Dランク試験編

Dランク昇格試験のお知らせ

「アジュー、なんかお手紙来てるよー」


 家で朝飯を食べながら、のんびり過ごしていたところ、シルフィがなんか持ってきた。


「学園から、ジョークジョーカーへ……ギルド宛だね」


「なんもやらかしていないはずだぞ」


 問題視されるような行動はとっていないはず。

 俺は喧嘩を売られ、かつ実害を加えようと攻撃してこない限り、揉め事は起こさないはずだ。きっとな。


「Dランク昇格試験のお知らせじゃな」


 手紙をざっと読んだリリアが解説してくれる。

 個人ランクも含めてDランク昇格試験があります。

 いつまでもEにしておくわけにもいかないので、ちゃんと受けてくださいね、だそうだ。


「学園長のサインが入っておるのう」


「受けるしかないわね。今の私たちなら落ちることはないでしょう」


「どうだかな……俺だけ落ちる未来が見えるぜ」


 鎧のことがある程度ばれているからなあ。

 反則技の使えない俺はただの一般人である。


「試験は最速で一週間後だって」


「試験は特別に制作されたダンジョンで行います。個人戦もあるので準備するように。じゃと」


 どうやらでっかい塔のような施設でやるらしい。

 各階に試練とかあると。カンフー映画か。

 その手のアクション映画は好きだが、まさか自分でやる羽目になるとはな。


「剣はある。回復薬もあるし、装備は制服で済む。何が必要かね?」


「新魔法とか、新しいアイテムも見ておきましょう」


「そうだな。これ対人戦があるらしいから……なるべく奇抜なもんがいいな」


 小細工を増やす。一週間で実力など伸びないのだ。

 小癪な小細工こそ真骨頂である。


「じゃあイロハと忍具とかマジックアイテム見てきなよ」


「いいのか? 前もイロハと見に行った気がするぞ」


「勝手がわかっておるということじゃ」


「恋人体験期間だからね。慣れた人にお任せします」


「ここから計画的に好感度を上げていくわよ」


 いかん別方向にマジだ。

 慎重かつ大胆に狙われている。それを察してしまった。


「じゃあ恋人のように腕を組みましょう」


「えぇ……ハードルの高い……歩きづらいだろ」


「そこで気を遣えるようになるのじゃ」


「ちゃんと歩けるよう気を遣って、腕は組まないことに」


「ならないわよ」


 ならないらしいです。

 俺の気の遣い方とは何もしないことに近い。

 行動とは難しいものである。


「さ、行くわよ」


 自然にくっついてくるので、渋々歩き出す。

 イロハの尻尾がゆらゆら揺れているので、機嫌がいいのだろう。


「…………普通に歩ける……だと?」


 まだ暑い日があるからか、そこまでしがみつかれているわけでもない。

 だがそれにしても歩きやすいのはなぜだ。


「間合いは見切っているわ」


「忍者って凄い」


「忍者なら誰でもできるわけではないわよ」


「それもそうか」


 そんなわけでおでかけ。

 最近外出の機会が多いな。健康的で実に俺っぽくない。

 

