九尾討伐戦と第一部完!

「この日を待ち焦がれた……葛ノ葉を絶やす日を」


 赤くギラついた目が俺を見る。感情が読み取れない。なんだこいつは。


「名も知らぬ人の子よ。何をした?」


「言ったろ、お前の相手は俺だけだ」


「ようやく自由の身になれば……葛ノ葉にたかる虫よ。己が分を弁えよ」


 金色の妖気が一直線に突っ込んでくる。

 これは技じゃない。妖気を固めて打ち出しただけ。妖気の暴力だ。

 右腕を振り消し飛ばす。今の一撃でわかった。黒狐の悪あがきよりも威力が上だ。

 九尾は動いていない。手を前に出してもいない。そんな体勢からこれだけの一撃を放つとは……こりゃ確かに強いじゃないか。


「こんなもんか? 葛ノ葉にたかる虫はお前のほうじゃねえのか」


 とりあえず挑発しておこう。こいつの余裕ヅラが気に入らない。

 俺のことも、葛ノ葉のことも、虫ケラとしか思っていないような態度を変えてやる。こいつのせいでリリアは苦しんだんだからな。


「ひとたび我が力を振るえば消える儚き命よ。何故そこまで死に急ぐ?」


「死ぬつもりなんかねえさ。お前を倒してさっさと帰る。人を待たせてるんでな!!」


 音速を超えて肉薄し、右アッパーを繰り出す。

 本殿を壊すのは気が引けたので上にぶっ飛ばす作戦だ。


「この程度か? この程度で我に挑むのなら、死すら与えんぞ」


 打ち上げるために比較的軽めに打った。だとしてもドラゴンなら身体に風穴が空くレベルの拳だ。それを片手で止めやがった。


「そうかい? 片手で防御しなきゃ危なかったんじゃねえか?」


「どこまでも力量の差を理解できぬ愚か者よ」


「なら力比べといこうぜ。真正面からブチ抜いてやる!!」


 威力も速度もバラバラの拳を一秒に数百から数千、数万と徐々に増やす。

 時々思い出したように手刀も混ぜる。


「無知とは滑稽よな」


 九本の尻尾を拳代わりに打ち出してくる。一発一発が重い。ぶつかる音と衝撃波で木が折れ、石畳が割れ、本殿が壊れていく。鏡の世界でよかったわほんと。


「そこだっ!!」


 両腕で全ての尻尾を弾き飛ばし、腹に向けてフェイントの拳を突き出す。


「浅慮なり」


 尻尾が俺を囲い込むように襲い来る。九尾自身も右腕を突き出し防御の構えだ。

 おそらくこれで俺を倒すつもりだろう。ここで一瞬だけ光速で動く。


「……なに?」


 尻尾は俺の残像だけを捕らえた。背後から気付かれぬよう無言で手刀を振り下ろす。


「なっ……がっ……!?」


 オーケー大当たりだ。振り返った九尾の左肩から腹までに、手刀の傷が広がり血が吹き出す。


「畜生の分際で人間様と同じ赤い血か。気に入らねえな」


「……見事だ。我と戦う資格有りとみなす」


 突如世界が金色の光で染まる。

 反射的に後方へ飛ぶと、俺を追う様に金色の壁が迫る。


「なんだか知らんが殴り抜ける!!」


 空中で壁に向かって右ストレート。見事命中した……が。なんかおかしい。

 殴っても壊れない。しかも壁と言うには柔らかい。嫌な予感がする。


『エリアル』


 エリアルキーで雲の上まで一気に昇る。

 そこには俺を見下ろす巨大な狐の顔があった。


「人の子よ、我直々に死を与える栄誉に溺れ、冥府へと沈むが良い」


 壁じゃない。九尾の尻尾だ。一瞬でどんな建物よりもでかくなりやがった。

 気のせいじゃなければ、どんどんでかくなり続けている。


「疾く消えよ。愚物」


 金色の尻尾が風を巻き上げ、空を塗り潰し襲い来る。

 鎧のロックをガンガン外す。力押しなら俺が上だ。


「シャアオラアアァ!!」


 尻尾を殴り飛ばし、まっすぐ九尾の顔へ飛ぶ。


