葛ノ葉と夢の少女
俺は自分の部屋でどう話を切り出したもんか悩んでいる。
まずなにから聞けばいい? どうにもこういう状況は経験がない。
適当にベッドに横になると、リリアも横に寝る。抵抗はない。
リラックスして話すのは大切だ。
「どっからどう聞けばいいか思いつかねえわ」
「ド直球じゃな」
「いいじゃないか。もうめんどいから直球でいこうぜ」
「それが一番楽でよいのう」
これが許されるのがリリアのいいところだ。俺を理解してくれているし、こういうざっくりした空間が、お互いに好きだというのもでかい。
「んじゃ、順番とか脈絡とか考えずにいこう。葛ノ葉っていう一族がいて、リリアがその子孫なわけだ」
「そうじゃな九尾をその身に封印した一族じゃ」
「で、俺をこっちに連れて来た。鎧もくれた」
「うむ、ちょっと九尾倒してくれたらいいなーとか思っとったが、おぬしを連れて来たいと思ったから連れて来た。それは本当じゃ」
前にも聞いたな。俺を選んだ理由はわからないけど、とりあえずそこは納得しておく。
「あー……鎧のことも聞かないとダメだな。九尾用なのか?」
「鎧と剣の計画は以前から存在しておった。九尾を封印してから、今後こういった敵に備えるために、ごく少数の神々と人間が本格的に制作を開始したのじゃ。こーっそりとな」
「そらまた大層なもんくれたなおい。ん……? じゃあなんで腕輪なんだ? 腕輪を籠手に変えて、そっから鎧だよな」
「……わしらが鎧と剣を鍵に紛れ込ませたからじゃ」
「もうぜんっぜんわかんね。もとは鍵の一つじゃないってことか?」
「ここからややこしくなるのじゃ。ぶっちゃけ聞き流しても良い」
長くなりそうだ。出来る限り簡単にまとめていい、と最初に言っておく。
「まず鍵は様々な能力が蓄積されたものじゃ。鍵をさす宝石を装備品とかに埋め込んで使う」
「腕輪に埋め込んだのか」
「その腕輪はラストエンゲージリング。ハーレムをより円滑に維持するためのものじゃ」
なぜ腕輪。俺のも指輪でいいんじゃないか。
「もう本当にざっくりいくのじゃ。ラストエンゲージリングは指輪予定だったものを腕輪に変更、宝石をはめることにした。理由は神の間で大切な人との指輪は自分で決めたい気がする派がうるさかったからじゃ」
「神ってやっぱアホばっかりなのか?」
「暇なんじゃよ。どうせ籠手にするのじゃ、指輪にしておいてもよい。でまあ後は鎧と剣を鍵にして、鍵束にぶっこんだのじゃ」
「んじゃなんでヒーローキー使わないで籠手だけ出る?」
「鎧と鍵は別と言ったじゃろ。一度起動した時点で腕輪と鍵の法則を塗り替えておる。どんな技術をも圧倒的に凌駕して、世界の法則や神の力を超越する鎧じゃ。主人が危なければ籠手だけ出るくらいわけないのじゃ」
毎回鎧着てたら今以上に目立つしな。これはこれで不便じゃないしいいか。
「鎧がなかったら初日でやる気なくなってたな。そういや……もうすぐこっち来て二ヶ月か」
「楽しいじゃろ?」
「ああ、あんな世界じゃ、一生こんな楽しい時間は来なかった。感謝してる」
そこでちょっと気になった。できれば元の世界なんて思い出したくないけど、気になってしまったんだ。
「なあ、元の世界から誰か来たりしないよな?」
これはかなり不安だった。この世界を汚して欲しくない。
「ないない。おぬしのいた世界とは完全に切り離した。おぬしは向こうの世界でもとより存在しなかったことになっておる」
「そいつはいいな」
「安心せい。同じ世界から複数呼ばないために、二度とその世界とは繋がらないように完璧に二つの世界を通行する扉は破壊される。そもそもこの世界の壁は他の世界に比べて圧倒的に強固じゃ」
これは良いニュースだ。俺だけがこっちで生きている。こいつは気分がいい。
「最初に名前決めたじゃろ? あれでおぬしをこの世界へ移したのじゃ」
「いいね、最高だ。最初のやりとりってちゃんと意味があったんだな」
「あれはちゃんとした儀式じゃ」
脈絡や意味とかなさそうに見えて需要だったり。やっぱり気まぐれで動いていたり。よくわからんやつだ。嫌いじゃないけども。
