ヒメノに説明を求めるという暴挙
騒ぎになる前にヒメノを先頭にして離脱した俺達は、自宅のリビングにいた。
「で、なんで俺達の家だ?」
「ここが一番安全だからですわ」
まあ広いしいいんだけどさ。自宅ってのはくつろげるし。俺・リリア・シルフィ・イロハ・ヒメノ・やた子・ホノリ・ももっち・ミナさん……人数多いな。
それでも狭く感じない家の広さも再確認したよ。
「どうぞ、粗茶ですが」
ミナさんが全員にお茶をいれてくれる。
帰ってきて十分経ってませんけど、なんで人数分のお茶があるんですか。
「あらあらおかまいなく。お茶菓子はどこですの?」
「図々しいなおい!?」
「お疲れでしょうから、糖分多めのメニューとして、抹茶クリームあんみつをどうぞ」
「なんであるんですか!?」
「ふふっ、やりますわね。しかもこの美味しさ。速度と味の両立……見事ですわ」
「もう半分食っとる!?」
疲れる。甘いモノは身体に染み渡って、お茶の効果もあって癒やされているはずなのに。ヒメノのせいで疲れる。
「っていうか抹茶とかあるんですね」
「フルムーン産の特選銘柄です」
もうフルムーンてなんなんだよ。海外の城下町のイメージがどんどん和風に侵食されてわけわかんなくなる。だが特選の名は伊達ではない。うめえ……超うめえ……ミナさんの腕もあるんだろうけど、べらぼうにうまい。癒やされるわあ。
「すみません。うちらまでごちそうになって」
「ありがとうございまっす!」
ホノリとももっちも一緒だ。置いていくわけにもいかないしな。
「気にしないでくれ。俺達が巻き込んだようなもんだ」
「いいさ。生きてただけマシだろあんなの」
「いやー強かったね~あじゅにゃん。最後ずごごごごーってなんか出てたし」
「アレは秘密にしといてくれ」
一応口止めするけど言いふらすタイプじゃないだろう。
「食べながらでいいから説明して貰えるかしら? あれはなに? なぜリリアを狙ったの?」
「そうそう。わたしも気になってるよ。リリアは知ってるの?」
「ん、まあそう……じゃな」
「言いにくいことか? うちら出て行ったほうがいいんじゃないか?」
「いや、巻き込んだ以上、説明は必要じゃ。しかし、どこから説明したものかのう」
いっぺんに多くのことが起きたから、頭の処理が追いつかない。聞くとしてどこからがいいんだろう。
「あの戦いだけでも情報量が多すぎる。まずあいつらは何者かからいこう」
「あやつらは九尾の手下じゃ。天使を使えるとは初耳じゃがのう」
「九尾というのはなんなのかしら?」
「大昔からいる大妖怪じゃ」
「ダイヨーカイってなに?」
シルフィ達にはあんまり馴染みがないのか? モンスターはいるのにな。
「魔物のことをある地方ではそう呼ぶのですわ。特殊な魔物が妖怪、とでも考えてくださいまし」
「それがリリアから出たの? よくわかんない」
そうだな。リリアのしっぽは、おそらく九尾とやらのものだろう。
じゃあなんでリリアが持ってるんだという話になる。
「リリア様……よろしければわたくしから説明いたしますわよ?」
「思えば初めて会った時からわしらを知っておったようじゃのう」
「ええ、りっちゃんとお呼びしたほうがよろしくて?」
「そのあだ名で呼ぶのはリーディアとミカミだけのはず……おぬし本当になんじゃ?」
リリアが見たことがないほど警戒している。確かリーディアって学園長だよな。そういやマブダチとか言ってたような気がする。