「……無駄だ」


 金色の毛がホーミング機能でもついているのか、飛んでいる俺をつけ回す。


『ショット』


 撃ち落としてもきりがない。尻尾本体に撃ち込んでも、血が吹き出したりはしていないっぽい。どうなってる? こうなりゃ色々試してみるか。


『バースト』


「これならどうよ?」


 尻尾の一箇所に三十発ほどバーストキーの力を込めた拳を入れる。そして発動。

 大爆発の後、尻尾には小さい焦げ目がつくだけ。

 むしろ殴った箇所の毛が抜け落ちている。


「攻撃の効く効かないに差がある? なんだってん……だ!?」


 ちょっと前とは比較にならない金色の妖気が、九尾の口から吐き出される。


『リフレクション』


「てめえの妖気ならどうかな!!」


 反射させて九尾のにやけヅラにお返ししてやる。だがこれもほぼ効いていない。


「その抵抗、いつまで続くものやら」


「はっ、んなもん勝つまでさ」


『グラビティ』


「重力操作か? まさか押し潰せるなどと……」


「思ってねえよ。重くするんじゃない。軽くするんだ」


 地上に降りて、限界まで九尾の体を軽くする。こいつはでかすぎるし、このまま戦っていてもラチがあかない。星が壊れるのでもっと広い場所へ行く。


『シュウウゥゥティングスタアアアァァァ! ナッコオオオオォォォ!!』


「このまま宇宙までぶっ飛ばす!! ウオラアアァァ!!」


 下から数千億の攻撃を叩き込む。手加減無し。満遍なく殴って、間髪入れずに一点集中してダメ押しだ。


「この力は……人とも葛ノ葉とも違う。押し上げられる……!」


 これでいい。俺もジャンプして一気に宇宙に出る。

 惑星程度なら完全消滅している威力だ。

 できれば死んでいて欲しいんだけどな。


「なんだ? どこいった?」


 気配はする。間違いなく生きている。だがどんどん気配が遠のく。逃げた?

 そんな選択するような態度じゃなかったぞ。どこかの星に逃げたのか?

 周囲は何処までも輝く星々と宇宙の闇だ。知らない星。

 星座ってのがあるかどうかしらんが、俺にロマンチックな知識なんてない。


「考えてもしゃあねえか。どうせ無人の星だ、全部ぶっ壊せばいつかは当たるだろ……っ!? なんだ!?」


 九尾の妖気が膨れ上がっている。しかも妖気とは別の力が混ざり始めている。

 妖気を探ってみると太陽の近くだ。注視すると太陽の光が……消え始めている?

 もっとよく観察しよう。太陽にしちゃあ色がおかしい。光が金色になっていく。


「まさかあいつ……太陽を……喰ってる?」


 金色の光が太陽を飲み込み、裂け目が出来たかと思えば十本に別れた。

 これは尻尾だ。尻尾の中心にさっきまで戦っていた狐がいる。


「クッ、クハハハハハ!! 愉快だ! 実に愉快だ!! ついに太陽までも我が手中よ!」


「いやいや、お前は陰の気とかそんな感じの集合体じゃなかったのか?」


「なにも知らぬ哀れな男よ。葛ノ葉に封じられていた日々、その屈辱の日々が、じわじわと我が体内に陽の気を馴染ませていった。太陽を克服した今、最早封印も無意味よ」


「確かに無意味だな。だがお前はここで消える。太陽克服した程度で俺に勝てるかね?」


「ふむ、言葉選びに失敗したか。克服ではない。征服した。このようにな」


 九尾の目が光ると、やつの周囲の小さな隕石やらが光り出す。

 やがて巨大な光となって、衛星のように九尾のまわりを飛び回る。


「理解できているか? これら全てが太陽だ。道端の石ころでさえも、今の我は寸分違わず太陽へと昇華できる。我は十尾。九尾を超え、光も闇も超えた。全生物の頂点にして、全存在を超越した究極の存在だ」


