朝風呂にヒメノとやた子
よく眠れたのかすっきりした気分で、いつもより早く下の階へ行く。
まだ誰も起きていないようだ。
「ついでに風呂でも入るか」
ここで二度寝してしまうと絶対に昼まで起きない。
予定のある日に二度寝するなとリリアに言われている。
まあそれでも眠かったら寝ちまうかもしれないけど。
寝ないようにさっさと風呂に行くとそこには。
「あら、アジュ様。奇遇ですわね」
「うわーおアジュさんのエッチっすー」
ヒメノとやた子が入浴中だった。
「うっわ、めんどくっせえ…………」
「第一声がそれっすか!?」
「はいはい俺が悪いよ。きゃーとか言って俺が悪い感じになって責められるんだろこれ」
別に女の裸が見たくて風呂入ってるわけじゃない。
部隊員以外の人間とかどうでもいいし。
「せっかくですしお背中お流しいたしますわ」
「いいっすね。日頃の感謝を込めるっすよ」
「感謝される覚えはない。普通に俺を受け入れるなよ」
こいつらに何かしてもらったっけ。
護衛とか言ってたような気がするけど……ひょっとして裏で色々動いてるのかね。
「ヒメノ様はラズリの件でいっぱい動いていたっす。ここはご褒美をあげるべきっす」
「ご褒美なのに俺が背中流してもらうのはおかしくね?」
「つまりわたくしが流されるというわけですわね。どうせ流されるならベッドの上で情欲に流されていただきたいものですわ」
「そういうこと言うからご褒美が遠のくんすよヒメノ様」
「なぜにそんな色ボケてるのさ」
ヒメノはなんというか他の連中よりグイグイ来る。
下ネタっていうよりは、マジで言い寄ってきている気がするんだよ。
部隊員のような冗談が半分以上をしめる雰囲気がない。
「自分に素直であるべし。人の一生とは短く儚いものですわ。なればこそ、関わるのであれば迅速にですわ」
「よくわからんけど段階すっとばせるほど俺の攻略は甘くないぞ」
「自分で言っちゃうアジュさんもどうかと思うっす」
言っとかないと終わらなさそうだしな。さっさと本題に入ろう。
「で、何しに来た? 風呂はいるなら自宅でいいだろ」
「アジュ様の追っている事件について……もしくはヴァルキリーについて、ですわ」
「その辺は背中を流しながら話すっすよー」
洗い場の椅子に座らされて、されるがままに背中を流される。
ヴァルキリーか、聞いておかなければならないことだ。
「まずヴァルキリーといっても良い子もちゃーんといますわ。悪さをしているから目立つのです」
「世界の平和を守っている子もいるっすよー。それぞれ目的と選ばれる経緯が違うからバラバラに見えるんす」
「選ばれるって……なんか基準があるってことか」
「ヴァルキリーには様々なタイプがいますわ。別に血のつながった姉妹ではありませんの」
おおまかにまとめると。
・神々の命を受け、英霊を探すために万能超人として任務のために生み出されるタイプ。
・英雄が死後、功績を認められてスカウトされるタイプ。
・ヴァルキリーを倒すことで名と姿を受け継ぐ権利を得てしまうタイプ。
のように様々なタイプが有るらしい。
「俺もヴァルキリーになってた可能性があると?」
「あくまで権利ですし、ゲルとラズリは一応目的があって作り出されたタイプだったはずですわ」
「アジュさんは鎧の力で権利をふっ飛ばしちゃうから無理っすね。そんなわけで良い子もいるから、邪魔してくる子以外はあんまりいじめないでほしいっす」
「安心しろ。俺から女に関わることなど無い」
「しかし怪しい者は女性ですわね? 相手が寄ってきたらどうにもなりませんわ。はい、お背中流し終わりましたわ」
そのへんはシルフィ達にも言われている。
イロハの嗅覚をあざむける自信がないので気をつけよう。
「それじゃ、ゆったり入浴タイムっす。入浴剤を入れてみたっすよ」
