誕生日が決まりました

 正体不明の女と謎のぼんやりした空間へ移動した。


「この世界で行動できるものは、しれこ様以外では初めてです。せっかく得たこの力、試してあげましょう」


 ぼんやりした空間が流体のようにうねり、全身灰色のライオンが現れる。


「時空獣とでも名付けましょう。さあ行きなさい」


「ライオンの丸焼きじゃ」


 リリアの爆炎魔法がライオンを包むが、なんか効いていない。というかすり抜けたなこれ。


「ん?」


「時空間をずらしています。本体の存在する位相が違うのですよ」


 俺とリリアのビームでライオンを貫く。なるほど、今の感覚か。平行世界や異なる法則の場所に本体がいる場合の攻撃手段は貴重っぽい。普段の俺では無理だが、鎧さえ着てしまえば可能か。


「ならば数で攻めてみましょうか」


 灰色に濁った猛獣たちが次々と召喚される。こりゃちょうどいいな。


「わかっておるな?」


「当然」


 今後のために、こういった特殊な敵に慣れておきたい。適当におだてて色々と出させよう。


「行きなさい」


 全員光速の八千倍くらいは出ているな。近くのやつから殴りつける。鋼のような硬さと感触である。殴ると破裂するが、魂が存在しないのか体が飛び散るだけだ。

 魔力を流したり力任せに蹴っ飛ばして検証を続ける。


「生成が雑じゃな」


 リリアはリリアで実験しているようだ。各種属性魔法から物理攻撃まで、ぶつけては有効無効の判別をしている。研究とか実験とか少しテンション上がるよね。

 敵は唸り声を上げたりせず、そもそも声を出す機能をつけていないのだろう。

 痛みの感覚もないだろうから、そのへんは妥協しつつ殺し方を覚えよう。


「三日月さんなら十分に殺せるレベルだな」


「並の超人では厳しいかもしれんがのう」


 世界最強レベルの人類に比べればザコ。つまり人類には驚異だが、うーむわからん。とりあえずギルメンなら秒殺できる。シャルロット先生でも大丈夫。あの人って勇者科教師だから上澄みか。上澄み以外の知り合いが少なすぎて判断できんぞ。


「超人の上位といったところでしょうか。やはりここで死んでください。ちゃんと産んであげますからね」


 敵のチャージが終わったらしい。あと産んであげるの意味がわからなくて怖い。


「今のあなたは強い。ですが、過去のあなたならどうです? ここは時の流れから外れた場所。その支配者である私なら、この一撃は生まれたばかりのあなたに当たる死の結果。さあ消えなさい!!」


 謎の女が放った光の短剣は、ふっと消えて俺の目の前で破裂する。

 鎧で成分を解析。どうやら相手の一番弱い時期に時間を合わせて、死の因果を貼り付ける逆行かつ回避不能の一撃らしい。


「まあ無駄なわけだが」


 鎧の絶対防御の前では無意味だ。弾き飛ばして終わり。オートガードすら突破できていない。


「………………えぇ?」


「お前が困惑したら全員わからんだろうが」


 首かしげてんじゃねえぞ、お前だけは理解しろ謎の女。でなきゃこの空間収集つかないだろ。


「おぬしの過去がどうなっているか思い出すのじゃ」


「あー……便利ね鎧。素晴らしいね異世界」


「つまりどういうことなのです?」


「この状態の俺しかいないから無駄なんだよ」


 俺はオルインに転移した時点が始まりになっている。前の世界には産まれなかったことになっているから、産まれた瞬間とはこの世界に鎧付きで転移してきた日なのである。

 よって鎧なしの俺を殺して歴史を改変することはできない。そもそも歴史が存在しないのだ。強制的に現在の俺に焦点が合うのだろう。


「ちなみにわしはそうなるように設定しておる。同じく無意味じゃ」


「あなたは生まれた日から強かったと?」


「生まれた日っていうか……そういや誕生日決めていないな」


「は?」


「いい加減決めるべきじゃぞ。もうすぐ二年生じゃ。来年は祝うべきじゃろ」


「確かに。ちょっとタイムで……時間無いんだっけここ」


 自分の誕生日なんざどうでもよかったが、ギルメンからすれば祝う日が決まらないと面倒なのかも。なるほど、祝うやつがいると手間も増えるのね。知らんかった。


「リリアが四月で、シルフィが十一月。イロハが十二月だよな」


「うむ、春と秋と冬じゃな」


「バランスよくいくなら夏だろ?」


「あの、何を……?」


「わしらが出会ったのも夏じゃな」


「やはり夏だな。夏休み前くらいだよな?」


 初対面は確かガキの頃の夏で、そこから少しして夏休みに突入しているから間違いないはず。こうして振り返ってみると、リリアと出会って人生が少しだけ上向きになっていたのだろう。ありがたいことだ。


「となると七月か八月だが……」


「ちょっとロマン感じる方向で七夕どうじゃ? 織姫と彦星みたいな出会いと別れと夏休みを混ぜていい感じじゃろ」


「あー……悪くないな。再会したいという短冊の願いが叶う的な?」


「うむ、よいよい。おぬしにしては上出来じゃな」


 こういうときにロマンを入れてしまうのはなぜだろうね。けれどなんか納得もできるというか、普通の日にしたくない気がするのだ。それだけリリアと過ごした思い出が特別なのだろう。人生わからんものだな。


「よっしゃ七夕でいこう!」


「では決定じゃ!」


「というわけで七月七日になりました」


「意味がわかりません」


「七夕の伝説にあやかりました」


「まず七夕がわかりません。敵地で何を決めているのですか」


 それでも待ってくれるあたり、いい人なんかな。いや敵なんだけどね。


「よし、余計な時間を過ごした。急いで倒すぞ」


「最悪じゃないですか。誕生日を二度と迎えることのないように、ここで消して差し上げます」


 女の姿が消え、背後から膨大な魔力と気配が飛んでくる。

 振り向いて瞬間的に見えた刃を掴んでみると、ぼやけた灰色の剣のようなものだった。死の概念が奔流となり周囲に渦巻き、余波だけでも星なんて簡単に消えるだろう。やっぱ強いなこいつ。


「命を飲み込み、私から生まれるために殺す。この波動に飲まれたものは、私の子供になるのです」


「クソ怖いわボケ」


 刃を握り潰し、蹴りを入れてみるが、女から湧き出す波動と槍で防御された。


「その程度ですか?」


 頑丈だな。少なくとも超人の上位くらいか。それよりも厄介なのが、波動に殺意がないのだ。純粋な慈しみの心みたいなのが九割を締めていて、それがもうめっちゃ怖い。狙って精神攻撃しているなら凄いわ。


「なぜ自我を保てるのです? 私が新しく生み出すと言っているのです。同化を求めるはずでは?」


「やっぱなんか滲み出しているな?」


「さっさと倒すべきじゃな」


 光の槍が無数に集い、女へと突き刺さっていく。だが血は出ない。むしろ吸収されている?


