どうしてこうなった
手紙を書いた翌日。寒くて外に出たくないため、昼から娯楽室でだらだらしていた。暖房があってビリヤード台とかあって、なんとなく机仕事が少ない日はここに来ることがある。
「やるじゃないかイズミちゃん。私ビリヤード強い方なのに」
「暗殺者としてどこにでも溶け込めるよう、一通りの遊戯は習得済み。私はミリーが強いことに驚き」
「父に習ったんです。こういう遊びが好きな人で、母の目を盗んでこっそりと」
今日は六人全員がここにいる。それぞれの仕事が消化できたので、メンバーの結束を深めるチャンスらしい。
俺はビリヤードなんて洒落た遊びはできないので、テーブル席でクッキー食っている。甘みが少し強いがうまい。
「あっくん、こっちのお菓子もおいしいぞー」
「お茶が切れたわね。何かいれてきてあげるわ」
「悪いな」
「いいわよこれくらい。わたしが好きでやってることだもの」
フランとルナが同じテーブルに座っている。三人で適当に菓子食いながら、ビリヤードしている奴らを見る。なかなかに優雅な生活かもしれんな。
「はい、あったかいココアいれてきたわ」
「助かるよ」
クッキーとマカロンで少し口の中が甘い。暖房もきいているので、どうせなら砂糖のいらないタイプのアイスティーで口も体温も戻したいんだが……これはこれでいいか。
「あっくんはビリヤードしないの?」
「経験がない」
「教えてあげるわよ?」
「うーむ……難しそうだな」
どうも二の足を踏むというか、これがいつもの三人なら、適当にやってみるんだろうか。それでも渋々台まで歩く。
「基本的な持ち方と突き方からいくよ」
「よろしくな先生」
いきなりゲームは始まらない。その程度の良心は残っているらしいな。生徒一人に先生五人は多くないかね。
「そのまま軽く指に乗せる。そのまま軽く突く……」
「どうした?」
「握ると棒で下ネタを思いついた」
「絶対に言うなよ」
「握りが甘いのよ。こう、ちょっと失礼」
フランが俺の後ろから手を重ねてくる。教えるのうまいな。やはり上流階級というのは、才能や思慮深さに恵まれやすいものなのかも。
「あっくんは筋がいいね!」
「そうですね。これなら一回実戦形式で覚えてもいいと思います」
しばらく教えてもらい、なんとなく実戦に入るっぽい。そうしないとお互いに飽きるからな。コツは掴めた気がするし、試してみるのも悪くない。
「ひっひっひっひー、罰ゲーム何にーする?」
「やめろ初心者だっての。ビリヤード嫌いになるぞ」
「軽いやつでいいって。女の子の間で流行ってるんだけどさ」
「じゃあ俺できないだろ」
「罰ゲームは愛の告白ね! ビリの人がトップの人に告白!」
くっそ重い罰が……意味がわからん。俺に死ねというのか。少々汗の量が増えるのは、部屋が暖かいからだけじゃないだろう。
「それ盛り上がるのか?」
「久しぶりに本気を見せてあげるわ」
「まっけなーいよー! ばしっとかっこよく勝っちゃうからね!」
結果から言えば、それなりに白熱した。手加減されているのはわかるが、それは初心者への気遣いというもので、特に不快感はない。
「うおおおぉー! ルナはみっちゃんが好きだー!」
「ええっと、ありがとうございます。私もルナさんはいいお友達だと思っています」
「振られたー! 告白したのにお友達宣言されたよー! ほのりーん!」
「はいはい、よしよし当然だぞ」
「がーん!? 当然じゃないもん!」
ルナがビリでミリーに告白するという、なんとも微笑ましいやり取りで終わった。純粋にミリーが強い。お硬い社長令嬢のイメージが変わったな。
そしてすまんなルナ。多分気を遣ってくれたのだろう。後で礼は言っておこう。
「少し疲れた。俺は休むよ」
「お疲れ様、覚えるの早いじゃない。はい、冷たいお茶よ」
イロハが冷たいお茶を出してくれる。砂糖なしの心が落ち着くお茶だ。暖房とゲームで火照った体を冷やしてくれる。
「すまない。ふぅ……慣れないゲームは頭も体も疲れるな」
「意外と体力を使う遊びね。今度家で練習する?」
「考えておくよ」
俺の口にお菓子が入れられる。ぱりぱりしていてしょっぱい。口の中が一気に和風になった。
「塩せんべいよ。塩分を補給しておきなさい」
「今日は食って遊んでばかりだな」
「たまにはいいのよ。ずっと国の運営なんてつかれるでしょう? 労ってあげるわ」
そう言って微笑むイロハからは、二週間程度離れていただけなのに、なぜかとても懐かしい雰囲気が漂っていて、無意識にリラックスしていた自分に気づく。
「そうか……じゃあ今日はゆっくりする日に……ん?」
ど う し て イ ロ ハ さ ん が い る ん で す か ?