浴槽がピンク色だ。果物っぽい香りがする。何の匂いかしらないが心が落ち着く系の香りだ。なかなか気を遣ってくれるじゃないか。ほんのちょっと好感度上がるわ。
みんなで並んで肩までつかる。ゆったりのんびりした時間だ。
「さて、今回の騒動ですが……まあぶっちゃけヴァルキリーとかそのへんでいいんじゃありませんこと?」
「すっげえ適当になったなおい」
「ただ複数いる可能性があるので気をつけるっす。怪しい奴はどんな人だったっすか?」
「声からして多分女で……貧乏人にはわからないわ! とか言ってた。あとバラの花撒き散らしてた」
「個性的ですわね。でも特定できませんわ」
「そいつが何の目的でそんなことしてるかわっかんねえんだよなあ……もしかしたらいいやつの可能性があるのか?」
これで平和を守るために仕方なく、とかだとめんどいぞ。
その問題解決しないと生活に支障が出るかもしれない。
「倒すだけじゃなくて事情を聞く必要があるっすね」
「捕獲するのか……手段考えておくかな」
「魔法に詳しい人か関連施設を重点的に見まわることをおすすめいたしますわ」
「詳しい人ね……わかった。その線でいってみる」
「あまりにも面倒ならこちらで探しておきますわ。学園でやりたいことを優先してくださいまし」
「やるって言っちまったし部隊員の生活かかってるからダメだ。別に毎日ずっと探索してるわけじゃないし。今日も空き時間で講習に行く予定でな」
「青春を謳歌していますのね。いいことですわ」
「なにかあったら呼んで欲しいっす。ズババーっと助けに行くっすよ。助けてやた子ちゃん! の一言で素早く駆けつけるっす」
やた子も強いし、ヒメノはやた子の上司なんだから更に強いかもしれない。
なら助けてもらってもいいか。やばくなったら連絡しよう。
「そんときゃ素直に頼るさ。あてにしてるぜ」
「お任せくださいまし! 頼られましたわ! わたくし、アジュ様に頼られましたわ!」
「おおーすごい進歩っすよ! ヒメノ様の時代が来てるっす!」
「風呂で騒ぐなよ……」
「騒ぎたくもなりますわ! ヴァルキリーでも天使でも悪魔でもバシッと解決してみせますわよ!」
「解決するのはアジュさんじゃないとまずいんすけどねえ……」
まあ俺じゃないと報酬どうなるかわからんからな。気にせずまったりしていると入り口の扉が開く。
「誰か入っているの? 掃除するから早めに出て…………」
やってきたのはイロハだった。そういや掃除当番の日だった気がするな。
昨日ダラダラしていたから掃除は朝やることにしたんだろう。
「あらイロハ様。聞いてくださいまし! ついに私の時代が……」
「…………なにをしているのかしら?」
風呂全体を薄く黒が侵食していく。目をこらさなければ見えない程度の薄さでどんどん影が広がっている。
「なぜそんなドス黒いオーラを放っていらっしゃるの? さてはわたくしのブームを妬んでおりますのね?」
「ちょっと黙ってろヒメノ。平常心だイロハ。力が制御できずに溢れ出てるぞ」
「ヒメノ様は空気呼んで欲しいっす。深呼吸っすよイロハさん」
「ねえアジュ。どうして朝からヒメノとお風呂に入っているの?」
ここからでは表情が見えない。けど多分怒っている。なんとか説得しないと。
「助けてやた子ちゃん!」
こそこそ逃げようとしているやた子を捕まえて、さっき言われた台詞を叫ぶ。
「無理っす!! これは無理っす!! やた子ちゃんにはできることと出来ないことがあるっす!!」
「大丈夫よ。やた子も逃さないわ。他人の家で家主とお風呂に入る悪い子はどうしてくれようかしら」
ピンク色のお湯に黒い影が混ざっていく。やばい。これはもうどうなるかわからんけど怖い。わからんのが一番怖い。こういう演出ホラー映画で見た気がする。
「俺を助けるんだやた子!」
「ちゃんと説明すればわかってもらえるっすよ! アジュさんの仲間なんっすから!!」
「そう……理由があるなら聞くわ。安心して。影はヒメノとやた子の動きを止めるためよ。貴方が女の子をお風呂に誘うわけがないもの」
