解決したし帰って寝たい

 事件があった日の夜。俺たちはジャックのアトリエにいた。

 死体の片付けられた部屋で、そーっと机の下に隠れ、カムイとソフィアを中央に配置。キャサリンを待つ。


「あら、カムイ様? オルブライト様も」


『少々お聞きしたいことがありまして。すぐ終わります』


 リリアが俺に特殊な術をかけ、カムイの声を出せるようにしてもらう。あとはカムイが口パクで探偵をやればいい。

 これで俺の功績は誰にも知られない。前に似たようなことをやっている漫画を読んでいた。あれ完結したんかね?


「私に答えられることでしたら、なんなりと」


『ピーターを殺したな?』


「えぇ!?」


 お前が驚くなカムイ。不自然だろうが。


「カムイ様?」


「ピーターさんはご存知ですわね? 家に何度も招待されているはずですわ」


「はい、よく知っております」


 ソフィアが強引に話を戻してくれた。有能だなこの子。


『あなたとダニエルは組んでいる。まずダニエルに毒をもらい、金庫でピーターを殺す。ダニエルは代理人として登場し、ジャックを殺す。最後に金庫の番号と鍵を手に入れて、ジョンに罪をかぶせて終了だ』


「よくそんなでたらめを。私がどうやってピーターを殺したというのです?」


『死体と一緒に転がっていたあの酒は、ピーターが好む種類だが高い酒だ。ほいほい売っているものでもない』


「あのお酒を売っている業者にお店を特定してもらい、そこからあなたが買っていたという証言を取りましたわ」


「お酒を買ったからって、法には触れません」


『その通り。状況証拠ってのは、丁寧に取り扱うべきさ。多角的に見ないとな』


 この程度で確信したわけじゃない。キャサリンほどアホなら白状するかもしれんと思ったが、そこまでじゃないか。

 そこで一緒に隠れているギルメンから、小声でアドバイスが来る。


「ほぼアジュになっちゃってない?」


「もう少し似せる努力をせんか」


「口調違いすぎるでしょう」


 ちょっと軌道修正だ。カムイのキャラがよくわからんが、まあ似せる努力はする。


『あなたの作戦はこうです。金庫を開けて、ピーターを迎え入れる。その中で毒入りの酒をおごり、金庫を閉める。毒は体内に取り込まないと死なないタイプの毒だ。少し指にかかったくらいじゃ問題ない。酔えば些細な味の違いも、毒か酔いかもわからない』


「想像でしかないわ」


『雑なんですよ。毒入りの小瓶を渡されたでしょ? そいつは薬品をかけると赤く変色する。よりによって台所で毒を入れて、そのまま水で流した。当然流し残しが出る』


 ちなみに毒を入れていた小瓶はゴミと一緒に捨てたが、警備部隊が見つけた。

 砕いて捨てれば、まだ見つかる確率は低くなるものを。


「犯人がそうしたのかもしれませんね」


『可能性はゼロじゃない。だがジョンの家に行けて、ピーターを金庫に誘い込み、証拠を隠せるのはあんただけだ。争った形跡がなさすぎる』


「偽の図面を入れたのも、キャサリンさんですわね。あなたなら、それだけの時間と、手段があった」


 鍵のかかった棚といえど、二十四時間絶対に閉まっているわけじゃない。

 家族なら一緒にいても疑われないし、トイレに立った時にでも持ち出せる。


『棚と金庫の鍵だって、特別隠す必要はない』


「いいでしょう。では仮に殺したとして、目的は? 動機がありませんね」


『金だよ』


「お金? お金のために主人を? ありえません」


 これはキャサリンも少し動揺したな。空気がざわついた。


『ご主人が何の会社を運営しているかご存知で?』


「確か企業への投資や、何かを運ぶと」


 少し考えた結果の回答がそれか。


『ろくに知らないけれど、大企業だから言い寄った。あなたは社内恋愛じゃない。旦那の仕事に興味なんかないのさ。あるのは豪邸暮らしができるかどうかだ』


「カムイ様、それではジャック様が亡くなられてはいけないのでは?」


「そうよ、主人が死んで、会社はどうなるの!」


『今言っただろ。会社なんてどうでもいいんだって。あんたは金が入ればいいんだ。自由に使える金がな』


 まだ頭に疑問符を浮かべているな。そりゃそうだ。こんなの俺も想定外だよ。


『動機と利益というか、メリットが釣り合わなかった。だから推理は難航した。上流階級がまさかこんなアホだと思わないだろ』


 これ真実が納得されないパターンじゃね? めんどくせえなもう。


『ジャックさんの豪邸、金庫がなかったな』


「アトリエにあるからでは?」


『どれくらい儲けているかと、貯金を調べた。あの金庫を埋め尽くせてすらいない金なんて、明らかに少なすぎる。あれは全財産じゃない。万が一の蓄えなんだ。個人的なね』


「別の場所に現金は保管されています。けれどそれは会社のお金。プライベートで使えるものではありませんわ」


「それと私とどう関係あるのです! 蓄えくらいあるでしょう!」


 徐々に焦り出したな。まだ証拠出してねえのに。


『ジャックは趣味の品以外、無駄に高級品を買い漁ることはなかった。家も快適に過ごせれば、物を多く置かない。骨董品はアトリエに置いていた。逆にあなたの部屋は豪華だったし、今日もダイヤの指輪をつけている』