「お前いつからいた?」
「溶け込むとはこういうことよ」
俺の手に手を重ね、がっちりホールドされている。行動が読めないからやめろ。
「えっ、あれ? フウマさん……? どうやってここに?」
「普通に遊びに来ただけよ」
そこでこの場にいる全員が気づいたようだ。警戒するものと、驚いて固まるものに分かれるが、どちらもなりゆきを見守っている。
「気づけなかった。警備に何の反応もない。いつからいたのか、私でもわからない……これがフウマ……」
「警備が甘いわ。後で改善点はまとめておくわね」
「しれっと座ってるけど他国に入るなって」
「少しお友達の家に遊びに来ただけよ。よくある学生の一幕じゃない。ちゃんと門番にも話は通したわ」
普通に使者として来たらしい。城に入ってから誰にも見られずここに来たんだと。
「いつ敵が来るかわからないのだから、警戒はしなきゃダメよ。でないと」
イロハが横から俺の首に両腕を回す。顔を寄せ、どこか勝ち誇ったような顔で告げた。
「こうして王様の首に手がかかるわよ」
部屋の空気が少し変わった。具体的には冷たくなった? 暖房は効いているはず。なんか知らんけど緊張感がある。この状況は何事よ。
「ミリー、私らはちょっと席外そうか」
「そうですね。ではごゆっくり」
ホノリとミリーが逃げた。おいこの空気どうするんだよ。
「あっくんのギルドメンバーさんだよね? 急に遊びに来るから驚いちゃった」
「あっくん……そう、ルナさん、お手紙ありがとう。アジュがお世話になっているみたいね。彼のお世話は大変でしょう?」
「そうでもないよー。足りない部分はお互いに埋めあっていけばいいのさ!」
「アジュくんは結構頼りになるわ。危ないところを助けてもらっちゃったもの」
フランが俺の横に、対面にルナが座る。菓子でも食いながらの団らんというやつだろうか。イズミはソファーで寝ながら菓子食ってやがる。自由だな。
「おかげでギリギリやっているさ。この前の戦闘には勝ったしな」
「随分無理をしているのね。慣れない環境で、今までと違う人と交流するのは大変でしょうに。しばらく私がついていましょうか? 辛くなったら甘えていいのよ」
「いえいえ、国の問題を部外者の方に押し付けるわけにはいかないわ。身内だけで、しっかり解決するから」
「負担になるようなら言ってちょうだい。アジュはちょっと人見知りなところがあるから、私達じゃないと馴染めないのよ」
そういやよく8ブロックで生活できているな。こういう場に多少なりとも順応できるようになったのだろうか。だとすればギルメンのおかげだろう。感謝してもしたりないな。
「それと、別陣営からお手紙よ。8ブロックのみんな宛」
イロハの手紙をみんなで読む。ざっくりまとめると『リリア・シルフィ・カグラ陣営の使者が来るから、四国で同盟会議をしよう』的なことが書いてある。
「という訳なのだけれど、いいかしら?」
「いいんじゃないか?」
「連携は必須。これからの激戦に備えるべきと提案」
これにはみんな同意らしい。正直長期戦になるだろうし、敵と味方が明確になるに越したことはない。非常に助かる。
「私はカグラ陣営の使者として、先にこちらに来たの。しばらく厄介になるから、よろしくお願いします」
「そういうことだったらまあ、わかったわ。来客用のお部屋を用意させるから、しばらく待ってもらえる?」
「必要ないわ。アジュの部屋に泊まるもの」
「なっ!?」
「うえぇ!?」
「普通に客室あるぞ?」
まあそうくるだろうな。王様用の部屋は広いし、イロハ一人くらい問題はない。なんとなくそれでいい気がしている。
「いいのよ。それじゃあそろそろカグラさん達が来るわ。迎えに行ってくるわね」
立ち上がる時に俺へと寄りかかり、耳元で囁いてくる。
「誰にも渡さないわ」
そのまま部屋を出ていった。少しの静寂が場を支配し、俺は次の行動に移るために思考を切り替えようとしたが。
「本日はお招きいただきありがとうございます。1ブロック国主、シルフィ・フルムーンです。皆様とお会いできて光栄です。よい席にいたしましょう」
な ん で も う シ ル フ ィ が い る の ?