よし、大丈夫だ。説明すればいける。
微妙に俺の動きも制限されているけど、気にしたら負けだ。
「ヴァルキリーと今回の騒動について説明されてたんだ」
「その通りですわ! お背中をお流したり、一緒にまったりしているのはあくまでも副産物ですわ! 本題はわたくしの時代、ヒメノブームが巻き起こることに……」
「ちょっと黙ってような」
「ヒメノ様は鼻までしっかりお湯に浸かって五百まで数えててくださいっす」
「ヴァルキリーについて……まあわかるわ。ラズリの時に裏で動いていたみたいだし」
「だろ? そういうことだよ」
俺達はイロハ以外全裸だ。この状況で真面目に話してもマヌケだけどなんとか真顔になる。説得がうまくいきそうだし正念場だ。
「その説明は、なぜお風呂でする必要があるのかしら?」
「助けてやた子ちゃん!」
「だから無理っす!? ええっとだからそのええええ……たまたま鉢合わせしたのでついでに説明していこうかと」
「ウソよね?」
「すんませんっす……アジュさんがお風呂に入るのを見て先回りしようって……」
やた子が負けそうだ。がんばれやた子。心の中で応援しているぞ。
「二人とも、今後この家のお風呂出禁ね」
「出禁はつらいですわ! せめて週三回を希望しますわ!」
「多いわ!!」
週三回も他人の家の風呂にはいろうとするなよ。
「いいからさっさと出なさい。説明は終わったのでしょう? 今なら二人とも見逃すわ」
「失礼するっす!! 行くっすよヒメノ様!!」
今まで見た最速でヒメノを担いで去っていくやた子。さて、俺も出るか。
「どこへ行こうというのかしら?」
いつのまにか背後にいるイロハ。肩をガシっと掴まれ、お湯の中に押し込まれてしまった。
「見逃すといったのは二人だけよ」
「俺はダメなんですね」
自然と敬語になるけどなぜだろうな。
イロハが後ろから俺に抱きついてくる。前とは逆パターンだ。
「正式に付き合っているわけでもない私達にアジュを責める理由が希薄なのは理解しているわ。なにか原因があって、解消されるまで答えを先延ばしにしている……リリア風に言えば攻略中だけれど」
どんどん抱きつく力が強くなる。後ろのイロハは見えないけれど、こいつ服着てないな。いつ脱いだんだ。
「それでも嫉妬くらいはするわよ? 私を不安な気持ちにさせたのだから、もう少しこのままでいなさい」
「……悪かったよ」
もう少しこの状態でいよう。普通に風呂はいってたし。最近感覚麻痺してきてるな俺も。
「残念ですがお食事の準備が整いました。急がないとお客様に全部食べられてしまいますよ」
「うおおぉぉ!?」
「わふっ!? えっミナさん?」
いつものメイド服で俺達のそばに立っているミナさん。みんないきなり現れるな。もっとゆっくり歩いてきてくれてもいいのよ。
「ん? お客様?」
「ヒメノ様とやた子様です」
「あいつら飯食ってく気かよ!?」
「負けじとリリア様とシルフィ様がおかわりを……」
「張り合うなよ!?」
「はあ……台無しね。行きましょう。満足したわ」
急ごう、急がないとあいつら全部食うぞ。勢いをつけて風呂からあがると軽くめまいが……いかんのぼせたみたいだ。しっかり立つことが出来ずに倒れそうになる。
「ふむ、これは……アジュ様の朝ごはんは私、ということでしょうか?」
ミナさんの胸によりかかる形で倒れることは回避したけど。動けない。
「すみません。のぼせたみたいで……」
「貴方はどうしてそう……仕方ないわね。冷たいものでも取ってくるわ」
「では横になれる場所までお運びします」
そんなわけで介護された俺の飯はなくなっていたわけだ。
新しく作ってもらうまで一人で空腹に耐えねばならなかった。
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