第151話 クロノス・エンゲージ

 シルフィを悲しませた、小賢しい女神エリス。

 なんとしても殺してやる。


「さて、世界はノアの力で増やせるのだよ。それ、もう一つだ」


 さらに尋常じゃない重さが右腕を襲う。

 空いている剣で、世界そのものを真っ二つに切る。


「これで軽くなったぜ。はあっ!!」


 魔力波でエリスも吹っ飛ばす。だが本体じゃないな。これまでの発言からして本体がいる。

 そいつを見つけて殺せば終わるはずだ。っていうか終われ。


「さあ、さらに世界を上乗せだ」


 エリスの声と、俺に透明な世界がのしかかるのは同時だった。

 祭壇から少し離れた位置に現れるエリス。


「アジュ! そうだ……ノアの機能を止めれば……」


「余計なことはしないでもらおうか。この男が潰れても知らないぞ」


 シルフィの動きが止まる。装置はシルフィなら動かせるのか?


「俺がこの程度で潰れるわけがねえだろ。大丈夫だシルフィ」


「でもアジュが危ないのに、わたし……なにもできないままで……」


「ワタシのオリジナルがどこにいるか、わかっているのかね?」


 今度こそ俺とシルフィの動きが止まる。つまりシルフィを狙える位置にいるということだ。

 これがはったりであっても、俺には邪魔なおもりを斬ってから動く必要がある。


「なかなかにうざったい真似してくれるなおい。戦争ってのはそこまでしなきゃいけないもんか?」


「戦を起こし、戦い続けることこそワタシの願い。そのためにあの女に聖域開拓計画を持ち込んだ」


「あの女? ……お母様のこと?」


「ああそうだ。ノアを知り、数年がかりで計画は始まった。クロノスの血が入っていないということをコンプレックスにさせ、ノアに保管された別世界の技術を裏から流し、神の知識を与えることを報酬として、ノアの場所の特定もさせた」


 エリスは実に得意気だ。自分の成果を報告するエリスには、愉悦という言葉が似合う笑みが張り付いていた。


「全てお前のせいってことか」


「そういうことだ。愉快であった。あの女に、クロノスに匹敵する力を手に入れることができて、初めてお前は家族と同列になる。そう諭していくのはな。人間の心とは脆いものだ」


「これでこの世界の戦争は、全ての歴史はワタシが作ることになる! この世界そのものがワタシを称える歴史となるのだ!!」


 両手を広げ高らかに笑うエリスは、神として崇めることなどできない醜さだ。


「そんな……そんなことでお母様を……わたしの家族をっ!!」


「待てシルフィ!!」


 シルフィが時を止め、加速してエリスに斬りかかる。


「うああぁぁぁ!」


 シルフィの剣は確かにエリスの首を捉え、そして折れた。

 普通の剣じゃ神には通用しない。ここにきてシルフィの弱点である、神に通用する攻撃手段が無いという事実が浮き彫りになる。


「わたしの剣が……」


「無駄だ。所詮クロノスの力は人間ごときに使いこなせるものではない」


「このおおおぉぉ!!」


 次々に武器を出しては切りかかるも、全てが折れていく。

 やけになっているシルフィを止めなければ。今俺がしなければいけないことを思い出せ。


「貴様が死んでも姉がいる。貴様よりも優れた、第一王女がな。ここまで役に立ってくれた礼だ。ひとおもいに消えるがいい」


「それ以上……くだらねえことをくっちゃべってんじゃねえ!!」


 俺にのしかかる世界を切り刻み、エリスの喉に剣を突き立てた。こいつもオリジナルじゃないな。


「結界の外に出たな」


 別の場所から声がすると同時に突然飛んできた魔力のビームを弾き飛ばす。

 今の攻撃は俺じゃない。シルフィを狙っていた。


「クックック……その娘を庇うか。なんのためだ? 姉の方が優れた能力を持ち。王位継承権も二番目。ここにきて役にも立たず。ノアの鍵となってしまい、貴様を不幸に導く疫病神だぞ?」


