遅延行為はやめろ
神を退けた俺たちは、丸一日かけて部隊を再編しながら岩山を抜け、海へとたどり着いた。
「派手にやってんな」
大型船がずらりと並び、砲撃を繰り返している。それは一見同士討ちだが、飛び回る団長たちを撃ち落とそうとしているのだ。
海という場所がネックなので、精鋭だけで戦艦を沈めていく戦法で様子見している。
「団長が既に始めている。本陣が整い次第、我々も行くぞ」
なるべく攻められにくい地形を選び、厳重に結界を張っていた。
これで俺の出番はもうないといいな。
「おや、もう団長に任せとけばいいやーみたいな顔してますね」
ロンさんが横にいる。そりゃもう全員いるんだし、なんとかなるでしょう。
「俺にできることはありませんよ」
「うむ、邪魔しないよう、じっとしているべきじゃな」
「しっかしどうすんだこれ? おいロン、あの壁どうやって崩す?」
海の向こうに巨大な壁。その中に城だ。つまり侵入経路がわからない。
団長数人が、現場を見ながら話し合っているが、本当によくわからん。
「飛び越えるのは無理でしょうね」
ちなみに攻撃魔法は通じなかった。シャイニングブラスターでも打ち込めばいけるだろうが、あの中に味方の神がいないとも限らない。めんどい。
「水位が下がっているぞ。おそらく敵船を沈めることが鍵だ」
リクさんの指摘はあたっていた。斬撃が縦に走り、一気に複数の戦艦が破壊されていく。そして水位が下がる。
「どういうことだ?」
「壁の一部が光り始めておるじゃろ。あの場所にそって地面が盛り上がるんじゃよ。そして扉が開く。そういう魔法じゃな」
「恐るべき魔法だな。これも神の技術か」
「リリアさんはどうしてそんなことを知っているのー?」
「前に同じものを文献で見たのじゃ」
神界の技術なら、そういうこともできるのだろう。敵を全滅させなきゃ道ができないという、攻めるには面倒な仕様だ。守る側なら悪くない。
「砲撃は本陣には届かない。あとはじわじわ削るだけですな」
「一応の確認ですが、全員飛べるか水中で行動できますよね?」
「団長クラスは全員できるのー」
問題ないらしい。なんか訓練されるらしいよ。幅広い訓練だな。
「それで、なぜ俺たちはここに呼ばれたんですか?」
俺、リリア、シルフィの三人は、敵の船を奪って乗っている。本陣に近い位置だが、正直本陣のテントでじっとしていたい。
イロハは本陣で王族を守る係だ。いざという時の通信役もしてもらっている。
「なんかあった時の保険さ。オレもロンも目を光らせちゃいるが、あのヘリオスとかいう神は別格でやばかった。アレを倒せんのはお前さんだけだろう?」
「いや、そういうのおおっぴらに言われると困ります」
「神もどきならなんとかしましょう。ですが、あれとイアペトスが同時に来たらもう、死を覚悟して行くっきゃないですからね」
「難しいところじゃな。そもそもなぜ同時に出てこんのじゃ?」
これはずっと疑問だった。パンドラは神じゃないし、敵側で確実に殺しに来たのはヘリオスとアンタイオスのみ。
アレスとヘルメスは同時に出たが、遊びと威力偵察を兼ねたものだろう。
「ここにきてまだガチっぽくないんですよね。前に殺した神連中は、もうちょい厄介でした」
「さらっと言ってるけどおかしいからね? 君ら何回か神様殺してんの?」
「まあ毎回最後は似たような感じです。シルフィもやってますよ」
「マジか!? オレら姫様に実力抜かされてんの!?」
視線がシルフィに集まる。といっても十人いない。知られるのは面倒につながる。
「屋上の戦いでよくわかってるの。姫様はすーっごく強いの!」
「ありがとうフィオナ。けど油断はできません。全力のわたしでも、イアペトスには勝てないと思います……」
「勝負の形になるだけすごいさ」
「これは秘密なんで、あまり言いふらさないでください」
ないと思うが釘を刺す。団長は無駄な吹聴行為はしないだろう。
「了解。気をつけるさ」
「さて、わしらはどうするべきかの。少数の遊撃隊じゃろ」
戦闘中の団長もいるが、この船にいる団長はイーサン・リク・フィオナの三団長に軍師としてロンさん。俺がある程度強いと知っている組である。
そして爆発と水柱が絶えない環境は、この人たちがいなきゃ落ち着かないだろう。
「忍者の格好はしなくていいんですかい?」
「ええ、あれはもう姿を表さないことで、警戒させようかと」
かわりに今はガードキーを発動待機させてある。何かあってもすぐ動けるようにな。
「とりあえず様子見して、神が出たら対処する組なの。今は敵兵が弱いから、団長におまかせなのー」
「うーむ、なんだろうな。敵は何がしたいんだ? こんな遅延行為に何の意味がある?」
人間大好き派は、死なない程度に腕試しして遊びたい。
過激派は人間を消すか、崇め奉る存在にしたい。
これだと過激派の目的達成には、どんな手段を用いればいいのだろうか。
「やれやれですね。もうすぐ日が暮れる。自分らは先に帰って飯の準備でも手伝いますかい?」
「それなら少しでも敵船団の壊滅を急ぐべきだな」
「こっから攻撃でもすりゃいいんじゃねえの?」
「あんまり目立つのもどうかと思うの」
なぜ敵は同時に来ないんだ。なぜ戦力の逐次投入を続ける。
神の内部でトラブルでも起きてんのか?
