黒狐戦決着

 黒狐とかいう狐女が再生するまで待ってやる。ちぎれた腕も、学園の制服も修復されていく。よく見てなかったがロングスカートタイプか。

 学園の制服は数種類あり、ズボンもスカートも自由に選択できる。ネクタイは存在しない。長い布を工夫して首に巻くことが礼儀なんて、元の世界でもアホ丸出しのクソルールだと思っていたので別にいい。戦闘中に掴まれると首がしまるという致命的な欠点もあるしな。


「まーた余計なこと考えとるじゃろ」


「それくらいには頭が冷えたのさ」


「こんなことは想定外よ……葛ノ葉の一族……流石ね。こんな男をたらしこむなんて」


「くずのは?」


 どこかで聞いたような気がする。なのにまったく思い出せない。

 この感じ、前にもどこかであったような。


「なにも知らないのか……なにも知らずに、我らの計画を阻むのか」


「ならお前から知ればいい。言え。なぜリリアを狙った」


「九尾様。どうかお力を……」


 水晶球のしっぽが黒狐にずるずると入り込む。一本口から入っててキモい。


「抑えなくていいの? この人なんか怖いよ?」


「念のため全員下がれ。こいつは俺がやる」


 リリアを守るようにして全員を下がらせる。

 天使くらいならシルフィとイロハでなんとかしてくれるだろう。


「足りない……一本足りていない!? なぜだ!!」


「なんだよ急に叫びやがって。もう大道芸は終わりか?」


 黒狐から金髪になり、魔力のしっぽが自前の黒いしっぽと合わせて四本になっている。魔力も……いや妖気か。妖気も爆上がりしているが、それでも俺には及ばない。


「ちょいとばかり吸収が遅かったようじゃのう。一本はこっちじゃ」


 リリアの後ろに魔力のしっぽが一本、機嫌が良さそうにふりふりしている。


「葛ノ葉ああぁぁ!! どこまで我らを愚弄する!!」


 葛ノ葉ってのはリリアのことか。なんだろう……言葉に出来ない不安のようなものがじわじわ胸の奥に貯まる。


「これで四尾。もう遅れは取らない。天使よ、九尾様のお力に触れる栄誉をくれてやるぞ!」


 水晶からしっぽが一本天に舞い、ドス黒い天使達を作り出す。

 さっきよりも断然強い。一体でも鎧なしの俺じゃあ勝てない気がする。


「さあ二回戦といこうか! 葛ノ葉の下僕よ!!」


 水晶を胸の中に取り込んで、両手が自由になった黒狐が、俺に挑発的な笑みを向ける。しかもしっぽがまた増えている。まだ実力差がわからんようだな。


「だーれが下僕だアホが。これが最終戦だ」


 妖力の幻影が数百、音速を超えて飛来する。こんなもんさっさと全部潰しておく。本体に近づいて、リリアたちとは逆方向に殴り飛ばして危機回避もバッチリだ。


「こういう小細工がお前の力か?」


「まだまだ!!」


 面倒なので拳の衝撃波で頭を吹っ飛ばす。リリアから事情を聞けばいいとやっと気がついた。頭に血が上りすぎてるな。反省しないと。


「底が見えないね。恐ろしい力だ……だが致命傷ではない。人間とは構成からして違うのさ」


「そうかい。んじゃこれから全身じっくり潰してやるよ」


 黒狐の右手にしっぽが巻き付いて回転を始めた。更にもう一本が黒狐自信を倍以上の大きさに変える。おまけで紫の霧みたいなもんがどんどん垂れ流されてるじゃないか。


「お前を倒すのに手段は選ばない。どんな手を使っても、私は目的を果たす」


「いいぜ、お次はなんだい?」


 しっぽコークスクリューパンチを手のひらで受け止めると、ギュルギュル回転して籠手を削り取ろうとしてくる。悲しいかな、そんなもんじゃ傷なんてつかないんだよ。


「一点突破でもだめか。ならば弱点を見つけるだけさ」


 前後左右に分身した黒狐が、拳の速さ、威力を変えながら、時にはタイミングをずらして数万の攻撃を繰り出す。音速をぶっちぎった攻撃だ。ゲル以外のヴァルキリーよりも格上だな。


「努力は認める。普通の戦闘なら効果的な戦法だろう。けど無駄なんだ。俺はもうお前を殺すと決めている。屈辱的で地獄に落ちても後悔が消えないように殺すとな」


 全ての拳にまったく同じ威力の拳をぶつけて相殺する。

 ぱんっと軽い破裂音がして黒狐の動きが止まる。


「なんだ……? なにをした?」


 突然自分の拳がダメージゼロで戻ってきたんだ。そりゃ驚くだろう。


「最大の一撃を打って来い。もう一度見せてやる」


「舐めるなよ貴様!!」


 俺に拳が届くまでの一秒にも満たない、一瞬と言ってもあまりにも短すぎる時の中で、瞬時に威力を見切り、完全に同量の魔力を込めた拳をまっすぐぶつけて押し戻す。突きの方向から威力まで制御し、わざわざ相手の拳が無傷でいられるように打っている。


