アジュお館様になる
フェンリルとの戦いから一日経過した朝。
目覚めた俺の横にはなぜかイロハが寝ている。
当然何もしていない。服も乱れていないし、手を出した記憶もない。
俺にそんな度胸はないからな。
「さ、飯にするか」
そっと無視を決め込んで部屋を後にする。
ここで相手にすると常習化する予感がしてならない。
リビングに行くと今日はリリアが朝飯を作っている。
シルフィは起きてきていないようだな。
「おっす、早いな」
「おはよう、ちょっと早く目が覚めてしまってのう……まあ仕方なくじゃ」
「手伝うか?」
「よいよい、座っておれ」
お言葉に甘えて座って待つ。意外と手際が良いな。
ちっこいくせにテキパキ動いている様子は見ていて微笑ましい。
ここでほぼ例外なくエプロンの女の子が可愛いことが発覚した。
「完成じゃ。朝だから軽めにしておいたのじゃ」
「いただきます」
スクランブルエッグ・ベーコン・レタスをバターロールに挟んだもの数個と牛乳。
朝からガッツリ食うと腹壊しそうだしこれでいい。
俺もリリアも知らない人も三人とも満足気だ。
「ん……誰? お客さん?」
「私の事?」
首かしげている紺色の髪のお嬢さん。
向かいに座っている青目のお前以外に誰がいる。
普通に食卓に混ざってるけど誰よ?
「私ですよ。忘れちゃいました?」
椅子にかけていた帽子をかぶる知らない人。確かにどこかで会ったような。
「ヨツバさん?」
「正解です。高等部忍者科一年、ヨツバ・フウマです。もう忘れちゃったかと思いましたよ」
「なんじゃ気づかんかったのか」
「わかるわけないだろ。ほぼ初対面じゃねえか」
フェンリル戦の前に軽く話したけど、帽子被ってたし暗かったしわっかんねえって。
まず女の子と視線合わせるのが無理なんで顔とか覚えてない。
「もう……そんなことではフウマの里を任せられませんよ」
「はは、悪い悪い……ん? 里って何?」
「なにってなんですか?」
全然わからん。リリアに視線を送る。
「わしもまーったく知らんのじゃ」
「え、俺フウマの里に関係ないよな?」
「え、お館様になるのでは?」
「初耳ですけど?」
お館様? なんか変な方向に勘違いしてるな。
「フウマの里じゃイロハが継承者だよな? それとお館様って違うの? 忍者がお館様ってのも妙な気がするし」
「いっぺんに聞くでないわもう。ヨツバちゃん解説頼むのじゃ」
「私からはお答えしかねます」
「事務的な対応!? お前が言い出したんだろ!!」
「解説と言われましてもどうしたものかと……イロハからはなにも?」
「なーんにも。なんか俺の知らないところで話が進んでるっぽい?」
ヨツバは惚けているわけでもなさそうだ。
まるでそれが当然と言わんばかりだよこの子。
「私が説明するわ」
ここでイロハの登場である。いつもの制服の上にパーカーだ。
「頼む。後シルフィは?」
「寝てるわ。もう少ししたら起こすわ。今日はまだ予定もないし、休ませてあげましょう」
俺も予定がなきゃ昼まで寝ていたいなあ。
「イロハ。貴女説明してなかったの?」
「すっかり忘れていたわ。でもきっと了承してもらえるわよ」
よくわからんので静観しておく。
リリアが俺のバターロールサンド一個取ろうとしているのを防ぐほうが大事だ。
食い意地張りやがって。
「と、いうことでフウマの里をよろしくお願いするわね」
「ごめん無理」
部屋の時が止まった。いやだって凄い責任重大っぽいじゃないか。
責任とか大嫌いだよ。
「そう……じゃあフウマの里をよろしくお願いするわね」
「イヤです」
再び凍りつく室内。ノリで断ったけど事情くらい聞いても良かったかもな。
「しかたがないわね。それじゃあフウマの里をよろしく……」
「しぶといな!? 諦めろよ!」
結構意地っ張りで、ちょっと天然入ってるし。こうなるとイロハはめんどい。
「知らないわ。私が隣で寝ているのに何もしないような人の都合なんて」
「起きてたんかい!? 大事な話なんだろ? ちゃんと話せって」
「……私がフェンリルの力を完全に継承した。ここまではいいわね?」
「勿論だ。現場にいたしな」
あの戦いは中々忘れようとしても忘れられるもんじゃない。
「完全継承なんて偉業を成し遂げてしまったのよ。しかもフウマ一族の血を引く私がよ。当然トップに立たなければならないわ」
「んー……まあ、わからなくはない、かな? 血統が良くて、しかも一族の力を継いだら下っ端にはし辛いわな」
「じゃな。シンボルを下働きさせるとか意味わからんのじゃ」
そもそも里のトップの一族らしい。そらフウマ名乗ってるし当然か。
「で、イロハが頭領になるんですけど……」
