俺はゆっくり寝たいだけなんだ

 午後のまったりとしたひととき……それは今の俺には手に入りそうで入らないもの。


「むうー。アジュはいっつも疲れて帰ってくるね」


 疲れ果てて帰ってきてみれば誰もいない。

 家で待ち合わせにしたし、仮眠とろうと思って寝間着に着替えて歯を磨いてベッドに入っていたところで包囲された。もう全員私服か寝間着だ。


「戦闘があったのはわかったわ。それで午後から調査という名のおでかけが中止なのはなぜかしら?」


「俺に体力がないからさ!」


 最近の俺イチオシの必殺技『開き直ってテンションでごまかす』を使うっきゃない。日常で絶対にしないであろう爽やかさを意識した笑顔で、親指をビシっと立てる。俺の考えたできる限りの好青年のイメージだ。


「その通りね。それで? 体力はもっとほっぺたをひっぱったらつくかしら?」


「痛い痛いって! ちょっともうゴメンて!」


 俺の両頬がびよーんと伸びている。イロハさん力強いな。地味に痛いぞ。


「リリアだけおでかけはズルイ!」


「そうね、ちょっとくらい私達にも時間が欲しいわ」


 言うより早く俺の膝に寝転ぶイロハ。その素早さは流石忍者だな。


「私が寝ているのに忍者ってすごいなーとか考えたわね?」


「いいや全然」


「リリアーそのへんどうなの?」


「忍者すげーとしか思っとらんなこやつ」


「やっぱりだー!」


 リリア相手じゃ分が悪い。こいつはなんでここまで俺の思考を読んでいるんだろう。


「次はリリアのことを考えているわね」


「流れ的に仕方なくね?」


 俺の膝で丸まっているイロハがしっぽでぺしぺし叩いてくる。ちょっと怒っているな。


「俺が悪かったですよーだ」


 ちょい抵抗あるけど頭を撫でる。やはり恥ずかしいのでちょっと雑になるのは仕方が無いよな。いつもの綺麗な青い髪だ。手入れとかどうしてるんだろうな。


「くしゃくしゃにしないの。もっと愛を込めるのよ」


「いきなり不可能なレベルを要求しやがって……」


「イロハばっかり撫でられるのずるい……わたしもなんかしてよー。そういえばリリアは?」


「リリアなら俺の横で寝てるぞ」


 掛け布団めくれば、そこには寝間着で俺にくっついて寝転がるリリア。


「またいいとこ取りしてるなー。抜け目ないというか……わたしがのんびりしてるだけ?」


「かもな。でもそののんびり感がシルフィのいいところさ」


「それじゃ、もっとよくしていくよ。ダメなところとかある?」


「シルフィのダメなところねえ……ほぼ完璧超人だからなあ。いいところしか思いつかんし。そのままでいてくれれば俺としちゃ嬉しいさ」


 他人の欠点というのはよく見える。嫌な部分もだ。

 いいところを見る権利があるのはイケメン様だけさ。

 基本的に女のいいところなんて知らない。それでもシルフィは完璧に近い。


「ふふ~ん褒められたよ! 撫でられないけど褒められたよ!! 褒められて伸びる子です!」


 どういう張り合い方だよ。そこまで嬉しそうにされると申し訳ないわ。


「何故私には優しい言葉がないのかしら?」


「今の優しいか? 結局答えになってない気がするぞ」


「自覚させてはダメということ? 難しいわね……それとなく評価させるしかないかしら?」


「リリア先生! アジュ攻略のアドバイスを!」


「リリア先生はもう満足なので寝るのじゃ。ほーれ」


 俺の体を後ろへ倒してくる。必然的に俺とりリアは並んで寝る体勢だ。ちゃんと布団を肩までかけてくる。まだまだ夜は寒いし風邪ひくからな。


「リリアが横なら私が上よね」


「上というポジションはないです」


 乗っかってくるイロハをなんとかどかす。

 軽いとはいえ人間が上に乗って眠れる奴って凄いと思うよ。


「じゃ、夕飯までみんなで寝よっか」


「シルフィ、貴女いつの間に……」


 ちゃっかり俺の隣で寝ているシルフィ。全く気が付かなかった。


「ふっふっふーい。リリアを見習ってみたよ! いつまでも遅れを取るシルフィちゃんではないのさ!」


 隣で寝てるのはリリアが先だから、まだ遅れを取っていたりするけど言わないでおこう。しかも隠れた部分で俺の手を握ってきていることも言わないでおこう。絶対にもめるからだ。


