怪しい噂が増えていくけど麺を作る

 ライブの次の日。妙な噂が広まっているらしいので、朝からいざこざを調べていたのだが。


「増えているな」


「増えてるわねえ」


 小競り合いが増えている。それも商人や漁師に限定しない。街の人間にすら起きているので、正直驚いた。


「ええい面倒な……俺達だけでどうにかできるのかこれ?」


 当然だがギルメンは自分のブロックに帰った。あっちはあっちで調査しなければいけないからだ。今は8ブロック主要メンバー六人による会議である。


「小さな争いは起きるわ。それ自体は自然よ」


「けれど多い。最近になって増えている」


「慣れてよそがよく見える、ということも考えられますが」


「不公平感が出るのね。けど国王への不満まであるわよ」


 税率がどうとか、別の場所より仕事が過酷とか範囲が狭いとか。マジでよくわからん。そこまで吹き出すレベルなのだろうか。資料を見てもわからん。


「給料悪くないよな?」


「いい方だと思います。試験後の換金率からしても、従業員にかなりの儲けが出るはずです」


「だよなあ……何が不満なんだか」


 どうせすぐ終わるし、ここで生涯の賃金を稼ぎ切るのも無理。ならある程度のばら撒きはしておくのだ。不満を出さずに試験を突破する方がいい。


「こういうの直接行くのだるい……絶対揉めるじゃん。潰して終われないの嫌い」


「それが普通だぞ」


「マジでわからんな。それほどの差があるようには見えないし、ぶっちゃけあと一ヶ月あるかどうかだろ。耐えられないものかね?」


「雪国ですからね。寒さで不満は増すと思います。ですが、それでも待遇はいいはずなんです」


「誰かが、もしくはどこかのブロックが、悪い噂を流している?」


 この結論が一番わかりやすい。寄せられる苦情や小競り合いが本物なら、学園が仕掛けるには少し違和感がある。


「だとしても変だよー。これほとんど全ブロックに悪い話があるの。犯人がわっかんないんだにゃー」


「玉砕覚悟なのでしょうか?」


「可能性を排除するにも情報が足りん。この報告だって本当かわからんぞ。適当なこと書いて送ってきているかもしれん」


「そこまで疑うとキリがないわね」


 実際犯人の目的がわからない。犯人がいなくて、マジで不満が吹き出たパターンもあるだろう。これが試練というやつかね。


「目的が不明。ほぼ全国に不満が流れている。これでは得をする人間がいない」


「そこだねー。だーれもメリットないのに流してどうするんだろねえ?」


「国そのものに恨みを持つというのは考えにくい。特定の個人を狙うなら、全国的に動く必要がない。この手段を取る理由も不明」


「行きたくないが、現地に行くしかないか」


 本当にめんどい。しかも国王を恨んでいるのなら、狙われるか罠がある可能性だってある。けれど犯人がわからないので進むしかない。


「イズミとルナ、あとミリーか? 今回は事務職が必要だよな?」


「そうね、こっちはわたしとホノリでまとめておいてあげるわ」


「タイガとアオイは置いていく。リュウも暴動があったら使え」


「わかった。気をつけるんだよミリー。アジュが暴れたら逃げろ」


「がんばります!」


 微妙に納得いかないが、まあそんなこんなで外出することになった。


「さて5ブロックへの道に来たわけだが」


 軽く雪が降り、防寒着に身を固めた俺達は、飯屋の窓から街道を見ていた。

 ここは国境付近であり検問もある。兵士もいる。ちょっとした町であり拠点だ。


「あっくん、ここからどうするの? 聞き込みでもする?」


「俺は聞き込みとか向いていない。やるならルナが頼む」


「オレが行って聞きましょうか?」


 町娘に化けた三日月さんが護衛として来てくれている。だからなんで女装なんだよ。俺の視線に気づいたのか、こちらの疑問に答えてくれる。


「やはり一番警戒されないのは町娘でしょう。非力でありふれているからこそ、敵も怪しまないのです」


「説得力が出るくらい似合っているのが腹立ちますね」


 これで女装は趣味じゃないというのだから、それはもう困るよね。第一騎士団の人はどうしているのだろう? 案外同じ連中が集まっているのだろうか?


