とうとう被害者が出たぞ

 吹雪の夜。少し古い屋敷で夕食を取る。食堂は広く、大きなテーブルに何人もが座っていた。中には知らない人もいる。


「ほう、これはいけるな」


「おいしー!」


「美味。おかわりを希望」


 ルナ達にも好評だ。どこか上品だが家庭の味がするフランの料理とは趣向が違う、もっと貴族の屋敷で出るタイプの料理に近い。


「あれスティーブとジョージは?」


「来てませんね。お部屋かな?」


 どうやら誰か足りないらしい。別に全員揃って飯を食うルールでもないようだが。


「気難しい野郎だからな。後でもってきゃいいさ」


「部屋で凍死してねえだろうな。寒さに慣れてねえやつには堪えるだろ」


「タイガさんは寒い国出身なのですか?」


「オレとリュウは雪国の生まれだぜ。毎年こんくらいの寒さになる」


 やはり育った環境によって耐性があるのだろう。そういうの克服できないうちは、出身地による恩恵がでかいかも。無駄な思考を働かせつつ、適当に飯食っていると、タイガから質問が飛ぶ。


「国王様の国はどうなんだい?」


「雪の降る場所も暑い場所もあったな。国土が縦に細長かったんだよ」


「ほー、じゃあ年中スキーにも海にも行き放題か」


「いや、男女平等を宣言している国か地区だとしても、男でリゾート地に行けるのは余程の上級国民に……」


 いや待て。この話していいのか。この世界に余計な知識を入れるべきじゃない。気が緩んだな。フォローを入れてくれるギルメンはいないんだ。認識を改めよう。


「まあ今は学園が俺の故郷で、ギルドハウスが帰る場所だ。そっちの国はどうなんだ?」


「そうだな、ここくらい寒くて、鍋料理がめっちゃあるんだよ。うちは野菜とたらの鍋だったな。辛いやつ」


 どうやら察してくれたのか、少々強引な話題転換に乗ってくれた。ありがたい。次の給料ちょっと上げてやろうかしら。んなことを考えながら食事を終える。


「さて、さっさと部屋に戻ろう。シェフとメイドが飯食えないだろ」


 料理長が客と一緒に飯を食うという状況は変だ。メイドも同じ。よって俺達にできる親切は、さっさと食って去ることだ。


「わかりました。ではお夜食などご入用でしたらお気軽に」


「了解。その時は頼む」


「では仕事に戻るとしましょうか」


 部屋から出て、少し歩くと、食堂から何かがガシャンと倒れる音が聞こえた。


「キャシーさん!? キャシーさん!」


 叫び声に気づいて全員で食堂に駆け戻る。

 髭の生えた男の足元で、鎧の下敷きになった女がいた。


「どうした!」


「急に鎧が倒れてきて……キャシーさんが下敷きに!!」


 女は意識がないようだ。倒れた鎧をどかし、女に回復魔法をかける。頭からも血を流しているし、これは助かるか五分だな。外傷だけは治せた。


「治りそうか?」


「脈はある。念の為医務室へ運ぶんだ。タイガ、アオイ、慎重に頼む」


「任せな!!」


「わかりました!!」


 タイガとアオイに任せ、鎧を見る。台座の上から2メートル超えのフルプレートアーマーなんぞ倒れてくれば怪我をする。危ないな。というかこの屋敷甲冑がやたら飾ってあるぞ。


「あっくん、鎧の中に石が」


 ルナに言われて見てみると、甲冑の中には石がびっしり入っている。重さが増して殺意ましましだな。


「こういう風習じゃないよな?」


「ねえな。こりゃどういうこった」


 こんないたずらを仕掛ける意味がない。厄介事に巻き込まれている匂いだ。


「この鎧って斧持っていませんでしたか? 柄の長い大きなものです」


 カールが言うには、ハルバード的な武器を持っていたらしい。さっき似たような話を聞いた気がする。


「廊下のやつも剣がなかったな。価値のあるものなのか?」


「そうでもねえよ。古いもんだし、武器として使えるってだけだ」


 別に伝説の武器ではないらしい。ならなぜ消えた。理由がわからない。


「そうだ、あなたは?」


「シェフのマイケルです」


 服装からして料理人だろうと思ったが、この髭の人が料理長ね。かなり動揺が見て取れる。視線も一定じゃないし、小刻みに震えている。


「何があったんです?」


「大きな音がしたので、厨房から来てみたら……キャシーさんが……」


 台座も鎧も調べてみると、固定するものが見当たらない。だが細い線のような傷跡があった。


「鎧はワイヤーとか、ネジとか固定するものはないんですか?」


「目立たないように紐やワイヤーで固定してあるはずですが」


「ふむむー、鎧と台座に線があるね。ワイヤーが取り外されてこうなってるっぽいにゃ」


 ルナの言う通りらしい。誰かが外したのだろう。だがキャシーを殺す理由がわからん。武器を持っているのなら、それで殺せばいい。鎧で殺すには少々回りくどく、確実性に欠ける。


「事故なんでしょうか?」


「その可能性もあります。倒れないように重りとして石を入れていたかもしれませんので」


 相当に迷惑だが、ゼロじゃない以上は考慮しておこう。問題はキャシーが狙われたのかどうかだ。こんなでっかくて重い物を、わざわざ仕掛けてピンポイントで落とせるものなんだろうか。