めっちゃお姫様モードだ。オーラが半端ない。綺麗に着飾っているシルフィには、俺があげた首飾りがあった。
「よっ、よろしゅくお願いします!!」
同じ王族のフランが完全に気持ちで負けている。ちょっと噛んでますやん。落ち着けフラン。お前も歴史ある国のお姫様だぞ。
「8ブロック国主、アジュ・サカガミです。会談に応じていただき、誠に光栄です。どうか両国にとってよき日になるよう願っております」
はい似合わない。俺にやらせないで欲しい。適当に握手とかしよう。
「お久しぶりです。元気そうでなによりです。心配していましたよ」
シルフィさん力強い、強いって。そんなぎゅっと握らないで。
「知っていると思うけれど、同じブロックのフランとルナだ」
さっき妙な空気になったので、できれば揉めないで欲しい。同盟会議に支障が出る。なんかこわい。
「ふうん……そっか」
何か納得するような顔をして呟いたシルフィは、さらにお姫様オーラを増していく。後光がさして見えるぞ。
「この度の試練、こちらのアジュ・サカガミが大変お世話になりました。重ねて厚くお礼申し上げます」
「えっ!? あああはい! お世話いたしました? です!」
「こちらこそ頼りになりっぱなしでして、サカガミくんには本当にいつも助けられてます!」
「こういう変化球で牽制されると恐縮するじゃろ」
しれっとリリアが膝に座ってくる。俺のお茶を勝手に飲むな。
「ツッコミ放棄していい?」
「よいよい、楽にするのじゃ」
結局全員いるじゃねえか。この状況を冷静に考えてみよう。会議が四国合同で行われる。そして手紙が届く当日に集合している。
「……前からこの計画があった?」
「不正解じゃ」
違うらしい。事前の取り決めもなく、こんなに早く全員来るとはどういうことだ。それほど逼迫した事件でもあったのだろうか。
「はあ……わかっとらん顔じゃな」
「どういうことだ?」
「とりあえずもっと撫でるのじゃ」
「はいはい」
お望み通りに撫でてやる。久しぶりの感触だ。これがあるとなぜか心が落ち着く。
「ふっふっふー、作戦大成功だね」
いつもの雰囲気のシルフィが戻ってきた。フランとルナは会議室の準備を手伝いに行ったらしい。
「驚いたじゃろ?」
「そりゃ驚くさ。急に来てどうしたんだよ」
「あのお手紙はなにさー!」
「手紙?」
俺が送ったやつだろう。心配しないように苦戦したことは書いていないし、ルナに一筆いただいたはずだが。
「理解しとらんなこやつ」
「むうー、アジュはそういうところがあります!」
拗ねた顔で俺に抱きついてくる。しがみつくと言った方が適切かもしれない。
「あれはね、心配になるの。すごく心配になるの。だからだめ」
「おぬしは恋愛フィルターが存在せんからそうなるのじゃ」
「あってたまるか」
俺と恋愛は本来一番遠いものなんだよ。恋愛の対義語がアジュさんだろうが。
「どうせ縁がないから、相手の言葉を恋愛的に受け取らなければセーフとか思っとるじゃろ」
「それ以外に何がある?」
「自分の言葉がもし恋愛的な意味を含んでいたら、という思考ができんのじゃ。それが誤解の元なんじゃよ」
「誤解されたことないって。まず女に好かれないんだよ俺は」
こいつらは超特殊な存在であり、本来女とは俺を嫌う存在だ。その前提を理解しているから、俺は痛い勘違い野郎にならなくて済んでいるのだよ。
「まさかモテるとは思わんかったからのう……次のステップに入るべきじゃな」
「とりあえず撫でて」
「脈絡とか考えようって。はいはい。よしよーし」
縋り付くような目をしているので、撫でて安心させてやる。髪の毛サラサラだな。
「ふへへー、もっと、もっとして」
ゆっくりしっかり撫でてやろう。最早この行為に抵抗がない。俺もかなり毒されたな。
「ねえアジュ、王様大変? 代わる? うちくる?」
「未経験のことが多くて厳しいが、ちょっと楽しいこともある。まあ悪くはないさ」
「よい傾向じゃな。ほどほどにやるのじゃよ」
「ねえアジュ、フルムーンとフウマにはね、絶対に誰も入れない秘境があるの。そこは結界が凄くて、外に情報がもれない、誰にもいることを知られない秘密基地なんだよ」