「さあ、こちらをどうぞ」


 そう言って俺に村娘の服を差し出してくる。


「……俺に着ろと?」


「ええ、サイズは少々違っても問題ないものを選びました」


「ぷふふふ、あっくんが……ぷふー、ルナ見たい!」


「絶対着ないからな!」


 俺の人生の汚点の中でもトップクラスのものが生まれようとしている。なんとか阻止していると、外が少し騒がしい。


「行ってみるか」


 あの場所は関所のはず。今日も人が多いな。

 外に出て、近くの兵士にこっそり聞いてみる。


「どうした?」


「荷物の検査が長引きまして、通行者から不満が……」


「なんだ、そいつ関係者か? なあ怪しいもんなんか積んでねえって。できるだけ速く届けないと怒られちまうんだよ」


「気持ちはわかりますが。それで事件になりましたし……」


「怪しい薬ばらまいたアホに言え。金かからないだけマシだろ」


 うちは5ブロックからの通行料は取らない。その代わりに持ち物検査がかなり徹底されている。これは怪しい薬が出回ったことも含めて、しっかり言いつけてある。


「他のブロックは普通に通してくれるらしいじゃないか」


 別のやつが不満を口にする。男三人組だな。噂の出処がわかればいいんだが。


「具体的にどこだよ? 商人なのにそんな不確かな噂で動いているのか?」


「オレは商人じゃねえ。出稼ぎの鉱山掘りだよ。5ブロックで聞いたぜ。5より下のブロックは負け続きで過敏になってるってな」


「むしろ勝ちっぱなしだぞ」


「とりあえず急いでくれ。荷物届けないと私らも……おいありゃなんだ?」


 雪まみれの何かが近づいてくる。人のようだが、どこか足取りがおかしい。

 それが何体もやってくる。雪のない部分は……氷?


「サカガミ殿、あれは敵です」


「敵? あれが?」


 敵襲を告げる笛が鳴り、兵士が非戦闘員を誘導し始める。

 同時に敵が走ってくる。その爪も腕も氷の刃が生えていた。


「三日月さん、正体ばれない程度に援護お願いします。ボスがいるかもしれないので、すぐ出られるように待機重視で」


「了解した。くれぐれも深追いなさらぬよう、お気をつけて」


「二人とも戦えるな?」


「ばっちりさー!」


「魔法で援護します!」


 おや、これ俺が前衛やる可能性が出てきたな。なるべく離れた位置で全部倒そう。


「サンダースマッシャー!」


「フレアブラスト!」


 どうやら個体そのものは弱いみたいだ。簡単にぶっ壊せる。兵士が倒せているところを見るに、それほど脅威ににはならないだろう。ならなぜこのタイミングなんだ。


「大きい敵が来ます!」


 今までのが剣なら、今度のはハンマーだ。質量でぶん殴るタイプ。


「うわああぁぁ! こっち来やがった!」


「逃げるのよ! ここ通して!」


 通行人が騒ぎ出した。とてもうざい。兵士が押し留めているが、数が増えてきた。


「オレの商品が!!」


 声のした方を見ると、荷台を破壊している敵がいた。どうすることもできずに、それを見ているだけの人々……見ているだけ?