「わたしが……アジュを……アジュの邪魔に……」


「聞くなシルフィ!!」


 四方八方から狙いを定めているのかどうかもわからない攻撃が飛んでくる。


「ワタシ本体の攻撃だけは、お前に届く。つまり、その男はお前を守るために身動きが取れないのだ」


「や……いや……違う……わたしは……そんなつもりじゃ……」


「違う! あいつの言葉に惑わされるな!!」


 攻撃を捌きながらシルフィの顔を見た。見てしまった。目に涙を貯め、縋る様な、今にも泣き崩れてしまいそうな表情で俺を見るシルフィを。


「お前はなにもできないどころか足手まといだ。その男もさぞ鬱陶しいだろうな。お前のような邪魔者になつかれて」


「うあぁ……ごめん……ごめんなさい……わたし……」


 やめろ。俺は……俺はそんな顔なんて見たくない。

 お前の泣き顔なんて見たくないから、こんな場所まで来たんだよ。


「お前は不要だ。シルフィ・フルムーン。誰もお前を必要とはしていない。お前の居場所などどこにも無い!!」


「そうか……そいつは都合がいいな」


「なんだと……?」


「アジュ?」


『シルフィ!』


 ほぼ無意識にこの鍵を選んでいた。俺とシルフィの絆が作り上げた鍵。

 シルフィの髪の様に真っ赤な鎧へと変わる。


「つまり、俺がもらっちまっても誰も困らねえってことだろ?」


 この世界の時を止めた。俺とシルフィ以外の全てが止まった世界で、鎧のヘッドギアを外し、できる限り優しくシルフィを抱き寄せる。


「大丈夫だ。シルフィは役立たずなんかじゃない。いつだって俺を支えてくれている」


「でも……わたし……なにもできない……わたしが……もっと強かったら」


「強いさ。今だって、泣くのをぐっと堪えて、俺の役に立たないことに苦しんでいる。普通はエリスを恨んだりするもんさ。それなのに、こんな状況でもまだ、シルフィは俺のことを、他人を思いやる気持ちを失わない。それは単純に力が強い俺よりも、ずっとずっと強いよ」


「それでも……それでもわたしは……」


 シルフィの声が震えている。今にも涙が零れ落ちそうだ。


「この力は……この鎧はシルフィがくれたんだ。シルフィのくれた力だよ。こうしてエリスの攻撃が止まっているのは、シルフィのおかげさ」


「わたし、アジュと一緒にいたい。守られているだけじゃなくって、隣に、ずっと隣にいたい!!」


「いたけりゃいればいいのさ。俺みたいなやつと一緒にいようなんてやつはな、シルフィ達だけさ」


「もう……そこは一緒にいてくれって言って欲しいな」


「そうだな。どうせ一緒にいるんだ、いつもみたいに笑顔のシルフィと一緒がいいな」


「そっか、じゃあさ……笑顔になれるおまじないを教えてあげる」


 シルフィの顔が近づく。示し合わせたわけでもないのに、お互いに目を閉じ、唇が重なる。

 ほんの数秒の出来事だろう。だが、俺達にはもっとずっと長い気がしていた。

 やがて、ゆっくりと唇を離す。


「ふふー、元気出たよ。ありがとうアジュ。アジュはやっぱり優しくてあったかいよ」


 シルフィの頬を涙が伝う。でも、シルフィは笑っていた。

 いつもの笑顔のようで、いつもよりはにかんだ、少し顔の赤いシルフィ。


「お互いに、泣きそうになるほど辛いことがあったら、今のおまじないをするのです」


 目に溜まった涙が零れ落ちた時、もうシルフィから悲しみは消え失せ、笑顔だけが残っていた。


「覚えておくよ」


 シルフィには笑顔でいて欲しい。ここまでずっと辛い思いをしてきたんだ。

 これからはずっと楽しいことが続けばいい。


「さて、それじゃあ……」


 突然祭壇が光り始める。そして、目の前には祭壇にあったはずのクリスタルが浮いていた。


「なんだ? なにが起きている?」


「そっか、そうだったんだね」


 クリスタルに触れたシルフィが、ぽつぽつと語りだす。


「ノアはクロノスの力を模倣したもの。祭壇のクリスタルもコピー。ほんの少し、本当にちょっぴりしかクロノスの力を真似できない小さなもの。今までのわたしが使っていた力は、ほんの一部だったんだ」


