が演出である可能性もある。異常な状況に追い込んでのテストとかな。
この部屋の先には扉がない。ただ上へと続く階段があるだけだ。
俺達は慎重に上へと上がっていく。その先で待っていたのは。大勢の人間だった。
「人がいっぱいいるね」
さっき順番待ちしてた連中もいる。待っている人間の数が更に増えているな。
四階は丸々一つの部屋になっていて、端に上への階段がある。
どうやら結界で階段へは辿り着けないようだ。
天井までざっと十メートルはある。窓が横に十数個。それが天井までに三段ある。
風通しがいい場所だ。
「お、来たなアジュ」
「ヴァンか。こりゃどういうことだ?」
ヴァンとソニアともう一人がこちらを見つけて声をかけてくる。
「オレが聞きたいくらいだぜ。どうやら相当長いこと待たされてる連中もいるみたいだ」
「それだけ五階の試練が厳しいのかしら?」
「どうかしら。みんな何時間も待たされているみたいなの。ここにいる誰もこの階の試練を知らないわ」
ソニアが解説してくれる。その手には何故かハリセンが握られている。
「下の植物はいつからぶっ飛ばされてた? あの置き手紙はヴァンが?」
「いや、オレ達が行った時はもう置いてあった。オレ達の前のギルドは普通に植物と戦ったらしい」
「それでね~あの置き手紙のことは知らないって~」
ヴァンの横のお姉さんが付け足してくる。
「クラリスよ。クラリス・フリージア。高等部二年、よろしくね~クラリスでいいわ~」
年上のお姉さんだ。身長が俺と同じかちょい大きめ。胸も大きめ。
ふわふわロングヘアーは桃色で目の色は赤。優しいお姉さんオーラのある人だ。
とりあえず自己紹介を済ます。
「困るわね~夕飯の支度だってあるのに。このままじゃヴァンのご飯は無しね」
「オレだけかよ!?」
「支度もせず、食べるだけのアンタに食わせる飯はない。アンタもちょっとは料理覚えなさい」
「料理はやってみると中々面白いぞ」
とりあえず料理はできて損はない。オススメしておく。
「そっちはみんなできるのね。私とクラリスがどれだけ苦労してるか……」
焦れたヴァンが大剣を抜いて歩き出す。
「やっぱ結界ぶっ壊して上行こうぜ。もういいだろ」
「またハリセンでひっぱたくわよ」
ヴァンの首根っこ掴んでズルズル引き戻すソニア。
「え~もう待てないわ。いいじゃないソニアちゃん。一回壊してダメなら諦めるわ~」
「壊すのを諦めて……お願いだから……いい? 待つのが試練かもしれないし、待ってる人達にも迷惑でしょ? もうちょっと待ちましょ。むしろアンタらの暴走を毎回ハリセンだけで止めてる私が凄いのよ」
中々苦労人だなソニア。クラリスもおっとりお姉さんかと思ったら発想が過激だ。
これは大変だろうなあ。
「いざとなったらマジでぶっ壊すぞ。なんだか嫌な気配もしやがるからな」
「まあここまで来て帰りたくないもんな。口裏合わせるくらいなら手伝うぜ。やっちまえヴァン」
「流石アジュ。俺のダチだけあるぜ」
「ちょっとアジュくん!? ヴァンを乗せると面倒なんだから……」
「でもなんかヤな感じがするのはホントだよ。わたし、あんまりここにいたくない」
シルフィがなにか感じ取っているようだ。俺には気配とかわからないのでピンと来ない。
でも警戒はしておこう。
「私はアジュの影、アジュがやると決めたら何処までも従うのみよ」
「わしは面白ければそれでよい。待つのも飽きたのじゃ」
「あらあら~話がわかるわね~。いいお友達ができて嬉しいわ~」
「ああもう……私しか止める役がいないなんて……」
頭抱えてるソニアがちょっと不憫だ。
「まあやり過ぎそうなら俺も止める側になるからさ。あんまり深刻に……」
「みいいいぃぃなっさああああん!! 待たされ過ぎてイライラきてますかあああああ!!」
ソニアを慰めようとしたその時、突如としてフロアに響き渡る大声。
「はーいちゅうもおおおぉぉぉおく!! ここですよー! かわいいかわいいゲルちゃんがここにいますよおおおお!!」
天井付近の窓に立つ影、少女の声がする。
制服を着たオレンジのショートカットの女だ。まずどうやってそこに登った?
