イロハの事情と性的嗜好
大切な話があると言って俺の部屋に来たイロハ。
俺のベッドで寝る体勢に入るリリアとシルフィに見守られながら、話は始まる。
ベッドの真ん中に座り、正面にイロハが座る。
「今日私に会いに来た帽子の子、覚えているかしら?」
「晩飯前に居たやつか?」
「そう、あの子はヨツバ。ヨツバ・フウマ……私と同じフウマの血を引く者よ」
「知り合いなんだな」
「親戚よ。昔はよく一緒に遊んだわ。真っ直ぐな子だから、誰かさんの毒牙にかからないように気をつけなければね」
あからさまにジト目でこっちを見るイロハ。
「さーて、誰のことだろうな」
こんなもんすっとぼけるしかない。まず俺は毒牙にかけるなんてできないだろうし、俺を好きになる女、という妄想上の産物が存在しない以上リリアの言うハーレムもできん。
「ま、いいわ。ヨツバは私の……まあ監視役ね。私がフェンリルの力を持って生まれてしまったから、暴走しないように、いつ目覚めても良いように。フウマの里から何人も監視役が付くわ」
「他のやつには力がないのか?」
「フウマの一族はその世代に一人だけ、特別に強い力が継承されるの。それは生まれた時に決まるわ」
「イロハが力を使ってるとこ見たこと無い気がするな」
今まで忍術と体術は見たけど、あれがそうなのか判断つかない。
「使えないのよ。力は継承したけど目覚めてはいなかった。でも最近になって徐々に自分の中の力が強くなっているのがわかってきたわ」
「それで監視役が動いたと……原因はわかってるのか?」
「ええ、今回はその話がしたかったの。フェンリルの力が目覚めるには条件があるわ」
「聞かせてくれ」
さてどんな理由が飛び出すか。できれば理解の及ぶ範疇でお願いしたい。
「フェンリルの力を行使するには、フウマの血が色濃く受け継がれた十代後半の清らかな女性が必要なの。もっと言うとその女性の恋心が」
一発目から難易度高いな。どうやら男に生まれると使える力は中途半端だが忍の才に優れるらしい。
「好きになった相手を想う心が一定量を超えた時、その者の伴侶となり影となり共に生きるため、フェンリルの力は覚醒する。それはフウマの里を作り上げた男とフェンリルが生きるために、自分の子孫が大切な人を守るための力よ」
「難易度高すぎないか? その力を完璧に使えるような奴が出てくるとは思えないぞ」
「簡単に使えていいものじゃないわ。そして、ここまで言ってもわからないのね」
ちょっと理解が追いつかない。恋する乙女の超パワーとかそんな解釈で良いのかな。
一気に神秘性とか無くなったけど。
「私は少し、異性を好きになる理由が偏っているみたいなの」
「急に何の話だ」
「まず顔は普通でいいわ。それほど面食いでもないはずよ。それよりも優しさと強さ、自分の心地よいと思える居場所をくれること。不器用だけど、貴方の優しさは理解しているつもりよ。そして何よりその匂いよ」
「…………におい?」
最後おかしかったな。いや優しさとか強さもおかしいけどもね。
そんなん持ちあわせておりませんともさ。
「そう、体臭も含めて好みがあるわ。少し強めが良い、その中でも他の女の匂いが少なければ少ないほどいいわ。その点貴方は最高よ。リリアの匂いが微かにするだけで、他の女の匂いがゼロに近い。しかも私が嗅いだことのない、まったく未知の香りがしたわ」
もしかして、この世界に無い匂いなんじゃないか?