「わたくしがミカミだと言ったら信じてくれまして?」
「ミカちゃんは金髪碧眼ツインテールじゃ。おぬしとは似ても似つかん」
「つまりこの姿ですわね」
一瞬光って、ヒメノが金髪に変わる。もうなんだこいつ芸人かなんかか。
「お久しぶりですわ、りっちゃん。といってもこっちは仮の姿ですが」
「本物……か。いやまあ納得じゃ。鎧について知っておったのも、つまりはそういうことじゃったか」
「わたし達ほっとかれてるね」
「そうね。まったくわけがわからないわ」
「あんみつがうまい。メイドさんがいるとか羨ましいなサカガミ」
「おかわりください!!」
「はい、どうぞ」
蚊帳の外とはこのことさ。もうみんな緊張感ゼロ。だらだらおやつタイムに突入しちゃってる。
「この姿は動きが制限されますから戻りますわね」
「じゃあなんでそんな姿になっとったんじゃ」
「本人は軽い変装のつもりだったっすよ。でもリリアさんと仲良くなりすぎて、あとちょっと気に入ったからっす。今も昔もアドリブ最優先で生きてるっすからねえ」
やれやれ顔のやた子がそんなことを言い出す。やた子が呆れるレベルって相当やばいぞ。
「はあ……まあなんじゃ。九尾についてはヘタな神魔よりタチの悪い災厄で、それを封じているのが葛ノ葉の一族じゃ。ここまではよいかの?」
「大筋はそれか。葛ノ葉……葛ノ葉……なんかこう心がざわざわするっつうか……なんだろうなこれ」
「思い出しまして?」
「思い出すってなんだよ? 知ってるんなら話せ」
漠然とした危機感というか、強迫観念というか、思い出さないといけない気がする。九尾とリリアを見ていたらその思いは何処までも強くなる。
「話しても無駄じゃ。それよりも九尾じゃ。あれの誕生やらなんやらは、わしも細部まで把握しているわけではないのじゃ」
「ではわたくしがお話いたしますわ」
「もう何故知っているのかは聞かん。全部話せ」
「うちらはあんみつ食ってるよ」
「静かに聞くから大丈夫だよ」
みんな聞く気だ。静かにしてくれるならそれでいい。
むしろヒメノが余計なボケかますことが心配だ。
「ではむかーしむかし、あるところに、九尾の狐という大妖怪がいました。九尾の力はとても強く、しかも小賢しく。人間はおろか中級神でさえ手を焼くやっかいな存在でした」
ボケる姿勢が見られない。いいぞ。やればできるじゃないか。
「それでも神と人間は九尾に立ち向かい、勝利してきました」
「勝てない存在じゃないってことか」
「その通りですわ。九尾は陰の気そのもの。闇や悪意のもと。そのため陽の気に弱いのです」
「世界を飛び回って悪意をばら撒く迷惑な奴っす。混乱を起こして殺意や憎悪を楽しむ不愉快なやつっすよ」
ヒメノとやた子から憤りのようなものが伺える。
ここまで真面目に話す二人は初めてかも知れない。
「でも勝ったんでしょ?」
「九尾は分裂したっす。九つの尾を分割して九匹。九尾は全て倒さないと、残りの九尾から徐々に力を得て蘇るっす」
「はークソめんどいな」
一匹でも逃したら生き返っちまうわけか。そんなん相手してられんな。
「そこで九尾全滅のため、神々は連合軍を作ったっす。光・太陽なんかの神が集結し、全滅大作戦が始まったっす」
「おおーなんか話が大きくなってきたよ!」
「まず二匹が倒れたっす。そして三匹目と四匹目が融合したっす」
