お嬢様とマッサージと予定の変更

 知らないエルフの女の子がシルフィに親しげに話しかける。俺は完全に初対面だと思う。うっすら見覚えがある気がするのは何故だろう。


「お久しぶりでーす! わーいまたお会いできました!」


「シルフィの知り合いでよいのじゃな?」


「おおっと! オトノハ・サーシャクルです! よろしくお願いしまっす!」


「これはご丁寧に。アジュ・サカガミです。どうぞよろしくお願いします」


 丁寧に挨拶されたので、こちらもちゃんと返す。このあたりは俺のモットーでもある。全員挨拶しているうちに気づいたが、この子フランの妹か。そういや中等部に妹がいると聞いたことがあった。


「パーティーで会ったことがありますね。お元気そうで安心しました」


「はい! めっちゃ元気です! シルフィ様にネフェニリタル出会えるなんて感激でっす!」


 シルフィがお姫様モードに入った。しれっと威厳とか出すけどどうやるんだろ。


「施設から気づいていたなら、なんでこっそりついてきたんだ?」


「騒ぐとお客さんに迷惑ですし、お姫様だって知られたくないのかなーって思いました!」


「えらい」


「かしこい」


 教育が行き届いている。王族のしつけは気配りまでできるようになるのか。


「オトえらい?」


「えらいえらい!」


「褒められたぜぃ!」


「お嬢様、あまり往来で騒がれますと……」


「ふっ、叱られちゃったぜ」


 従者の女の人大変そうだなあ。いい子であることは伝わったよ。それはそれとして大変そう。


「うーんどうしよう……シルフィ様はお忙しいのですか?」


「いいえ、旅行なので時間には余裕があります。わたしに御用ですか?」


「とりあえず場所変えるぞ。シルフィもその話し方やめい」


「あはは、ごめんね。丁寧に来られると反射的に……」


 さてここで問題だ。もう全員腹は満たしてある。騒がしすぎる場所は談笑に向かないし、身分がバレそうだ。かといって静かな場所でははしゃげない。この条件を満たす場所を俺は知らん。なので相手に任せた結果。


「ウルトラ場違いだろこれ」


 超高級で個室ありのリラクゼーションマッサージ店みたいな場所に来た。なんでも貴族御用達のすげえ店らしい。完全に庶民と初見を拒否りそうだが、オトノハとシルフィの権力パワーが強すぎた。用意された服一枚になり、豪華な診察台に寝る。