「ああああ荷物が!!」


 あっちでもこっちでもそんな感じ。よく見ると兵士が傷ついていない。優秀ってだけじゃないな。これはまさか。


「サカガミ殿、これは最悪かもしれませんぞ」


「ええ、こいつは厄介だ」


「どういうことですか?」


「こいつら、人を襲わない。徹底して積荷を狙っている」


「荷物を奪うってこと?」


「違う。破壊しているだけだ。自分が壊れるまでその行動は続く。つまり全ブロックをギスギスさせるためだけに行動している」


 氷の化け物に金目のものも食料もいらない。つまり完全なる妨害行為である。


「三日月さん、気づかれないように殲滅」


「了解した」


 氷の化け物は消えた。誰にも動きは見えていないだろうから、時間経過で自然消滅したとでも思うだろう。問題はここからだ。


「おいおいちゃんと守ってくれよ。兵隊さんがそんなんじゃ困るぜ」


「面目ない。我々も上に打診してみよう」


「どうしてくれるんだよこれ……あんたらが不甲斐ないからこうなってんだぞ!」


 守りきれなかったので、よくないムードが漂っている。それを遠巻きに見ているわけだが、不審な動きをするやつがいないな。

 こういうケースはどこかで首謀者が損害を確認するものじゃないのか?


「怪しいやついるか?」


「みっかんない」


「術者がいないのでは?」


「成果も確認せずに消えたと?」


「今の敵が自然発生したという報告はありません。少なくとも、城に上げられる報告には乗っていないタイプです」


 マジでどういう目的で動いているんだ。俺達を無差別に襲うことで誰がどう特をするんだよ。誰かの商売敵か? 狙われているのは国じゃない?


「ひでえ目に合っちまってんなあ……あんたらは無事かい? さっき魔法使ってたけど戦えるっていいなあ」


 男が声をかけてきた。どうやら自分の荷物を担いで、こちらに避難していたようだ。しかも戦闘を見ていたか。目ざといな。


「ああ、俺達は運良く無事さ。そっちも被害はなかったみたいだけど、他のブロックではこういうのよくあるのか?」


「らしいぜ。7ブロックも似たような事はあるんだとさ。なんか急に荒んできたねえ。こっちゃ魔法も剣も使えないってのによ。こんなことして誰が得するんだか……」


「まったくだ。流通を止めるにしても、歴史も基盤もない学園でやるこっちゃないだろうに」


「マジでなあ……商品が痛むんだよ……ついでに買ってかない? 小麦粉とかあるよ。包丁もある。氷の化け物切るには心もとないけどな」


「急だな。包丁?」


「料理人以外は移住者だろ? 日用品は意外と壊れる。慣れてくれば変化球が欲しくなる。そういうもんさね」


 男の荷物には各種包丁と食料がある。というかよくこれだけの量を担いで走れるな。普通のリュックより格段にでかいぞ。


「んー……もっとひらべったい包丁あるか? こういう形でこう、しゅーっていう」


「あっくん何してるの?」


「そっちはそっちで調査してくれ。俺は少し話す」


 ルナが呆れ気味である。探偵科なんだし調査をしてもらおう。今こそ実力を発揮してくれ。


「小麦粉一緒に買わない? セットで安くするぜ。これっきりでもう仕入れないから処分価格でさらに安い!」


「待て待て廃棄品か?」


「違う違う。ちゃんとしたやつ。あっちで別のもんと変える予定だったんだけど、交易品がいまいちっぽくてな。処分したい」


「んー……そういや今日作れる日だな。よし、そっちの包丁と一緒に頼む」


「あいよありがとう! ついでにいいこと教えてやるよ。今回の騒動、どこの国でも起こっている。学生がやるには陰湿で、商人はメリットのないことはしない。探るなら5ブロックだぜ。あそこだけ誰の支配下でもない。さっさと解決してくれよ? 重役なんだろ?」


