オケアノス討伐戦

 第一騎士団長三日月の援護により、状況はこちら側に傾いた。


「フルムーンに仇なす不届き者よ。オレの剣より逃れられると思うな。我こそはフルムーンが1の騎士! 堂々と勝負しろ!!」


 三体目のエキドナを縦に両断している。

 なるほど、飛び抜けて強い。あの人だけコタロウさんとか卑弥呼さんクラスだ。

 思わぬ援軍により、どうやら事態は好転している。

 これでオケアノスに集中できるぜ。


「あとはお前を倒せば一段落だな」


「できると思うのか?」


「今から見せてやろう」


 周囲を守る必要がないというのは素晴らしい。足かせが消え、目の前のオケアノスさえ倒せばいいのだ。雑に殴り飛ばして、他の連中から距離を取ろう。


「飛べオラア!」


「クッ、人間のどこにこんな力が」


「人間の中かは微妙なとこだな」


 攻撃のぶつけ合いにさえなっちまえば、ほぼ勝ち確である。

 相手より強い力で殴り続ければいい。世界が壊れない範囲で、どんどん威力を上げて、加減を知る。


「観念しな。お前らにフルムーンは崩せねえ」


「やはり傲慢になるものか。神を崇めていた時代まで、人間の意識を戻さねば」


 大波が俺だけを囲んで押し寄せる。そして巨大な上半身だけの化け物が誕生した。

 人と水の中間のような、薄気味悪い……あれだスケルトンの携帯ゲーム機みたいなやつ。


「たとえのチョイス完全にミスったな」


「羽虫を押し潰すにはちょうどよかろう。消えよ」


 海と化したオケアノスが、その剛拳を振り下ろす。

 長期戦にするつもりはない。こちらも拳で応え、右腕を打ち砕く。


「まだだ。神がこの程度で止まると思うな」


 無数のレーザーが俺を襲う。海水に神力を持たせて、ご丁寧にホーミング機能までつけてやがる。


「無駄なんだよ!」


 レーザーは無視。本体を豪快に蹴りつけた。

 大きくのけぞり、左半分くらい失っても再生している。めんどい。


「無駄なのはそちらだ」


 なるほど。俺のライジングギアと似たようなもんか。

 海水だから、普通の物理攻撃は効かない。

 神の力で強度も上げられるし、補充も簡単で、物量作戦も取れると。


「お前らほんとずるいな」


 氷結した海水を、巨大な槍としてぶん回してくる。

 当然光速突破しているわけだが、いまさらな話だな。


「馬鹿力め!」


 光速の十万倍あたりからパワーが極端に上がっている。


「ポセイドンといい勝負だな」


「くだらん。我らティターンはポセイドンごときには負けん」


 さらに百倍くらい速く重い攻撃へと変わる。


「どう足掻こうが助からん。苦しみが伸びるだけだ」


「どうしてそこまで神が支配することにこだわる?」


「人間界は神が与えたものだ。世界創生に関わる神が蔑ろにされ、その信仰が減り、人間はまるで自分たちが存在の頂点だとでも言うようだ」


「人間界なんだからいいだろうが」


「ならん。神への恩を忘れて生きる人間に、もう一度思い出させるのだ」


 これは無理だな。人間と神の差についてわかっていない。同じ尺度で計るなよ。


「お前ら神は寿命がない。けど人間はすぐ死ぬ弱い生き物で、寿命も短い。そんな昔のことなんて知っている人間がいるとでも?」


「恩知らずであることに変わりはあるまい」


「平行線だなこれ」


「ならばどうする?」


「悪いがここまでだ。お前を消して、さっさとこの茶番を終わらせる」


『シャイニングブラスター!』


 騎士団はかなり離れた位置にいる。これなら必殺技で決めちまえばいい。


「させん! 我らティターンこそが、フルムーンを統べるに相応しい!!」


「ならせめてティターンだけでも思想統一しろって」


 イアペトスとかどうなるのよ。最低限でもいいから目標を一個に定めろ。

 そんなバラバラで動いて勝てるわけねえだろ。


『ゴウ! トゥ! ヘエエエエェェル!!』


「最後に教えてやる。人間なんて上等な生き物じゃない。思想の統一もできないし、反対するうざいやつも出る。ならどうすべきか」


 光が広がり、海神オケアノスを飲み込んでいく。これで終わるだろう。


「簡単さ。自分と、自分が気に入ったやつだけの世界を作ればいい。その世界も人間も見限って、でも迷惑かけないように、新しい世界を別次元に作ってな」


