朝食と新クエスト
起きているのか寝ているのかわからない朝。
誰かに軽く揺すられ、声をかけられている。
「アジュ、朝よ。今日も試験の続きを始めましょう」
「ん……イロハ?」
声の正体はイロハだ。またなんかしようとしてきたか。
だがベッドの横から声をかけているな。入ってきているわけではない。
自然と身構えてしまうが。
「おはようアジュ。制服は机の上にあるわ。早く準備をして、食堂へ来て」
「ああ……え?」
「場所はわかるわね?」
「ああ、わかる」
「そう、それじゃあちゃんと着替えて来るのよ」
それだけ言ってそのまま去っていった。
昨日の着替えはまとめて召喚機のスロットにある。
制服も汚れはない。俺のパジャマに乱れもないぞ。
「え……なんか怖い」
ごく普通に準備をして食堂の前へ行くと、既に三人が待っていた。
「お、ちゃんと起きてきたね!」
「うむ、早かったのう」
「…………おう、起きたぞ」
なんだこのよくわからない気持ちは。
ひたすら頭の処理が追いついていない。全てを警戒してしまう。
「なんじゃいそのよくわからん顔は」
「なんか……イロハが来て」
「普通に起こして去ってみたわ」
「驚いたじゃろ?」
どうやらごく普通に起こして去っていくとどうなるかの実験をしたらしい。
試験期間中で、朝っぱらから疲れるわけにもいかないという配慮もあるとか。
「俺の困惑と戸惑いをどうしてくれる。なんか怖かったんだぞ」
「怖い?」
「実はもう全て終わっていて、俺の服とかも奪われているとか」
「心理的なホラーを仕掛けてみたわけじゃな」
「朝っぱらから何してくれてんだお前ら」
このやるせない気持ちを払拭するため、朝飯に向かう。
軽いもんでうどんとか……ないよなあ。
チキンサンドあるしこれでいいや。紅茶とサラダと紫の果物のセット。
「いや紫って」
「おぬしのいた場所にもあるじゃろ紫芋とか」
皮も中身も紫だぞこれ。どんな食い物よ。
「うまいのか?」
「ちょっとすっぱいけど香りがいいし。胃もたれしなくて栄養があるんだよ」
好評っぽいのでこれにする。
窓際の複数人で座れる席へ移動。
外っていうか街が見えるな。もう歩いている人がいる。
「本物の町みたいだな」
「学園の凝りようは凄まじいものがあるのう」
「これができる技術者がいて、設備や資源があるということね」
半端じゃないな学園。
そしてやはり飯がうまい。あっさりめの味付けだが、朝にはちょうどいいわ。
ちょいと気になっていたので果物をひとくち。
「ん、悪くないな」
「じゃろ? 食わず嫌いはいかんのじゃ」
みかんのような身で、味がぶどうに近い。
水分多めで確かにすっぱいな。
「これデザートじゃないな。一緒に食うタイプのもんだろ」
明らかに飯と一緒に食うと味が引き締まる。
甘ったるさやしょっぱさを、きつくない程度に中和して高めている。
最後にいい香りで締めるから、食後の気分もスッキリだ。
「食べたらクエスト探そうね」
「まだ完全に見て回っていないからのう」
町はそこそこ広い。裏路地が存在しない特殊な作りである。
試験官が見やすいようにかね。
「ポーションとか装備品を作るクエもあるねー」
「マジックアイテムは興味がある。なにか作れるようになるといいよな」
戦闘ばかりじゃなくて、もうちょい生産系のクエストもしたい。
「実は簡単に作れても許可がいるものや、販売ルートがあるものも存在するわ」
「高難度の薬は調合を間違えると危険じゃからな」
「試験中に覚えるもんじゃなさそうだな」
「試験はどっちかっていうと発表の場だね」
食いながら今後の方針を検討する。
できそうなもんを探すか、やはり戦闘系になるだろう。
というか普通に食事しているな。あーんとか要求されないし。
「静かに飯食えるってのもいいな」
「ありゃ、逆効果だねこれ」
「完全に裏目に出たわね」
「どういうことだ?」
「こちらから手を出さなければ言い出すだろう大作戦じゃ」
よからぬことを考えていたようだ。
まーたわけわかんないことし始めましたよこの娘さん達は。
「アジュは自分から来ないでしょう? でも押すと引く。ならじわじわ迫りつつ適度な距離感を保ってじらすのよ」