「今まででも十分に強かったってのに、これよりさらに上があるのか」


「今目の前にあるのが本物。子孫への贈り物。クロノスが、後世に伝えたい想いを大切に閉じ込めた宝箱」


「なんともでかくて綺麗な宝箱だな」


「このクリスタルは時空神クロノスの力の全て。これは……大切な人との未来を、希望を繋ぐためのもの」


 希望か……今のシルフィには似合っている。子孫の人生に希望を残すか。神様も粋なことをするもんだ。


「ありがとうご先祖様。わたしはもう大切な、大好きな人がいます。今ならはっきりとわかる。わたし……幸せです!!」


 クリスタルが暖かい光に変わり、シルフィの身体に染み込んでいく。


「この力、絶対に無駄にはしません」


 光の収まったシルフィは、純粋で神聖な魔力で満たされていた。


「はいアジュ、これ使って」


 シルフィから差し出されたのは、確かに使ったはずのシルフィキー。

 鍵の装飾も心なしか綺麗になって、内包する魔力も上がっている気がする。


「シルフィちゃんキー、パワーアップ版だよ。そしてこれだ!!」


 シルフィの腕にも、俺と似たデザインの篭手がついている。

 女性用なのかちょっとすっきりしていて、動きを邪魔しない、俺より小ぶりなものだ。


「おそろいにしたいなーって思ったらできちゃった」


「よーし、そんじゃダブル変身だ」


 二人で同じ鍵をセット。篭手にセットして発動。


「いくぜ!!」


『シルフィ!!』


 いつもとは少し違う赤い鎧。パワードスーツから、さらにシャープなデザインに。

 まるで変身ヒーローの強化フォームのような気分だ。


「もう二度と……わたしは足手まといなんかにならない! この力で……未来を繋ぐ!」


『クロノス!』


 俺と同じ煌く真紅の鎧。女性用に多少のデザイン変更はある。

 それでもおそろいだと言われたら納得してしまう。

 人体の急所を守る、動きやすさ重視の鎧だな。

 王族が着るためにあるような、気品に満ち溢れていた。


「いいね、かっこいいじゃないか」


「ありがと。でもやっぱりアジュには届かないかあ……今までよりはっきり実力差がわかっちゃうよ」


「すぐ追いつけるさ。ほら、時間を元に戻すぞ」


 時間の流れを正常に戻し、改めてエリスと戦う。


「なんだその力は? 貴様ら何をした!」


 やつは俺達がなにをしていらのか理解できていない。

 いきなり超パワーアップしているわけだ。


「お前に勝てるようになっただけさ」


「わたし達は負けない! 苦しくても、辛くても、一緒なら乗り越えられる!」


「くだらん。オリジナルを見つけない限り、貴様らの敗北は決まっているのだ!」


 対策はある。それが思いつかないほど、俺は焦っていたんだな。


「ねえアジュわたしがやってもいい?」


 シルフィが目を輝かせている。どうやら新しい力を試したいようだ。


「いいぜ、試してみな」


「よーし、いくよ!!」


 手から見たこともない剣を出し、次の瞬間にはもうエリスに刺さっていた。


「なにが……ワタシの腹に剣が……いつ攻撃された……」


 シルフィの剣はどこかあのクリスタルのようで。

 純粋なシルフィの心を映すかのように美しい。

 ダイヤモンドのような刃のついた剣だった。


「これはアジュとわたしを困らせた仕返し。そしてエリス。あなたにノアの権限は無い」


 剣を引く抜くと、世界が来たばかりの時みたいに緑の大地と青空に戻る。


「権限が奪われた……? だが、この身体は!?」


 腹を貫かれたエリスがわかりやすくうろたえている。

 なんだ? なぜあそこまで焦る?


「今の時間は過去の時間の積み重ね。空間も歴史も全ては時間の流れの中で存在しているもの。そして未来とは、そんな時間の先にあるものなんだ。だから、わたしはわたしの望む未来へと進む。正しい道へ繋げてみせる!」


「バカな……こんなことがあってたまるものか……なぜこのワタシがオリジナルになっている!?」


 全てのエリスの気配が消えた。そして傷を負ったエリスだけが残る。


「これはまさか、コピーのエリスをオリジナルにしたのか?」


「そう、初めからエリスはノアの権限なんて一切手に入れていなかった。それがたった今……わたしが望んで繋げた未来。真のクロノスの力! これが……クロノス・トゥルーエンゲージ!!」


 なーるほど便利な力だ。さっきの攻撃も腹に剣が刺さるという未来に直結させたんだな。

 時間を飛ばしているわけじゃない。だから予備動作そのものが存在しない。

 刺すために動いているという、時間と事実が存在しないから防御もできないのか。


「まだだ……まだワタシは!!」


 両手に魔力を込めるエリス。そういうのを往生際が悪いというんだよ。


「アホが。お前は初めから終わっているんだよ。シルフィに、俺達に手を出したその時からな」


 指先から肩までをざっくり輪切りにしてやる。


「ぬうおぉぉ!?」


「刻むぞ」


「任せて!」


 エリスの首から下を細切れに切り刻む。

 シルフィの剣もしっかりエリスを斬る事ができていた。

 これで攻撃面は問題なしだな。


「いくよ……クロノス! フルパワー!!」


「決めるか」


『ホゥリィスラアアアアッシュ!!』


 俺とシルフィの剣をあわせて力を融合させる。

 完成した巨大過ぎる光の剣は、抵抗などできないエリスを飲み込み、完全なる無へと誘う。


「さようならエリス。わたし達の未来に……あなたの居場所は無い!!」


「終わりだあああぁぁぁぁ!!」


「こんな……こんな未来など……認めん……認めんぞ!! あ……ああ……ア……ム……さま……ワタシは……チクショオオオォォォォォ!!」


 こうしてエリスは消えた。鎧を解除し、ノアも元に戻った。


「まったく……手間かけさせてくれる神様だったな」


「ねえアジュ」


 俺の横で微笑むシルフィ。いつも俺が見ているシルフィよりも吹っ切れたような、暖かい笑顔。


「なんだ?」


「わたし、もっともっと強くなって、いつまでもアジュのそばにいる」


 シルフィが抱きついてくる。これからなにをされるのか、だいたいわかった。

 それを素直に受け入れている俺がいる。そして二度目のキス。


「それでね、いつか必ずこの先の未来で、シルフィ・フルムーンはアジュ・サカガミの妻になります。それが、わたしの目指す真実の未来」


 自信に満ちたシルフィを見ていると、クロノスの力なんて無くてもそんな未来がやってくるような気がした。


「だから……それまでずーっと一緒だよ!」


 こうしてフルムーン王家の騒動は、ひとまず大勝利で終わるのだった。

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