「全部葛ノ葉と、リリアがなぜ俺を選んだかに集約されてるな」
「そうじゃな。しかし言葉で理解させるのは至難の業じゃ」
「こうずばーっと証拠っつうか現物見せるとか出来ないのか?」
「…………この世界にきてから、夢は見るかの?」
「夢? ガキの頃の夢ならよく見るようになった。顔の見えない女の子と話す夢……」
「そうか…………その子はどんな子じゃ?」
横になり目を閉じてゆっくり記憶を探る。ガキの俺の姿からして小学校高学年。その時期の記憶を重点的に思い出す。
「思い出せない。昔から俺に女の知り合いはいなかった。絶対にだ」
「その子だけが女の子の知り合いだったというのは?」
「なら逆に絶対に覚えている」
俺の人生で女と遊んだ記憶なんてない。だからいたら確実に覚えている。
俺がどんだけ寂しい青春送ったと思ってやがる。
「そういう時は思い出せたことから推理するのじゃ」
「まず場所がわからんのよ。その子と遊んでる場所がぜーんぜん知らない場所なんだ。少なくとも俺のいた街じゃない」
夢で見るってことは全部俺の夢で、妄想の産物という悲しい真実の可能性がある。顔が思い出せないのも、全部夢だから。まあ悲しいけど俺らしい。でもなにかがひっかかる。
「子供の記憶とは曖昧なものじゃ」
「つってもなあ……親戚の家とかでもねえし……なんか神社? みたいなとこなんだよ。そこで遊んでたり……なんだろうな……遊んでる場所はわかるんだけど行き方がわかんねえのさ」
「正確にその場所が思い描けるかの?」
「場所だけなら多分な。だからってガキの頃ってことはこの世界じゃねえし」
なんでこんなことを急に思い出してるんだかね。もとの世界に未練はない。むしろ二度と戻れなくていい。リア充とクソ女爆発して消えろ。未練はないはずなのに、その女の子との想い出が俺の中でどんどん大きくなる。
「頃合いかもしれんのう。行くか……葛ノ葉の隠れ家へ」
「急だな。里帰りか」
こいつが住んでいた場所か。もしくは葛ノ葉ゆかりの地ってとこかね。
「葛ノ葉がなぜ九尾の力を利用しようとするものから長年逃げ続けられたと思う?」
「単純にお前が強いからじゃないのか」
「そこに誰も入れないからじゃ。偶然入れても自由に動けんし、思い出すことが出来ぬ」
「…………ちょっとわかりかけてきたぜ。連れて行け」
そういや二階で決めてこいっつったのはヒメノとやた子だったな。
あいつらもこうなると知っていたのか。
少なくともヒメノは最初っから知っていたはずだ。それは間違いない。
「ここから先は……本当にどうなるか……まず……」
「いいから連れて行け。もう行くと決めた」
行かなきゃいけない。使命感とかじゃない。なんだろう……楽しみにしている? 俺の中にあるなにかが、行かなきゃいけない。行きたいと言っている。
「目を閉じるのじゃ。ゆっくりと、リラックスして……」
横にいるリリアがそっと手を握ってくる。段々眠くなる中で、無意識に手を握り返していた。今離しちゃいけない気がしたからだ。
「お前も一緒なんだろ?」
つい確認してしまう。こいつが一緒じゃなきゃ意味がない。
まるで眠くなるのと引き換えにするように、ガキの記憶が蘇る。そうか、行ったことないのは……誰に聞いても知らなかったのは……そういうことか。
「無論じゃ」
――――夏休みになったらそっちに行くぜ!
「お前は案内人だもんな……夏休みにはちと早いけど……約束、守ってもらうぜ」
――――ほんと? じゃあその時は私が……。
「……ふっ……ようやく……果たせそうじゃな」
――――私が案内するねっ!
「ようこそ、葛ノ葉の住む世界へ。ずっと……ずっとこの日を……待ってたよ……」
完全に夢の中へ落ちる直前。確かに聞いたその声は、泣きそうで、でもとても嬉しそうで。それはずっと俺が聞きたかった言葉なんだと……そう思えた。
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