俺の胸に擦り寄り、シルフィがなにやら語り始めた。
「アジュがもし人生に辛くなったり、お尋ね者になったら、四人で隠れ住む予定だったんだ。いつでも準備は出来てるからね。そこで四人だけで、世界中から忘れられるまでいちゃいちゃして過ごせるよ」
「葛ノ葉の里もある。気負うでないぞ」
「了解。少し気が楽になったよ」
独特な慰め方だが、俺のためを思っていることは感じ取った。もしもの保険があるかどうかは、心の余裕の有無に直結する。気を抜いていいわけでもないが、覚えておこう。
「よし、じゃあ二人の部屋に案内する」
「やだ」
よりしがみつく力が強くなる。こんなに甘えるやつだったっけ。
「いや部屋は知っておかないと困るだろ」
「やだ。アジュがどっかいっちゃう」
「ほら不安になっておるではないか」
「俺のせいかよ。同盟の話に来たんだろ。しっかりしろって」
「まだいっしょにいる」
いつものじゃれあいとは少し違う気がする。感覚的なもので確証はないが、メンタルケアをしてみよう。
「あったかい。あったかいからアジュといっしょにいる」
「語彙力どこいったんだよお前。ほら誰かに見られるとまずいだろ。ちゃんと遊んでやるから」
「今は同盟会議という建前のもとで来ておる。形だけでもそう動いておけばよいのじゃ。後でちゃんと時間を作ればよいのじゃ」
完全に建前つってるけど無視しよう。この際シルフィを回復させる時間に回す。
「わかった。お部屋に行く」
「来賓用の一番いいやつを用意させているから。ひとまずそこに行こう」
「アジュのお部屋は?」
「後でな」
それからというもの、リリアの協力もあってか、恐ろしいほどスムーズに進んでいった。
もう夜になるので、会議は明日に決まる。決まってからは各ブロックの使者まで含めた全員での会食が行われた。誰もそこで俺にくっついてこない。風呂に乱入されることもなく、部屋に入ってくることもなかった。
「もっと騒がしくなると思ったんだが……」
風呂から上がり、自室で寝間着に着替える。あとは寝るだけだが、本当に静かなまま終わるのだろうか。漠然とした不安とも少し違う気持ちが湧き上がる。
「戸惑っておるようじゃな」
リリアが入ってきた。俺の知らんパジャマだな。冬用か。
「シルフィとイロハは?」
「…………今ちょうど風呂じゃよ」
どうやらリリアは先に風呂を済ませていたようだ。そしててきぱきと何やら作業を始める。部屋の明かりを小さくし、ベッド近くのテーブルに水さしを準備している。行動が少し読めないな。とりあえず今日のお礼でも言うか。
「フォロー助かった。あいつらちょっとおかしかったからな」
「わしのおかげじゃろ」
「毎回助かっている」
「いつもみたいにフォロー役として裏に回り、いつものように過ごして、それで満足していると、そう思っておるわけじゃな?」
なんか様子がおかしい。部屋が暗くてリリアの顔が見えない。声のトーンが違う気がした。
「わしが一番最初に出会って、一番最初に仲良くなって、一番最初にキスをして、一人だけおぬしの事情を知っておる」
「そうだな。リリアの案内がなきゃ、これほど人生楽しめていた自信はない」
「……わかっておらんようじゃな」
今までとは違うパターンだ。ネタなのか俺で遊んでいるのか、判断ができない。楽しんでいる声色じゃない。抑揚が消えていくようだ。
「わしなら誰よりも理解しておるから、何をしていても気づいてくれる。何があっても察して、嫉妬もせず、最適な判断をしてくれる。シルフィのように過剰に甘えることも、イロハのように独占欲を出したりもしない。めんどくさい部分のない女だと……」
リリアは話しながら扉へと歩いていく。なんだ結局帰るのか?
「そう……思っておるじゃろ」
こちらへ振り向くリリアの顔が見えない。そして後ろ手でガチャリと鍵を閉める音がした。
「お楽しみはここからじゃ」
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