食い物から生活まで、こことは違う世界だったからな。
それを嗅ぎ分けられるなら新鮮かもしれない。
あと女には嫌われていたからな。
「この際白状するけど、何回か貴方の臭いが強くなると自然と嗅いでしまっていたわ。初めてよ、ここまで未知の香りは。その中に汗の臭いや体臭が混ざるともうどうにかなりそうで、抑えこむのが大変だったわ。ついでにフェンリルの力も抑えなくてはいけないから面倒なのよ?」
「フェンリルついでかよ!」
「ちなみに力を制御出来ないとこういった呪印のようなものに肉体を蝕まれるわ」
着ている寝間着の胸元をはだける。
そこにはうっすらと青く光る黒い影のようなものが張り付いている。
「刺青や日焼けってわけじゃなさそうだな」
「これが呪印よ。制御出来ないものは力に食われるから封印しないといけないの」
「封印? それをすれば助かるのか?」
「覚醒したら封印して次代に繋げるか、試練を二人で乗り越えて力の全てを手に入れるかだけど、それは別にどうでもいいわ。そんなものより貴方の使用済みタオルの方が尊いもの」
「いいわけあるか! どう考えてもそれが本題だろ!!」
微妙に早口でなんか怖い。いつものクール系美少女イロハさんはどこにいったのさ。
息が荒いよ息が。目を逸らすと、いつものスカイブルーの髪が視界に入る。
綺麗だな。ちょっとだけ癖っ毛かも? 全体的に肩にかかるくらいの長さだな。
俺はロングの方が好きだけど、これが一番イロハに似合っているかもしれない。
「ちょっと、聞いているの?」
「ん? ああ悪い。現実から逃げようとしてた」
「そう、逃げるときは一緒に逃げてあげなくもないわよ?」
「でもそれって根本的な解決にはなりませんよね?」
問題である張本人が一緒じゃ意味ないだろう。
「そうかしら。とりあえず落ち着いて」
「落ち着けるかい…………えーっとどこまで話したっけ?」
「お互いの体臭を嗅いでみようぜイロハ。というところまでよ」
「言ってねえよ!? お前ちったあ性癖隠せや! 恥じらえ!!」
「恥ずかしく無いとでも思っているのかしら? 恥ずかしいを凌駕して臭いが嗅ぎたいだけよ。お風呂あがりは体臭が落ちているけれど我慢するわ。できれば汗の臭いが混ざっている時に私を呼んで欲しいものね」
「じゃあ言わなくていいだろ……フェンリルの力をどうするかだよ」
今夜一番話さなきゃいけないことは間違いなくそれだろうが。
いつの間に性癖暴露会場になったんだよもう。
「力を全解放したフェンリルを倒して、さらに二人でフェンリルの力そのものに認められればいいわ」
「なんだその無理ゲー。できるわけないだろ。無理ということでもう今日は寝よう」
一回寝て冷静に話し合おう。このままじゃ流されてえらいことになる。
「まあ、鎧着れば楽勝じゃな」
「起きてたのかリリア」
「おぬしが叫ぶから目が覚めたのじゃ。シルフィはもう寝とる」
一人だけ気持ちよさそうにスースー寝息を立てるシルフィ。やだ、可愛いじゃないの。
「本当に勝てるのね?」
「楽勝じゃ。力を消さずに屈服させればよいのじゃろ? 瞬殺ではなく、じわじわやればよい」
「怖いんだけど。超怖いんだけど」
「鎧着てから試練を開始すればよい。お昼ごはんの前にパパーッと済ませるのじゃ」
そんな昼飯前の運動みたいな扱いして良いもんじゃないと思うけどなあ。
「一族の大切な力だろ? こんな適当な扱いして良いのか?」
「いいわ」
うわーお即答しやがった。
「ただ、それは自分の主を決めるということだから。心しておいて」
「意味がわかんねえって。そこもうちょい詳しく」
「さ、もう寝ましょう」
いそいそと布団に潜り込んで目を閉じるイロハ。大事な所がうやむやなままだぞ。
あとそれ俺の枕だけど気づいてないのか?
……あれ? 昨日も同じことあったような……? いやよそう。
俺の勝手な思い込みだ。きっとそうだ。
「説明しろって。俺も協力するんだろ?」
「もう夜遅いのじゃ。明日でよいではないか。おやすみ」
「いやそうかもしれんけどもさ」
あーもう叫んだら疲れた。いいや寝ちまおう。
「明日ちゃんと話せ。お休み」
「おやすみなさい」
疲れた。普通の悩み相談を期待してはいけない。ここは異世界だ。常識も違うんだろう。
まあ……本気で困ってるなら助けたいとは思うけどさ。
せっかくできた仲間なんだ。においフェチでも仲間なんだ。
人の性癖に立ち入るべきじゃない。
俺は考えるのをやめて目を閉じた。
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