キーコンボとフェンリルへの誓い

 イロハに話をされてから二日後。

 フェンリルの力とやらを手に入れるために戦うことになった。

 今いるのは学園から離れた場所にある大草原。どこまでもひたすらに広がる草原、地平線とか見えるレベル。

 夕方の草原はそれだけで美しい。都会じゃ見ることのできない光景だな。


「では我々で結界を張ります。人払いもしますのでごゆっくり」


「助かるわヨツバ。さあ始めましょうか」


「タイムターイム。作戦タイム取ろう。急だわ。準備期間くれ」


 いきなり連れてこられて戦ってくださいは無理。


「ではアドバイスをやるのじゃ」


「頼む、お前が頼りだ」


「ずばりコンボじゃ。スキルキーを一個使って、保留させてもう一個じゃ。これでうまくいけばコンボになるのじゃ。あとは鎧の知識で繰り出せば良い」


 まともな解説してくれた。どうも俺のことを心配してくれているようだな。


「大丈夫、アジュとイロハなら勝てるよ。応援してるからね!」


「おう、ありがとな。なんとかやってみるよ」


「ありがとう二人とも。危ないから、応援は結界の外でお願いね」


「うむ、頑張るのじゃ!」


 リリアとシルフィを見送って、軽く柔軟する。準備運動は必須だ。


「ごめんなさい。家の事情に巻き込んでしまって」


「いいさ、家の事情っていうなら尚更だ。いま住んでる所だってお前の家だろ? なら俺の事情でもある」


「…………なぜ普段からそういうことが言えないのかしらね?」


「そういうこと?」


 よくわからないけど怒っているわけじゃないな。むしろ呆れている?


「気にしないで。よく考えたら誰にでも言っている方が困るもの」


「んじゃ準備するぜ」


『ヒーロー!』


 いつもの鎧だ。異常なし。むしろ絶好調だ。


「覚醒した全力のフェンリルと戦って屈服させること。戦っている時の私はフェンリルであって私じゃないわ。いくら私の形をしたフェンリルを殴っても、私自身にダメージはない。忘れないでね」


「わかった。ちゃっちゃと終わらせて、俺達の家に戻ろう」


 イロハが青白いオーラに包まれる。体内から溢れた魔力が地面を黒く染める。


「これは魔力の……影か!?」


 鎧の経験が語る。これは魔力により増幅された影だ。

 草原が這いまわる影に侵食され、一面黒に染まる。

 オーラに包まれたイロハが浮かび上がり、上空へ固定された。

 そこに何本もの影が伸びてゆく。

 やがて影で繭のようなものが作られると中がぼんやり青く光る。


「オォォォ……」


 正面から唸り声がする。

 声のする方には真っ黒いイロハの形をした影が一つ。目が青く光っている。


「どうやらこいつが試験官ってことか」


「オオオオオ!!」


 唸り声を上げて影イロハが視界から消える。


「っ……らあぁっ!!」


 背後から迫り来る数千万の拳を撃ち落とす。

 一瞬で数千万もの攻撃を放つということは。


「マジでフェンリルってのはヤバイらしいな」


 印を結ぶイロハもどき。やがて影イロハが十人に増える。分身の術ってやつだ。

 そして影イロハ……ややこしいな……影の本体はカゲハと呼ぼう。

 どっち相手にしてるかわからなくなるぜ。


「流石忍者だな。ならこっちもいくぜ」


『ミラージュ』


 俺の分身を十体ほど作り出す。

 飛びかかってくる分身カゲハ達を迎撃するべく動き出した。

 一体一体の力はこちらが上だ。殲滅することは難しくない。


「サクサクいこうか。イロハを待たせたくないんでね」


 カゲハを倒し続けるが手応えがない。倒しても倒しても影の中に戻るだけだ。


「なんだ……下か!?」


 足元に魔力を感じ、咄嗟に上空へと逃げる。俺の真下では真っ黒い手がいくつも俺に向かって伸びていた。影を操り、自在にその形を変えて攻撃してくる。俺の分身も影に飲み込まれる。一々操るのも面倒だ。ここで解除しておこう。


「つまり地面にいるのは危険ってことか。むっちゃくちゃしやがって」


『エリアル』


 エリアルキーで空を飛ぶ。俺を仕留めるべく、カゲハが影で作った螺旋階段を駆け登ってくる。足場も影で作れるんだな。俺を逃すまいと巻き付くように階段は増え続ける。


「自由過ぎるんだよ!」


 追いついてきたカゲハの突き出した両の拳を受け止める。その衝撃で暴風が巻き起こるが俺自身にダメージはない。鎧がなかったら骨も残らないだろう。

 カゲハの背中から伸びるもう一本の腕。

 光り輝く、拳だけで五メートルくらいある神秘的な力を持つ腕。

 振りかぶっている……殴られる!? このままじゃまずい!


