第149話 戦神エリスとヴァルキリーグン
無事に戦いは終わり。サクラさんのイメージアップ大成功だ。多分な。
兵を聖域の中枢に入れていいものか悩む。魔物に勝利したことで、もう用済みではある。
できればぞろぞろ連れて行きたくは無い。
「ハンサムナビだ。魔物が一切近づかなかった場所があるな?」
水の船より連絡。まだ俺とシルフィ以外は上にいる。そーっと隠れているわけだ。
「ああ、そこだけ妙な雰囲気だった」
「神域結界だ。神聖さで満たされているため、魔物は入ることのできん領域だ。その先にノアの入り口がある」
どうやら外から肉眼では見えないらしい。そんなもんか。
「いきますわよシルフィ」
まだサクラさんのままの俺は、頑張ってお嬢様口調だ。
「ふふっ……そうですね姉様」
シルフィめ、笑いこらえてやがる。
できれば二人で行きたいけれど、兵士は王族をフリーにはさせない。
なんとか納得の行く理由をつけて、神域にはシルフィとポセで行こう。
「リリアとイロハ、ミナさんは引き続きサクラさんの護衛だ。ポセ、ばれないように……」
「待っていた……クロノスの血を継ぐものよ」
突然聖域から声がかかる。何も無い場所から女が現れた。しかも浮いてやがる。
「まさか魔物を倒しきるとは見事だ。褒めてやろう。約束どおり来たな」
真っ黒いローブを着ているが、首から上は出ているし、声から女だとわかる。
くねくねした長い金髪で、暗くにごった金色の目が、俺達を値踏みするように動いている。
「あの格好、お城に現れた自称神様よ」
サクラさんが言うなら格好は合っているのだろう。得体の知れない不気味な女だ。
「聖域の管理とノアについて話がある。二人だけでついて来い」
「そのことですが、ええと……なんとお呼びすれば?」
「エリスだ。エリス様と呼べ。敬意を込めろ」
名前判明。だが知らん。少なくともポセイドンやアマテラスくらいの知名度がないと、俺には判別できない。
「エリス様、せめて従者を一人……」
「ならぬ。さっさと来い」
シルフィと目が合う。ゆっくり頷き、行くことにする。
「エリス様がこう言ってらっしゃるのですわ。ここは私達だけで行きますわ。兵の皆様は帰りの用意をしながらお待ちくださいまし」
だーめだお嬢様っぽい口調がわからん。ヒメノよ、この口調を貫けるって凄いことなんだな。
横でシルフィがぷるぷるしている。笑いをこらえるのに必死だ。
「しかし護衛も無しでは」
「下がれ下郎。神の命だ。従う以外の選択など存在しない。早く来い」
止めようとした団長さんを一喝するエリス。今回の神様は随分と傲慢だな。
敵だったときに躊躇無く殴れるので、俺的にはこういうやつでも構わない。
「大丈夫です。必ず帰ってきますわ」
「わたし達の心配は無用です。この聖域にまた魔物が現れないよう、見張っていてください。帰ってくる場所を守るのも、また騎士の務めです」
シルフィがフォローを入れてくれる。優しくなだめるような口調で、いつもとは違うお姫様の雰囲気だ。
「畏まりました」
これで兵隊さんは下がってくれましたとさ。
「助かる、シルフィ。ちゃんとお姫様だな」
「ふふーん、こういうこともできるのさ」
シルフィはたまーにお姫様モードに入ると、かわいい系から清楚なお嬢様っぽくなって戸惑う。
「遅い! 急げと言っている!」
エリスが待っている。うるさいやつだ。シルフィが綺麗に見えたというのに台無しだよ。
「はいはい、只今参ります」
シルフィと一緒に歩いていると、一瞬妙な感覚がした。
「ここだ」
さっきまでと風景は変わらない。なのに心を落ち着かせる、神の力で満たされた場所だ。
この密度は異常だろう。マイナスイオンの空気清浄機を山ほど置いてあるようなイメージ。
「さあ、扉を開けろ」
建物も無い空間に扉が一枚。豪華な装飾の入った二枚扉で、片方で三メートルはある。
「開けろと言われましても……どうやって?」
シルフィを見ても首を振るだけ。知らないみたいだ。
