新しい術と怪しい敵
リリアが提案した合宿により、みんなで作ったカレーを食っていた。ちなみにライス。ナンはなし。白米は飯盒で炊くやつ。
「ふーん、結構美味しいわねこれ。辛いけど」
「だねだね! おいしいよ!」
「ドマイナーな料理知ってるスね。学園でも数軒しか店がないのに」
「俺とリリアの知識は偏っているんだよ」
「わしは全部知っておる。おぬしが偏り過ぎなんじゃ」
結構好評である。うまいことに異論はないが、どうしてカレーなんだ。
「こういうときは王道を外してはならぬ。定番は確立されておるから、大きな失敗を呼び込みにくい」
「リスク管理は大切」
「そういうことじゃな。食べたらお勉強じゃ。各自対策はまとめておいたから、それを読んでおくように」
「何から何まですみませんリリアさん。次から私も手伝えることがあったら言ってくださいね」
「そこまで気にせんでもよい」
全員の課題を見つけて書類にまとめたらしい。こいつ万能だな。ちなみにお勉強とは新魔法のことである。あれを魔法と呼ぶのは違う気がするけどな。
「なんか食後もバトルの予定が入ってるんスけど」
「そらそうじゃろ。数日で強化するんじゃから」
「がんばれ」
「完全に他人事ねアジュくん」
「俺は魔法の特訓だけでいいからな」
魔法を知るのはとても楽しい。特に不満もないし、今のままなら満足である。
カレーを食べきったので食器を洗って、さらに魔法の授業だ。他の連中とは別で裏庭に出た。
「ではようやく二人きりじゃな」
「しくじったぜ」
「別に手を出したりはせんのじゃ。もう紙に生命力を流せるじゃろ?」
「ほれ」
渡された呪符に魔力を流して固定する。もう雷で焦げたりしない。
「やはり妙なセンスがあるのう」
「力の流れを意識して、神経質にならずに自然体で流す。要は緊張しすぎないことだな。今のところそれでいける」
「うむ、では分身の依代にするのじゃ」
「あいよ……雷身! 急急如律令!!」
さっき作った紙に魔力を流して投げる。雷光の中心にある人形の紙が、分身をより鮮明に作り出す。
「ほう、こりゃ本物っぽいな」
明らかに精度が違う。より俺に近い形で創造ができるし、精神的な負担も軽減されている。
「しかし弱点もある。内部の紙を傷つけられれば不完全な分身に戻るのじゃ」
「そこは妥協するさ。俺に完璧な力は使いこなせないだろ」
「修練次第じゃ。では少し実践するぞ」
リリアが同じ紙を出す。人形に切られたそれは、庭に投げられて分身へと変わった。意図を理解して俺も続く。
「適当に格闘戦でもさせるのじゃ」
「了解」
お互いの分身が繰り出す右ストレートがぶつかる。
魔力量と練度で俺の分身が押されているな。まあ当然だ。
「最初から諦めとるな?」
「別に練習だし、勝とうが負けようがなあ……」
「うーむ……昔から勝ち負けに執着がないやつじゃな」
ぶっちゃけ負けてもいい。こいつらが怪我するとか、進級できないならまあこだわるが、そうじゃなきゃどうでもいい。俺の娯楽は勝ち負けに左右されない。
「もっと応用きかせるやり方ないか?」
「分身は人体ではないのじゃ。ライジングギアの状態と同じじゃよ」
「なるほど」
意識を分身の腕に向け、雷を放出させながら伸ばしてみる。
「そうそう、そんな感じじゃ。分身は脆いことも考慮するのじゃよ」
伸びた腕を弾かれたら取れた。放電させるだけでは修復できていない。
「なるほど、課題は多いな」
「慣れじゃよ慣れ」
分身リリアのラッシュを避け続ける。的確な動かし方を探りながらの戦闘だが、リリアならそういう意図を汲んで動いてくれる。
「こういうのは工夫じゃよ」
「んじゃ自爆特攻させるぜ」
分身を抱きつかせ、用意してあった同型の呪符を引き裂くと同時に魔力を流す。
「雷転!!」