ポセイドンも連絡してこないし、裏切り者がゼロになった保証もない。
今は慎重に敵を倒していく他ないぞ。
「歯がゆいな。筋肉で解決できない問題があるなんて」
「同意できないコメントなの」
「しまった! 全員戻れ!!」
城と海を囲むように、円筒形の結界が張られていく。
海と陸が完全に分断された形だ。
「まずい。閉じ込められたぞ!」
「それより海なの! なんか荒れ始めたのー!」
水位が急に上がり、俺たちの乗った船が砕け散った。
「マジかよ!?」
体が重くなり、そのまま海の中へと落ちていった。
反射的にライジングギアを発動。表面の皮膚と筋肉を残し、内部を雷化して、内側に酸素を溜め込む。あとは背中から数本雷の管を海面に伸ばせば、酸素の心配はなくなるだろう。
「妙なこと思いつくのう、おぬし」
リリアが普通に喋っている。海の中で立っているんだけどこいつ。
ジェスチャーで喋り方がわからんと伝える。
「トークキーでよいじゃろ」
『トーク』
「なるほどこれでいいな」
念話みたいだ。喋っても口に水が入らない。細かい原理を考えるのはやめよう。意地でもトークできる機能なんだろきっと。
ついでに体を少し膨らませ、酸素の取り込みを多めにした。
「ライジング……バルーン? 技にはできんな」
「どんな脳みそしてたらそんなん思いつくんじゃ」
「水中戦は前から想定していた。どうしても人体は弱点が多い。鎧も毎回装備できるかわからん」
「なるほどのう」
ある程度は素の俺でも対処できないとまずいからな。こういう想定はしている。
「逆にお前どうやってんだよ」
「全部魔法じゃよ」
「便利だわあ魔法さん。過労死しないのかしら」
「二人とも無事か! 膨らんでいるが攻撃されたか!?」
リク団長が駆けつけてくれる。とりあえず事情を説明した。リリアが。
「…………面白いな。大変興味深い。今度時間があれば原理を教えて欲しいものだ」
「とりあえず団長と合流じゃな」
「ライジングロード!」
サンダードライブの応用だ。雷のレールを二本走らせ、両足の裏で挟む。
電車のレールと車輪の関係に近い。
これなら流されず、起動を操作することも容易だ。
「遊び心からくる発想じゃな」
「魔法は楽しくていいぜ」
水中でもほとんど電撃が分散しない。なぜなら魔力だから。ある程度の法則は俺の指揮下にある。ここは特訓すれば精度が上がる部分だ。
「おーいリク! どうなってんだこれ!」
普通に話しかけてきたよ。やっぱ団長クラスってすごいのね。
「水量が上がり、重力が増したな」
「だから重く感じたのか」
「さてどう抜け出すかだが」
城と海と陸が3エリアに分断されてしまった。
この状況はちとまずいぞ。敵がどう出てくるかもわからない。
「何か来るぞ!」
水中を猛スピードで移動する何かが見える。
青い鎧を身にまとい、光り輝く姿は、なんか魚っぽい。鎧のデザインに魚の意匠がある。
「ヘリオスを屠りしは、誰だ」
男だな。だが見覚えがない。どちら側かも判別できん。
「この団長たちです」
「そっ、そうだぞ! オレとリクと団長たちだ! 手柄で言えば6:4だ!」
「どちらが4だそれは」
「そうか、ならばヘリオスのいる冥府へと送ろう。海神オケアノスの名において」
「激流のごとき筋肉!」
イーサン団長の全力全開の右ストレートが叩き込まれた。
「終わりか?」
「うっそお!?」
微動だにしていない。ここ一応海中なんだけど、こいつやばいぞ。
とりあえずガードキー発動しておこう。海流に巻き込まれそうだ。
「ヌハハハ! 一人で無理なら!」
「みんなでやるのー!」
団長が集まり、集中攻撃をかける。それでもオケアノスは動かない。
動く必要がないとばかりに、ただ攻撃を見ているだけだ。
「周囲の全団長で攻勢に出る!!」
「海神と名乗ったのを理解できぬか」
突如として海流が変わり、ルルアンク団長とフィオナ団長が叩きつけられた。
「げふう!?」
「きゃあぁぁ!!」
「おのれ邪神め! 唸れ我が裂爪!!」
「王国の平和を乱す外道よ、ここで華々しく散るがいい」
コバルト団長の超能力を跳ね返し、リュート団長の鉤爪を砕く。
そして水と拳打によって海面より打ち上げられていった。
「ヘリオスはこの程度の相手に負けたのか」
「選ばれし英雄たる我らを……こうまで力に差があるか……」
「まだまだ諦めねえぞ!!」
必死の抵抗も、まるで効果がない。いかん、こいつ強すぎる。
どう考えてもヘリオスより強いぞ。
一方的に団長の傷だけが増えていく。水中というのがまず分が悪い。
