普通に飯食って雑談するだけ

 やって来たのは綺麗な食堂。

 レンガと木製の店で、調度品が嫌味なく置かれ、空調が完璧な温度。

 そしてイスの座り心地もよい。客も心なしか品の良い客が多い気がする。


「つまり高い店だろうが」


「安心するがいい。ここはごく普通の店だ。ただ品が良く、手入れを怠っていないのだよ」


「金持ちにありがちな、庶民との金銭感覚の違いってやつじゃないのか?」


「お約束じゃな」


 ちなみに席は俺とリリアが隣。俺の前にヒカルだ。

 恋人は並んで座るべし、だそうだよ。

 妙な気を回すやつだ。


「我とて学園で暮らす身よ。そこまで時勢に疎いはずがあるまい」


「一理あるな」


 学園は何でもある。そして王族貴族だろうが戦闘がある。

 そういや学園で暮らすための知識を予め教わる貴族もいるんだっけ。


「父も卒業生だ」


「納得」


 来たメニューを見て納得と安心。

 ほんの少しいつもより高いが、それは倹約しているからだろう。

 定食屋でちょい高いメニュー的な感じ。


「ここはベルのおすすめだ。やつの舌は確かだぞ」


「ベルさんも食えたらよかったのにな」


「執事科があるのだ、仕方があるまい」


 執事科の授業と重なってしまったのだ。

 そうなると授業を優先させる。立派な執事になることはベルさんのためにも、ヒカル家にとってもいいことだから、というのがヒカルの言である。


「それに同席はおそらくせぬ」


「あー……主と同じ席で飯は食わない的なやつか」


「うむ。少々寂しいが、そういうものだ」


「あれこっちが気を遣うんだよなあ……」


 フウマの人と接するとそういう場合がある。

 コタロウさんからも、命令は優しくお願いするのではなく、びしっと命令口調でとお願いされた。

 トップにはある程度の威厳というものが必要らしい。


「いつか慣れるじゃろ。上に立つものの宿命じゃよ」


「俺にそんな素質は無いってのに」


「アジュはフウマのお館様であったな」


「それあんまり言いふらすなよ? 俺はお飾りだし、そういう目で見られるのめんどい」


「承知した」


 そして運ばれてきたサラダとスパゲティを食う。

 サラダは野菜とカットされた玉子。

 スパゲティは鶏肉とトマトソースだ。


「シンプルだが良い味だろう?」


「美味いな。味がシンプルにも程があるのに、全部が繊細で美味い」


「素材を全力で引き立てるタイプの料理じゃな」


 鶏肉がソースとよく合う。肉が多めに入っている点も評価しよう。


「学園はどこ行っても飯が美味いな」


「うむ、切磋琢磨というやつだ」


 とても優雅に食っているヒカル。こういうところで育ちの良さが出るな。


「どこの国の料理でも、探せば大抵存在する。それがこの学園の良さでもあるのだ」


 探せばほぼ何でもあるからな。飽きなくていい。

 俺が外出しようと思えるくらい豊富だ。


「よければアジュとギルドメンバーを我が国に招待しよう。今は祭りの準備中でな。もう少し先になるが、興味があれば案内もする。郷土料理というものをご馳走しよう」


「ふーん。まあ気が向いたらな」


 これは聞くといざこざに巻き込まれるパターンですね。

 スルーして飯を食いましょう。食わないと冷めるからな。

 冷えたパスタは食通らしいけれど、俺にそんな感覚無いよ。


「ふ、流石だ。いち早くトラブルの気配を察し、静観を決め込むとは」


 はいばれました。なんだよ何をさせようってのさ。

 面倒事なら断ろう。アジュさんはメンタルが弱いからね。


「なんか俺たちじゃないと解決できないことでもあったか?」


「いや、友としての招待といったところだ。少々腹を探るような物言いにはなったが、もしやそれを察したか? ううむ、これも王族の性というものか」


「何の話だ?」


 よくわからんが葛藤しているみたいよ。

 俺もしている。ちょっと物足りないので、唐揚げでも頼みたい。

 けどパスタそのものが食い終わってしまった。

 唐揚げだけ食べるのはなんか違うよね。


「こやつはなーんも考えておらんだけじゃ。探り合いなどせんでも、敵対すれば倒せばよいからのう」


「なるほど、絶対的な強さ故の無策。これは勉強になった」


「気にするな。難しく考えるだけ損だ」


 食いたい時に食えばいい。ちょっとメニューを見てみよう。


「そうか。ならば気にせず話そう。今年も愛にあふれる祭りにしたくてな。色々と恋人向けや、カップル成立のための催しも考えている」


「俺とこいつらはそういうの向かないぞ」


「我が代で国を絶やさせるわけにはいかぬ。よってアジュの女性に迷惑はかけんよ」


「ならいい」


 失敗した。メニューに知らない食い物が多い。

 これは下手に頼むと量が多いやつ来るぞ。


「家族愛や国への愛。農作物の収穫祭、つまり自然や実りへの愛もテーマだ。ここで王族や貴族が婚約を発表したりもする。馴れ初めや相手への愛を語ってな」


「ほー……馴れ初めねえ……政略結婚のやつとかどうしてんだ?」


「無い。愛が無いからな」


「言い切ったな」


 かなり珍しい国らしい。

 そういうことをしなくても、中堅国家としてやっていけるから心配ないらしいが。


「愛があるから強いのじゃ。というか無いと恩恵が薄れるのじゃよ」


 リリアが小声で教えてくれる。なんじゃそりゃ。


「ルーン殿、どうやら詳しく知っているようだな?」