「知らんのか?」
「そもそもどんな御用でノアへ? 今回の件はお一人で?」
聞けることを聞いておこう。ボロを出してくれ。ついでに弱いと倒しやすくていいぞ。
「なぜ話さなければならん。いいから扉を開けろ」
「いやだから、どうやればいいのかさっぱりですわ」
「あの……お一人でなければ、困ります。私たちは二人。つまり、最大で二人までしか連れて行けません」
ここでシルフィからのウソ炸裂。エリスはノアについて詳しいわけじゃなさそうだ。
「どういうことだ?」
「一度開けてしまえば誰でも通れる場合、侵入者が現れます。なので、一緒に入るものは限定されます。それ以外が門をくぐれば連帯責任です。エリス様も二度と入れず、強制的にノアから追い出されます」
よくここまでウソがつけるな。多分ミナさんのアドバイスが入っている。
「開け方はわかりませんが、その通りです。機能も使えず、ノアから敵とみなされます」
「……チッ、来いグン」
「ここに」
エリスの横に現れた召喚陣から颯爽と飛び出す女。
ショートカットの金髪で金目の十代くらいの女だ。
「ヴァルキリーグン。伝えるのはそれだけ」
実に無愛想な女だ。知らない女に愛想振り撒かれてもうざいので助かる。
「これで全員だ。さあノアの扉を開けろ。まず触れてみてはどうだ」
「ではまず一人目から、私と参りましょう」
「同時とはいかんのか?」
「一人一人読み込みます。不安でしたらグンさんからいかが?」
「くだらん、神がヴァルキリーの後などありえん。シルフィといったな。貴様が来い」
あら予想外。シルフィを指名しやがった。
「貴様は人質だ。先ほどの戦い……サクラ・フルムーンよ、どこに隠していたか知らぬが大層な力だ。あれで暴れることの無いように、妹を人質とする。下がれ」
やーどうするかね。無駄に知恵が回りやがる。ここで殺すか?
ノアは壊したくない。なにが起こるかわからないし。
「大丈夫だよア……姉様。わたし、行ってくる」
「待った。危険だ」
「早くしろ、でなければ二人とも殺す。まだ一人いるはずだな。フルムーンの王が」
こいつの力がわからない。鎧は着ている。サクラさんに化けているとはいえ、俺は負けない。
だが行かせたくない。仕方が無いな。目的もわからんがエリスを殺すか。
「行ってくる。大丈夫、信じて」
「シルフィ……」
「女の子は信じられなくても、わたしは信じて。大丈夫だから。死なないから」
「早く来い!」
シルフィと一緒に扉の前に立つエリス。その少し後ろで立つ俺とグン。
「おかしな真似はするな。でなければ、お前の母親がどうなっても知らんぞ」
「お母様が……?」
「グン、つれて来い」
グンが女を聖域の外から連れてきた。人間だ。気配と魔力でわかる。豪華なドレスを着ている女だ。
白に近い紫のロングヘアー。赤い目。サクラさんに似ている。
「お母様!?」
シルフィが動揺している。マジで母親か。面倒な……門と反対方向に母親とグンがいる。
「シルフィ、サクラ……ごめんなさい」
本物か。俺にとって大切なのはシルフィだけだ。だが、母親になにかあればシルフィが泣く。
「それ以上喋るな。さあ、来い」
シルフィが扉に触れる。
「お願い……開いて……」
その声に呼応するかのように扉は音も無く、ゆっくりと開き始める。
「おぉ……これでノアが……歴史の全てが手に入る!!」
「最初に伝えておく。妙な真似はするな。時を止めれば我か、エリス様が母親を殺す」
「逃がしはしないぞ。クロノスの子よ」
エリスがシルフィの腕をがっちりと掴んでいる。気に入らんな。
「動くな。サクラ・フルムーン動けば母親を切る。伝えたぞ」
門の中へ入っていくエリスとシルフィ。二人が下へと消えていく。
追うなら今しかない。急いであいつらを潰せば。
「追って来られても面倒だ。やれグン」
「はい。エリス様」
グンの剣は、よりによってシルフィの母親に腹に突き刺さった。
「なんだと!?」