「ふっはははははは……こんな……ははっは……こんなことが……四尾だぞ……はは……ありえない……悪い冗談だよ……これでもこの男には足りないのか……」


 ちょっと壊れかけてるな。もう笑うしかないんだろう。


「だが……せめて貴様の仲間は仕留めてみせるさ。どうやら苦戦しているみたいだねえ」


 リリア達に目を向けると、明らかにホノリとももっちが押し負けている。リリアがしっぽを出したまま補助魔法で全員の能力を上げ続けているが、それでも格が違うのだろう。


「なんだよこいつら……こんなのどう倒せっていうんだよ!」


「まずいよほのちゃん! 忍術が効かない!!」


「二人はわしに任せて、シルフィとイロハで数を減らすのじゃ!」


「わかった! 近くの敵の時間を止めるよ!」


「影よ……天使を貫く刃となれ!」


 シルフィが天使の時間を止めて、影が生み出す巨大な刃が天使を斬り裂く。

 それは最早剣というより大型船の底のようなでかさで、斬っているのか殴っているのか表現に困る。


「影の効きがイマイチね」


「あたしの剣も効きが悪いんだよねぇ……」


「テュールの腕じゃ! それなら神話存在に効果絶大じゃ!」


「そう、テュールっていうのね。やってやろうじゃない。このげんこつは痛いわよ」


 イロハの背中から出た、でっかい右腕からの一撃で何体もの天使が粉々になっている。腕から出る衝撃波にも神秘的な力があるな。ありゃ強い。


「ちょっと……疲れてきたかな。時間止めるのしんどいかも……」


「影で止めるのも限界があるわ」


 影の軍勢が天使を抑えてはいる。しかし仲間を守りながら戦うということは、そいつの側を離れすぎてはいけないということで、行動が制限されてしまう。

 リリアも力が奪われたままだし、ちょいまずいな。


「お前に構っているヒマはなくなった」


「あの子達が心配かい? お優しいことで。なら助けにいけばいい。私はその間に帰るとしようじゃないか」


「お前を殺すのにそう時間はかからんよ」


「その時間が命取りさ。これは最後の悪あがきだ!!」


 黒狐の身体が完全に金色のしっぽに包まれる。


「なんだ? 防御でも固めようってのか?」


 しっぽがどんどん膨らんでいる。妖気も上がりっぱなし。二十メートルはある天井の半分くらいまで、一気に膨らむ様は風船に機械で空気入れているみたいで不気味だ。さっさと殺すか。


「さあ、これが私の悪あがきさ!!」


 しっぽが開くと巨大な黒い狐の化物が俺を見下ろしていた。深い黒一色の毛並み。背後には黒いしっぽが一本。金色のしっぽが三本。化け狐か。


「それが本性か」


「そうさ。そしてこの攻撃……避ければお前以外の人間はこの部屋ごと消し飛ぶ。さあどうする!!」


 巨体に似合わないジャンプ力で飛び上がり、バカみたいにでかい口をあんぐり開け、毛並みより黒い妖気を吐き出す黒狐。こいつは面倒だ。まだクエスト終わってないってのに建築スペースごと更地にされちまう。


『シャイニングブラスター!』


 鍵を一回ひねって威力を上げてから押し込む。


『ハイパー! ファイナル! ゴウ! トゥ! ヘエエェェル!!』


「消し飛ぶのはお前だけだ!」


「そんな……九尾様……お許しを……あああぁぁぁぁ!?」


 妖気の塊ごと灰も残さず消してやった。少しばかりすっきりしたぜ。


「消し飛ばすのはお前だけと言ったが、天井も一緒に消しちまったな」


 こつんと何かが落ちる音。しっぽの生えた水晶球が落ちてきたのか。えっらい頑丈だなおい。


「アジュ、こっち手伝って!」


「ああ、今行く……」


「超級やた子連斬!!」


 聞き慣れた声と大量の黒い線によって天使が切り刻まれる。

 その技名はどうよ?


「アジュ様、ご無事ですか!!」


 俺の隣にヒメノが降りてくる。天井の穴から出てきたように見えたな。


「ヒメノか。一応全員生きてるぜ」


「よかった……わたくしのアジュ様になにかあったらと思うと、もう心臓が張り裂けそうでしたわ。ちょっと触っていただけませんこと?」


「お前は相変わらずアホだな」


「こーらー! アジュといちゃいちゃしようとするなー!」


「アジュは渡さないわよ。貴女のものじゃないわ」


 俺の左右にひしっとくっついているシルイロコンビ。

 ヒメノが絡むと行動が早いな。


「いやー危ないところだったっすねリリアさん」


「うむ、助かったのじゃ。絶妙のタイミングで登場したのう」


「知り合い……なのか?」


「変わった人達だねー」


 あっちはあっちでなんとかなったようだな。


「さって、まず水晶をなんとかいたしましょうか」


「できるのか?」


「とりあえずこの場を離れましょう。さ、皆様こちらですわ」


 水晶を暖かく神聖な光で包んで手に取るヒメノ。おかしい。ヒメノみたいなイロモノから、尋常じゃない神聖で神秘的で汚れのない清らかさ全力の力が出ている。しかも黒狐とか比較にならないレベルの絶大なものだ。


「お前……ただの色ボケじゃなかったんだな」


「あらあら、アジュ様の好感度が上がっているのを感じますわ!」


 そんなことを言うと掴まれている俺の腕にどんどん力が加わるし、密着度も上がっちゃうんで勘弁して欲しい。とりあえず講習は中止だな。全員ヒメノ達の案内で退出することにした。

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