「どうしてこんなことに……」


 まあ怪しいのはマイケルさんだよ。一人だけ食堂にいたんだからな。一番簡単に実行できる。


「とりあえずこの吹雪じゃ家から出られない。各自気をつけて一晩明かそう。仕事も切り上げていいので、寝て明日にしましょう」


 無理に犯人扱いして警戒されても無意味だ。まだ事故の線もある。部屋に閉じ込めつつこっそり探索すべきだろう。全員寝ちまえ。


「なら僕が食堂に来なかった人に料理を持っていきます。あっちのカートに乗せましょう」


「すみませんカール様。ではスティーブ様とジョージ様のお食事を届けてください。その間に料理の片付けをいたします。その後使用人は食事にしますので」


「リュウ、マイケルさんとジェシカについていろ。飯食って片付けるまででいい」


「あいよ。そっちは任せるぜ」


「では皆さん気をつけて」


 鎧はもう調べ終えた。血が付着していたのと、線のような傷跡があるだけ。なら後は屋敷の探索が先だ。ルナとイズミとカールを連れて、食堂を出て屋敷の左側へ。


「あっくんがお料理運ぶなんて意外だねー」


「まだスティーブとジョージを見ていない。一応確認しておきたい」


 この屋敷は四角の真ん中が中庭。左が客室。右に食堂や図書室などが固まっている。エントランスを抜けて、一階の部屋へと歩いていく。

 俺は料理の積まれたカートを押す。料理には銀の丸い蓋みたいなやつがされている。名前なんて言うんだろうこれ。


「右から二番目がスティーブの、二階の奥がジョージの部屋です」


「待って」


 スティーブから調べようとして、イズミが待ったをかける。


「血の匂いがする」


「……何だって?」


 場に緊張感が増す。カトラスに手をかけ、イズミが戦闘態勢に入る。ルナとカールは後方待機。


「スティーブさん、ちょっとよろしいですか? 夕食をお持ちしました」


 ノックしても応答なし。何度か呼びかけ続けても無反応。申し訳ないが、非常事態につき我慢してもらうぞ。


「マスターキーは?」


「僕が持っています」


 カールが鍵を開けて中に入ると、一気に冷気が入ってきた。思わず身体が固まる。風が吹いているということはつまり。


「うわ寒っ!? なにこれ!?」


「窓が開いている?」


 慎重に進み、ベッドが見えてくるとそこには……。


「スティーブさん!!」


 ベッドに横たわり、剣を深々と突き刺されて死んでいる男。

 そしてその男を監視するかのように、ベッドの真横で椅子に腰掛け、両腕で剣を握る西洋甲冑の姿があった。


「動くな!」


 鎧がわずかに動いたのを見て、咄嗟にクナイを投げる。

 カン、と金属がぶつかる音がして、兜がごろりと落ちた。


「中身がない……?」


 がしゃりと音を立て、まるで役目を終えたかのように、剣を握る手甲だけを残して鎧は地面へと落ちた。


「スティーブさん!!」


 スティーブと呼ばれている茶髪の男に近寄る。胸に刺さっている剣が死因だろうか。ベッドに大量の血の染みができている。だが抵抗した形跡がない。服も乱れていないし、他に傷もない。寝込みを襲われたのか?


「ダメだよ、もう死んでる。血がほぼ乾いてるし、完全に硬くなってる。かなり前に殺されてると思う。ひどいよこんなの……」


 ルナの見立てを信じる以外に術はない。外傷を調べながら、ふと突き刺さっている剣に目が留まる。


「この剣誰のだ? 支給品じゃないよな?」


 明らかにデザインが違うし、装飾も入っている少し古めの剣だ。両刃で太めのロングーソードだな。


「屋敷に飾られている鎧が持っているものだと思います」


 続いて窓を観察するが、雪が積もっている以外は、特別な破損は見られない。ここまで積もるということは、かなり前からこの状態だったのか?

 外の足跡も当然だが雪で消えているため不明だ。


「鎧と剣を残すか……こいつが不審者の正体なのかね?」


「雪の六騎士……」


 カールがそっとつぶやいた。


「六騎士?」


「はい、ここが研究者達の拠点だった頃、屋敷を守る六人の騎士がいたと聞いたことがあります。外敵の捕獲と排除のために強い人を雇っていたとか。この屋敷に鎧が多いのは、その六騎士が使っていた装備とレプリカが記念に飾ってあるからだと」


 カールは博識だな。いや住む以上は調べるか。つまりその騎士の鎧を使って、トラブルを起こそうとしているやつがいるかも知れないわけだ。


「そういや甲冑から剣が抜かれているとか聞いたな。その六騎士の見分けはつくか?」


「僕の見た限りでは、剣・弓・斧・槍・鎌の鎧を見ました」


「五個だな。最後の一個は?」


「さあ……そういえば見たことがないかもしれません」


 武器持っていない鎧はいっぱいある。そのどれかなのかもしれない。


「とりあえず現場は保存しておこう。イズミ、カール、他の連中呼んでこい。ルナは俺と現場検証だ」


 どうして俺の外出は普通に終わらないんだろうな。

 せめてこれで凶行が止まるように、解決のヒントくらいは探してやるぜ。

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