「私はアジュの影となり付き従うと誓ったわ。よって貴方を主人としてしまったらどうかと思ったのよ」
「思ったのよ、じゃねえって。無理だよ。一般人にはできることとできないことがある」
「アジュはリーダーシップという言葉とは無縁じゃからのう」
その通りさ。リーダーなんてイケメンがやっとけばいいんだよ。
顔が良くて人生楽しそうだし、ちっとは辛い思いでもすればいいんだ。
「ついでに言うと忍者の修行とかしてないし。里の人間食わせていくような金も知識もない」
「大丈夫ですよ。里で作物も取れるし水道も有りますから。十分暮らしていけますし。ちょっと小さい国くらいの生活は保証できます。それにアジュ様は忍者の頭領ではなく、お館様です」
「違いがわからん」
「フウマの里のシンボルが私で、里が仕える主人がアジュ。これでわかるかしら?」
それでいいのかフウマの里よ。反発起きるだろ。
「多分…………わかったけど。急に俺が出てきて納得するのか?」
「問題無いわ。というより里の創始者であるフェンリルが認めて、継承者の私が従っていることを話したわ。一族総大歓迎状態よ」
「どうしてそうなった!?」
「里はほのぼのしてていいところですよ。周囲の国もみんな仲良しですし」
「露骨な勧誘やめろ。やっぱ謀反とか起きる気がするんだよなあ」
ド素人だぞ俺……できるわけねえだろ。
「もうみんな納得してるわよ。貴方の忍者イメージがどうか知らないけれど、みんな新しい家族ができるんじゃないかと色めき立つこと極まりないわ」
「というか、まだ勘違いしてますよね? 里の運営一切はイロハと私の仕事ですよ」
「俺はたまーに観光行って顔見せるとか?」
「よいではないか。アジュはわしら以外に親しいものがおらぬ。人脈はあっても良い」
そりゃこの世界に来たのが最近だからな。後ろ盾はあったほうがいいか。
「それでもダメなら別に里に行かなくてもいいわ。私と少しだけ、週八回くらいのペースで寝てくれれば」
「多い多い。一日二度寝してる日があるじゃねえか」
「寝るをそのままの意味で捉えるなんて……それでも年頃の男性ですか」
「こやつにそんな期待しても無駄じゃ」
まあちょっとそっちも考えたけどな。いやらしい方で正解なのかよ。
「意味がわからん。里の主人の件はわかったよ。俺でいいなら名前くらい貸す。でもイロハは誓いを立てたけど、主従というかこの家に住むギルメンで友人として、ちゃんと一緒にいる。従えるとかなんか違うんだよ……」
「そう、私はそれはそれで興奮するわ」
「台無しだよ畜生!! 俺のちょっと恥ずかしいセリフどうしてくれるんだよ!」
ギルマスですがメンバーのセクハラがひどいです。
「別にごまかさなくていいわ。今ならヨツバもちょっとくらい触っていいから。ヨツバがいいならハーレム入りも……」
「イヤですよ!? 私は絶対にこの人のハーレムには入りませんからね!!」
「ハーレムしたいとか言ってねえ!!」
「言っているのを聞いたわ。耳がいいのよ、私は」
頭の上のケモミミがぴくぴく動いている。まずい、聞かれていた?
「一族はみんな歓迎している。里という後ろ盾ができる。それは忘れないで」
うおう、なんか外堀埋めてきやがった。このままいくと知らない内に大役任されそう。
「じゃあさっそく私と一緒に主従の営み……」
「ほいほい、そこまでじゃ。今の此奴にはそれ以上は辛いだけじゃ」
「リリア? どういうこと? 貴女はむしろこちら側だと……」
「わしはアジュが望むもの全てをその手に掴むまでの案内人。こやつが望まぬことはさせぬ。まだ女性関係は無理じゃ。まず女性に慣れる。その後でなければ強引に迫っても嫌われるだけじゃぞ」
「そう、事情があるのね。いいわ、今までより欲望に忠実にはなるけど、無理強いはしないわ。軽いアプローチならいいのでしょう?」
なんだかわからないが引いてくれるみたいだ。正直元の世界での女のイメージが悪すぎて、まだ完全にはイロハを信じることができない。
心の中でどうせドッキリなんだろうとか考えてしまうわけだ。
いらん期待をすれば恥をかく。俺はモテない男なんだということを忘れない。
「それじゃ私はもう行きます。次に会うときはもっとゆっくりお話しましょう、お館様」
笑顔で手を振り去っていくヨツバ。
「さ、シルフィを起こしに行きましょう。それと、一緒にいたいって言われて嬉しかったわ」
頬を染めながら階段を上がっていくイロハ。
勢いで決めちまったけど……フェンリルと約束もしたしな。なるようになるか。
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