第150話 女神エリスを屠れ

 ノアの中で、真っ白な石造りの祭壇を見つけた、

 中央に配置された大きなクリスタルの前。そこにエリスとシルフィはいた。


「待たせたな。迎えに来たぜ、シルフィ」


「アジュ!!」


 シルフィは無事か。外傷は無い。魔力の乱れも無いな。


「なんだお前は? グンはなにをやっているのだ」


「あの虫けらか? 邪魔だったんで消しておいたぜ。こんな綺麗な場所に、あんな害虫はいらねえだろ」


「ちっ、どこの誰かもわからぬ男に負けるか……役たたずめ。だが一足遅かったな。ワタシは神を越えた神となった」


「そうかい。だが……神は越えられても、俺を越えちゃいないぜ」


 魔力を解放する。グンとの戦いで、この世界が壊れないぎりぎりのラインを調べておいた。

 世界とシルフィを壊さないレベルまで鎧のロックを外し、目の前のカスのお掃除に入る。


「たいした魔力だが、神の前では無意味だ。捻り潰してやろう人間よ。虫けらのようにな」


 エリスの手から大量にドラゴンが現れ、それぞれのブレスを吐いてくる。

 雷も吹雪も火炎もなんでもありだ。


「遅いな」


 所詮でかいだけのトカゲだ。全てを魔力を込めた手刀で切り刻んでエリスに迫る。


「ふん、動くな! このシルフィ・フルムーンがどうなっても……」


 エリスがシルフィを人質にするべく手を伸ばす。

 そんな神の動きよりも速く、シルフィに伸ばされた右手を斬り落とした。


「なっ!? ワタシの腕を!?」


「もう二度と、その薄汚い手で…………俺のシルフィに触れるんじゃねえ!!」


 簡単には殺さない。剣は最後の手段だ。俺の怒りを一秒に数千億という蹴りに乗せる。


「ウオオオオラアアアアアアァァ!!」


 祭壇とシルフィから引き離され、天高く蹴り飛ばされた哀れな神様は、そのまま地面に激突して血を流す。

 立ち上がる力は残されているはずだ。無ければ回復してでも痛めつけてやろう。


「ありえん!? 神に血を流させるなど……不敬な! 吹き飛べ!!」


 エリスの残った左手に魔力が集る。

 だがやつが攻撃するよりも速く動けばいいだけだ。

 自称神様が俺の姿と攻撃を認識するより早く、俺の右手はエリスの腹を貫く。


「ぶっ!? げばあぁぁ!?」


「お前、血と臓器があるタイプか。グンはどっちも無くてな。汚いもんぶちまけることが無い分、お前よりマシだったわけだ。こんな風になあ!!」


 右腕をエリスの腹の中に入れて、ぐっちゃぐちゃにかき混ぜてやる。

 骨も臓器もミンチになるまでな。


「げっがああぁぁ!? ぶげがががええぇ!?」


「やかましいやつだ。これでも食ってろ」


 引き抜いたエリスのハラワタを無理矢理口にねじ込んでやる。


「ノアってのは理想郷って意味らしいぜ。そんな場所をてめえの血で汚さないよう、自分で消化しな。もっとも……消化する器官を引き抜いちまったかもしれねえけどな」


 こんな神なんざ死ねばいい。こいつをこの世から消すことだけを考える。


「終わりだ。ちょっとばかし痛めつけ方が足りないが……シルフィが待っている。消えろ」


『ソード』


 二度の生き返らないよう、地獄にもいけないように剣で細切れにしてから、魔力波で消してやった。


「いやにあっけないな。本当に神だったのか?」


「アジュ! うしろ!!」


 シルフィの声で、背後に現れた殺気に向けて拳を叩き込む。

 パンチを食らって仰け反る姿は……確かに倒したはずのエリスだった。


「確かに……完全に消滅させたはず」


 俺の剣は特別製だ。生き返るということを許さない。歴史からも消え、存在そのものが消滅する。


「ああ死んださ。さっき作ったワタシはね。こんなことは想定外だったよ」


 エリスのうしろからもう一人エリスが現れる。


「……どうなってやがる?」


「ノアとクロノスの力さ。なぜノアがクロノスの血族にしか動かせないか知っているか? それはな、装置の時が止まっているからだよ」


「アジュ! そのエリスはコピーなんだ! ノアの支配権を……」


「黙っていろ!」


 祭壇のシルフィに魔力波を打ち込むエリスを斬り殺し、ついでに波動も蹴り飛ばす。

 確かに殺した。エリスを二人ともだ。


「シルフィに触るなと言ったはずだ」


「ふん、やはり貴様は神に仇なす不届きものだ」


 まーた増えやがった。こいつどうなってんだ?