「ええ、婚約指輪よ」


『右手の二個も? 見栄を張り、高価なものを身に着け、高いものを食べる。だがやりすぎた。だからジャックはあんたを小遣い制にし、少し減らそうと考えていた』


「すべて想像ね」


『しつこく言うが会社なんてどうでもいい。遺産さえ手に入ればいいんだ。あとは豪邸で何もせず優雅な暮らしができる』


 仕事なんてせず、ただ遊んで暮らすのは理想だ。俺の夢でもある。

 だがこんな杜撰で、他人の遺産に頼る気はない。


『自分の計画に共犯者として、もしくは捨て駒としてあなたに目をつけた。だが奥さん、あなたが想定外に無能で足を引っ張っている』


「いくらなんでも失礼では?」


『言い過ぎ……たかな? まあダニエルの目的は、金庫の詳しい図面と暗証番号。そして共通の鍵です。全金庫共通の。それさえあれば、会社が売った数だけ金庫を破れる。ジョンの鍵製造技術は、共通鍵の複製を作るために必要だった』


 それなりに理解できる計画だが、やはり相棒は選ぶべきだね。


『番号が変わっていると嘘をついて、職員に共通番号と鍵で扉を開けさせた。その番号さえ覚えてしまえば、鍵は後日複製できる』


 鍵の複製は専門の知識か道具がいる。両方を持つジョンが犯人になれば、ひとまず鍵の心配は消えると、そう思い込む者は多いだろう。


「証拠が、まだ私が犯人という証拠がありません!」


『指輪というのは、毒が付着しても気づくのが難しい。水で流しても、細部に染み込んでいく』


 とっさに自分の左手を覆っているが、覆っている右手に指輪が二個ついてんだよなあ。そういう間抜けさだからバレるんだぞ。


『あなたの部屋の指輪から、毒物反応が出ました。今つけているものも調べれば、案外同じものが出るのでは?』


「そもそも主人が自殺という可能性もあります! あの遺書はどうするのですか!」


『偽の遺書さ。あれは自分が知らないうちに、共犯者にされている事に気づいたってことだ。その告発文だったんだよ』


 カムイが手帳を見せびらかす。いいぞ、ちょっと乗ってきたなこいつ。


『あの紙ははじっこが破られていた。元々はファイルに入っていたと思ってね。少し反則技だが、修理させてもらった』


「そんな!?」


 シルフィに紙の時間を戻してもらった。めっちゃ反則だが、今日中に終わらせたかったのよ。


『あんたとダニエルの悪行・犯罪計画が書き連ねてあったよ。奥さんが会社の金に手を付けようとして、やりかたがわからなかったことも。こっそり金庫から金を抜き取っていたことも、旦那にはバレていた。ちなみにダニエルはもう見つかったぞ』


「なんですって!?」


『既に情報は回っていたし、街から出るには検問がある。身につけているものが高級品だから、安宿や裏路地にいれば怪しまれる。必然的に高級ホテルが根城となる。ジョンを懐柔しなかったのが仇だ。ブランド名まで記憶していれば、あとはホテルをしらみ潰しでいい』


 そういう場所のホテルマンというのは優秀だ。客の特徴と、高級品の知識がある。

 ダニエルが偽名だとしても、誰かが記憶しているのだ。

 右手を隠した左利きの男、という点もポイント。


『あなたには子供がいない。ダニエルが殺して逃げれば、遺産はすべてあなたのものだった』


「そうよ。子供なんかできたら、私の遺産が奪われる。豪華な暮らしもできなくなる。もう少しだったのに……」


『少しじゃないさ。共犯者なんか作った時点で、いずれ破綻する』


 隊長が入ってきて、崩れ落ちているキャサリンに手錠をかけて去っていく。

 これで事件は終わり。ようやく城に帰れる。


「お手柄でしたね、カムイ様」


「いえ僕は……」


『ありがとうございます。僕たちは帰るので、あとはよろしくお願いします』


 こうして警備の人たちをすり抜け、送迎車に乗り込んだ。 


「おつかれ。いい演技だったぞ」


「もうやりたくないです……」


「俺だってそうだよ」


 俺もカムイもぐったりしている。一緒に立っていたソフィアは割と平気っぽい。妙に根性あるなこの人は。


「あら、途中から楽しそうでしたわ」


「よしてくれ。僕は声に合わせるので必死だったさ」


「結構無理させちまったが、手柄は全部やるから、それで手をうってくれ」


「うむ、わしらは端役ということで頼むのじゃ」


 こんなところで名前が乗るわけにはいかないのだ。目立っておくれカムイ様よ。


「どうしてもってんなら、こいつらにだけ別でなんかやっといてくれ」


「久しぶりにアジュのかっこいいところが見れたから満足です!」


「そうね。忍者はあまり目立つものではないわ」


「では城のシェフに、みなさまのお好きなものを作ってもらいましょうか」


「いいね。それでいくか」


 そんな感じで皇国の夜は過ぎていくのであった。

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