神の軍勢と第一騎士団長
テミスは散った。ミナさんの過去を暴露して。
あとはオケアノスを倒し、コピーの製造を止めるだけ。
「こっちは大丈夫だから、団長を助けてあげて」
「わかった……っていうかヘスティアさん?」
「ミナで結構です」
「じゃあミナさん……よくラグナロクの時あんなすっとぼけられましたね。っていうかあれ? ミナさんとヘスティアさん同時に出てきたことあるような?」
「神ですから、分身くらいできますよ」
しれっと言われた。いやまあできない方が不思議かもしれんけどさ。
「忘れてください。今の私は王家に仕えるメイドのミナ。フルムーンを想い、戦う国民です」
「ミナ……ありがとう」
「本当にいつもお世話になっちゃうわね」
「いいんです。これも国を思えばこそ。なので忘れてください」
なんだろう、必死に否定しているミナさんというのは新鮮だな。
「決して王子様を狙ってなどいませんので」
「そこですか」
「純粋に、国を想う気持ちで動いています。不順な想いなどありません」
「でも好みの王子とか現れなかったの?」
「……メイドと結婚は難しくて……フルムーンは側室も取らぬケースが非常に多く、夫婦仲も良好な方々ばかりで……」
言葉から悔しさと羨ましさがにじみ出ている。
そっとしておくのが一番だろう。
「あの、早くリリアを助けに行かないと」
「おっとそうだな」
「こっちは任せて。私達だけでもなんとかなるわ」
とりあえず急ごう。海辺ではまだ戦闘の気配がある。
「いた。無事か!」
団長はほとんどがボロボロである。
まだ死人は出ていないが、ほぼ無限に回復するコピー相手は分が悪いようだ。
「やるものだな。これが葛ノ葉か」
「上級神相手は厳しいものがあるのう」
「だが全力を出してもいない」
「ちょいと負担が大きくての。このまま倒れてくれると助かるのじゃ」
リリアも大怪我はないようだ。
だが九尾のしっぽが五本出ている。ということはかなりピンチだな。
「援護する。あっちは終わった」
「テミスをやったか。イレギュラーが混ざっているようだな」
さらにコピーの数が増え、散開して団長たちに襲いかかる。
「だが足手まといの介護は大変だろう?」
地上を走っているやつをまとめて回し蹴りで薙ぎ払う。
「本当にな。守らなきゃいけないもん作っちまうのはアホの所業だよ」
だから嫌なんだ。知り合いが増えると、この茶番がうざい。
やはり人間なんて増えるもんじゃないな。
「守りに入るとは意外じゃな」
「シルフィの知り合いじゃなきゃ守らねえよ」
「コピーはいくらでも潰しがきく。そこから手を汚さず、弱っている大切な存在へと集中攻撃。わかりやすく面倒な手じゃな」
「参考になるな。今度敵にやるか」
「やめんかい」
自分の手を汚さず、敵の命だけが減っていくという状況が実に素晴らしい。
「俺ならコピーは死ぬと大爆発するか、毒をばら撒くようにするがね」
「おいあの赤い鎧のやつ、味方でいいんだよな?」
「敵なら詰みですぜ団長。エグいこと考えやがる」
「とりあえず海ごと消えな!!」
右手に魔力を集中させ、横薙ぎに展開する。
コピーの残党をまとめて消し、そのまま縦に手刀を繰り出す。
海が割れ、殺されて消滅していく。
「これでコピー生産工場は営業停止だ。あとは工場長を倒すのみ」
「嘆かわしいことですね。オケアノス」
また違う女が出てきたよ。テミスとデザインの同じ鎧だ。だがその色は紫と緑で構成されている。豪華な装飾からして、こいつもボス格だろう。
「何をしに来た。ヘカテー」
「あまりにも帰りが遅いのでね。なんだい、まだ誰も死んじゃいないなんて」
「予想より人間の抵抗が激しい」
「そうかい。テミスも死んだようだし、あの鎧のやつかい?」
「おそらくは」
俺に注目するのはやめろ。顔が隠れちゃいるが、あまり長時間戦うのは考えものだな。
「仕方がないねえ。手伝うよ。城は穏健派が多い。ここでケリをつけないとねえ」
ヘカテーと呼ばれた女の、長い紺色の髪がなびく。
そして大量の魔法陣と亡霊がわき始めた。
「おいおいなんだそりゃあ」
アラクネやリュカオンといった、最初の方で出た化け物まで登場する。
「なるほど、今までの敵はあんたが出していたのか」
「そういうこと。エキドナ、指揮は任せるよ」
「了解。さあ暴れるよ!!」
巨大な蛇女が現れた。言葉を喋れるということは、あいつも厄介だな。
長い金髪で、上半身が人間。下半身が蛇。やっぱり化け物じゃないか。
「団長を狙え。やつらを一人でも多く殺すのだ」
「ここをラストステージにしてあげるよ!」
「ちっ、逃げろ団長!」
「貴様の相手は私がしよう」
オケアノスの槍が迫る。反射的に避け、半回転して裏拳を叩き込むも、槍の柄で止められる。
「今までのザコと同列に扱われては困るな」
「そうかい。なら少しマジでやってやるよ」
まずこいつを倒さないと。だがどうする? 敵が多すぎる。
オケアノスとヘカテーとエキドナは今の団長では厳しい。
だが俺がオケアノスを抑えないと、またコピーで詰む。
「おやおや、よそ見かい? あたしもいるよ!」
ヘカテーの魔力が、天から地上を塗りつぶしていく。
余計なことしやがって。
だがその魔力は妖気で押さえつけられていった。
「ならばわしが相手をするのじゃ」
「小娘が、葛ノ葉だろうがなんだろうが、神に勝てる道理なんざないんだよ!」
リリアに任せるしかない。壮絶な魔法の打ち合いを横目に、なんとか対策を考える。
敵は今までで一番多い。本陣に向かうやつもいる。
シルフィ、イロハ、ミナさんがいるとはいえ、楽観視もできない。
「さっさと潰れな!」
「甘いわ!」
激突するお互いの拳。オケアノスの手甲は砕けない。腕も折れていないようだ。
「力比べができるのか」
「いつまでも侮ったままで、神と戦えると思わんことだ!」
「ならもっと飛ばすぜ!」
中途半端で殺せる相手じゃない。だが周囲への被害が抑えられない。
全力の全力は、おそらくこの次元すら完全に消える。
面倒な手加減要求しやがって。
「ここまでして人間を滅ぼしたいか」
「滅ぼす必要はない。神を崇め、神の保護下で生きることを許す。隷属せよ」
「お断りだアホ」
ダメだ。パンドラやアンタイオスまで見える。あれ全部を騎士団じゃ処理できない。
「お嬢ちゃん。人間の非力な体で、たくさんの足手まといを守れるのかしら!!」
天空に招来する魔法陣が、神の雷槌を大地へと落とす。
「させぬ!!」
リリアの結界で押さえつけ、魔力を分解しているが、やはり神。簡単にはいかない。
「大丈夫かちびっこ!!」
「誰がちびっこじゃ! いいからさっさと敵を切らんか!!」
「無理はするな!」
救援に行こうにも、オケアノスの水流は俺じゃなきゃ殺せない。
飛んでくる水の剣を叩き落とし、次を作らせないように踏み込む。
「いいから死んどけ!」
「そう焦るな。人の寿命では難しい注文かもしれんがね」
拳と蹴りのラッシュで空気が揺れる。大地が軋む。
「海とは生命の根源。神が作り、生物を生み出す動力。人が抗うことなどできんよ」
「どうかな」
槍をすり抜け、手刀の全力突きを腹に突き刺した。
そしてオケアノスが水しぶきを上げて弾け飛ぶ。
「水?」
「海だよ」
背後からの声にハイキックを入れ、両者の蹴りがぶつかる。
分身か、でなきゃ不死身か。どの道鎧で殺し切るだけだ。
「分身ではない。海こそが私だ。海神オケアノス。そう言ったはずだ」
「最後に聞かせろ。神の計画、人間と管理機関が関わっているはずだ。お前らの仲間なのか?」
「機関などどいう愚物と仲間になることなどありえぬ。やつらは我々に技術を与える代わりに、神としての力を封じ、保管すると言ってきた。世界を壊しかねない、危険な力は、自分たちが持ち帰って制御すると」
「バカじゃねえの」
できるわけねえだろ。絶対失敗するわ。あいつらアホなうえに弱いからな。
「ああ、とんだ間抜けどもだよ。だから一人残らず殺してやった。今回の件で接触してきた機関の人間は、すべて処理した」
「だろうな」
そりゃ殺されるよ。マジでやっていることの意味がわからん。渡してくれるとでも思ったのかね。
まずオルインに来ちゃいけないってルールどうなってんだよ。
「なら機関のことはいい。まずはお前を殺す」
「できるのか? この状況で、まだ覆す策があるとでも?」
「ああ、こうなりゃ後のことは知らねえ、リミッターを外してやる」
できる限りピンポイントで攻撃し、世界が崩れる前にオケアノスを殺す。
あとはガードキーとリバイブキーで治す。これしかない。
エキドナが予想を超えて団長を苦しめている。
吐き出す火炎と、巨体から繰り出されるパワーが、単純に脅威なんだ。
「やるしかないか」
確実に殺すための構えに入ると、敵が吹き飛び、エキドナに傷がつく。
「…………何だ?」
まだ攻撃しちゃいないぞ。なのに敵が減っていく。戦闘で団長と一緒に戦っている連中は何だ? 初めて見る装備だ。
『トーク』
トークキーで直接聞いたほうが早いか。
オケアノスの攻撃を凌ぎ、ロンさんとイーサン団長につなぐ。
「何があったんです? そちらは無事ですか?」
『ご心配なく。最後のカードを切りました』
「味方なんですね?」
『あれが秘密兵器、フルムーン第一騎士団です』
第一騎士団。そういえば見ていない。どこにいて、どんな連中かも知らない。
本隊から離れ、白い服の男が歩み出る。
黒髪が揺れ、剣を一振りすると、眼前の魔物が数百消えた。
「あの攻撃……魔力が乗っていない?」
何の魔力も感じない斬撃だ。それで神の軍勢を斬り刻んでいく。
エキドナへと肉薄し、その左腕を切断した。
『そしてあの人こそ、第一騎士団長三日月。月が欠けると現れる、フルムーンの最終兵器』
魔物を斬り、亡霊を斬り、神を斬る。繰り出されるシンプルな剣に、太刀打ちできるものはいない。
『人の身にあって剣を極め、神を名乗ることを許された』
蛇の下半身が切り捨てられ、右腕が飛び。
『剣神三日月その人です』
エキドナの首が飛んだ。
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