想い出くらい綺麗でいいじゃないか
はっと目が覚めると道のまんなかに突っ立ってたよ。
隣にリリアがいるから、はぐれたわけじゃないな。
「もっと脈絡とか考えようってマジで」
整備された土の道だ。横に田んぼがあるし、遠くの山は切り崩してこれまた田んぼ。結構大きい川も見える。空は青くて雲一つない綺麗な空だ。これはなんというか。
「……田舎?」
「ま、似たようなもんじゃ。のどかでよいじゃろ」
「ここが葛ノ葉の隠れ家か? もっとファンタジーで謎空間を想像してたぞ」
「ずっと住むには邪魔くさいじゃろ。こういう場所が落ち着くのじゃ」
「その気持ちは理解できる」
暖かく、春のような陽気だ。熱過ぎるわけじゃないし寒くもない。心地よい風が吹くいい場所だ。人間が生活するのに適している。空気がうまいとはこういうことか。
「さて、思い出したかの?」
「ん、確かにここに来た記憶がある。なんで今回は思い出せるんだ?」
「いつもは眠っている間に意識だけがここに来る。じゃからぼんやりしとるんじゃ」
今回は体ごと夢の世界に来ているらしく、頭がはっきりしているのはそのためなんだとか。
「葛ノ葉は人の夢と記憶を貰って住処を作る。誰かの夢の中なんて、道案内なしにたどり着くことなど不可能なんじゃよ」
「つまり俺は本当にガキの時、この場所に来ていた……いや、この場所の夢を見ていたってことか? どっちかわからんが、なんで忘れてたんだかな」
「夢と記憶を貰って住処を作ると言ったじゃろ。起きるとこの世界との扉が閉じる。想い出はこの世界の維持に使われる。じゃから現実世界に戻るときに回収されてほっとんど覚えとらんのじゃ。さ、本格的に案内でも始めるかの」
そう言って歩き出すリリアの横に並ぶ。こいつはそっから説明をしないけど、つまりリリアはずっと覚えてて、別世界に来ても忘れっぱなしの俺と一緒にいたってことじゃないのか? 一緒に遊んだ人間が、自分のことを全部忘れて過ごしているってのは……どういう気持ちなんだろうか。
「人がいないな」
「当然じゃ。人がいてはそやつからこの場所がバレる。そのへんから一つスイカ取ってくるのじゃ」
畑の中に入っていってしまうリリア。とっさに後を追うけど、これ誰の畑だよ。
「勝手にとっていいのか?」
「よいよい、作物はわしが生きるために勝手に育つ。これとかどうじゃ? 二人で食べ切るには調度よいじゃろ」
「ふむ、んじゃこれにすっか……よっと、結構重いのな」
「ほーれ網に入れるのじゃ」
網に入れて持つ。持つのは楽になったけどやっぱちょっと重い。
「梨の木あるじゃねえか。あっちも取ろうぜ」
「おぬし梨好きじゃのう」
「果物で一番好きかもしれん。それになんだか懐かしいような気がする」
「思い出したんじゃろ。ちなみにその時の映像がこちらですじゃ」
梨の木の下に、ガキの俺と今とほとんど変わらないリリアっぽい子がいる。
俺が脚立使って梨を取ろうとしているな。
『俺がとってやるから下にいろよ』
『だいじょうぶ? 落ちたら危ないよ』
『こんなん余裕だっつーの。俺が落ちたら危ないから離れてろよ』
「顔が出ないのはなぜよ?」
映像の女の子は顔が出ない。姿そのものがぼんやりしていて、なんとも言えない。
「まだ思い出しとらんからじゃろ。当時のわしがどんなだったか覚えておるか?」
「…………ダメだわかんねえ。まだ思い出してない事が多いな」
「そこが鍵じゃな。ま、ぼちぼち思い出すじゃろ。案内を続けるのじゃ」
畑からちょっと歩くと川だ。流れの緩やかな川で、そんなに深くない。
空に負けないくらい綺麗で、魚が泳いでいるのが見える。
川のせせらぎってやつが聞こえるのが、風情があってとてもよい。
「スイカを冷やしながら釣りでもするのじゃ」
「釣り竿はどっから出した」
「魔法って便利じゃのう」
便利だな魔法。川にスイカを入れて、並んで座り、釣り糸を垂らす。
リリア相手だと自然と隣に座ることができる。
女の子相手だと絶対距離開けるはずなのに。
お互いの肩が触れないけど、やろうと思えば寄りかかれる位の距離で釣り開始。
意識していないというより、そこにいることが当たり前のような心地よさがある。
「これもなんか思い出してきたぞ。俺が全然釣れなくて『これ面白くねーよ』って言い出して」
「わしも全然釣れなくて『釣りって微妙だね』と言って……なにがおかしかったのか二人で笑っていたら」
「俺の釣り竿が動いて……そっから……」
「こうなったのじゃ」
スイカ取った時みたいに、ガキの俺とリリアのビジョン登場。
二人で一つの釣り竿を引っ張っている。
『おお! なんか動いてるぞ! 重い! 魚強えぞ! ひっぱれ!』