 確信した言い方だ。俺を国王だと知らないが、それなりのポジションにいることは察しているのか。不思議なやつだな。


「さっき兵士に指示出してたろ? 少なくとも兵士はかしこまっていた。支配者側の学生だと思ったんだが、勇者科かい? 金に余裕がありそうだと思ったんだ」


「正解だ。大した推理力だよ」


 こいつ意外と抜け目がない。のらりくらりと生き残るタイプだ。嫌いじゃないよ。


「んじゃ、これおまけね。期待してるぜ学生様」


「そっちも気をつけて。じゃあな」


 手を振り軽快な足取りで去っていった。入れ替わりでルナが報告にやってくる。


「わかったよ。あれは魔法陣とかで呼び出すトラップだにゃー。一定時間で発動するみたい。誰か特定の人を襲う意図はないっぽいんだよん」


「マジでかき回すためだけのトラップだってのか? 面倒だな」


「今回は被害軽微でしたが、本格的に対策しなければいけませんね」


「人員を増やすか。無駄な出費が増える……各国を疲弊させるのが狙いか?」


「それだと長期的過ぎますね」


「ひとまず城に戻るぞ。ここじゃやれることは少ない」


「らじゃー!」


 そして城に帰れば飯の時間だ。なんか知らんが、うちはのブロックは六人にだけ料理を作る権利が発生する。こいつらのギルドも当番制だったりするパターンが多いんだとか。なのでいつの間にか採用された。作りたいやつが厨房借りて作ればいい。


「魚ばっかりだったからな。たまにはいいだろう」


 でかい鍋に湯を沸かす。この時間で小麦粉をよく練っておこう。あとはあの男から買った包丁で、練っておいた小麦粉を上から削ぎ落として鍋に入れていく。


「あっくんは何を作っているのかにゃ?」


「刀削麺だ」


「とーしょーめん?」


「特殊な平包丁で小麦粉を削るようにして鍋で茹でる麺料理だ」


 ラーメンとは形と長さが違う。長く細い普通の麺類とは違い、平たくて形が独特だ。削いでいるためそれほど長くもない。


「これにタレかけて、ネギと肉でも乗せれば完成だ。冷やし中華みたいに卵焼きの細切りも乗せるかね」


 店にもよるだろうが、作るならラーメンより汁なしでタレかけるほうが好き。のりとかあればいいんだが、そこまで文句は言わない。多少にんにくとか入れてもいい。


「少し食わせてやるから話せ。氷の化け物はどうやって出す?」


 タレが濃くても麺が吸収していい塩梅にしてくれる。久しぶりに作ったが、案外うまくいくもんだ。俺の料理リクエストは通りにくいから、自分で作るしかないんだよなあ。リリアがいれば別なんだが。


「素材は雪国だからいっぱいあるよ。それを魔力で混ぜて、一定時間で発動した魔法陣が動かすの。けど準備が必要だし、そんなに長時間待機も維持もできないよ。あれを仕掛けた人が、一時間か二時間前まであの場にいたのは間違いないと思うにゃ」


 ルナの話を聞き、現状の推理をまとめていく。

 まず俺達を狙ったものじゃない。あの場に行くことを読めないからだ。

 全国的に妨害工作がされているなら、誰がターゲットなのか縛れない。

 同時に全ブロックというのはかなり広い。隣の街に行くという気軽さではない。前の世界で言えば新幹線で一時間以上かけて行くような範囲だ。移動距離がありすぎる。


「んーおいしい! めっちゃおいしい! なんか端っこと真ん中で食感違うね!」


「そういうもんだぞ。しれっと二杯目を食おうとしやがって」


「おかわり!」


「堂々とすりゃいいってもんでも……まあいい。作りすぎた気がするしな」


「私もおかわりを希望する。とてもおいしかった」


「お前はなんでいるんだよ」


 イズミがいる。しかも一杯食い終わっている。


「ではオレもいただこう。ふむ、濃いめの味付けですな。なかなかに美味。サカガミ殿は料理もできるのですか」


 三日月さんが普段着で立っていた。そして食っていた。


「もういい。食いたいやつ全員食えばいい。小麦粉はまだある」


 問題を先延ばしにしている自覚はあるが、とりあえず腹を満たして気を静めた。

 どうすりゃいいのかさっぱりだが、少しはやる気を取り戻したぜ。

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