「なんだあいつ。運営側か?」
「はーい全員揃いましたねー。それじゃあ合格発表でーす!! ダララララララ!!」
ドラムロールを口で言うとか……無駄にテンション高くてうざいヤツだなあ。
まず声がマイク使ってるみたいに響くのがうざい。
「えーサカガミ様ご一行の四名様ー!」
俺達か。最後に来た俺達からっておかしくね?
「えー以外の皆様全員!! 全員ですねー!!」
なんだ俺達だけ不合格か? 植物倒さなかったのがまずかったか。
「いらない子なんで――――――消えるか死ぬかしてくださいな」
ゲルと名乗った少女の左右から空間を裂いて、そう表現するしか無い方法で登場したのは……なんだあれ?
巨大な白い何か。人間の腕から指先までの骨か?
「おい、あいつなんだ? あれが敵なのか?」
「どういうことだ! ちゃんと説明しろ!!」
周囲がざわつき始めた。そりゃそうだ。意味がわからん。
その間にも裂け目から出る手が増えている。二本だけじゃない。
「あーうっさい。いらないんですよあんたら。もともと殺すために集めたクズですし。あ、このきったないの誰か持って帰ってくださいね」
腕の一つが掴んでいた何かを二つ、こちらに放り投げる。勢いを殺しながらキャッチするヴァンとクラリス。受け止めたのは傷だらけの制服を着た人間。
「運営だかなんだか知りませんけどねえ、人間のくせにゲルちゃんに指図するとか胸糞悪いんですよ。そこの赤毛の男と女二人。さっさとそいつら持って帰ってくださいな。でないと……」
腕の群れが地面を殴りつける。衝撃で塔が揺れ、まともに立っていられなくなる。
「こいつら全員殺しちゃいますよ?」
腕が生徒に攻撃を始める。初心者にはなす術もなく生徒が吹っ飛んでいく。
うあああ! だの、ひいいいいい!! だの言いながら我先にと階段を降りる他のギルドの連中。
「おおっと。運営持っていくのをお忘れなく。そちらの三名様がそれでいなくなってくれると助かっちゃうんですよねー。だめですか? だめですか? ゲルちゃんが三回見つめてもダメですか?」
「テメエを野放しにするわきゃねえだろ」
「ヘタに嘘ついて帰らせて、下準備ぶち壊しにしながら乱入されると超迷惑なんですよねー。用事がないんで帰って下さい。帰れ」
「そう言われると帰りたくなくなるわね」
「なら今抱えている運営はどうするんです? だーれも連れて行ってくれませんよ?」
初心者ギルドが多いのか、あのデカイ骨が怖いのか。もうほとんど残っているものはいない。
「俺達が抱えて逃げるって手もあるぞ」
残れと言われたのにバックレて帰るとか面白いだろ。こいつをバカにできる。
「いいですよ? シルフィ・フルムーンだけ置いていってくださいな」
「わたし……? なんで?」
「簡単に言えばあんたの力が欲しいんですよ。くーださーいな!」
「そんなこと言われても嫌だよ!」
なるほど、シルフィ絡みか。なら話は早い。
「悪いな。うちのギルドメンバーは渡せない。他の連中なら誰がどんな死に方してもいい。ギルメンはダメだ」
「シルフィはわしらの仲間じゃ」
「貴女のような人に、私の親友は渡さないわ」
全員でシルフィの横に立つ。やっとできた大事な仲間だ。こんなやつには渡さない。
「それじゃ、私とソニアちゃんで運ぶから~ヴァンはここに残ってね」
「荒事ならアンタがいれば平気でしょ。しっかりやんなさいヴァン」
「おう、任せな」
クラリスとソニアが傷ついた人を運んで階段を降りると同時に結界が張られる。
残ったのは俺とギルメン三人とヴァンだけだ。
「んーまあいいでしょう。二人いなくなっただけで良しとしましょかねー。あの二人の魔力は頭おかしかったですし」
「余裕じゃな。そこまでの自信は何処から来るのやら」
「人間に負けるとか恥さらしですからねー。それじゃあお披露目しましょうか。シルフィさんには懐かしい顔をね」