 一分の一スケールの太陽群が高速回転し、むちゃくちゃな軌道で飛んで来る。


「なるほど、こりゃやっかいだ」


『真・流・星・脚!!』


 一個一個潰しても意味は無い。狙うは九尾……もとい十尾だけだ。


『成敗!!』


 団子に串を通すように、太陽を次々ふっ飛ばして蹴り抜ける。

 鎧の力なら、蹴りの衝撃波だけでも太陽ごとき消せる。


「とっととくたばりやがれ!!」


「ぬうぅ……どこまでも目障りな!」


 尻尾五本がまとまってドリルのように突進してくる。

 正面からぶつかり、衝撃波で宇宙の星々が砕け散っていく。


「このままぶち抜いて終わらせてやる!!」


 気合を入れて貫こうとした瞬間。狙いすましたかのように五本の尻尾が開いて俺を中へと迎え入れる。


「なにっ!?」


「せめて輝きの中で華々しく散るが良い」


 尻尾が八本、俺を牢屋に入れるように包んでいく。決して俺には触れようとせず、ただ取り囲んでいるだけ。俺のまわりには宇宙の闇とここまで来るのに砕いた星の欠片が砂粒のように……まさか!


『ガード ハイパー ダイナミック』


 ガードキーを二回ひねって差し込むのとほぼ同時に、全ての砂粒が太陽へと変わり、大爆発を起こす。


「あっぶねえ……ギリッギリ間に合ったぜ」


 別に鎧の力なら直撃しても死ぬことはないだろう。

 それどころか無傷でいられる可能性がある。

 それでも中身の俺は小心者だから怖いんだよ。

 とっさにガードくらいしてしまうさ。


「しぶとい男だ。だが囚われの貴様になにができる?」


 もう一度太陽を産み出すつもりか。やってられん。こっちも全力でいくぜ。


『ソード』


 尻尾を切り刻みながら外に出る。

 この時点でもう尻尾の一本一本が太陽よりも圧倒的に大きい。


「わらに入っている納豆の気持ちが、ほんのちょっぴり理解できたぜ」


 剣は流石と言うべきか、余裕で尻尾をスパスパ斬れた。


「ガアアァァァ!?」


 本日初めての十尾の絶叫だ。少しだけすっきりしたぜ。


「きっ傷が!? 何だというのだ……この痛みは! ありえん!!」


 そうか、ちょっとわかりかけてきたぜ。銃撃も爆破も俺と鎧の力だ。

 だが直接攻撃じゃない。肝心なのは『鎧』と『剣』だ。

 他のものでもダメージは通る。しかしこの二つは圧倒的に火力が高いんだ。


「そうとわかればぶった斬る!!」


「ふざけるな。いつまでも抵抗を許す我ではない!!」


 もう一度俺を包み込もうと尻尾が伸びる。


『ソニック』


 時の流れを変えて、十尾へ迫る。ようやく顔の近くに来た。

 必殺技で確実に削る。


『ホゥ! リィ! スラアアアッシュ!!』


 光の刃は横っ面を引き裂いていく。そして時の流れは正常に戻る。


「ギイイィィアアアアアァァ!?」


 絶叫二回目。そろそろ余裕がなくなってきたんじゃないか十尾さんよ。


「傷が……うぅ……古傷が疼く……葛ノ葉に、愚かな神々につけられた忌まわしき傷が! おのれ……許さんぞ!」


 十尾の左頬から首、脇腹まで大きな傷が続いている。

 傷跡はうっすら赤く光っているな。


「なるほど、顔から脇腹にかけてガッサー! ね。ちゃーんと意味あったんだな。あのアドバイス」


 となればやることは一つ。使うキーも一つだ。


『リリア!』


 輝く白銀の鎧が自身の、そして周囲の光を取り込み内部で無限に増幅され続ける。

 白銀は透き通るような煌めきの……ダイヤモンドのような鎧へと姿を変える。


「そうだ、そうだったな。俺達の考えた最強の鎧はこんな感じだった。再現度たっけえな……はははっ!」


「何だ……何だというのだ貴様……一体その鎧は何だ!?」


「こいつかい? この鎧はな、こんな俺のことをずっと待っていてくれて、ずっと好きでいてくれた。そんな初恋の人からの贈り物さ」


 剣に最大級の力を乗せて、尻尾一つをまるごと消し飛ばす。


「これで九尾に逆戻りだな」


「バカな……人間にこれほどの力が扱えるはずがない!」


「約束したのさ、あいつと俺だけを守るヒーローになるって。そのためなら、どんな力だって使ってやるよ」


「くだらん……愛だの恋だの……その想い、葛ノ葉に利用されているだけかもしれんぞ」


「なにが言いたい?」


「それは貴様の願望ではないのか? 自分では本気で友人・恋人と思っていようとも、真実とは異なるのではないかと問うている。人の心など簡単に闇に落ちる低俗なもの。えてして真実とは残酷なものだ。他人の想いが本物かどうかの判別など、結局はできんということよ」