「クロノス! トゥルーエンゲージ!」
シルフィの剣が、わずかだが鎧に傷をつける。
「クロノスの力か。一番の障害はお前らしいな」
「やっぱり時間が止まらない……ならわたしを加速させる!」
「無駄だ。その程度の力で倒れるほど、ティターンは甘くはない」
「それが組織名か?」
「クロノスもイアペトスも、我々と同じティターン神族だ」
つまりイアペトスと同格なのね。最悪だよ。あれの全力なんてシルフィでもきついぞ。
「やあああぁぁぁぁ!!」
「少しはできる。だが所詮は人の血が混ざりしもの。純粋なる神には及ばん」
避けきれないほどの斬撃がシルフィを襲い、水中が赤く染まっていく。
「シルフィ!!」
「姫様!!」
「フルムーンと団長を少し間引くとするか」
近くにいた団長から容赦なく斬っていく。
「うがあぁぁ!?」
「無念だ……我が黄金の爪が……折れるとは」
防御も武器も回避も意味をなさず、海の青は赤く染まり続ける。
「消えよ。弱き者よ」
「そうはさせんのじゃ!」
リリアが妖気を発動させ、九尾のしっぽを四本生やす。
そのまま魔力と妖気の力でオケアノスに切りかかった。
「神に血を流させるか……」
確かに少量だが腕から血を流している。殺せない相手じゃないようだ。
「その妖気……そうか、貴様が葛ノ葉か」
「バレてしまっては仕方があるまい。ゆくぞシルフィ」
「わかった。ここからはわたしたちがやる!」
シルフィの傷はリリアが回復したが、団長たちの血が止まらない。
「どうなってんだ?」
「水は私の支配下にある。私が作り上げた海だ」
「傷口をさらに傷つけ続けておるんじゃろ。水中の防御結界だけでは防ぎきれんのじゃ」
「神の血による恩恵がない人間など、そんなものだ」
「水面から出せばいいんだな?」
『ソード』
手段を選んでいられる状況じゃないな。ソードキーで勢いつけて、とにかく海を切る。作戦大成功。海が半分消えて、俺たちは突如として空中に放り出された。
「何をした?」
「海を斬り殺した」
『エリアル』
団長全員分の魔法陣を出し、そのまま結界へ向かう。
「させんよ」
「それは」
「こっちのセリフじゃ!!」
リリアとシルフィが妨害しているううちに、結界を切り裂いて脱出した。
まずは団長を本陣へ運ぶ。
「すまない。想像以上に厄介な相手だ」
「今は寝ていてください。アリアさんの場所はわかりますか?」
「問題ない。ここからは我々の足で行く」
「ダメです。戦いに戻ろうとするでしょう」
「行け。戦いは中断とする」
オケアノスがそんな事を言いだした。そのまま背を向け、城へと歩いていく。
「明日の朝だ。朝に海から攻勢をかける。せいぜい体調を整えておけ」
また遅延行為だ。どうなってんだよ。目的が見えない。
だがここで戦い、死者が出るよかまし……なのだろうか。
「よいじゃろう。ならばそちらも本腰を入れることじゃな。神とはいえ、わしとシルフィを同時に相手して無傷ではいられぬぞ」
「期待する」
そして水位が下がり、結界も消えた。おかしい。ここまでする必要がない。
妙な胸騒ぎだけを残し、本陣に帰った。ささっと回復役に任せりゃいいと思ったが。
「まあ! なんてことですの!!」
回復に出てきたアリアさんが叫んだ。俺が治療するのもおかしいってんで、医療班に回した結果大騒ぎだ。
「これは神の力で傷つけられ、傷そのものが神の呪いに近いもの! これを治せるとしたら、それは斬った本人か、神の力を上回る存在だけですわ!!」
なにをでかい声で言い出したんだよこのアホ。
お前のせいで一般兵までその認識になっちまっただろうが。
あーあ、もう俺が治すわけにはいかなくなったぞ。
「精一杯回復魔法をかけますが、完治は不可能です。私が至らぬばかりに! ううぅぅ……」
すげえ悲しんでるっぽい雰囲気のアリアさんは、とりあえず無視。
事情を知る組だけで会議だ。
「どうしましょう?」
「仕方があるまい。応急処置と血止めだけして、回復できる理由でも考えるさ」
「前線に出てた団長はほぼ負傷しています。それも斬撃と打撃で、決して浅くない怪我だ」
「オレはまだいけるが、治すにも、代役出すにも、めんどくせえ理屈がいるってことか」
さてどうすっかね。これは面倒だぞ。最悪俺がフルムーン仮面で無双するっきゃないか。明日の朝までに、いい案を思いついてくれることを祈りながら、とりあえず風呂に入るのだった。
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