「お返しします」


 リリアの体内から光の槍が飛び出してくる。魔法を転移させた? 結果だけ入れ替えたのか? どのみち発動のきっかけは存在しなくとも、回避していることは理解できた。


「焦るな分身じゃ」


「だろうな」


 分身を作って逃げていたようだ。変わり身の術みたいなものかな。


「あり得ない。確実に本人を捉えたはず」


「おぬしの攻撃は見切った。ほれ返すぞ」


 今度は女の体から槍が飛び出してくる。


「がっ!? 防御ができない……?」


 細かく痙攣しながら抜け出そうともがいているようだが、やはり血が出ない。どういう生き物だこいつ。


「物質を体内に転移するようじゃが、そんなものくらい弾けるようにしておかぬか」


「仕方がありませんね。さようなら、次は一緒に生まれましょう」


 女の体が爆散し、それ自体がとてつもないエネルギーとなってこの世界を埋めていく。たいした威力だが、上級神の攻撃には程遠いな。


「ああ、まだ勝てないのか。だから私が産まれたんだね。しょうがないなあ」


 まったく別の女に変わっている。本当にどういうシステムだお前。


「単純な質量で上回ればいいのだろう。どう殺しても食べれば一緒だよ」


 空間そのものが俺たちを取り囲んで圧縮しようと迫る。


「はっ!!」


 魔力の開放で突き破るが、そこはまだぼんやりとした世界だ。どうやら世界に世界を重ねて攻撃に使用しているらしい。


「世界のミルフィーユみたいにしておるわけじゃな」


「世界そのもので押し潰すこともできないか……いやだなあ。あんまり母さんを動かしたくないのに……」


 光速の何億倍か知らんが、まっすぐ突っ込んできて切りかかってくる。

 左腕で防御しつつ右ストレートでカウンターを狙う。


「食べてあげよう。咀嚼する瞬間に、新しい命を感じることができるんだ」


 思わず手が止まる。


「言動がキモい!!」


 バックステップしようとしたら、床から灰色の手が無数に足をつかんできた。

 同時に世界全域で時を止めたり遅くしたり、無駄な小細工をしているらしい。


「世界の法則が、君に止まれと言っている。一緒に生まれよう」


「お断りだボケ!!」


 法則を無視して的確に斬撃をさばいて攻撃を当てていく。下級神なら死んでいるレベルなんだが、命がついたり消えたりするだけだ。こいつ本当に意味わからん。


「首に傷跡を、心臓に剣を」


 敵の手から武器が消える。だが結局は鎧の力で消すか床に転がるわけで。


「本当に通じないね」


「わかったなら消えるのじゃ」


 リリアの回し蹴りでぶっ飛んでいく。首の骨ばっきばきに折れているように見えたが、戻ってきた女はさっきまでの女で無事だった。


「また私の番なのですね。命は無限ではないのに」


 次元獣と剣が世界を埋めながら迫る。


「それは無駄だと言っただろ!」


「学習せんやつじゃのう」


 もう因果操作が俺たちに当たることはない。適当に分身ばら撒いて超光速で動きながら女本体を何度も叩き潰していく。


「うあぁっ!? こんな、止めることもできないとは……どうして? この力はしれこ様の全能権限のはず……人の身で打ち払うことなど……」


 なんとなくだが察した。こいつ力の使い方と能力をちゃんと把握していない。


「貰った力の検証はしろって」


「こやつ、実体と命と魂の区別がついておらぬな。じゃから照準が定まらぬのじゃ」


「なぜ……私に全権を委任してくださったのではないのですか……しれこ様」


「残念だったな。貰った力と理解力の差だ」


『ソード』


 この剣なら復活機能のプロセスがわからなくても殺しきれる。二度と復活しないよう、完全に魂を抹消する。


「完全に消えろ。もう謎を解く気もない」


 輪廻の輪を外して復活できないように消滅させればいい。女の胸に深々と剣を突き立てた。


「ば……かな……私の子供が……いない……」


 剣から情報が流れてくる。体内で創造から消滅までの輪廻が全部完結している。こいつやばい。人体にこんなもん仕込めるはずがない。こいつも人間じゃない別の存在だ。消して正解だな。


「人間はここまで強くなったのね」


 今までとは違う声がした。声を出した女が驚いているようだ。


「このメッセージを聞いているということは、A2型を倒したということなの。脆弱な人の力も悪くないの」


 女の目の焦点が合っていない。だらりと両手を垂らし、微動だにせず喋っている。


「何者じゃ」


「私はしれこ。プレコお姉さまの理想に殉じるもの」


「プレコ……? 確か敵側の……」


「全アカシックレコードのプロトタイプ、はじまりのアカシックレコードじゃな」


 聞いたことある気がする。というかいまだに敵の正体や黒幕が不明なんだな。ちゃんと調査とかしろよ神様。人間が迷惑しているだろ。


「A2型は試作品。そして倒せるということは、一定レベルに達した人類がいるということ。願わくば、それが教師じゃないことを祈るの」


 声に一切の抑揚がないから、驚いているのかわからん。謎の女はずっと無表情だし、この空間やだもう。


「なぜこの土地を狙う? 目的は何だ?」


「優秀な存在にはチャンスとご褒美が必要なの。介入を中止。成長を観察するフェーズへと変更。自主性に任せる。猶予を伸ばしてあげるの。メッセージは以上なの」


「録音が自動で流れておるだけじゃな」


 そして謎の女は崩れ去り、灰色の世界は消滅した。

 周囲の景色が合宿所へと戻っていき、俺とリリアだけが残される。


「どうする?」


「とりあえずヒメノに報告じゃな」


「あれ? なんスかその鎧? めっちゃ光ってるスね」


 家からガンマが出てきた。そういやこの姿を見せたことはないな。とりあえず解除しておこう。


「着替え終わったんで、一足早く来ましたけど……なんかあったんスか?」


「ガンマ、俺達と別れてどのくらいの時間が経った?」


「は? どのくらいって……さっきリリアさんに計画書貰って、それぞれ着替えたりしてるとこスよね?」


 あの世界は時間が流れていないというのは本当らしい。日の傾きからしても間違いない。それができるくらい厄介な敵だったわけか。


「ちょっと自主練しておいてくれ」


 これどう収集つけるんだ? というかつけるの俺なの?

 頼むから普通に合宿させてくれ。

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