「まあ原型は朧気に、と言っておくのじゃ」


 何か秘密があるらしい。

 そして気づく。パスタに小さい唐揚げ丼をセットで付けられることに。

 早速今からセットにできるか店員に聞き、見事特製ソースの唐揚げ丼を注文成功。


「ちょっとは興味もたんかい。今凄い国家機密な会話じゃったろ」


「知らんよ。他人の、しかも国の秘密なんて邪魔くっさい」


 知ったら黙っておかなきゃいけない系のやつだろ。

 俺が知りたいのは唐揚げ丼がいつ来るかだよ。


「別にそれほど秘密でもない。我が一族は愛により強くなる。それゆえ愛に重きをおいた政策となるのだ。それは周知の事実」


「愛による政策。愛による国家運営。だがそれは裏の目的もあるのじゃ」


 俺の目的である料理が到着。唐揚げ三個にタレかかっていて美味そう。


「国民が愛にあふれていればいるほど、我が一族の力は増し続ける。そして世界が愛で満たされ続ければ、その愛が微量だが蓄積され続ける」


「じゃから独特な国になるのじゃよ」


「カップルが増えると、強さが上乗せされると?」


「そういうことだ」


 妙な能力だな。というか強くないかそれ。

 国民が増えて幸せなら、自動的に全能力プラスされ続ける一族か。


「能力はおまけだ。我自身が強くなればいい。それはそれとして、どうだ? こっそり招待するぞ」


「マジな話、ランクアップ試験が近いんだよ。だから学園から出られない。遠出とか、怪我するようなことはできない」


「む、試験か。それはめでたいな」


「合格前提の発言だな」


「受かると信じているぞ。Dランクなどすぐ上がれる」


 この微塵も疑っていない様子は凄いな。

 他人をそこまで信用するか。


「ふむ、ならば試験に集中してくれ。そちらの邪魔はしない。まだ祭りは先、覚えていたらで構わんよ」


「わかった。そういやヒカルってランク何だ?」


「我とベルはCだ」


「上の方だな。Dの試験って全員内容一緒とかないか?」


「無いだろうな。勇者科はさらに特殊だろう」


 事前に対策を取ることが難しいな。

 戦闘が多いから、そこだけでもどうにかできればいいんだが。


「試験の建物に外から火をつけたら失格になりそうだな」


「昨日届いたマニュアルにダメって書いてあったのじゃ」


「先読みされたか」


「自然体で愛をもって挑むのだ。愛するものを思い浮かべ、愛を貫くために戦う。それこそが最後の原動力である。ではラブを鍛えるとしよう」


 わけわからんことを言い出したな。

 とりあえず唐揚げ丼は美味しかったです。

 これ玉子とか入れて親子丼にすればもっと美味そう。


「さ、これをルーン殿と飲むのだ。我が友アジュよ」


 なんか透明なグラスにハートのストローささった飲み物出てきた。

 これはあれだ。カップルが一緒に飲むやつだ。


「食後のお茶だ。口の中がすっきりするぞ」


「なんちゅうもんに……こういうのってジュースとかに使うやつだろ」


「ジュースでは甘ったるさが取れぬ。食後のアイスティーとしては、これがちょうどよい。さあルーン殿と飲むがよい。愛を育むのだ」


「別々に飲めばいいだろうが」


「無理じゃな。同時でなければ飲めんのじゃ」


 リリアが飲もうとして吸い上げるも、途中で止まっていた。

 試しに俺だけでやってみると、やはり途中で止まる。


「なんて無駄な技術……」


「学園は凄いのう」


 何もこんな場面で高等技術を使わなくてもいいではありませんか。


「ほれほれ、こういうこともやってみるのじゃ。そういう期間中じゃろ」


「うぐ……」


 それを言われるとやるしかない。

 ヒカルも気を遣って窓の外なんか見ている。

 こいつ妙なところで気が利くというか、愛のためという目的と鍛錬法が頭おかしいだけで、基本善人だからなあ……余計困るんだけどさ。


「人前でこういうのやるやつって育ち悪そうで嫌い」


「だから他の人間に見られないよう端の席なのだ」


「今は客もほぼおらぬ。こちらを見ることもない。そしてそういうメニューのある店じゃ」


 店に入った時点で外堀が埋まっていたか。

 やるじゃない。これもう飲むしかないな。


「あーはいはい、しょうがない……しょうがないけどきっつい」


「先に飲むのじゃ。で、わしがその後から追う」


「それでいくか」


 ヒカルは完全に外を眺めている。

 茶化しではなく、本気で愛だの恋だのを成就させようという気概が怖い。


「はあ……」


 観念して口をつける。

 横からリリアがもう一本に口をつけて吸う。

 そうすることでようやくお茶が飲めた。


「またお茶がやたら美味い」


 すっとする味だ。余計な脂分がリセットされる感じ。

 リリアが近いことももう気にならないし、ちゃっちゃと飲んでしまおう。

 これは普段から行動をともにして、油断するとベッドに入ってくることが原因かもしれない。


「はあ…………無駄に神経すり減ったぜ」


「上出来じゃな」


「終わったか。ならば次のラブ試練といこうか」


「もう嫌です」


「なんと!? まだケーキを食べさせ合うはずではないのか!」


「もう腹いっぱいだわ」


 危険なので帰りましょう。

 もうすぐランク試験。一応準備は進んでいるが、さてどうなることやら。

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