「ごく普通の生活なのに、何か物足りない……はっ、俺は本当はシルフィちゃんとのいちゃこらを求めていたんだ……みたいな展開を希望していました!」
「そんな希望は潰えてしまえ」
どう考えても俺の言動じゃないだろ。寂しくも悲しくもないな。
他人とどうこうしたいっていう願望が希薄なのよ。
本来ぼっち確定だったからな。自然と思考が単独で何をするかになる。
「なんでさー。もう自然にいちゃこらできるくらい、攻略は進んでいるはずなのに」
「進んでいないことが発覚したな」
「道は険しいわね」
「いやいや、むしろ進んでおるのじゃ」
そうは思えんがね。断言しちまうのも悪い気がする。
いやまあはっきりしない俺が一番悪いんだけどさ。
「こうして一緒に朝食をとって、隣りに座っても自然に話しておるじゃろ。面倒ならそのままぼーっとしておるか、そもそも軽いふれあいすら拒否るのじゃ」
「そういえば、前よりちゃんとしてくれているような……」
「いやいや俺どんだけ問題児だよ」
「全力で問題児極め続けておるじゃろうが」
そこまでじゃないはず。はずだと信じたい。
ちょっとコミュ力なくてインドア派でめんどくさがりで朝弱いだけだろ。
「改善はされていると思うから、気長に頼む。俺が不快じゃない程度に外に連れ出したりしてくれるおかげかもな」
「気を遣わないとすぐ拗らせていくからねー」
「否定できんな。そのうち今の状況に溶け込むだろ」
我ながらだいぶ温厚というか、こいつらに抵抗なくなってんな。
四人での生活が日常として認識されているのだろう。
「早く溶け込めるように、恋人みたいに寄り添ってみましょうか」
「絶対にやめろ。そういうのは公共の場でやるな」
「仕方がないわね……今日そっちの部屋に行くわ」
「試験中だっつってんだろ」
「しばらく我慢じゃな。家に帰ったら何かするのじゃ」
他人の目があれば自重してくれるのは長所だな。
つまり帰ってからが本当の危機である。
あんまり無茶は言わないと思うがね。
「面白くなりそうだったのに……」
「普通でいいよ普通で。試験中は無駄に体力使うな」
「どうせ戦闘で疲れるからのう」
『拠点戦が始まります。参加希望の方は窓口まで……』
ここでクエストのアナウンス。戦場の種類は結構あるらしい。
「拠点戦……確か資料にあったな」
横に三列、縦に三列の九ブロックと、上下の真ん中からしかいけない本拠点が二ブロックの勝負らしい。
パンフ見る限りじゃゴーレム兵も人間も混ざっているな。
「ゴーレム操縦役? なんだこれ面白そうだな」
操者の魔力で属性が変わるらしい。
大まかな指示を出して一緒に攻めることも可能。
部隊を預かる指揮官役と兵隊役を両立させている感じか。
「まあ候補の一つだな」
「やりたいならそう言えばよいじゃろ」
「面白そう! 行ってみようよ!」
「そうね。無茶なお願いでもないし。私も興味があるわ」
俺の独断で決めるのも微妙なんで遠回しに言ってみたが、まあ否定はされていないっぽいし、行ってみるかな。
「んじゃ全員で行くぞ」
「出陣じゃ!」
そんわけでやってきました特殊演習場。
大規模戦があった場所に、今度は小さい木造の拠点がいくつもある。
夜戦の拠点だと言われれば納得するしかないほど拠点だよ。
「ようこそ拠点戦へ。四名様ですね。同軍にしますか?」
「選べるのか。一緒でいいよな?」
「いつも一緒さ!」
「最低一人はストッパーがおらんと、おぬしの卑屈外道が炸裂するじゃろ」
「死人が出ないように見張らないといけないわね」
やはり俺の評価がおかしい気がする。
まあ敵対しなくていいのはありがたい。
正直めっちゃ手加減されるか、普通に負けるかだろうし。
「ではゴーレム指揮官として登録いたします」
人間サイズのゴーレムが、ずらりと並んでいる場所へ来た。
「皆様の魔力と属性に合わせた小隊が編成されます。相性を意識しながら、うまく使って戦況を有利に運んでいきましょう」
なにやら面白そうだな。説明はちゃんと聞いておこう。
出来る限り簡単なルールだといいなあとか思いながら、真面目に話を聞いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます