メイドのミナとその秘密
一日かけて回復し、出血と悪化だけは止めた団長たち。
だが神と戦えるレベルではない。
それでも本陣から少し進んだ場所で、団長たちは戦いの準備を終えていた。
「俺と団長だけになれりゃいいんですが……」
「難しいですな。アリア団長の部隊がずっと張り付いています。自分には指揮権がありませんので、どかすこともできませんでした」
「ロンさんのせいじゃありませんよ」
回復に何人もの魔法使いさんが配備されている。
団長のそばを離れない。だからそっと回復もできなかったのだ。
そのため今回はジェクトさんやサクラさんも一緒にいる。
戦力を増やしているつもりだ。
「ご丁寧に魔力の感知と索敵ができる連中じゃ。リバイブキーも使えんじゃろ」
「このままいくしかないってことか」
海には結界が張られ、水のカーテンで中が見えなくなっている。
敵がどう仕掛けてくるかもわからん。
そんな中で、なんとか団長たちが立ち上がる。
「なーに、こんなもん怪我には入らねえよ。オレの筋肉は、この程度で悲鳴あげたりしてねえぞ」
「おい、水が引いていくぞ!!」
水位が下がり、結界も消えていく。
何があってもいいように、動ける団長と軍師は、前線で敵を待ち構えていた。
「なんだありゃ?」
結界から出てくる……本当になんだあれ。紫色の海水を、人型にしたもの?
意図がわからん。芸術はさっぱりだよ。
「あの無駄にでかい体格。スキン……ハゲ。うちの団長っぽいですね」
「なんで言い直したの? 違うからね? オレは剃ってるだけだからね?」
確かに似ている。すべてが団長っぽい。リュート団長やフィオナ団長の偽物もいるな。ジェクトさんもいる。でかいメイスでわかった。
「オレらの偽物ってか? そんなもんで勝てるほど……」
偽団長たちが一斉に動き出す。それに合わせ、本物の団長とジェクトさんも動き出した。
「なっ、こいつら!?」
「我々と戦えるだけのスペックはあるらしいな」
団長と互角に戦っている。傷の分だけ本物が不利だ。
「ぐっ、これは厳しいものがあるな」
「こーいうのはやめてくれると嬉しいねーえ」
「だああらっしゃあああ!!」
それでも本物という積み重ねがあるのか、イーサン団長の剛拳が偽物の腹をえぐる。大穴開けて吹っ飛んでいった。
「どうだオラアアァァ!! 人間様舐めんなよ!!」
偽物に海水がかかり、空いた穴がふさがった。どうやら復活も早いらしい。
「おいおいおい……嘘だろ?」
完全にジリ貧になる。どれだけ傷つこうが問題なく戦闘ができる偽物は、正直止め方もわからん。
「炎よ! 我が力を極限まで高めよ! 絶爪! 大焔界!!」
灼熱の爪が偽物を引き裂き、回復の隙間も与えずに蒸発させた。
「なるほど、その手があったか」
だが海からおかわりが飛んでくる。サクラさんとシルフィのコピーもいた。
「マジかよ!?」
「それは卑怯なのー!?」
「わざわざ神が相手をする必要もあるまい。お前たちの動きは見切った」
海神オケアノスだ。水面に立ち、こちらを伺っている。
「これはあまりにも不敬ではないか」
「なんだと?」
「神と相対しているのだ。なぜ団長の一匹も死んでいない? 礼節に欠けるな」
「どんな老害ルールだよ」
確実に死人を出したいらしい。それも団長クラスの死体をご希望だ。
有言実行、団長たちの傷が増えていく。
「ガハッ!!」
「さすがに……こいつはひでえだろう……」
「まずは見せしめだ。消えろ、フルムーンの血族よ」
オケアノスの魔力が手のひらに集中し、ジェクトさんを狙う。
「お父様!」
「今行きます!」
飛び出すシルフィとサクラさんに、コピーが襲いかかる。
「邪魔を、しないで!!」
実力は拮抗している。ぶつかりあった剣が、押しも引きもできないようだ。
「リリア」
「うむ、わしらがいくしかないのう」
そっと身を隠し、魔法で姿を消そうとしたら、別の存在が本陣に迫る。
「サクラ・フルムーンとシルフィ・フルムーンね」
女がいた。赤い鎧を着た、髪も目も赤い、全身血まみれを想起させる女。赤と黒で構成された槍を持ち、こちらへ敵意と殺意を向けている。
「神による正しい秩序を取り戻すため、王族の命を捧げなさい」
あれも神だ。片手間で相手ができるものじゃない。
「ジェクト王にはわしが行く!」
「私も行くわ!」
リリアとイロハが飛んでいくのを確認し、こちらはこちらで対処を……。
「ここは私にお任せを」
ミナさんが乱入し、両者の槍がぶつかり火花と衝撃波を撒き散らす。
「神と人はともに歩むもの。忘れたのですか、テミス」
「あくまでも人の味方をするのね、ヘスティア」
「今の私はミナ。フルムーンに尽くすメイドです」
「ならば忠義を立てて死んでいけ」
「ミナさん、あんな強かったのか」
ちょいと想定外だが、今のうちに対策を練ろう。
ミナさんがちらりとこっちを見た。
そして起こる大爆発。爆煙が俺と本陣の先端を包む。
「そういうことか。できるメイドは違うね」
『シルフィ!』
煙に紛れ、真紅のフルフェイスアーマーへチェンジ。
サクラさんのコピーを殴りつけて消す。
「無事だな?」
「問題ないわ」
「こっちも終わり!」
シルフィは自分でコピーを倒せている。問題はなさそうだ。
「ミナさんどうする?」
「わかんない。ミナがあんなに強いなんて……」
「私も知らなかったわ」
今も光速を突破しての激戦が続いている。
どっちも神としてレベルが高いようだ。
「哀れねヘスティア。いったい何代の王家に仕えれば諦めるの?」
こちらへと赤い光弾が飛んでくるが、戻ってきたミナさんと俺たちなら弾ける。
「王族に手は出させません」
「そう、フルムーンよ、なぜヘスティアが親身になって尽くしてくれると思う?」
「ヘスティア?」
ミナさんの本名だろうか。どこかで聞いた名前だ。有名な神だと思う。
「やめなさいテミス」
「その子が愛しているのはフルムーンじゃない、クロノスよ」
「やめろと言っているでしょう」
ミナさんの声に熱がこもる。怒りというよりは焦りだ。初めて見るかもしれない。
「この子はね、クロノスが好きだったのよ。けれど結ばれない運命。ならばどうするか。諦めの悪い、意地汚い女が何を考えるか」
「テミス!」
声をかき消すように、戦闘の音は強くなる。
「フルムーンが好きだからじゃ……」
「違うわ。なら騎士団でも神として見守るでもいい。なぜメイドだと思う?」
「それ以上のおしゃべりは無用です!」
ミナさんは聞かれたくないみたいだが、俺たちは気になっていた。
なんせ神だと発覚したのだ。人間に奉仕するメイドという職業につく意味がわからん。最悪裏切り者なんじゃないのか。内側から崩す係ということもあり得る。
「そうね、ミナは有能なメイドだけど……私が生まれる前からいる。それこそ八代前の王と並ぶ肖像画があるくらいだし」
「エルフだからじゃないんだね」
「それほど長く王家とともにいる理由は何かしら?」
「フルムーンを、この国を愛しているからです」
「それじゃもう納得してくれないわ。神がメイド。その理由がわからなければ、内通者の疑いだって出るでしょう。ここで解消されなければ、あなたは国から疑問視される」
「それでも国を守るだけです」
光速を五万倍くらい突破し、あらかじめ俺とリリアの張った結界がなければ危険なレベルへと突入していた。神同士がガチるとこうなるのか。
「国を守る? 王族を見守るの間違いでしょう? それこそが目的だものね」
「どういうこと?」
「やめなさいテミス!!」
「クロノスが好き。けれど結ばれない。ならば話は簡単。クロノスの血を継ぐもので、クロノスに似た優秀な子を見つけて、その人間と結ばれればいい」
「…………は?」
「結婚に反対されないよう、王家に尽くし、見守り、そして継承権のない三男あたりに自分好みの王子が誕生するように願う。自分が一番最初に好かれるよう、王家専属メイドとなって」
「えぇ……」
思ったより俗っぽいっていうか、正直あれな理由で動いていた。
「違います! そんな不順な動機ではありません!」
ミナさんの顔が赤い。完全に焦っている。あっ、これマジだな。
「ミナ……いろいろあったんだね」
「まあ、恋愛の形は人それぞれよね」
「ノーコメントで」
できる限り刺激しないよう、傷つけないようなフォローが始まる。
「ほら、気を遣われているわよ。いい王族ね。あれで三男だったらいいんでしょう?」
「やめなさい! 私の忠義に変わりはありません!」
「がんばってミナ。そこは次の……サクラねえさまかその後の世代に賭けよう」
「私は子ども三人もいらないわよ。もっと自由に楽しく生きたいの」
とりあえずフォロー頑張れ、フルムーン姉妹。俺には理解できん話だ。
「ほら、王族の人生設計にまで支障が出てるわよ」
「違うんです! そんな気を遣われるようなことではなく、ゆっくり待つつもりで……」
「待つつもりだったんですね」
「あああぁぁぁ!! おのれテミス!!」
ミナさんの攻撃が激しくなる。さらに顔も赤くなって、なんかかわいそうになってきたな。
「そうやって慌てるから惨めな思いをするのよ。王族に取り入り、自らの貞操を捧げる相手を求めて年月を重ねる。独特でオリジナリティに溢れた女神もいたものね」
「あなたはここで消えなさい。生きていてはいけないわ!」
やはりミナさん処女か。完璧すぎて霞むが、それでも俺なら見分けられる。
ちなみにテミスは非処女だな。というか人妻っぽい。
同時に別の疑問も晴れた。なるほどね、あいつの違和感はそういうことか。
「どうせ好意を寄せられても、応え方なんて知らないくせに。浮いた話も存在しない、なのに運命の相手だけを気長に待っては老いさらばえて……」
「違います! 本来貞操とは、そう簡単に預けるものではありません! 清く正しいお付き合いの上で、その愛を育むものです!!」
そこは俺も理解できる。尻軽は悪だ。
「結局あなたはクロノスに似た男と結ばれれば、何でもいいのでしょう?」
「なんでもではありません! その人の性格や才能とか、全体的なビジュアルなどをよく検討しなければ! 伴侶とは短絡的に決めていいものではありませんよ!」
「何の話だよこれ」
無駄な言い合いと同時進行で激闘が展開されている。
「ついでにテミス、お前の目的は何だ? なんで王族に喧嘩売る?」
「我らティターンが、フルムーンを導く神となるのよ」
さらっと答えたな。ティターンってなんだろう。
俺はあんまり神話知識ないぞ。
「オケアノスやイアペトスもティターンか?」
「そうよ」
つまりティターン全部が敵じゃないわけだ。逆にめんどいわボケ。
「そもそも何者? あなたクロノスの力が混ざっている。隠し子か何か?」
「いや、別にそういうのじゃない。フルムーンは健全な王族だよ」
不倫や浮気っぽい噂を一切聞かない一族だからね。
まあ側室とかあるのかもしれんが、そんなもんに興味はない。
「そろそろじゃれあいは終わりだ。このステージも死人ゼロで通らせてもらう」
「人の欲望には限りがないわね。やはり神が管理すべきよ」
言っているテミスに蹴りをかまし、その豪華な鎧も槍も殴り砕いておく。
「バカな!?」
「これで終わりだ」
その体があらわになるまで、打撃で敵の装備を砕き続ける。
最後にクロノスの能力を使い、テミスだけを停止させた。
あとは三人に任せよう。
「いくわよシルフィ!」
「わかった!」
姉妹の斬撃で傷が付き、わずかに怯む。
そしてミナさんの槍が胸に深々と突き刺さった。
「これが、人と神の力です」
「この行き遅れがああぁぁぁ!!」
「断末魔がクソすぎる」
テミスは大爆発を起こして消えた。厄介な敵だったが、まあ鎧なら倒せるな。
あとはオケアノスだけだ。いまだ戦闘中であることを確認し、さっさと戦場へと走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます