想い出を始めよう
春先のような暖かさの神社。賽銭箱の前に座って思い出上映会は始まった。
『あのね、もう会えないの』
『会えないって、なんでだよ?』
『ごめんなさい……』
『もう遊べないのか?』
相当不安そうな顔をしてるな、ガキの俺。
ここまで見ても思い出せない。奪われたというのはマジらしい。
『うん。もうここには誰も入れない。ここが遠くに行くの』
「これ意味わからんかったな。ここが遠くに行くって」
「まさか場所ごと夢や記憶をさまよっておるとは思うまい。わしも昔はよくわかっとらんかったしのう」
ま、ガキには難しいわな。ファンタジーな話は突然されても理解できん。
『だから今までみたいに遊べなくなっちゃうんだ。もう毎日遊んだりできないから……お別れ……』
小さいリリアが泣きそうだ。そういや口調が今とは別人だな。歳相応のガキだ。
『よくわかんねえけど引っ越しだろ? 大丈夫だって。夏休みになったらそっちに行くぜ! それまでちょっと離れるだけだよ』
『どれだけ遠くかも分からないの』
『それでも……それでも俺は待ってっからさ。落ち着いたら連絡しろよ。そうすりゃどれだけ離れてても、俺が会いに行く』
この時、俺は自分の家さえ動かなければ、相手が手紙かなんかで住所くれりゃいけると思っていたんだろう。俺ならそういう発想をするはずだ。
『きっと凄く遠いよ。私のことも忘れちゃう。だから……』
『関係ねえって! 絶対に行く! 忘れない! 忘れても……また一緒に遊べるだろ。覚えてるか? ヒーローのこと』
『うん、一緒に考えたよね。変身とか、必殺技とか』
『俺とお前だけのヒーローになるって約束したろ。だからお前が会いたければ迎えに行ってやる。邪魔なもんは俺がぶっ飛ばしてやるよ』
昔の俺のほうがいいこと言うな。ここまで直球勝負だったのか。
『そっか……ありがとう……あなたが忘れても、私はずっと忘れない。絶対、絶対忘れない!』
ガキの俺の体が薄くなってくる。どうやらお別れの時間みたいだな。
泣きながら話しているリリア。やはり別れは辛いものだったんだろう。
『……忘れてももう一回遊ぼう! 何回でも行くからな!』
『その時は私が……何度でも、何度でも! あなたが何回忘れても! 私が案内するねっ!!』
『おう! またな! そんときはまた、俺達の……!』
そこでガキの俺が光に包まれる。その光は小さいリリアと一つになった。
『ありがとう……私……忘れないよ……いつまでも……』
泣きながら笑うリリアも光りだし、最後には小さな光の玉がゆらゆらと俺の前に漂っている。そっと手を伸ばすと、光は俺の中へと消えていく。今見た光景が、過去として思い出せる。完全に俺は記憶を取り戻した。
「これで……全て返した。長かったが、念願叶った。すまんかったのう」
「いや、いいさ。戻ってきた。約束は守られたし守った。ならこれでいい。いいもん貰えたしな」
手の中には一本の鍵がある。いつも使っているヒーローキーに似た、見たこともない鍵。
「それは……」
「お前の鍵だろ。リリアキー。葛ノ葉りりあの鍵。シルフィやイロハの鍵と一緒だ。忘れてて悪かったな」
ヒーローキーはリリアと一緒に考えたヒーローの鍵。必殺技も一緒に考えた。
今思い出せたことが、急激に懐かしい思い出になっていく。不思議な感覚だ。
「おぬしにはどうしようもない。一番大切な記憶、別れる時の再会の約束と、覚えていて欲しい名前を対象から奪って鍵とする。かーなーり外道なやり方じゃ」
「そうしなきゃ封印できないくらい、やばいんだろ?」
「そうじゃな。そうじゃ、最後になんと言おうとしておったのじゃ?」
「最後ってどこだよ?」
「最後じゃ最後。そんときはまた俺達の、の後じゃ。ああいうの気になるタイプなんじゃ」
言われてみればその通りだな。今まさにバシっと思い出したため、はっきりわかるんだが……どうもガキのころだから言えたセリフでなあ。
「どうやら恥ずかしいセリフだったみたいじゃな」
「別に、思い出すのに手間かかっただけだ」
「つまり思い出したんじゃな。ほれほれなんなら再現してやるのじゃ」
ガキのリリアがいた場所に立たれる。やめてくれ恥ずかしくて無理だから。
こいつはなんで的確にこういうことしてくるかね。
「私……いつまでも忘れないよ……」
「それもう俺が消えた後だろうが」
「ん? ああーわしが案内するのじゃー」
「なんで棒読みだやる気出せや! 言わねえぞマジで!」
「ほほう、つまり言う気にはなったんじゃな?」
「そう言われると勇気なくなるわ」
いかん、ここでヘタれるのは多分一番やっちゃいけないやつだ。
「こやつは本当にもう……まじめに聞くから言ってみるのじゃ。どうせ二人っきりじゃ。恥ずかしがることもあるまい」
「はいはい、わかりましたよ」
ここらで一回真面目にやるか。俺もガキのころの場所に立つ。
「何度忘れても、俺達の毎日は消えたわけじゃない。だからさ、何度忘れても積み重ねていけばいいんだよ。記憶が消えたって……もう一度、次はもっと楽しい毎日にすればいい。だから……これから俺と何度でも、一番新しくて、一番楽しい想い出を始めよう」
リリアが俺にゆっくりと抱きついてくる。不思議と心は穏やかだ。自然に抱きしめ返してやることが出来た。それは俺の望みだったのかもしれない。
「待ってたよ。ずっと」
「俺もさ」
