鉤縄とおんぶ

 仕込み鉤縄を受け取って次の日。

 流石にぶっつけ本番は怖いので、リリアに試せる場所へ連れてきてもらった。


「壁? なんだここ?」


「元の世界ではボルダリングと呼ぶものに似ておるのじゃ。ざっくり言えば、壁を登るスポーツじゃな」


 壁からちょっとした突起。どうやら足場に使うらしいものが出ているな。

 着色されているのか、赤や青など色は多彩。

 その大きさも足を乗せるものから、指が引っかかるかどうかまで大量にある。


「ほー……まあ俺には関係ないタイプのもんだな」


「これは屋内でやるからインドア派じゃな」


「その分類は間違っているぞ」


「ここなら傷つけてもよい。土魔法や錬金などの練習場としても使われておる」


「なるほど。その跡地を訓練場にしてんのか」


 鉤縄なんか使ったら確実に傷がつく。

 壁ぼろぼろにするのは抵抗があったが、事情は理解した。

 多少壊してもいいらしいので、実験してみよう。


「まず命綱をつけるじゃろ。で、鉤縄と手足で登るのじゃ」


「やってみますかね」


 上から伸びているロープを腰につけ、左腕の装置から発射。

 槍状になった先端が、魔力により枝分かれしたフックのようになる。


「おっとと……意外と当たるもんだな」


 大きめの突起に引っかかり、がっちり固定されたようだ。

 そこから縄が巻き取られて、俺の体が引っ張られていく。


「おお……ちょっと速いな」


「集中して、そのへんの足場にできそうなものを選ぶのじゃ」


「あいよ、やってみる」


 長時間、左腕一本で人体を支えるのは危険だ。

 大きめの足場発見。右足を丸ごと乗っけることができる。


「よし、ちょっと安定したな」


「崩れることも考慮するのじゃ」


「了解」


 右腕もなんとか掴まる場所を確保。

 よしよし。手足が安定すると格段に楽になる。

 一度鉤縄を完全収納し、左手のやり場を探す。


「基本はその繰り返しじゃ。ひたすら上を目指す。競争ではないのじゃ」


「ううむ……これは体力使うな」


 落ちるかも知れないという状況と、上に行くほど足場が少なく小さくなっていくことの負担がでかい。常に疲労がたまるのだ。


「鉤縄も使うのじゃぞ」


「わかってる。ほっ」


 次にフックを登山用のザイルみたいにして、慎重に登る。

 何度か脆い場所に引っ掛けて落ちそうになるも、重心の扱いによってなんとか回避。


「慣れてきたぜ」


「初心者用ならそんな感じじゃな。鉤縄によって足場を一個多く作っておる。最悪それだけで登れるようにのう」


「確かに便利だな。腕重いけど」


「そこは筋トレ不足じゃな」


 結局そこに行き着くのか。戦闘に関することは、大抵が筋トレにつながる。

 それがもうしんどい。俺にこれ以上の運動は死ぬって。


「はい休憩。変な筋肉使うわこれ」


 下に降りて水分補給。

 普段とは筋肉の使い方と力加減が違う。

 妙に疲れるぞ。


「次はわしをおぶって登るのじゃ」


「あぶねえだろ。ふざけると怪我するぞ」


「真面目じゃよ。ほれ、あっちの中級者用を見てみるのじゃ」


 ちょいと目をやると、男が三人背負って壁を登っている。


「うーわ……凄いな。何やってんだあれ」


「山岳救助の訓練じゃな。申請すれば、ああいうこともできるのじゃ」


 なるほど。そっちの道に行くための訓練か。

 登っているやつの体も大きいが、背負われているやつも大人くらいある。

 しんどそう。まず俺なら動けないだろう。


「はいわしが乗っかるじゃろ」


 背中によじ登ってくるリリア。

 相変わらず軽くて無駄にいい匂いがする。

 触れることに抵抗はない。やはり他の女とは違うな。


「どうじゃ、いけそうかの?」


「ああ、凹凸が少なくて助かる」


「なんじゃ成長したほうが好みか?」


「別に。いまさら外見変わっても意味ないだろ」


「どう捉えるべきなんじゃそれ」


「勝手にしろ」


 成長しようがしまいがリリアであることに変わりはない。

 よって知ったことじゃない。どうせ俺の隣にいるだろう。

