もしかして俺のせいでこうなったのか
薄暗い夜の自室で、リリアに鍵をかけられた。これはめんどくさい匂いがするぜ。
「おぬしがシルフィやイロハといちゃいちゃすることを、否定したりはしない。二人が人間的に優れておるのも、おぬしを嫌わないのも大きい。仲間であり親友であると、そう認識しておる」
完全に抑揚の消えた覇気のない声で、ゆっくりと俺に座るベッドへと歩いてくる。部屋が暗い。表情が読めない。
「しかし、取られたままで納得がいくかは別じゃ。特に認めてもいない別の女に取られるなど、同じ時間を濃密に過ごすなど、看過できるものではないわけじゃ」
なんとなくだが見えない圧力のようなものを感じる。自然とベッド中央へと追いやられる形になり、正直困惑しきりだ。
「鎧と鍵のこともある。案内人としての役割もある。しかし、その前に約束の女の子であることをちゃんと意識するのじゃ」
こちらに向けてゆっくりと近づくリリアは、動物が得物を逃さないように距離を詰めているようだ。少しでも目を離すと、一気に距離を詰められている。
「ずっとアジュと生きるために生きてきた。どんな修行でもこなした。あらゆる知識を収集し、内に眠る全才能を開花させた。ただ二人で楽しく生きるために。それだけがわしの生きる意味。存在理由。最高のご褒美」
無意識に後ろに下がろうとするが、足に足を乗せられ、手に手を重ねられ、重さはないのに動く気になれない。リリアから目を離すことができない。
その顔は今までに見たことがないような微笑みだ。いつものかわいさと、どこか大人の女のような熱を持った表情で、こんな顔もできるんだな、とぼんやり思う。
「逃げようとしても無駄じゃ。お主が無意識にどこに視線を送り、どう動くか、そのすべてを把握しておる。脳が命令を下す前にクセを読み封じれば、力を入れる必要もなく抑え込めるのじゃよ。右足と左足どちらから動かすか、どう動かすか、それが封じられた時に手はどこに置くか。上半身は? 下半身は? 本人ですら理解しておらんことを、わしは100%先読みできる」
その言葉を理解しようとしたほんの一瞬で、リリアはキスを終えていた。思考がまとまらない。
「あの日から、ずっとこうしたかった。成長していくにつれて、膨大な知識と技術を知って、体感して、それでも手に入らないおぬしに、強烈に執着してしまう自分に気づいたのじゃ」
こちらを見つめたまま、ゆっくりと体重をかけられて、俺はベッドに押し倒された。そこで初めて視界からリリアの顔が消え、耳元で甘くささやくような声がする。
「大好きな人の体温は? どこからどんな匂いがする? 手触りは?」
首筋に生暖かい何かが触れる感触がした。
「どんな味がするのか。舐めたらどんな反応をするのか。愛をささやく時はどんな声と顔なのか。恋心が自分に向いたら、どんな風に抱かれるのだろう……」
リリアの甘くて落ち着く優しい香りが、俺から思考力を奪っていく。目が冴えているのに眠っているようで、穏やかな気持ちなのに落ち着かない。この感覚は何だ。
「愛してる」
その声がやけによく聞こえて、完全に抵抗する気力が失せた。
「これまでも、これからも、ずっとアジュだけが好き。あなたを楽しませるために、愛するために生きている。それ以外の理由なんていらない」
数回軽いキスをされ、そのたびに今までにない感情が沸き起こる。未知の体験に抗えず、リリアの言葉を聞き続けた。
「本気で世界を滅ぼすというのなら、二人にとって一番長く楽しく遊べる方法を教えて、一緒に世界を蹂躙する。魔法を覚えたいのなら、世界有数の魔術師に導く。金が欲しければ、楽しみながら稼げる手段をいくらでも見つけてくる。旅がしたければ、一番楽しい道のりを案内する。一緒にこの世界で遊ぶ。ずっとずっと」
期待と不安と懐かしさと照れと、最早数え切れないほどの感情の混ざったリリアは、暗い部屋でもはっきりと、誰よりも美しく見えて。