「このノアがなぜ我々の戦いで壊れないかわかるか? この世界の時は止まっていながら動いているんだ。おかしな話かもしれないが、クロノスの力を持つ者でなければ、止まった時の中にある装置が動かせない。血族にノアの権限を一部解放してもらわないとなあ」


「ごめんなさい……わたしが装置に触れなければ……」


「なに、ほんの少し装置に触れさせただけだ。他には何もしていない。あとはワタシがワタシをコピーしただけだ」


「装置を使わなきゃ分身もできないのか? それでも神と呼べるのかな?」


 実体のある分身か。ミラージュキーと同じ性能かね。


「分身? 違うな。ノアは複数の世界そのものの記録が保管されている。そして本物をデータの海の中から抽出して生み出せるのさ。さっきワタシが手から出したドラゴンのようにな」


「なるほど、分身を倒したのに、お前にダメージがいってねえのは……新しく生み出したからか」


「正解だ。まさかさっそく使うことになるとはね」


 面倒なやつだ。新しいエリスが生み出される前に全員殺せばいいんだろうがな。


「この世界は頑丈だ。本来なら星など軽く破壊できるワタシがフルパワーで暴れても壊れない」


 エリスの魔力が大きく膨れ上がる。これが神の本気か。

 だが勝てない相手じゃない。単純なパワーなら九尾がずっと上だ。


「招待しよう。ワタシの作る世界へ」


「なに?」


 数秒だった。今まで存在した空と大地が消え、祭壇を残して宇宙空間へと変わる。


「ノアには記録の転写だけではない。データを組み合わせることで、新たな世界の創作も可能。そういうスペースなのだよ。この世界はな」


「これじゃあせっかくの景色が台無しだ」


「ふふ、記録はノアに存在する。貴様を処分してからまた転写すればよい」


 祭壇とシルフィは無事だ。なにやら輝くバリアで守られている。


「心配しなくとも、クロノスの血族に危害は加えられん。この世界のものはフルムーンより下だ」


「ならなんでさっき攻撃しようとした?」


「ちょっとした実験さ。どこまで支配権があるのかと。それに、貴様が焦る顔が見たくてね」


「どうやらもう一度なぶり殺しにされたいらしいな」


 祭壇から出て、宇宙を転写した世界を歩く。足がなにかについている。

 元々存在する地面を消したわけじゃないのかもしれない。


「ポセイドンの空間と似ているな」


「ポセイドン? なるほど、あいつの従者か? 大方あいつに特殊能力でも授かったのだろう」


「残念だがハズレだ」


「なんでもいいさ。貴様はここで死ぬ。ワタシと」


「ワタシと」


「ワタシ達の手にかかってな!!」


 さらに増えたエリスが一斉に襲い来る。そのどれもがそこそこのスピードだ。


「やれるもんなら……やってみやがれ!!」


 迫るエリスの胴に回し蹴りを入れて、上半身と下半身を分離させる。まず一匹。


「一撃だと!?」


「一発なら耐えられるとでも思ったかい? オラアァァ!!」


 剣で十字に切り裂いて二匹。背後から隙を窺う一匹に裏拳を入れて頭部を砕く。


「ほう、ならばこれに耐えられるか?」


 生み出された星にエリス達が魔力を込めて、星そのものを投げつけてきた。


「耐える? 俺の手刀にか?」


 月程度の大きさなら、軽く魔力を込めた手刀の真空波で両断できる。


『ガード ハイパー ダイナミック』


 念のため二段階上げたガードキーで作った結界を祭壇とシルフィに与えておく。

 俺はこの程度なら怪我の心配は無いので不要だ。


「一つで済むわけがあるまい」


 俺に向けて宇宙の星全てが迫る。大小様々な星が急速に密集し、その衝撃波が届く。


「そよ風で俺を倒す気か?」


「いい気になるなよ。星というものはな、砕ける瞬間の大爆発こそが見所だ」


 このまま数え切れない星が爆発すれば、そこそこの威力になるだろう。


「ならその見所、特等席で見せてやる」


 さらに魔力を解放。急いで脱出し、余裕かましているエリスのもとへ。