しばらく抱き合ったまま、お互いの存在を感じるだけの時間が過ぎていく。
自分のやっていることが恥ずかしくなってきたので、離れて話を変える。
「さて、それじゃあ満を持して外の世界で九尾の水晶を……」
「その必要はありませんのですわ!」
相変わらず無理したですわ口調がバカっぽいこの声は。
「ふっふっふっふふふーふ。神の力で登場に最適なタイミングを予知して登場いたしましたわ!」
やはりヒメノか。ちゃんと水晶持ってきていることは褒めてやろう。
「そういや呼び方ヒメノでいいのか? アマテラスとどっちがいい?」
「どちらでもお好きな方で。ヒメノのほうが短くて楽ですわね。まあ、わたくしは愛する妻、と頭につけていただければどちらでも喜びますわよ」
「アホのヒメノはなんでこの場所に入れたんだ?」
「アホはあんまりですわ!?」
「どう考えてもアホじゃろ」
こいつもボケなのか素なのかさっぱりだよ。
素だったら改善できないから絶望的だな。
「お忘れですの? わたくしはこの世界と結界を作った一員ですわ」
「あぁ……うん……マジだったんだな」
「嘘だと思われてましたの!? わたくしの未来の夫としての自覚がたりませんわよ」
「誰が夫だ……アホの相手は階段より体力使うぜ。流石に聞いてなかっただろうな?」
「何かやり取りをしていたので席を外しておりましたわ。流石に出て行っていい場合かどうかの判断は致しますわよ」
よかった。こいつ分別とかあったんだな。
「葛ノ葉の子孫に幸福を。それがわたくしと、初めての大親友である初代葛ノ葉、卑弥呼とその夫、太陽神ラーの願いですもの」
「太陽神って……よくそんなもんと結婚できたってかしたな……」
「むしろラーが惚れ込んだのですわ。九尾異変中、最速で駆け付けていちゃこらできるように、ハヤブサに姿を変えられるようにしてましたわね。結局恋愛にうつつを抜かしていたらダメダメ神様扱いされまして、面倒になってお仕事ほっぽり出してこっちに永住するついでにプロポーズという流れでしたわ」
神様ってのは自由というか、思い立ったら即行動というか。
愛だの恋だのに生きるものなのかね。ヒメノも色ボケだしな。
「人間の愛やそこから生まれる力に憧れておるのじゃろ」
「ええ、寿命があるからこそ育まれる命と力、それは神からすれば一瞬でも、それこそラーやわたくしよりも眩しく輝いておりますわ」
「そんなもんかねえ……で、水晶持ってきたはいいけどどうすんだ?」
「本堂の奥に九尾の本体が眠っていますわ。封印を解いて、水晶を九尾に投げつけてまあ、なんやかんやで倒せますでしょう」
「ものすっごい適当になったなおい」
「あ、卑弥呼ちゃんからメッセージが有りますわ」
「ご先祖様から?」
リリアが露骨に興味を示す。そら気になるわ。
「私達の争いに巻き込んでしまってごめんなさい。重い業を背負わせてしまいます。そんなひどい親でも、あなたたちの幸せを願わずにはいられません。どうか、幸せに。それだけが私の願いです」
「ご先祖様……」
「あと九尾に関してですが、九尾がどーんと出てきますから、そこをガッサー! とやってドドドドッとしたらドッバアアアー! っとすればきっと勝てると信じています」
「ほぼ擬音じゃねえか!? お前このタイミングでふざけるか普通!?」
「一字一句間違えずに伝えましたわよ? 卑弥呼ちゃんはそういう人ですわ」
「えぇぇ……」
卑弥呼さんのキャラがわからん。解説をくれ。
「特に顔や脇腹のあたりをガッサー! ってしてくださいと言ってましたわ」
「なぜ伝わると思ったんだそれ」
「さあ? 思慮深くておしとやかな子でしたから、なにか思うところがあったのでしょう」
もう全然わからん。どんな人よ。混乱させようとしてんのか。
気を取り直して九尾討伐いってみよう。
「ヒメノ、リリアを頼む」
「アジュ様、やた子から……」
「鍵は貰ってる。この世界は壊させない」
『ヒーロー!』
「俺とリリアの思い出の詰まったこの場所を……化物なんぞに渡しはしないさ」
ヒメノから水晶を受け取って、鎧も来たし準備万端。
さっさと終わらせるとしますか。
「オラア!!」
本殿の中へ水晶球を全力でぶん投げる。途中で強く握ってヒビを入れておいたし、バリンと割れる音も聞こえた。まあ音なんか聞かなくても妖気ってやつが膨れ上がっているから丸わかりだ。
「約束じゃ。ちゃんと戻ってくるのじゃぞ」
「おう、任せな」
軽く手を振って、本殿より出てきたものと対峙する。
「この日を待ちわびたぞ……葛ノ葉……」
地獄の底から響くような、恨みだけを込めた声だ。
金髪で、しっぽが九本。腰まで伸びた髪と異常なまでに美しい顔。
美形ではあるが、声も含めて男か女かすらはっきりしない。
妖艶という言葉の体現だな。服装も和服だが、男女どちらとも取れる。
陰陽師が着るような服、というのが俺の初見での印象だ。
『やた子』
やた子に貰った鍵をさす。これは魔力によって全く同じ鏡の世界を作るキーだ。
一瞬前と変わらないこの世界には、俺と九尾だけが存在している。
俺がそう決めて引きずり込んだ。
「残念、お前の相手は――――」
これでリリアも、あの場所も傷つけること無く全力で戦える。
「――――俺だけだ」
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