「一番最初から一番最後まで、永遠にあなただけを愛し続けます」
ゆっくりと顔が近づき、唇が重なる直前、顔が離れた。
「さて、そろそろ二人が来る頃じゃな」
部屋の明るさが戻り、魔法で鍵が開く音がした。
「ほれほれ、ぼーっとしたままではいかんのじゃ」
いつものリリアだ。まるでさっきまでが夢だったかのように、普段のやり取りに戻される。脳の処理が追いつかない。
「好きと言われることはあっても、正面から愛してると言われてことはないじゃろ」
「多分……マジトーンではないと思う」
だからだろうか。さっきの俺はリリアを受け入れていた。今までよりも深く。リリアが止まってくれなければ、あのままどうなっていたかわからない。
「キスなどいつでもできる。しかしっ、あえて寸止めで終わらせることで、もうさっきの告白は脳に焼き付いておる」
「何の意味があるんだよそれ?」
水の入ったコップを渡され飲み干すと、急速に頭が冷えていく。
「頭も体も冷えたじゃろ?」
「おう、冷やしてどうしたいんだ?」
「確認じゃよ。こうして」
俺の顔を両手で優しく包み、瞬く間に距離を詰めてくる。
「愛してるよ。アジュ」
体が硬直する。同時にさっきまでの暗い部屋で、見たこともない顔をするリリアがフラッシュバックして、未知の感情が滲み出す。
「にゅっふっふ、ほれ受け入れ体勢になった。もう必ずわしの顔が浮かぶ。他の女に何をされようが、心の根っこにわしがいる。シルフィとイロハが来そうな今ではなく、もっと時間のある時にでも続きができる。そのきっかけを完全に構築したのじゃ」
確かに完全に乗せられるところだった。いかんぞ、こいつが本気になったら、おそらく俺には止められない。状況に流される。それを実感させられた。これから同じ状況になるたびに、俺は勝手に意識してしまう。完全にやられた。
「愛してるがトリガーになるか、もっと簡単な牽制方法を植え付けるかで悩んでおったが、うまいこと両方できたのう」
「お前なあ……」
「これからも楽しく生きるのじゃ。幸せにしてやるぞ」
わからん。こいつだけは測りきれん。また思考の渦に囚われそうになっていると、シルフィとイロハがやってきた。知らんパジャマ着てやがる。
「アジュ、お風呂あがったよー!」
「そうか、じゃあとっとと寝ろ。明日は会議だぞ」
「…………もう寝るつもりだったの?」
「ん?」
「まだアジュを堪能できていないわ」
いきなり背後から抱きつかれ、体の匂いを嗅がれる。俺も一応風呂入ったんだぞ。
「やっぱり他の女の匂いがする。ちゃんと上書きしておきましょう」
いつもより余計にくっついてくるな。風呂上がりだからか体温高いなこいつら。
「ほらほらアジュはもっと積極的にくっつこう! もっと素直になっていいんだよ? いつも我慢してるでしょ」
「これでも素直だよ。こっからどうしろってんだ」
「まだ隠されている欲望があるはずよ」
俺に女関係の欲望ってあるのだろうか。そういう欲求がとにかく薄いし、別にしなくてもいいじゃん。年頃の男というだけで全員が性欲強いわけじゃないぞ。
「たまにちゅーしようとしてやめるじゃん……」
「シルフィが?」
「アジュがだよ」
しばし考える。俺からした覚えなどないし、迫った場面など思い出せない。
「…………待て。マジでわからん。俺がいつそんなことした?」
「お部屋とかで一緒に遊ぶでしょ? そういう時に私の方を見るし、ちょっと目線外しながら唇なめてる時あるし」
「なめる……ああ、冬だから乾燥するだろ」
「ちゅーの準備じゃないの!?」
「俺どんなイメージだ!?」
どんだけ性欲まみれのイメージなんだよ俺は。普段そんな行動とったことないのに、そう思われているってことはだ。改善点があるってことじゃないのか。
「これはシルフィが欲求不満なだけじゃな」
「わたしのせい!?」
「あまりがっつく必要はないってことか?」