「神に逃げろというのか……できん相談だ。この世界は神が支配する! 神こそが頂点でなければならない!」


「勝手に頂点にいろよ。雲の上まで送ってやる」


「ヌアアアアアァァァァ!!」


 迷惑な海神オケアノスは、雲とともにこの世から消えていった。


「さてリリアは……」


「終わったようじゃの」


 横まで飛んできた。ところどころ傷ついた体を回復しながらだが、命に別状はなさそうだ。


「ヘカテーは?」


「城の中じゃ。逃げようとしたところでイアペトスと、なんかもう一人が確保した」


「なるほど、逃げ場を消したか」


「うむ、あの中からは逆に逃げられんじゃろ」


 これでティターンの過激派はかなり減った。あとは壁の中で決着をつけるのみ。


「よくやった、強き人間よ」


 壁が開き、中からイアペトスとアレスが出てきた。


「神のおかわりは簡便願えるか?」


「ここで戦うつもりはない。そしてよくぞ戦い抜いた」


「クフフ、おかげさまで、過激派を追い込むことに成功いたしました。感謝しますよ。クフフフ」


「ヘカテーをどうした?」


「中で捕獲しました。あぶり出しと殲滅の時期だと思いましたのでね」


 とりあえず戦闘の意思はないようだな。あとはもう事態が収束することを祈るのみ。


「では中へどうぞ。ご招待します」


「中は広い。だが百万の軍を収容できるほど広げてもいない」


「敵地に全軍投入もおかしいでしょう?」


 とりあえずジェクトさんとシルフィが行くことになった。

 団長も何人か同行する。もちろん俺とリリアもイロハも行く。

 赤い鎧は着たままでいよう。


「ようこそ、神と人の闘技場へ」


 巨大な城と、ローマのコロッセオが新築同然で並んでいる。

 王都のような景色を想像していたもんだから、少々意外だった。


「まずは謝罪と感謝を。神のいざこざに巻き込んですまなかった」


「そしてありがとう。我々を助けてくれて」


「ヘファイさん?」


 鍛冶の神ヘファイストスさんだ。無事だったのか。


「この地に潜入し調査をしていたが、見つかってしまってな」


「人と神の戦いに手出しはするなと、他の神とともに隔離されておりました」


「だから途中で来なかったのか」


「ああ、途中で作戦変更してな。君たちが過激派を各個撃破してくれる可能性に賭けた。アレスとヘルメスに力試しを依頼してね」


 おそらく俺たちの存在込みでの計算だろう。まあいい。実際になんとかなったし、これで終わってくれれば言うことはない。


「ヘスティアが自由に動けて助かった。あいつはメイドエルフとして人間側に立てる。案外こういう事態を想定して、王家に仕えているのかもな」


「いやまあ……はい」


 真実は話さないであげよう。お世話になっているし、知らない方がお互いのためだ。


「積もる話はあるが、まずはそちらの負傷兵を治したい。こちらから仕掛けておいて言うのもはばかられるが、暴挙を止められなかった詫びもしたいのだ」


「壁の内側に運んでくれ。城も使っていい」


「助かる。早速連絡を入れておこう」


 これで兵士は回復するだろう。口実もできるし、戦闘終了のムードだな。


「こちらも過激派の捕獲に人員を割いている。全員で出迎えられなくてすまない」


「気にしないでください。それより、敵はヘカテー以外にも?」


「ポイベーとコイオスが関係しているはずだが、この世界にはいないようだ」


 おいおい、まだ火種ありかよ。この城も安全とは言い難いかもな。


「今晩食事をしながらか、でなければ明日にでも、玉座の間で顔合わせをしたいとのことだ」


「承った。我々の軍はどうすれば?」


「軍で戦うステージは終わりました。これからの予定は、場内を案内しながらお話しましょう」


 ここで言われたことをまとめておく。

 ・過激派はフルムーン全土から神への信仰を集めることを目指していた。

 ・王族と団長を減らし、不安を煽って神を台頭させる。

 ・予定では団長を半分に減らすはずが、思わぬ健闘で全員生き残った。

 ・今後の予定はお互いの上位陣がすり合わせるが、戦闘は基本1VS1でやる。


「ヘカテーに戦って散る権利を与えてやる」


 神と神の殺し合いは基本的には禁止されている。神が人間界で人を蹂躙するのも控えているわけだ。だからこの世界で、しかも人間と戦うという望みを叶えて散ってもらうらしい。