「お母様!!」
グンが傷ついたお母様とやらを俺に向かって投げてよこす。
咄嗟にキャッチしたが、傷は浅い。鎧の知識を引っ張り出すと急所も外れているようだ。
「致命傷ではない。急いで治療をすれば助かるはずだ」
「野郎……ふざけた真似を!!」
抱きとめた王妃様を床に下ろし、連れて行かれるシルフィを助けに行こうとしたその時だった。
「お母様を助けて!!」
「シルフィ?」
「わたしは大丈夫だから! だから……お母様を!!」
「行くぞ。まだ貴様には利用価値がある」
「最後に伝えておく。我々を追ってくれば容赦はしない。伝えたぞ」
「待ちやがれっ!!」
シルフィのため、まず最速で治療するしかない。
『リバイブ』
リバイブキーで怪我する前まで治療。元より健康にしてやる。
「無事かアジュ!」
聖域に全員が入ってくる。イロハとリリアに預けておけば問題ないだろう。
「この人を頼む」
「お母様!?」
サクラさんもやってきた。やはりどこか似ているな。
「行ってくる。俺が必ずシルフィを取り戻す」
「なら私達も……」
「その人を頼む。今の俺は、力の加減ができそうにない」
「行って来い。ちゃっちゃとシルフィを連れ帰るのじゃ」
「ありがとな。聖域に敵が来ないように頼むぜ」
リリアは理解してくれた。ここは任せて、扉の中へ駆け込んだ。
扉の中は青空と草花や木々のあふれる大地が見える。門から伸びる階段を下りると、やつらが見えた。
「シルフィ!!」
「アジュ! お母様は?」
「安心しろ。傷は治した」
「追ってきたか。消せグン」
「御意」
グンの足元からどんどん荒野へと変わる。
荒野がエリス達へ届くと、二人が消えた。
「もう用済みだ。ノアは我々のもの。引き返せ」
「邪魔だ。死ね」
「飲み込みの悪い女だ。死にたくなければ逃げろと伝わらないか?」
「虫けらと話す趣味は無い」
荒野が青空を曇り空に変える。天候を変えているわけじゃないな。
まるで上乗せしているような感覚だ。
「図に乗るな。我等の慈悲で生かしてやると言っている」
「もういい。黙って俺に殺されろ」
「愚かな……ヴァルキリーの強さが伝わらないか。これが我が空間だ」
地平線が見えるような荒野だ。風も無い。
「我が力は戦。我は戦場そのもの。この空間は我が闘争のための結界でもある」
「それがどうした」
土と空だけの空間だ。後は何も無い。そこに地面から魔物や無人の鎧。骸骨やドラゴンまでも生えてくる。
だがそんなものはどうだっていい。今の俺にとってはガラクタの人形遊びだ。
「俺がやることは三つ。お前を殺し、エリスを殺し……シルフィを取り戻す!!」
変装を解除し、魔力を解き放つ。世界が震える。そうか、この程度なら壊れないか。
「男? 我らを欺くか。だが遅い。既にこの空間は戦場。我が魔力が尽きぬ限り、この空間は戦争に必要な駒を生み出す!」
魔物はさらに増える。戦場にすることで戦士を作る能力か。
「どうだ? 幻影ではない。援軍もいない。これで百万一対一だ!!」
「そうかい。ならこれで……一対一だな」
ここがノアでもない別空間だとバラしたお前が悪いんだぜ。
世界そのものをぶっ壊せるほどの魔力を込めて、右腕を振る。
たった一度振るだけで、グンの作り出した空間も、百万の化け物も、跡形も無く消し飛んだ。
「バカな……!? こいつ本当に人間か!?」
俺に慈悲は無い。反撃の隙など与えず。腹パンぶち込んで背中まで貫通させる。
「ながあっ!?」
腹に風穴の開いた虫けらを、そのまま上に投げ飛ばし、魔力波を放つ。
「消えろ」
「うっ、うあああああぁぁ!?」
あっけなく世界から完全消滅するグン。次は虫けらの親玉だ。
エリスの魔力を探知し、光速を超えて駆け抜ける。
「見つけた」
必ず殺してやる。シルフィを泣かせた報い、お前の命で償わせてやろう。
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