「まだちょっとだけ暑いか」


 微妙に風が寒いくせに日差しが少し強いという、なんともうざい日である。

 この世界ってそういうの調節できそうだけどな。


「もうすぐ涼しくなるわ。そうしたら、もっと遊びに行きましょう」


「考えておく」


 学園だけでもまだ行っていない施設は多い。

 たまに外に出ては、興味のある場所に行ったりしているが、いかんせん広すぎる。


「さ、ここよ」


 案内されてやって来たのは、二階建ての忍具を売っている店だ。

 どことなく和風だが、学園に馴染む作り。

 バンダナ巻いた体格のいいおじさんが出迎えてくれた。


「お頭、お館様、いらっしゃいませ。お館様は始めましてですな。フウマ上忍、フジマルでございます」


「どうも、サカガミです」


 フウマ関係者らしい。

 筋肉は引き締まっているし、しっかり切り揃えられた短髪で、職人っぽい人だな。


「ボディーガードをしたり、罠士だった人よ。上忍でも若いほうかしら」


「まだまだ修行中の身ですよ」


「上忍ってもしかしてかなりいるのか?」


「そうでもないわ。アジュはお館様だから、警護や関わる人も必然的に強くなるのよ」


 なるほど。国王とかを新兵に守らせたりしないよな。

 改めて俺には重役ってのが似合わないと思い知る。


「では忍具を見ていきましょう」


 軽く俺の使っているものを見せ、試験のことや戦闘スタイルをざっと説明。

 ほぼイロハが説明したけどな。仕方がないのよ。

 俺を普段から見ていて、忍者のプロがいるんだ。そっちの意見でいいだろ。


「では焙烙火矢などいかがです?」


 小型の丸い爆弾だ。着火して投げるタイプか。


「うーむ、魔法がありますし。電撃で着火したら爆発しそうですね」


 そして取扱いが怖い。魔法のように自分には無害なもんじゃないし。


「魔法が多彩ですな。ならば武器を……クナイは小さめですか。これは飛び道具に?」


「ええ。あとは軽くナイフとして使えるくらいで、メインは攻撃魔法とカトラスですね」


「手裏剣はだめかしら?」


「手を切りそう。投げるのもコツがいるだろ?」


 手裏剣は種類が豊富だ。おなじみ四方八方から、棒状のものや、ノコギリのような刃がついたものまで多彩。見るだけなら面白いな。


「なら機動力を上げる鉤縄と、敵の足止めにまきびしはどうかしら?」


「なるほど、悪くないな」


 鉤縄は特殊素材で、腕に小さな箱を取り付ける。

 そこから飛び出した丸い鉄が開き、鉤爪のように壁に食らいつく。

 縄も細いが特殊繊維を編み込んだものらしい。


「先端の形状により、フックのように引っ掛けることも、槍のように突き刺すことも可能です」


 あれだ、漫画とかドラマでスパイが使うやつだこれ。

 落下中にパシュって腕から出して、崖とかにぶら下がるやつ。


「これにより移動できる場所が増えます。ですがこれは体力がなくても使えるよう、できる限り使いやすさと軽量化をしたもの。大人を三人支えられるかわからないものです」


 俺に優しいタイプの忍具らしい。

 装備が重ければ、それだけ負担がかかって切れる危険も上がるんだってさ。

 まあそれは当然だろう。


「壁や崖の移動……確か電撃の腕が出せるはずよね?」


「そりゃできるけれど……あれ限定的だし、魔力練るのもきっついからなあ。他人が触ったら痺れるだろうし」


 イロハが言っているのは、リベリオントリガーで使う質量のある電撃のこと。

 まずあの状態がデリケートだ。俺だけが暴れていい状態でしか使えない。

 万能には遠いのである。


「利き腕ではない方につけておくとよろしいかと」


「いいですね。これちょっとキープ。他も見ましょう」


 そこから手裏剣、地雷のような箱。穴を開けるキリや、鍵開けのグッズを見せてもらう。

 イロハとフジマさんの実演つき。これは面白い。

 裏手に広めのお試し場があるのはこのためか。


「手にはめるタイプの武器もあるけれど」


「俺向きじゃないわな」


 メリケンサックみたいなやつだ。接近戦無理なので使わない。

 カトラスにナックルガードがあるので、むしろ邪魔。


「痺れ薬付きのクナイも愛用してらっしゃると。でしたら簡単な解毒薬と、精神の落ち着く回復丸などいかがです?」


 小さな飴玉に近い丸薬だ。魔力も回復するらしい。

 一個貰って食べてみる。


「噛み潰して味が広がると、リラックス効果もあります。精神集中によいかと」


 言われて噛み潰すと、一気に爽やかな香りが口に広がる。


「ジャスミン茶か」


「じゃすみん?」


「俺のいた場所にあったお茶です」


 ほぼ同じ味だ。不快感もないし、鼻と喉がクリアになった気がする。

 ハッカのようなものじゃない。でも身体機能が上る感じ。


「いいですね。悪くない」


「それは薬というよりハーブティーに近いわ。大量に摂取するものではないけれど、飲み込んでも噛んでもいいから、気休めになるわよ」


「いいね。気に入った。仕込み鉤縄とジャスミン茶丸薬いただきます。解毒薬も」


「はいまいど! ではちょっと寸法と、色々タイプがありますので、こちらへどうぞ」


 そして使いやすいタイプを調べ、左腕に付けるタイプを選ぶ。

 服の袖で隠しておけるので、いざという時に使おう。


「では新しく作りますので、しばらくお時間頂きます。近くで昼食などとられてはいかがでしょう?」


「じゃあしばらくしたら来ます」


 代金は前払いしておく。そこそこの値段だが、性能は信用しているので満足だ。


「じゃあまた腕を組みましょう」


「またかよ。飯屋に行くだけだぞ。別にいいだろ」


「わがまま言わないの」


「そっちのセリフかそれ?」


 ほど近い場所に、何を血迷ったかお茶漬けの店とかある。

 別にお茶漬けオンリーではないが、それでも繁盛しているあたり謎を残す。

 イロハおすすめなので期待し、怖いもの見たさもあって入店。


「いやめっちゃ美味いけどな」


 サーモンしらす茶漬けあったんで食ってみる。

 いやあ死ぬほど美味いね。

 三分の一くらい食ってお茶入れたけど、何この深みの出た味わい。

 焼き魚の味が全部米に染み込んでやがるし、それをお茶がさっぱりさせる。


「アジュはこういうの好きよね」


「うむ。美味いぞこれ。こういうのいいな」


 イロハのは白身魚の切り身がどーんと乗っていて、わさび少々と玉子のようなそういうあれ。俺に異世界の食材判別能力はほぼ無いからね。わからん食材も出るさ。


「あーんとかしてみましょうか?」


 木製のスプーンをこちらに出してきた。

 正直味が気になっています。美味そうなんだよなあ。


「ちくしょう……乗ってやる。今回だけな」


「これもアジュの味覚を理解しているからできることよ」


 予想していた美味しさを超えてきやがった。

 白身って味が濃くてしんどいイメージだったが、お茶と白米でしっとりまろやかな味付けだ。わさびがほんの少しアクセントを効かせているのもポイント。


「次は私にしてみましょう」


「えぇ……」


「今は恋人試験期間よ。やって損はないわ」


「……毎回はしないからな」


 仕方なく一回だけあーんしてやる。

 あくまで試験期間だから仕方なくだ。他意はない。


「もう少しで攻略できそうね」


「どうだかな。いつもこうとは限らないぜ」


「なら貴重な思い出として、胸にしまっておくわね」


 まあ飯食うくらいなら一緒でもいいかな。

 恋人がどういうものか知らないが、極稀にほんの少しだけこういうことがあっても悪くないような気がするよ。

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