「ありがちっちゃあ、ありがちだな」
「まあよくある展開なんっすけど……その融合方法ってのがめっちゃ不思議というか、九尾の妖力と、同じ九尾だからなのかどうか……まあ詳しくは不明っすけど。妖気が二乗されたっす」
「そして五匹目と融合して三乗され、未曾有の化物へと変わり始めました」
「六乗された時はもう人間の手には負えないほどで、中級神でも複数でなければ勝負にならないほどでした。ここで対策を講じる必要が出てきましたわ」
単純な足し算や掛け算ならまだどうにかなったらしい。むしろ神に匹敵するには、そういうぶっ飛んだ裏技を使わなければならないのだから、九尾が異常なんだろう。
「圧倒的妖気で復活して、融合する九尾に対抗するための対策会議が難航していたその時です。人間の中から、魔を封じてその身に宿すことのできる力を持った女性が現れたのです」
ここにきてヒメノの表情が一気に暗くなる。迂闊に茶化せない雰囲気出してやがるな。
「長い年月をかけて魂が溶け合えば、封じた魔は力だけが残るのではないか。安全に九尾を倒す方法はこれしかないと人間の間から声があがりました」
人間というのは結局のところ自分の命が可愛いというやつが大半だ。俺もそうだし。だから戦わずに封印できるならそれでいいと考える奴が出始めるんだろう。そして揉め始めるわけだ。
「女性の提案で九尾を八匹まで融合させ、こちらはやられたフリをして逃げたっす。そして最後の一尾をその女性が取り込んだっす」
やた子が空になったあんみつの容器に白玉を八個入れ、別の容器に白玉を一つ入れる。
「その女性は九尾に化け、最後の一尾として九尾に融合を持ちかけたっす」
「作戦は成功。融合するつもりであった九尾は全員女性の魂と結びつき、体内で一つになりました」
「そこにラー・アマテラス・アポロンが加護を与える形で女性の魂に結界を張り、完全に封じ込めたっす。これにて九尾は眠りについたっす」
白玉九個を一つに容器に入れ、上から抹茶クリームとあんみつとあずきをぶっかける。解説をわかりやすくしてくれてんのかね。
「神様が倒すんじゃダメだったの?」
「倒すだけなら上級神が本気を出せば楽勝ですわ。ですがその場合、世界がもちませんの。神々が愛した世界と人間は消滅してしまう。しかも崩壊は一つの世界に留まらないでしょう。封印するしかないのですわ」
「冥界に送っても次元の壁を壊すかもしれないっす。太陽の力で封じ込めて大人しく寝かせておくことにしたんすよ。これが九尾異変といわれるものっす」
「その女が葛ノ葉ってことか?」
「正解じゃ。わしはその子孫じゃ」
九尾がリリアの中にいた理由はそれか。そんなもんが入ってりゃ魔力もあがるよな。
「スケールが大きすぎて、どうすりゃいいかわかんねえ」
「結局なにをどうすればいいの? 九尾を封印するの? 倒すの?」
「また狙われる可能性も考慮いたしまして、九尾は水晶球のまま、わたくしどもで厳重に誰にも知られない場所に保管するのが一番かと」
「戦えば世界が壊れるのでしょう?」
「その通りっす。多分耐えられなくて消えちゃうっす」
「わたしには話が大きすぎて、専門的すぎてわかんない」
俺にもさっぱりだ。でもなんだろう……倒したい。葛ノ葉はずっと九尾に怯えて暮らすのか? リリアを傷つけた相手を野放しにしていいのか? 俺はそれを……許せるのか?