ゲルのすぐ下に今までにない規模の裂け目が出現した。
その中から現れたのはやはり骨。いわゆるドクロだった。
そのまま裂け目は広がり続け、やがて数え切れないほどの腕を持つ骸骨が全身を見せる。
その首に大量のドクロで作られたネックレスを着けている。肩や手首にも巻いているな。
はっきりいってキモい。
「あれは……なんで……? どうして…………?」
「シルフィ? どうした?」
「そんな……あいつは……あなたゲルといったわね? こいつをどこからもってきたの?」
「なんだ、知り合いか? 随分と奇抜な知り合いがいたもんだなお前ら」
「いや、わしとアジュは知らぬ」
あんな知り合いがいてたまるか。シルフィの怯えようが尋常じゃない。いつもの元気な顔が真っ青だ。
「懐かしいでしょう? シルフィ・フルムーン。死神と呼ばれる切っ掛けを作った相手ですもんね」
「なんだと!?」
「あれからどれだけ文献を探しても、知人をあたっても目撃情報すら無かった化物が……どうして」
「文献になんて載ってるわきゃないでしょう。これはゲルちゃんが『ヘカトンケイル』と最近買ったドクロのアクセを参考にして作ったオリジナルの化物なんですから」
「化物を作るか。テメエも立派な化物だぜ、お嬢ちゃん」
ヴァンの言う通りだ。まともな神経じゃない。
「いや……いやだよ……わたし……」
「シルフィ、大丈夫だ。俺がいる。イロハもリリアもヴァンもいる。大丈夫だ」
これくらいしか言えないボキャブラリーの無さに自分でイラつく。こんな顔のシルフィなんて見たくない。
「なんでだ? こんなことするからには、それなりの理由があるんだろうな?」
「ええ、ええ、勿論ですとも。シルフィ・フルムーンの力を手に入れるためです。まだ覚醒していない力を引き出すために、前回はちょーっとショッキングな場面を演出したんですけどね。まさかそこで使い切って燃料切れ起こすなんて……いやー予想外ってなもんですよ!」
「演出? 演出のためにみんなは死んだというの? そんなことのために!」
「シルフィの力とはなんじゃ? まさかただの超能力にここまで固執するわけがあるまい?」
「そこまで説明する義理とかないんですよねー。もう邪魔なんで死んでくれますかね? ドクロちゃんよろろー」
ゲルの合図で襲い来る白い腕の数々。急いでキーをさす。
『ヒーロー!』
飛んでくる拳を拳で迎え撃ち、破壊していく。リリアが結界を張り。イロハの影で作られた拳が別角度からくる骸骨の拳を打ち破る。怯えるシルフィを後ろに隠して戦う俺達。
「へえ、イカス鎧持ってるじゃねえか」
飛来するドクロの拳を蹴り飛ばし、大剣でぶった斬り、笑いながら話しかけてくるヴァン。
ヴァンの実力を知らないので心配だったが普通に強いな。
「だろ? お気に入りだよ」
「わたしも戦うよ」
シルフィはまだ震えている。それでも戦おうとするのは自分のせいで死なせてしまった人がいるからか。
それとも俺達の邪魔になりたくないのか。アイツが憎いのかはわからない。
「やっぱりシルフィは強いな」
「別に強くなんて無いよ。今だって怖い」
「それでも戦おうとする。立ち上がれる。それだけで俺なんかよりずっと強いよ」
素直に尊敬している。こういう娘のことを勇者というのではないかと俺は思う。
「少なくとも叫んで逃げた連中よりずっと勇者っぽいぜ」
「なーにラブコメしてるんですかね? 人間の分際で随分余裕じゃないですか。うーわイラつくわードクロちゃん。もっと気合入れて殴れませんかね?」
「気合入れて殴るってのはこういうことかい?」
一瞬、ほんの一瞬だ。一秒にも満たない音速すらもゆうに超えた一瞬。
「おおおおおらあああああぁぁ!!」
俺はゲルの目の前まで跳躍し、全力の右拳を叩き込んだ。
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