『うう~ん! おも……い……』
『せーのでいくぞ! せー……の!』
『えい! やった! 釣れたよ!』
『うっしゃあ!』
二人が釣ったのは、今の俺からすれば小さい魚だが、子供の時はこいつが本当にでかく感じたな。
「あったあったこんなん。懐かしいなおい」
「じゃな。お、引いとるぞ」
「ん、ほいっと」
今なら楽に釣り上げられる。時代の流れってやつを感じるな。
いつの間にかガキどものビジョンは消えている。
「魚は料理方法わかんなくて川に返したんだっけか?」
「そうじゃな。しかし今はあら不思議。こんなところに厨房が」
「うーわーふしぎだなーっと。んじゃもう少し釣ったら料理すっか」
厨房をよく見ると、家のキッチンと同じやつだこれ。
日常で目にするもののほうが出しやすいのかね。
「おぬし、さばけるのか?」
「無論じゃ。魚くらいできるのじゃーっと。ほいもう一匹」
さっきより小さい魚だ。釣りってのは一匹でも釣れると爽快感と達成感あっていいな。
「わしの口癖取るでないわ……ほいっと」
ほっぺがぷくーっとなってるリリアも、自分で釣り上げられるようになっている。
あんまり成長していないように見えて、ちゃんと成長しているんだな。
「一応成長してるんだなあとか考えとるじゃろ?」
「大正解。リリアもそういうことを考えられるってことは頭がきっちり成長してるってこったな」
「ならおぬしはほとんど成長しとらんな」
「その分体が大きくなったんだからセーフ」
「身長百七十ギリギリのくせに」
「言うてはならんことを言いおったなリリアよ。いいんだよ。高身長なんてモテ要素は俺には存在しないの」
昔っからモテた経験がない。こっちに来てから俺の人生に女が増えた。
かなり新鮮で戸惑うことも多いけど、これはこれで楽しくやってる。
多分リリアがいるというのが支えになっているんだろうな。
「やたらとモテてもわしらが困るからのう。ほっ……と。このくらいでよいじゃろ」
四匹釣ったら終了。食べられる分だけ取る。基本だな。
「ほいこれ」
「エプロン?」
いつも俺達が家で使ってるエプロンだ。
いや手渡されてもさ。リリアはもうつけているし。
「基本じゃろ」
「川でか?」
「気分出るじゃろ?」
「なんの気分なんだか」
ちゃっちゃと着て並んで魚をさばいていく。
誰かと料理するのもこっちに来てからの習慣だ。
それぞれ得意料理が違うからなかなか楽しい。
「塩でいいか?」
「シンプル・イズ・ベストじゃ」
「同感だ」
適当に七輪で焼く。煙をうちわでぱたぱた扇ぎながら、なーんも考えずに雑談する。他人と話すのは好きじゃないはずだ。でもリリアとだらだらするのは悪く無い。
心の平穏ってやつをリリアに求めているのかもしれない。俺にとって自分の部屋で一人の時こそ安らげる瞬間だったはずなんだけどな。
「ほれほれぼーっとしとると魚が焦げるのじゃ」
「はいはいわかってますよ」
椅子に座っているから足が痛くなったりはしない。
そうなるとついつい物思いにふけるわけだよ。
「こういうの……悪くないな」
「そこは素直に好きと言えばよいのじゃ」
「ん……なんか好きって言うの避けるクセがあるな。言ったら消えてなくなりそうなイメージ」
「ではここで好きって言う練習じゃ」
なんじゃそら。練習が必要なのは認める。
いきなりできる気がしないし。どうせヘタレるしな。
「焼き魚は好きじゃろ」
「ん、好きだな」
「釣りは?」
「そこそこ好き」
「そこそことかつけおって……部屋でだらだらするのは?」
「それも好き」
これはいつまで続くんだろう。別に魚が焼けるまで暇だしいいんだけどさ。
「休みの日」
「めっちゃ好き」
「肉料理」
「かなり好き」
よーしよし、言える言える。確実に成果出てる。
こんなんで成果出るとか俺はアホなのか。
「わしのことは?」
「好……えぇちょっと待て」
「ああもうなんでそこで止まるんじゃ!」
「いや不意打ちはダメだろ!?」
「不意打ちかまさんと絶対に言ってくれんじゃろうが!」
「そうかもしんねえけど心の準備ってもんがあるだろ!」
「一生終わらんじゃろその準備!」
大正解さ! うーわ完全に顔赤いだろ俺。
はじめからこれ狙いで訓練提案しやがったな。
「ええい絶対に言わせてやるのじゃ」
「やーめーいって。もう意識したら無理だわ」
「意識した時に言えてこそじゃろ」
そんな問答を魚が焼けるまで続けていた。
すげえ恥ずかしいけどイヤじゃ……まあ好きさ。こういうやりとりも好きだ。
まだ声に出すのは、ちょっとだけ時間かかるかもしれないけれどな。
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