「本当に倒せないのか?」
「サカガミ?」
「本当に打つ手なしか? なんかあるんだろ? 鎧もある。葛ノ葉って一族がなにを考えていたか知らないけどさ、黙ってずっと封印を守ってただけか?」
「鍵も……決定権も……リリア様にあると思いますわ」
「リリアに?」
「言ってしまえば神々は九尾を葛ノ葉に押し付けた。ですから、再封印するも倒すも、その時の葛ノ葉の血統にこそ選択権はあるべき……というと責任を押し付けているようで申し訳ないですわね。どちらにせよ全面協力をお約束いたしますわ」
リリアを見つめるヒメノからはおふざけの要素が感じられない。
友達だったらしいし、やっぱり助けたいんだろう。
「そうだ……ヒメノはなんでそんなこと知ってるんだ? 超昔の話だろ?」
「ああ、それは当事者だからですわ」
「意味がわからん。お前も葛ノ葉なのか?」
「いいえ、九尾異変で葛ノ葉に頼るしかなかった愚かな神々の一柱。アマテラスオオミカミ。それがわたくしですわ」
「……………………はあぁぁぁぁぁ!?」
「ええええええええぇぇぇぇ!?」
それぞれの驚愕の声が響き渡る。俺もみんなも超驚いてるな。アマテラスってどっかで聞いたことあると思ってたが……確か元の世界でめっちゃ上の神だったような。いやこっちでも同じ神で同じくらい凄いか知らんけど。え、マジか。
「性欲丸出し色ボケの神なんぞいてたまるか! っていうかなんでヒメノって名乗った!」
「だって人間はわたくしからすれば本当に一瞬、まばたきの間に寿命が尽きてしまいますわ。まったり誘惑していては子作りの能力が衰えますし、やはりアジュ様には若いうちからしっぽり抱いていただきたく……」
「うっさいわボケェ!! サラッと抱くとか言うなや!!」
「アジュの初めてはわたし達のものです!!」
「それも違うわ!!」
「ヒメノには渡さないわ! アジュの子作り能力は私達にこそ使われるべきなのよ!」
「真顔でなに言ってんだ!?」
「これは私とほのちゃんも抱かれる流れかな~?」
「うえぇ!? いや、悪いけど別にサカガミに惚れてるわけじゃなくてだな……例え惚れても段階ってもんがあるだろ?」
「安心しろ。手を出そうと思ってねえから」
ホノリは本当に常識人だな。ももっちはもうちょい抵抗してくれ。面白がっているヒマがあったら嫌がれって。相手俺だぞ。
「私はシルフィ様と同時でしたら、本番以外は甘んじてお受けいたします」
「貞操観念って大事ですよ!?」
ミナさんの倫理観は全然わからん。ボケなのかマジなのかすら理解できんよこの人。超怖い。ある意味この人が一番やばい。
「ならこちらはやた子をつけますわ!!」
「ヒメノ様ー。せめて本人の許可はとって欲しいっす。まあうちはアジュさんのこと嫌いじゃないっすよ」
「奇遇だな。俺もおもしろリアクション芸人枠としては嫌いじゃないぞ」
「うちのことそう見てたっすか!?」
それ以外にどう見えるというのかねやた子くん。いいじゃないか。なんか女友達ってこういうもんかのかなーって勝手に思ってるけど、嫌いじゃないよマジで。ラブじゃなくてライク十割だけど。
「私が誘ったら、ヨツバは……来てくれるかしら?」
「可哀想だからやめてやれ」
「これも忍の宿命……かしら?」
「宿命の範疇超えてるわそんなん。宿命とかでして欲しくもねえし」
「意外としっかりしてるっすねアジュさん」
お前らがしっかりしてないんだよ。貞操観念はしっかり持とう。アジュお兄さんとの約束だ。
「あーあもう真面目な雰囲気じゃねえな。一回休憩入れるか」
「そうですわね。ちょっと話しすぎて疲れましたわ」
「あ、アジュさん。忘れないうちに渡しておくっす」
やた子に渡されたのは金色で、持つ所に赤い宝石の嵌められた鍵が二本。
「ヒメノ様と作ったやた子ちゃんキーっす。使い捨てで一回限り。アジュさんの魔力を使って鏡の世界を作り出せるっす」
「えらいクソ便利なもん作ったな。もしかして九尾対策か?」
「正解ですわ。あとはリリア様と二人でお話になってくださいまし」
「うちらはここで待ってるっす。二階でどうするか決めるといいっすよ」
「……今回はリリアに譲るわ。しっかり決めてきなさい」
「そうだね。どっちにしてもわたしとイロハは味方だから」
促されてリリアと二階の自室へと戻ることにした。
「ああ、言い忘れてましたわ。なぜリリアキーがないのか。それも重要なファクターですわよ」
去り際にヒメノから言われたことは、俺も気になっていたことだ。こうなりゃとことん聞いておこうじゃないか。聞きたいことは山積みだ。
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