「私の寝る場所がない……ですって……」


「大人しくシルフィの隣にいってくれ。疲れが取れないと明日も動けないし」


「今日のところは見逃してあげるわ」


「なんだその小悪党みたいなセリフは」


「おぬしはちゃっちゃと寝ておけば良い。実は本当に疲れておることを見抜けんわしらではないぞ?」


 見抜かれていたか。ここはお言葉に甘えよう。


「わたし達を甘く見てると凄いことになるよ!」


 それが性的な意味でないことを祈る。切実に。ゆっくり目を閉じて気持ちを落ち着かせる。ここで襲ってきたりはしないと確信しているからな。

 何やら小声で話し始めているが、それくらいならいいさ。睡眠の妨げになるほどじゃない。


「ほれほれ寝るのじゃ。ひつじが一匹、ヤギが二匹、プルコナシレプリアスブブラが五匹」


「その五匹いるやつなんだよ!?」


「それではこれより、寝ているアジュを起こさないようにやってみたいこと会議を始めるのじゃ」


「おおー、頑張って考えるよー」


「たまには下ネタ抜きで本気をだすわよ」


 嫌な予感がする……できる限り聞かないようにしよう。


「この濡れタオルを顔にかけるとかどうじゃ」


「死ぬわ!!」


「ダメだよ寝てないと。アジュはゆっくり休んでね」


「そうね、よく眠れるように濡れタオルはお湯で作りましょう」


「結局死ぬだろうが!!」


「はいはい、こっちは気にせず休むのじゃ。心を落ち着けて安らかに眠るのじゃ」


 起き上がった俺を寝かせて布団をかけてくるリリア。微妙にニュアンス違う気がするぞー。


「濡れタオルNGがでたので別のものを乗せるのじゃ」


 乗せることを前提にすんな。つっこみたいけどタイミング逃したしいいや。こうなったら完全に無視して寝てやる。この状況で爆睡することこそ本当の勝利だ。


「タオルは柔らかいからダメなのよ。鉄板とか乗せてはどうかしら?」


 どうかしらじゃねえよ。まず乗らねえだろ顔に。


「顔に乗せるのは難しいよ? それに濡れた鉄板は滑るし」


 なんで濡らしたがるんだよ。濡らすなよ。濡らすなっていうか乗せるなよ鉄板を。


「逆に海の幸とか新鮮な魚介類やとれたて生魚をじゃな」


 一緒だろうが。顔の上でピッチピチはねられて寝てられるかボケ。何が逆なんだよ右斜め上に爆進してるだろうが。


「顔じゃなくて体に乗せるというのが本当の逆転の発想よ」


 違うわ。逆じゃねえよ真っ直ぐ後追いして更に加速してるんだよ。


「体に乗せるなんて生クリームか刺し身くらいじゃろ」


「お前ら寝かせる気ないだろ!」


「はい寝てなきゃダメだよー。大きな声を出すと疲れちゃうからね」


「そうじゃそうじゃ。わしらをほっといて寝るがよい」


「アジュが安心して眠れるようにみんなで子守唄を歌っちゃおう!」


「やめろ。絶対に寝かせる気ないな」


 もしかしておでかけ中止が不満だったんだろうか。別にどこに行くかも決めてないし予約とかしてなかったからまあ、ダラダラこうしているのもいいかなーって。自宅最高だろ。基本的にインドア派だと何度もこいつらに言ってるんだけどな。


「それでは聞き惚れるのじゃ。ミッドナイトエンジェル、堕天使たちの淫れた性」


「絶対子供に聴かせる歌じゃねえだろ!?」


「安心して、そんな歌はないわ。ちゃんと絶唱子守唄、血まみれ地獄編を歌いあげるから」


「タイトルが不吉だ!?」


「ありもしないタイトルでアジュを困らせるのはよくないって。音楽全般の訓練を勝手に積まされたわたしがちゃーんと寝かしつけてあげようじゃない」


 俺の頭を撫でながらゆっくりとシルフィが歌い始める。綺麗な声だな……シルフィのピュアさがにじみ出るような、相手を思いやる優しさに包まれているようなリラックス空間のできあがりだ。妙に多才なんだよなシルフィも。


「ありがとう……ふあぁ……悪いマジで寝るわ……」 


「うむ、たわむれはここまでじゃ」


「おやすみー。明日はちゃんとわたし達の相手もしてね」


「約束よ。いいわね?」


 確かに今回は俺のせいだしな。三人とも大切で……誰一人として欠けて欲しくない。俺なんかといて少しでも楽しいと思ってくれているなら……笑っていてくれるならまあ、頑張ろう。

 こいつらの笑顔は普通の女が男、特に俺に向ける値踏みと嘲笑の混ざったクソ以下の笑顔ではない。もっと見たくなるいい笑顔だから。


「ん、わかった……どっかいこう。おやすみ」


 少しでいい。ほんの少しでも頑張ったらこいつらはきっとそれを理解してくれる。そういうことの積み重ねが増えていけば……ちょっとは素直にお礼くらい言えるだろう。

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