二人の時間は続く

 魚もスイカも梨も食って満腹になった俺とリリアは、だらだらとのどかな田舎道を歩く。途中で無人の駄菓子屋を見つけ、店の前の長椅子に二人で座る。


「さて、そろそろ本題いこうぜ。あそこにはなにがある?」


 俺が指差したのは、リリアが意図的に避けている山の上へと続く階段。

 遠くから見ると鳥居らしきものが見えた。おそらくあそこに本題がある。


「……ただ神社があるだけじゃ」


「そこで遊んだ記憶もある。俺はおみくじで吉から上を引けなかったな」


「……そこで最後の日、なにが起きたか覚えておるか?」


「最後? ここに来る夢を見た最後か?」


「正確には最後のお別れをした時じゃ」


 お別れ、という言葉に胸がもやもやする。これが痛みなのかどうかすらわからない。ぽっかりと何かが抜け落ちている。完全なる空洞だ。


「ダメだ。今までとはなにか違う」


「どう違うかわかるかの?」


「今まではぼんやり記憶を辿っていけばそんな気もするなあって思い出せた。けどこれは……マジでなにもわからない。その部分が完全に抜け落ちている。大切なはずなのに」


 子供の俺にとって大切じゃないはずがない。

 楽しい思い出ってのは、少なければ少ないほどしっかり覚えている。

 俺にとっての楽しい思い出は、この場所で作るもんだった。


「ここは……俺の大切な場所の……はずなんだ」


「今でも大切かの?」


「ああ、俺の楽しいことがつまった場所だ」


 断言できた。楽しく外で遊ぶという、現代っ子の俺がまだインドア派にどっぷりじゃなかった時代。きっとここでの思い出がなければ、もっと部屋から出なかっただろう。


「ここで一生暮らすことになっても……そう言えるか?」


「なに?」


「ここにいれば辛いことも苦しいこともない。ずっと一緒にいる。誰も裏切ることもない」


 魅力的な提案だ。元の世界にいた俺なら即答して永住を決めただろう。


「悪くない。できれば他のやつも呼びたいけどな」


「それは……きっと無理じゃ。わしとアジュしか入れぬ。住めばずっと……ここから出ることは出来ぬ」


「断って欲しいけど一緒に暮らしていたいってところか? 両立できない理由でもあんだろ? 聞いてやる」


 一緒に暮らすだけなら俺達の家でいい。こんな提案をするってことは、こいつはここから出られなくなる理由があるんだろう。


「ここは思い出の集う場所。そして、九尾を封じている場所でもある。つまり、九尾を奪われかけた今、また夢と思い出の中へと戻りかけておる」


「……どこかへ行っちまうってことか?」


「葛ノ葉が死ねば九尾が復活してしまう。じゃから伴侶を選んで、二人だけでこの世界で生きる。そうして歴代の葛ノ葉は子孫を作ってきた」


「ならその歴史は終わりだ。九尾をぶっ飛ばしちまえばいい。そのために俺と鎧はある」


「……九尾は強い。完全に消滅させれば、わしの妖力も衰えるかも知れぬ」


「問題ない。徹底的に消滅させるさ。それに、ちょっと力が落ちても足手まといにはなんねえよ」


 俺の足を引っ張るという思いが一つ。

 九尾討伐に失敗するんじゃないかという思いで二つ。

 あと一つくらい、こいつにはなにか負い目があるんだろう。

 だからリリアは『二人で暮らそう』も『九尾をぶっ殺そう』も提案できない。

 どちらもリリアのして欲しいことだから。こいつは変なとこで遠慮する。


「願いを言え。今の俺は最高に気分がいい。なんでも……一つくらいなら叶えてやる」


 リリアは黙ってうつむいたままだ。

 しゃあねえな……俺が勝手にやらせてもらうとするか。


「行くぞ、ほれ」


 リリアの手を取って強引に立たせる。そのまま強めに握って引っ張っていく。


「おおっと、とと……強引じゃな」


「お前らのおかげで、自分から手を握るくらいはできるようになったからな。ほれ行くぞ」


「……ありがとう」