「……ふっ、ふはははははは!!」


 こいつはアホだ。なにを言い出すかと思えば……その程度のことか。


「なにがおかしい? 真実を悟り気が触れたか?」


「ふははははっ! あー……くっだらねえ。お前ばっかじゃねえの?」


「なんだと?」


「真実がどうとか、善悪がどうとか、そんなもん俺にとっちゃクソほどの価値もねえんだよ」


 こいつは本当にアホだな。どんなにでかい力を持っても、人間の、俺みたいなやつの心情すら読めていない。


「友情だの愛情だのが本物かどうかなんて知ったことか。俺がそうだと思ったら、世界が俺に合わせてそうなっていきゃいいんだよ。大切なのは俺自身がどう思うかだ。本物かどうかを決めるのは俺だ! 他人じゃない! 俺だけの権利で、俺がそうだと決めた!」


「その力、世界を救うことも破滅させる事もできる力で……やることが葛ノ葉の救済か。他にいくらでも生き方があろう?」


「世界なんざ救おうと思えば大抵の人間に救える程度のもんだろ。興味ねえわ。だがな、リリアは他の誰でもない、俺に救って欲しいんだ。そしてリリアを救えるのは――――俺だけだ」


 これ以上九尾の時間稼ぎに付き合う気はない。こそこそ回復しようとしているのがはっきりわかる。つまりそれだけこいつは焦っている。


「本人には恥ずかしくて言えねえけどな。リリアを救うのは俺でありたい。他のやつにその役目は渡したくねえのさ」


 必殺技キーをさして三回ひねる。そろそろ終わりにしてやるか。


『ファイナルシャイニングセイバー!!』


『ハイパー! ダイナミック! アルティメット!』


 剣に無限の光が集う。九尾の禍々しい金色よりもずっと神聖で暖かい光だ。


「させん! 人間など我より下でなくてはならんのだ!!」


 九本の尻尾が太陽を纏わせて全方位から接近する。


「無駄だ。もうお前に遅れを取ることはない」


 剣の一振りで三本。もう一振りで三本尻尾を切り飛ばす。


「もう少しでただの狐だな」


「こんな……こんな……太陽すら及ばぬ力など……我が恐怖を感じるなどあってはならん!」


「この力は俺とリリアの考えた最強の必殺技だ。お前なんぞに負けるかよ」


 アドバイス通りに顔から脇腹にかけて、巨大な光の刃を振り下ろす。


「オオォォォ!! 傷が! 傷から陽の気が抜けて! こんなバカな!!」


 最初に会った時と変わらぬ人間の姿にまで戻ってしまう九尾。もう一尾か。

 とどめの一撃いくぜ。


「完全に消滅しろ! これで! 終わりだああああぁぁぁぁっ!!」


「ギイイイイイィィィィィアアアアアア!!」


 断末魔の叫びごと、光の刃は九尾の姿を消し去った。

 これで九尾は完全に消滅したわけだ。


「長かったな……流石に疲れたぜ」


 鏡の世界も消し、葛ノ葉の世界の宇宙へ戻った時、確かに『ありがとう』という男女の声が聞こえた。それがきっかけなのか、俺の意識は元の世界へ帰るのだった。



「ん……戻ったか」


 ベッドで目が覚めた俺は、まだリリアの鎧のままだ。あの世界は夢じゃない。

 だとしたらリリアはどうなったのか。

 そこで俺の右手が握られていることに気がついた。


「……おう、今帰ったぞ」


 俺が守りたいものは、笑顔で横に寝転んでいた。


「おかえりなさい」


 まっすぐ俺を見つめるリリアの顔が近い。

 ゆっくりと近づいてきたリリアが目を閉じる。

 まあなんだ……俺みたいな男のファーストキスとしては、最高の部類だろうさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る