「イロハの姿なんかしやがって……加減しねえぞ!」


 両手を離し、真正面から打ち合う。こっちの腕が二本。あっちが三本で一本はおそらく人間を超えた存在……神の腕だ。だがそれでもこちらの方がスピードもパワーも上だ。


「何故だ」


「喋った!?」


 カゲハから女性の声がする。大人の女性の声だ。


「それだけの力を持ちながら、何故私の力を望む? 継承者の実力では不満か?」


「継承者……イロハのことか。別に不満なんかないさ。力が欲しいわけでもない」


「ならば何故戦う? 何のために試練を受ける?」


 会話しながらもカゲハは攻撃の手を緩めない。むしろより勢いが増す。


「イロハは言っていた。力を制御できずに大変だって。どんなに強い力でも、あいつの邪魔になるんなら倒してみるのも悪く無いさ。お前がどんな気持ちで試練なんか作ったか知らないけどな。俺が助けるのはイロハだ! フェンリルの力を持つ誰かじゃない!」


「この力も元は人ではない、別の種族だ。それでも共にいることを選ぶというのか?」


「ならお前はどうなんだよ? お前はフェンリルなんだろ? フウマの男が人間で、自分は別の種族で、でも生涯添い遂げたんだろ? 種族も力も関係ない。そいつに一緒に居て欲しくて。そいつの居ない一人ぼっちの時間が苦しくて。だからお前は人間として添い遂げたんだろ!」


「そうだ。ずっと一緒に居られればそれでよかった。だがそのためには力も必要だ。苦しんでいることも承知。だが、更なる苦しみに立ち向かうための力で身を滅ぼしては無意味」


 まあなんだ、一人ってのは慣れれば快適だ。

 でも仲間ができると反動で誰かを失うことに耐えられなくなるやつもいる。

 こいつはそのタイプだ。だから子孫の伴侶に力を求めた。


「イロハは強いさ。あんたを恨んでもいない。趣味こそ変わっているけれど……力に溺れて破滅することはないさ」


「そうか……全力の私に勝つことで、試練は終わる。未来は次代の人間が決めて切り開いてゆくもの。未来を勝ち取ってみせよ」


「……わかった。いくぜ」


 激化する攻防の中で腕を弾きカゲハに蹴りを一発入れる。

 呻き声が聞こえた、つまりダメージはある。倒せないわけじゃない。


「いける! このまま押し切ってっうお!?」


 巨大な影で創りだされた腕が群れをなして俺を襲ってくる。

 腕に気を取られていると、月の光が消える。


「やっべえなおい。腕は囮か」


 巨大な影の部屋だ。一筋の光も差し込まない完全なる闇の密室。

 鎧のおかげで感覚の目ってやつ、気配を感じるという行為が可能だ。

 カゲハを探っていると、全方位から影の槍が伸びる。


「この試練クリア出来た奴いるのか?」


 とりあえず近づいた槍から叩き落とす。キリがないので一点突破で天井に穴を開けて脱出する。少し遅れて影の部屋が小さな球体にまで潰れているのが見えた。


「迫る壁と槍の部屋ね。シャレならんわ」


 脱出し体制を整えているうちにカゲハが分身を作り終えていた。

 今度は二百を超えている。


「キリがねえだろそれ!」


 影の腕が、四方八方から分身と共に襲い来る。

 まず分身だけでも全滅させてしまおう。その後で影を大人しくさせるくらいの威力の攻撃をぶつけるしかない。それでしばらくはなんとかなるはずだ。ここは鎧の知識を信じよう。


「やってみるか、コンボってやつを!」


『ソード』


 ソードキーをさして、保留――つまり力を開放せずにおく。

 鍵をさす宝石部分がチカチカ点滅している。


『ソニック』


 ここでソニックキーをさす。空を飛ぶ俺の周囲360度にいくつも魔法陣が展開される。


「消し飛べ!!」


『マアァッハブレイィィド!!』


 無数の黄金剣が魔法陣から音速を超えて射出され続ける。

 その衝撃波と剣自体の殺傷力により影が途切れ、分身を消す。

 カゲハの足場も崩れ落ち、体勢を崩した。

 やるなら今しかない! 射出される剣よりも早くカゲハに接近する。


「おおおおおおおおらああああああ!!」


 カゲハの両腕も神の腕も貫いて、俺の拳がカゲハにブチ当たる。手応えありだ。

 地面に激突して真っ黒い影のクレーターを作るカゲハ。


「頼むから立ち上がってくれるなよ?」


 これ以上本気を出したら、この世界の地図が変わるレベルで攻撃しなければならなくなる。

 フェンリルが倒せても大惨事だろう。


「オオオオオオ!!」


 咆哮と共に影が俺のいる真下に大きな足場を作る。そっと足場に降りてくる黒い繭。

 これまでにない輝きを放ち、繭が開く。


「イロハ!」


 繭の中から歩いて来るイロハ。見たところ外傷はない。


「勝ったのね?」


「多分な」


「お前の勝ちだ。私の力の全ては引き継がれた。そして試練は今この時より廃止される」


 俺達の前に四本足で立つ狼。黒い体毛と紫色の目が月明かりに照らされている。


「天に昇る前に名を聞かせて欲しい。私の全てを継ぎし者と。私を倒した男よ」


「イロハです。イロハ・フウマ」


「アジュ・サカガミです」


「確かに覚えた。イロハよ、フウマの名を継ぎし者よ、どうか幸せに」


 フェンリルの影が次第に光の粒子となって天へと昇る。


「ご先祖様。イロハ・フウマはアジュ・サカガミを生涯の主とし、影となりて寄り添い、尽くし、いかなる時も裏切ること無く、この命のある限り御身をお守り致します。今この時より永遠の忠誠を誓います」


「さようなら、フェンリル。後は任せてくれ」


「さようなら。貴方達を天より見守っていますよ」


 光が消え去り、影も消える。足場の無くなった俺達はイロハを抱えて、エリアルの効果でゆっくりと地上へ帰還する。

 長かったがこれで終わりだ。結界が解かれたのか駆け寄ってくるリリアとシルフィが見える。


「終わったな」


「いいえ、これから本当の私達の生活が始まるのよ」


 そいつは今後が楽しみだ。

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