 リリアのつぶやきには、どう反応していいかわからなかった。

 なのでさっさと山の麓に来た。鳥居から伸びるながいーながーい階段。

 ガキの俺って根性あったのね。今ならくじける可能性大。


「若いって凄いな」


「なんじゃそのコメント。アホ言っとらんで行くなら行くのじゃ」


 行くと決めたしな。手は繋いだまま、ゆっくり石段を登っていく。


「あ、これ後半しんどくなるな」


「序盤に気づいてしまうとはアホじゃな」


「昔の俺って元気だったんだなあ……」


「今が元気なさすぎじゃ。一応鍛えとるじゃろ?」


「ああ、だから思った以上に疲れていない」


 永遠に続くんじゃないかと思ったけど、そうでもないみたいだ。

 ガキの頃は果てしなく長く感じても、登ってみればなんとかなるし、それほど高い山でもない。

 これが成長か。やってみれば登り切れた。やればできるを強く実感したよ。

 階段の先は開けた場所で、しんと静まり返っていた。神聖さというものを肌で感じる。途中の道では木に緑の葉っぱがあったのに、この場所だけ桜が咲き乱れているじゃないか。この世界は本当になんでもありだな。


「こいつは凄い……なんて凄いんだ……今の俺……」


「お前かい!!」


 リリアがビシっとツッコミ入れてくれる。ありがたい。


「登り切った俺も凄いが、この景色は軽く泣きそうなほど綺麗だな」


「うむ、お気に入りスポットじゃ。この狛犬覚えとるか?」


「ああ、こまじろうと……こまさぶろうだっけ?」


 二匹向かい合わせのでっかい狛犬がある。確か名前つけてやろうって話になって。


「こまいちろうはなんか弱そうとか、カッコ悪いとか変な理由で却下したよな?」


「今思い出しても意味わからんのう」


「当時の俺達はなに考えてたんだか。しっかし神社広いのなー」


「子供が遊ぶには十分じゃろ」


 奥にでっかい本殿がある。向かって右におみくじとか売ってる販売所と家? がくっついた建物もある。手を洗う水の出ている場所もあるし、石畳と鳥居がきちっとあるな。


「改めて感じるな」


「なにか思い出したかの?」


「いや、こういうところの物や建物の名前が全然わかんねえなって」


「本当に余計なことばっかり考えるのう……あれは手水舎というんじゃ」


 リリアさんが呆れていらっしゃるよ。

 それでも説明してくれるのはクセなのか同情なのか。


「さて、それでは改めて聞こう。本当に……」


「九尾を完膚なきまでにぶっ潰して一緒に帰る。もう決めた。お前がなにを隠していても関係ない。俺がそうしたいからする」


「うむ、おぬしらしくてよいのじゃ。九尾の本体は本殿の中じゃ。鍵はおぬしの……奪われた記憶から形成されておる」


「奪われた?」


「正確にはわしが奪ってしまったのじゃ。おぬしが思い出さぬ限り鍵は手に入らん……すまぬ」


 それが負い目か。ここからは思い出すというより記憶を取り戻すってとこかね。


「んじゃちゃっちゃと見ようぜ」


「そうじゃな。ほれ、昔みたいに本殿の階段に腰掛けてだらだらするのじゃ」


 賽銭箱のちょっと下。木製の階段に座って一休み。

 疲れたらここでだらだらしてたなそういや。


「お茶でも持ってくるかの?」


「いらん。さっきの駄菓子屋からラムネ持ってきた」


 夏場に売ってるビー玉の入ったラムネを、手早くこぼれないように開けてリリアに渡す。


「では、これがおぬしの奪われた……わしとの最後の記憶じゃ」


 もう見慣れてきた、小さい俺と小さいリリアだ。

 階段の一番下に座って、今の俺達みたいにラムネを飲んでいる。


「大きくなっても行動パターンが一緒じゃな」


「お互いにな」


 こうして、リリアが言うには最後の思い出上映会は幕を開ける。

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