 大切なのはそれだけだ。


「さて、次はもうちょい別パターンでいってみるか」


 別ルートから鉤縄を引っ掛け、両足を壁に、両手を縄に。

 絶壁をゆっくりと登っていく形だ。


「腕への負担が大きくてしんどいです」


「当たり前じゃろ」


「これが普通にできる漫画キャラって凄いな」


 これでビルとかほいほい登っているスパイは本当に凄いと思う。

 こんなん根気よくやってたら腕もげるぞ。


「いきなりは無理じゃ、そっちの足場を使うのじゃ」


「あー……ちょっと楽だ」


 リリアくらい小さくても、誰かをおぶっての行動は疲労が溜まりやすい。

 壁の中盤くらいでもう腕ぷるぷるしております。


「これはもうわしを意識することもできんのう」


「あんまり余裕はないな」


「ここでリベリオントリガーじゃ」


「人体ぶっ壊れるわ」


 無茶振りというのだよそれは。

 この不安定な状態でやるんかい。

 絶対集中できんぞ。


「これは訓練じゃ。危機的状況を打破するために、手段は増やしておくのじゃよ」


「……回復は頼む」


 リリアが言い出している。つまり死の危険はない。

 後遺症も残らないのだろう。やってみるか。


「リベリオントリガー!」


 背中にリリアがいて、足場も不安定。腕に負担もある。

 その中で集中して人体に魔法をかける行為は想像を超えて難しい、はずだが。


「意外といける?」


 日頃から発動だけはすぐにできるよう訓練していたが。

 不思議だな。こうもあっさりいくか。


「それが魔法に慣れてきたということじゃ。元々センスはあるのじゃ。そこからしっかり訓練しておけば、このくらいはできるのじゃよ」


「はー……俺も成長していたんだなあ」


 完全に他人事っぽいコメントが出た。いや成長って気づかないよね。


「周囲に達人ばかりじゃと気づかんのじゃ。敵も神話生物がほとんど。素の実力が実感できんじゃろ」


「そこなんだよなあ」


 会話しながら登っていく。

 驚くほど体が軽い。やはり強化魔法って便利だな。


「よし、これなら鉤縄を100%使えるな」


 下に降りて魔法を解除。同時に軽く回復魔法をかけてもらう。

 そこでちょっと魔法に違和感というか、なにかヒントっぽいものを見つける。


「近日中に回復魔法進化できそうですぜ」


「お、よい傾向じゃな」


「そういや進化できるのか? 回復だぞ? 魔力込めてスピード上げるとか?」


「いやいや、そこは人によりけりじゃよ」


「ふーん……まあ今はできないっぽいし、試験前には使えるといいな」


 ここで訓練は終了。おんぶしていたのに色気も素っ気もありゃしない。

 訓練では邪魔だから、控えてくれていた可能性もあるな。


「それじゃあ飯食って帰るか」


「我が友アジュではないか! それにルーン殿も!」


 声をかけてきたのはヒカルだった。

 トレーニング用の服で、うしろにベルさんがいる。


「久しぶりじゃのう」


「ご無沙汰しております」


「ヒカルか。何でここに?」


「愛のためだ」


 説明になってないっての。なぜきりっとした顔になる。


「たとえばそう……愛する二人が崖下に落ちそうだ!」


「はあ?」


「このままでは愛は真っ逆さまだ! そこで愛の伝道師である我が救出し、二人は末永く幸せに暮らす。これぞ愛!」


「立派です、ぼっちゃま」


 こいつに常識を求めてはいけない。

 意味がわからない事が当然であると考えましょう。


「ラブレスキュー訓練が終わったところでな。そちらもだろう? 食事でもいかがかな?」


「どうする?」


「わしは構わんのじゃ。ちょっとは社交性とか身につけるのじゃよ」


「わかった。行ってもいいけど、高い場所はやめてくれよ?」


「当然。お財布にも愛を! ではゆくぞ!」


 そんなわけで飯を食うわけですよ。

 正直不安だ。どんなもん出てくるかわかったもんじゃない。

 食えるものが出てくるよう祈っておこう。

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