「だからといって放置してよいわけではないのじゃ。不安にさせないよう、適度に優しくして欲しいのじゃよ」
加減が難しいらしい。そんなことどこで学ぶんだか。学校で教えないだろ。
「少しくらいサービスがあってもいいと思うわ。ちょっと私の手首を掴んでもらえるかしら?」
「こうか?」
「そう、両方ともお願い。そのままベッドに押し付けるようにしてみて」
両手首を掴んだまま、イロハを軽くベッドに押し倒す。なんだこりゃ。
「ここで口説きつつキスするくらい気を利かせたりするのよ」
「利かせてますかねそれ!?」
「この押さえつけられている力強さと、今からされるのね……という感覚が興奮するのよ」
「個人差あるから気をつけるのじゃ」
それは俺でもわかる。イロハ限定、もしくはギルメン限定だなこれ。よし学習してきているじゃないか。この調子で生きていこうね。
「じゃあ勉強になったということで、今日は終わり」
「ダメよ逃さない」
「ですよね」
そらそうなるよ。布団の中に引きずり込まれ、自宅のように四人で寝る。少しだけ距離が近いのは、ベッドの大きさ的な問題ということにしておく。
「ベッドにはアジュの匂いしかしないのね。一緒に寝ることは許していないのかしら」
「お前ら以外を乗せたことはない」
「これからも許さないように。寂しくなったら呼ぶのじゃ」
寂しく……心当たりがないわけじゃない。俺も少しくらい歩み寄るべきか。
「悪かったな」
抱き寄せ方がわからないので、シルフィとイロハの頭を胸のあたりに寄せて撫でる。これであっている自信がない。
「おぉ……アジュが積極的に」
「嬉しいけれど、急にどうしたの?」
「……不便だったからな」
「ほほう?」
リリアは気づいたな。照れ隠しに撫でつつほっぺたをふにふにしてやる。嬉しそうに手にすり寄ってくるのは、なんか猫みたいだなーと思った。
「いなくなると困る人間というものがいなくて、よくわからなかった。長期間いないと身に染みる」
他人との交流などいつ失っても構わない。それは今でもほとんど変わっていないだろう。だがこいつらはもう無理だ。いて当然のレベルで浸透した。ふとした瞬間に、いないのに探してしまう。無意識に四人でいることを前提としている。
「生活に組み込まれるほど、俺が他人を受け入れるとはな……」
これはささやかな礼だ。俺なりに感謝の気持ってやつを込めよう。
「まあこれからもよろしく頼む」
「そこでへたれるでないわ」
「今まではそれだけだったでしょ。そこからさらに踏み込もう!」
わからん。この先が想像すらつかない。もっと感謝を出していくのだろうか。ならば行動で示してみよう。三人をもう少し強く抱きしめる。
「これで正しいのか?」
「おおぉぉ……デレ期が来た」
「寂しいという感覚は独特すぎるというか、他人がそう思っているという確証が持てないんだ。自惚れに近いだろ。だから自然と選択肢から外している節がある」
「わしらが初めてのケースというわけじゃな」
初めてかつ気長に待ってくれるやつらで助かっている。おそらく他人なら耐えられないだろう。
だが自分に会えなくて寂しい、そう考えられるような人生を送っているやつなど少数派だろうし、そっち側に行くことは永遠にないと思っていた。大目に見て欲しい。
「よーしよし、今までありがとう。よく俺についてきてくれた」
「お別れ感が出ちゃうでしょそれ」
「いいんだよどうせ別れないんだから」
「そろそろ覚悟が決まってきたのう」
「手間のかかるやつだが、よろしく頼む」
この日は試験が始まってから一番やすらかに眠れた。気持ちが穏やかになるのは、こいつらに心を許しているからだろうか。自分の気持ちもろくにわからないが、こういう時間を共有していくのは悪くない。試験を乗り切れそうなくらいには、やる気も湧いてきたさ。
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