「気にしたら負けよ」


「そうそう、気にしなくていいよ」


「王族二人に言われるわけじゃよ」


「値段とか聞きたくもねえ」


 そしてオトノハがやってきて五人でそれぞれマッサージを受ける。


「あー……おわ……」


 ハイパーマキシマム気持ちいい。貴族が機嫌を損ねない完璧な腕だ。一流のプロとはこうも凄まじいものか。


「この店はおすすめなんです! いいでしょー? こういうのお好きですか?」


「ええ、とっても……じゃなかった、わたしもこういうとこ好きだよ」


「んんう?」


 普通のシルフィに慣れていないのか。完全にパーティーだけで会った人なんだなあ。緊張しているのがよくわかる。


「大丈夫だ。シルフィは怖くないぞ」


「ないぞー」


「そう言われましてもー……」


「シルフィは呼べば来るし、撫でると喜ぶぞ」


「喜ぶぞー」


 シルフィもマッサージが気持ちいいのか、受け答えが適当だ。


「それ他の人がやったらいけないやつだと思います」


「いけないやつだぞー」


「じゃあだめじゃねえか」


「IQゼロじゃな」


 マッサージがパーフェクトすぎるから仕方ない。本当に仕方ない。このアホ丸出しの会話を聞いてもまったく動じずに黙々と仕事を続けるお姉さん達、プロやな。


「脳が溶けるもの仕方ないわ。国によって様式も違うのね。素晴らしいわ」


「そりゃこの人達は――――プロやからな――――プロとして仕事をこなしているんやで」


「ふっ――――プロじゃからな」


 じゃあ真面目にオトノハに改善策でも出してみるか。現状敵じゃないから普通に接していこうね。


「まずシルフィに慣れろ。別に高尚な場でタメ口きけというわけじゃない。フランは結構柔軟だったぞ」


「お姉ちゃんとなかよし?」


「一緒に試験やっただけだ。俺が国王という無茶振りでな」


「王様? おおー! お姉ちゃんがいっぱいお話ししてた人だ! ついに会えた!」


「フランが? 嘘つけ。あいつ陰口たたくタイプじゃないだろ」


 女を完全に信用することはないが、あいつはそういうタイプじゃない。それが自分のマイナスになることも理解し、そのうえで気高くあろうとするタイプだ。


「お話しイコール陰口という思考やめい」


「他に何がある」


「そっかそっかー、いやあシルフィ様に気を取られてそれどころじゃなかったよ。いやー縁ってあるものですなあ」


 にこにこしやがって、フランから何を聞かされているんだか。あんまり評価が高くても低くても聞くの怖いぞ。


「で、フランは具体的に何を喋った?」


「んーとですねえ、んうーん?」


「無理に褒めなくても怒らない。聞いたままでいい。全責任は発言者のフランにある。嘘さえつかなきゃな」


「助け舟がねっちょりしておるのう」


 俺が助け舟出せただけで凄くねえかな。褒められていいと思うよ。


「んっとですね、えーっと、普段はダメ人間だし、自分から戦おうとしないし、初見だと別にイケメンでもないからいまいちだし、ギルドの人がいないと制御が難しいんだけど……」


「容赦がないのう」


「まあそんなもんだろ」


「いざという時に必ずなんとかしてくれるし、作戦は不思議と頼れるし、不意打ちで距離感縮めてくるし、なんだかんだ強くてかっこよく見えるから、ギルドの人達がいなかったら危なかったって!」