「さて、やることなくなったな」


 流れで解散し、王族でもなんでもない俺は会議にも参加できない。

 当然だが暇である。鎧を解除してリリアを連れ、適当に城を散歩していると、何やらいい匂いが漂ってきた。


「あっ、イーサン団長」


「おお、サカガミくんじゃないか。君もいい匂いに誘われて?」


「似たようなものです。ちょっと散歩していました」


 そして二人して中を覗くと。


「ハン! サム! ハンンン! サアアアアアアアアアァァッム!!」


 アホが海鮮焼きそばを作っていた。


「おお、アジュではないか。今ハンサム焼きそばができるぞ。待っていろ」


「このくだり前にやったわああぁぁ!!」


「どうした急に大声を上げて」


「どうしたじゃねえよ! これもう城でやっただろ! あと何で毎回海鮮なんたら作ってんだよ!」


「海の神だからな」


「お前それで全部押し通せると思うなよ!!」


 アホほど広い厨房で、豪華な最新設備を使って海鮮焼きそばが焼かれている。


「知り合いかい?」


「ポセイドンという海の神です」


「違う! ハンサムな海の神だ!」


 どうでもいい。本当にどうでもいい。疲れるからあんまり相手したくはないが、ちょうど腹が減っている。


「とりあえず焼きそばでも食べるのじゃ」


「うむ、食べていけ。人間を労ってやろうと思ってな。ハンサム自ら作っている」


「とてもおいしいわ」


 ポセイドンが作った焼きそばを、横から食い始めている女がいた。


「ナギ、お前なんでここにいる?」


「お腹が空いたからよ」


「確か団長さんじゃな」


「正式に挨拶していなかったのね。十五騎士団長ナギ。別に覚えなくてもいいわ。忍者ってそういうものでしょう?」


 完全に騎士団長だよ。団長二人いるんだけどここ。自分の団どうしたんだろう。

 イーサン団長は間違いなくロンさんに押し付けている。


「忍者なんですね」


「そうよ。ズゾゾゾ!! 音もなく忍び寄り、後には何も残さない。スゾゾー……それが忍者よ」


「いやめっちゃ音出てんだよ。凄い勢いで焼きそばが減ってんだろうが」


「後には何も残らない」


「完食しただけでしょうが」


 マイペースな人だな。表情を変えずにもくもくと食べている。

 クール系の美人さんだと思ったが、どうにも不思議な人だ。


「あまり食べすぎると、ハンサム焼き魚が入らんぞ?」


「それはいけないわ」


「とりあえず軽く晩御飯にするのじゃ」


「いつまでも入り口に立っているとじゃまになるぞ、イーサン」


 テーブルに焼きそばを並べている、給食のおばちゃんスタイルの誰かがいる。

 黒髪で、なんかどっかで見た男だ。


「三日月!? お前どうした!?」


「違う。オレは今、給食のおばちゃんだ」


「うっせえよ!」


 そうだ三日月団長だ。いや何やってんのあの人。


「そのアホみたいなかっこなんだよ?」


「安心してくれ。口紅や化粧のたぐいはしていない。料理につけるわけにはいかないからな」


「そこじゃねえんだよ! なんなの! じゃあお前つかなきゃ口紅するつもりだったの!?」


「やるからには徹底する。それがプロというものだ」


「なんのプロ目指してんだ!!」


 わからん。この人のキャラがわからん。別に女装趣味ではないようだ。


「いやなに、オレは後半からの出陣であったからな。せめて兵に食事でもと思ったら、ポセイドン殿が既にいたのだ」


「そこでハンサムと手を組んで焼きそばを焼いていたのだよ」


「これで少しでも労うことができればよいが」


「やり方間違ってねえかな?」


 純粋に善意で食事を作っていたらしい。根はいい人なんだろうか。


「じゃあナギも?」


「私はお腹が空いたからよ」


 この人は飯食いたかっただけだな。


「さあ、一緒に食べようではないか。食べられるときにしっかり食べる。これも騎士としての基本ではないか」


「今のお前はおばちゃんだけどな」


「お残しは許さないわ!」


「うっせえ! ちったあフルムーンの心配でもしやがれ!」


「フルムーンはオレがいるから安泰ではないか。何を臆することがある。はっはっはっは!」


 そしてなんか知らんが全員で座って食うことになった。

 この環境はおかしい。それは俺でもわかるぞ。


「素晴らしいとは思わんかイーサン」


「何がだよ?」


「第一騎士団は数が少なくてな、周囲に団員がいない時など、えも言われぬ疎外感でしょんぼりしてしまう」


「どんだけ寂しがり屋だ!」


「こうして誰かと食卓を囲む。これもまた、平和を実感するよい機会であろう」


「その格好じゃなきゃいいセリフだが……」


 結局シルフィとイロハも呼んで全員で食べた。

 シルフィが動じていなかったので、三日月団長は平常運転なのかもしれない。

 無駄な謎を残しつつ、城で一泊したのであった。

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