第176話 早朝にやた子はしんどい

 魔界から帰った次の日。朝から起こされた俺は、クエストを見に来ていた。

 三日だけ体質改善してみようという話が出たのさ。

 それを三日坊主と言うんだが、初日からもう挫けそうだよ。


「しんど……」


 クエストボードを眺めていると、なんとなく眠気が消えるような気がしてきたぞ。

 眠いけど。まあなんとかなるだろ。


「おお、アジュさんじゃないっすか」


 この金髪赤目に黒い羽。そしてこの口調は。


「おう、よりによってやた子じゃないか」


「よりによって!? なぜに辛辣っすか!?」


「すまん。ちょっと朝がしんどい」


「ああ、ダークなオーラが出てるっすね」


 出てんのかい。引っ込めよう。どうやるのか知らんけど。


「ここ数日見かけなかったっすね。なにやってたっす?」


「クエで魔界に行ってた」


「珍しいことやってるっすねえ」


 実際には魔界の危機を救って領地を広げて、余った分をもらったけどな。

 ぶっ飛んだ話はしないに限るぜ。


「じゃあクエは終わったんすね?」


「一応な。だから次を調べに来た。眠いのに」


 まだ人が少ない。誰もいない休憩スペースがあるので座ろう。

 普通に隣りに座ってきたやた子は……まあいいや。


「じゃあうちが困っていたら助けてくれるっす?」


「超ヒマで楽そうで気分が乗って眠くなかったらな」


「条件が厳しいっすねえ」


「最近ろくな目にあっていなくってな」


 なんせずっと戦いの日々である。しかも神とか悪意の塊の化物とか。


「なんか平和なクエがしたい。Fランクってもっと地味で誰でもできる作業じゃないのか?」


「そのへん学園はきっちり調べてるっすよ。Fランクにできないことや、高ランクがしゃしゃり出る事件はないはずっす」


 学園は依頼にFからEランクまでとか、Cランクより上は禁止とか明確に決めてある。

 基本的に緊急事態でもない限り、ランクが二つ離れたら一緒に行動はほぼしない。

 FはF限定かFからEまで、たまにFからDまでのもあるけれど少ないな。


「その割にいっつもヴァルキリーとか天使とか神とか出るぞ」


「それを倒せちゃうのもどうなんっすかね。アジュさんは実力を知っている人からのご指名が多いからじゃないっすか? 謎の女ダークネス・ファントムからとか」


「ああ……それでかちくしょう……」


 そうだ、普通に受けたクエは簡単なものだった。単純作業だな。

 先生は学園長経由。マコとヒメノ達やサクラさんは、俺が強いと知っている。


「マジで強いのを知っているのは、ダーさんとヒメノ一派くらいだよ。あとはCランクくらいだと思ってんのが数人だな」


 知り合いはなんとかFランクに調整してくれる。

 流石に教師や神より上とは思っていないからだ。

 しかし学園長からの依頼は完全にランクオーバーである。

 極秘ミッションだしな。


「実際は特命依頼ってロマンだなーとか思ってないっすか?」


「実はちょっとだけ思っている」


「だからっすね」


「ちくしょう俺はバカだ。そういやお前らって依頼とか受けてんのか? 金持ちだよな?」


 神殿区画は上流階級の住む場所だ。そこにいて上級神なんだか金もあるだろう。


「受けてるっすよー。単位の問題もあるっすから。やた子ちゃんと一緒にお仕事します?」


「…………いや、俺Fランクだし」


 面倒な依頼になるだろう。こういうときにランクが低いというのは、言い訳に使えてお得である。


「うちの依頼は女の子が多めっすね」


「絶対行かねえわ。死んでもいや。ヒメノも依頼とか受けるんだな?」


「ヒメノ様は学園の裏事情にも詳しいっすから、特別な任務とか。あと監督役してるっす。あの人Bランクですし」


「高い……いや、本性がわかっているなら低いな」


「Aは目立ちすぎるっす。アジュさんと逢瀬の時間が減るらしいっす」


「そんな時間は訪れないぞ」


 あのテンションの高さと自由さについていけない。俺は静かな時間が好きです。


「うちも意外っすけど、後輩の女の子とかに指導して欲しいとお願いされたりするっすよ」