 ほほう、場の空気が変になったぞ。俺でも察するほどだ。リラックスする場なのにこれはいけませんよ。


「アジュは何をしたのかしら……」


「これはわしらに話しておらんイベントが発生しておるのう」


「まさかアジュの魅力に気づく人が……あと一年はごまかせると思ったのにい……」


 俺に魅力とかあるの? なかなかに狂った趣味していやがるぜ。まあフランのは恋愛感情じゃないさ。そこまで自惚れるつもりはないよ。

 というか他人って俺がいない場所で俺を褒めたりするんだな。


「こっち側に来なくてよかったな。来ていたら人生丸潰れだぞ」


「うえー……んう? シルフィ様とかも丸潰れになっちゃうよ?」


「それを承知で俺といる。こいつらは一般人からすれば頭おかしい趣味だ」


「うむ、そう見られることくらい承知じゃ」


 この認識は統一されている。俺と仲良くなれば、他人から笑われるのは簡単に予想がつくだろう。まあ危害を加えてくるなら潰すが、無駄な手間かけさせないでくれ。


「変なのー」


「変じゃよ。オトノハちゃんは深入りしてはいかんぞ」


「はーい! いやいやシルフィ様と仲良しになるのでは!?」


「もうお友達だよ!」


「わーい! うれすぃ!」


 はしゃぐねえ。けどベッドから降りたり暴れたりはしない。あくまでトークで盛り上がる。二人の育ちのよさが垣間見えた瞬間であった。


「これから仲良くしていけばよい、ゆっくりと……このマッサージのように心地よく、気負わず、ゆったりとじゃ」


「リリアさんがそれっぽいこと言ってる! 賢そう! かっくいー!」


「なんじゃ照れるのう。今までにいないタイプじゃ」


 ピュア過ぎてリリアですら照れているぞ。オトちゃん凄いぜ。俺達から消え始めていた何かを持っているな。


「えーじゃあお姉ちゃんに代わってオトがインタビューです! シルフィ様とアジュさんはいつからお付き合いしているんですか?」


「していないからやめろ」


「そうだねえ、うやむやにしようとする悪い人がいるねえ。悪いアジュだねえ」


「悪いアジュがいるわ。あそこに悪いアジュが寝ているわ」


 視線が冷たいものになったぞ。室内と暖かさやアロマの香りと合わないからやめなさい。マッサージで癒やされに来ているんだぞ。


「一般人はな、お姫様とおおっぴらにお付き合いなどできないのだよ」


「隠れてもする気があるか微妙じゃろ。悪いアジュじゃな」


「それ流行らそうとするのやめろ」


 ギャグにしてフォローくれたことは感謝するが、初対面に近いオトノハが困っているだろう。


「アジュさんは悪い人なんですか?」


「俺は善でも悪でもない。平凡な一般人枠だ。間違えないようにな」


「はーい! えーじゃあインタビューって何聞くんだっけ……ご結婚とお子様の予定はありますか? って聞いてるの見た気がする」


「学生に何聞いてんだお前」


 いかん。こいつ無邪気に爆弾ぶっこみやがる。聞きかじりでとんでもねえこと質問するぞ。警戒しつつギルメンに気をつけよう。むしろギルメンに気をつけよう。


「そうね……十年後には結婚したいわね」


「長いねえ……頑張ろうね!」


「オトノハちゃんはまともな恋愛するんじゃぞ。わしらのようになってはいかん」


「ふむふむ、んじゃあじゃあお子さんは何人欲しいですか?」


「いらねえよそんなもん。ガキなんて邪魔だろ」


 子育てとか絶対にうざい。大量にメイドとかいるなら別だが、四人だけの世界で子供が複数いたらしんどいぞ。世話で人生を阻害される。


「えー、別に今じゃなくてもいいんだよ? それこそ結婚して十年後とか」


「まともなガキが育たないだろ。親ガチャ大失敗だぞ。不幸なガキが生まれて不幸に死んでいくだけ。そいつにも命があるからめんどくせえ」


 産めばガキが不幸になるという発想がないのか。こいつら超上級国民で最高峰の遺伝子と資産と権力がある。余程のやばいガキが生まれない限り、ある程度の幸せが確保されているのだろう。金持ちって凄いなあ。


「それでも欲しくなったらどうするんじゃ?」


「めんどいな……二百年後とかでいいんじゃね? それまでは自分の人生が欲しい。せっかくこの世界楽しいし」


「エルフじゃないのに二百年生きるんですか?」


「二十歳超えたくらいで不老長寿になる予定だから関係ないぞ」


 超人は若いまま戦闘力が上がっていくし、魔法やら医学を極めたら独自の長寿システムを確立して秘匿している場合もある。決して不可能じゃない。


「よし、じゃあ二百年後にがんばろう!」


「やめろ変なスケジュールを追加するんじゃない」


「みんな仲良しですね……あれ? シルフィ様がアジュさんと付き合うんじゃないんですか?」


「そこ深く考えても無駄だぞ」


「うむ、他人に理解できるような関係ではないのじゃ」


 これを専門用語で説明がめんどいからしたくねえといいます。

 だから、他人と深くかかわらない必要があったんですね。

 そしてマッサージを堪能して体が軽くなり、みんな大満足である。


「みなさんもお城に来ませんか?」


「大惨事だろそれ。アポなしで行っちゃいけないんだよ」


「お友達なのに……そうだ! オトがそっちに行けばいいんだよ!」


「お嬢様それはちょっと……」


「マジで国際問題になるからやめろ」


「明日予定が会えば一緒に行くってことでどうかな? わたしはオトノハちゃんがいてもいいんだけど」


 シルフィの折衷案炸裂。旅行は一日くらい予定が変わっても問題ない。ずっと春休みだし滞在期間伸ばせばいいだけだ。


「わしも問題ないのじゃ」


「私もいいわ。けど護衛の人は連れてくるのよ」


「変装とかしてこいよ? あと親に許可取ってこい」


「うわーい! やったー! じゃあまた明日遊びましょうね! 絶対ですよ!」


 こうしてオトノハと別れた。妙な仲間が増えたが、本当に平和に終わるんだろうか。今まで順調だったんだから、いい思い出だけで終わろうぜネフェニリタル。

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