 見える位置にいるエリス全てをひたすら爆発の中央に蹴り飛ばしてやる。


『シャイニングブラスター!』


「おまけだ。盛大な花火を見せてくれ。はっ!!」


 シャイニングブラスターを惑星とエリスに向けてぶっぱなす。

 魔力の解放からここまで一秒未満。どうやらこの速さにはついてくることができないようだな。


「ぬうおおおおおあああああぁぁぁ!?」


 爆発の瞬間、エリスの断末魔を聞きながら、シルフィを守るために祭壇へ戻る。

 どうやらここは相当強固なバリアが張られているらしい。

 俺が守らなくても、惑星の爆発程度では壊れないようだ。


「これならもうちょっと本気出しても平気そうだな。無事かシルフィ?」


「大丈夫……みたい。アジュも無事でよかった……もうなにやってるのか全然わかんなかったよ」


「改めて考えると俺もわからん」


 きっと気にしてはいけない。要するにエリスをぶっ殺せばいいだけだ。


「化け物が……ワタシをここまで追い詰めるとはな」


 まーた増えたよ。祭壇に歩いて来るエリス。入ってこられても面倒だ。祭壇の外で迎え撃とう。


「そこで止まれ。無駄に死に様コレクションが増えるだけだ」


「単純な破壊力では死なんか。ならばノアの記録より受けよ! 必殺の一撃を!」


 エリスが今更魔力で作った槍を投げてくる。なんのつもりか知らんが、右手で振り払おうとしたら胸にあたっていた。


「どうだ。なにがあろうとも絶対に直撃する魔法だ」


「おー凄いな。褒めてやるよ」


 あたっても傷とかつかないけどな。多分心臓に直接ぶっこまれても無意味だろう。

 鎧は防御力も上がる。それは臓器や細胞まで強化されるということだ。


「力に溺れ、油断を招くか人間!」


「油断? さっきからこっそり俺の鎧と能力を奪うスキルを使っているだろう? それのことか?」


「気付いていたか……だが何故だ? 何故通用しない!?」


「効くわけがないんだよ。所詮、その力は一つの世界で強い能力というだけだ」


「どういうことだ?」


「こいつは全異能・全神及び概念的存在用の処刑具だ。たかが一世界とその神。そしてそいつに与えられた力程度じゃ、それがどんな理不尽な強能力であろうとも無駄なんだよ」


「……チッ」


 即死だの世界の法則改変だの、面倒な能力を完全に無効化し、なんなら鍵で再現できるという便利さ。

 通販番組なら即日完売である。


「そもそもお前はなんでノアが必要なんだよ?」


「ワタシは戦神。ノアの力さえあれば、好きなときに戦争を起こし、気ままに戦いを眺めては、人間から信仰を得られる。こんなに楽しい生活は無いぞ。フハハハハハハハ!!」


「思っていたより理由がしょぼいぞ」


「なんか……違うよね」


 もっと壮大でノアがなければ不可能な事情だと思ったのに……小悪党か。


「なんとでも言え。貴様の動きを封じる手段は見つかった!」


「なに?」


 エリスが右手を掲げる。あいつがやったことはそれだけ。

 だが、強烈なプレシャーが上から降ってくる。


「なんだ…………ぐうっ!?」


 咄嗟に右手を上に突き出す。今まで感じたことのないほどの重さの何かが乗っかっている。


「アジュ!!」


「なんだこれ? この重さの発生源はどこだ?」


「アトラスという神は、その身で天体を支え続けたという。人間である貴様に、いくつの天体を支えられるかな?」


「天体?」


「宇宙も、惑星も、銀河も、そこに存在する生命すらも天の中にある。ノアのような例外を除いてな。それを圧縮し、落としているのさ。まさか世界丸ごと一つを片腕で支えて余裕とはね……正直驚いているよ」


 まーた無茶してくれるなこいつは。その発想力は別のことにでも使ってくれ。

 これ以上余計なことをさせる前に、きっちりかたをつけてやるか。

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