「あいつに躾とかできるのか」


「躾って……ペットじゃないんすから」


「甘い。力を見せつけなきゃ、言うことなんて聞かないぞ」


「まさか、リリアさん達にそういうことを……」


「するわけないだろ。あいつらをそこらの女と同列に扱うな」


 リリア達は奇跡の産物であり、俺の横にいても不快にならない。

 最早女などという低俗な存在ではないのである。


「ブレない拗らせ方っすね」


「別にブレてもいいさ。その時の気分でいくらでも意見なんか変わる」


「ダブルどころじゃないスタンダードっすねえ」


「その通り。全ては俺の気分次第だ」


「じゃあ気分でお仕事を」


「手伝わない。俺にできることならお前らでもできる。そしてFランクが混ざる仕事なんて少ない」


 ここをきっちりしておこう。しておくと無茶振りが減る……といいなあ。


「これでも忙しいんだよ。魔法科も行ってるし、勇者科ももうすぐ試験だぞ」


「そういえばそうっすね。んじゃ楽しく修行っす」


「修行?」


「アジュさん召喚獣持ってるっすね? 連携はできて損はないっす。戦闘は大抵の場合召喚獣も使えるっすよ。登録しておけば」


 しょうがないのでリリア達に確認取ろう。召喚機の通信機能オン。

 この時間は全員家にいるはずだ。


『なんじゃ、いい依頼でも見つかったかの?』


 リリアの声がする。立体映像とか出せるけど、ここでやると目立つのでやめておこう。


「やた子が俺の修行手伝うって言い出したんだけど」


『うむ、よいではないか。わしも行くのじゃ』


『アジュが行くならわたしも行きたいけど、騎士科の日だよ……やた子ちゃんといちゃいちゃしちゃだめだからね?』


「しないっつうの」


 シルフィが通信に入ってきた。四人全員に繋いで会話も可能だ。

 改めて技術力高いな。ノアが凄いのか、フルムーンの技術が凄いのか。

 おそらくどっちも優れているのだろう。


『私も今日は忍者科に行かないと……ヨツバを監視に……あの子も忍者科ね……』


「ヨツバに負担かけるのやめい」


『アジュも魔法科行かなくていいの?』


「残念。初心者コースは明日なのさ」


 今日は中級者向けの講座の日。座学だし、基本が全部終わっていないので、勉強家の人以外は行かない。そういう講座である。


『リリア、ちゃんとアジュを見張っててね』


『任せるのじゃ』


「見張る必要がどこに……」


『絶対女の子と仲良くなるし!』


 その発言は俺のどこを見てそう感じたのかね。普段の俺はどう見えているのさ。


『突然見知らぬ女の子に告白されたりするかもしれないわ』


「なんだそれ気持ち悪……そいつ腐ってんのは脳みそか眼球かどっちだよ」


「そこまで言うっすか?」


「精神異常者であることは確定だ。暖かくなるとそういうアホも湧くのか……うざいな」


「アジュさんはネガティブっすねえ」


「そういう人生だったからな」


 女が四人、俺と話している。この状況よく考えたらおかしいからな。


『どこで訓練するの?』


「お手軽ダンジョンか、うちが修行相手になるか、ヒメノ様にでもお願いして」


『ヒメノはだめ』


『ヒメノはやめましょう』


 やはり警戒されているな。一番俺を奪っていく可能性が高いと思っているのだろう。


「召喚獣を使える場所で頼む」


『ではわしがすぐそっちに行く。適当にお茶でも飲んで待っておれ」


「ほいほい。あ、そうだやた子。思い出したぞ」


「なんすか?」


「スクルドっていうヴァルキリー出た」


「なぜそれを早く言わないっすか!?」


 しょうがないさ。ヴァルキリー出すぎなんだよ。管理機関とか出ちゃったし。

 このうえ神様がどうとか処理が追いつかないのよ。


「なんか二人いて両方殺したけど、まだいるっぽい」


「ああ……やっぱり厄介っすね」


『わしが到着する頃には、魔界で起きたことを説明しておくのじゃぞ」


「へいへい、やってみますよ」


 さてどこから話すかね。楽しい訓練とやらの前には終わらせておくか。

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