リンクさせてある紙と分身が上半身と下半身で分断され、そのダメージは張り付いていたリリアの分身までも切り裂いていく。両方消滅させることに成功した。
「ほー、考えたもんじゃな。雷だけでなく魔力や物理で敵を裂くわけか」
「こっちはまだうまく使えん。完全に魔法と系統が違うからな。十回やって一回成功すりゃいいくらいだ」
「感覚を掴んで覚えればよいのじゃよ」
「呪いを移すっていうか……なんだろ? 言葉にできんな」
「おぬし説明下手くそじゃからな」
「だな」
三体同時に分身を出しながら話し続ける。どの程度集中を乱してもいいかのテストだ。敵がいないうちに問題点は洗い出そうね。
「それ自分にも貼っときゃよいじゃろ。ダメージを肩代わりさせるのじゃ」
「できるのか?」
できればかなり不安が取り除かれる。雷化は便利だが、絶対の防御じゃない。
「超人の攻撃は無理じゃぞ」
「そりゃそうだ」
無理だってさ。このへんに俺がギルドで一番弱いままの理由がある気がする。ギルドだけじゃなくて戦闘系の科のやつらと比べても弱いからね。学園は化け物がいっぱいだなあ。
「よいよい、この世界には陰陽術という概念がないのじゃ。初見で仕組みに気付ける者はおらんじゃろ」
「お前とヒメノくらいか?」
「ヒメノ組とご先祖様は気づくじゃろうなあ……しかしそれくらいじゃ。どれだけ見ても概念を理解はできぬ。根本的な性質が違いすぎるのじゃ。魔法に染まったものほど理解も使用もできんよ」
そりゃありがたい。尖った分野の連中には勝てないから、不意打ちで使える未知の技術は生命線になる。俺は弱いんだから、そういう手段は増やし続けるべきだろう。
んなことを考えながら操作していたら、分身が止まる。分身だけじゃない。足元の土煙まで完全に静止していた。
「シルフィか?」
「違う。もっと悪意というか、邪悪な力で時間が止まっておる」
俺とリリアは止まった時間の中でも活動できるわけだが、嫌な気配だ。やがて流れがもとに戻る。五秒から八秒くらいだな。周囲を警戒してみるが、敵の気配がない。
「あら、こんなところにも学生さんが……少々お時間よろしいですか?」
女の声だ。灰色の髪と、どこか薄紫の肌をした、二十代くらいの……魔族か?
こちらを見つけて寄って来るが、こいつどこから出た。
「どちらさまですか?」
「少々山菜採りに熱中しすぎてしまいまして、今からでは日が暮れていまいます。どうか一晩休ませてくださいませんか?」
「そこで止まってください。突然現れたあなたを信用しきれません。失礼は承知です。そこでお話をしてください」
あまりにもタイミングが重なりすぎている。ここは用心するべきだ。本当に無害な人の可能性もあるから、攻撃もせず丁寧に対応していこう。
「一晩宿を貸していただけたらと、お礼は致します」
「表の道にそって歩けば、一時間で街道につくのじゃ。まだまだ日は落ちないじゃろ。そちらをおすすめしますのじゃ」
「損はさせません。皆様の人生を生まれ変わらせる特別な方法も存じております」
「すみませんねお姉さん。ここは俺たちが借りている合宿施設でして、そういうのは別の人にお願いします」
「今の人生に不満はありませんか? ほんの少しのお話で変えられますよ?」
死ぬほど怪しいんだよ。シンプルにクソ怪しい人って久しぶりだあ。
「伝わらないな……別の場所でやってください。ここより町中とかどうです? そっちなら人も多いですし、聞いてくれる人もいるかもしれませんよ?」
「私から生まれてみませんか?」
「えぇ……?」
やっべえ危ない人だ。もう不審を通り越して気持ち悪い。
「残念です。では勇者科の方々がご在宅かだけでも知りたいのですが」
俺たちが勇者科だと知らないけれど、狙っているのが勇者科?
なんだこいつ。マジで目的が読めない。
「俺たちは勇者科に雇われた別の科なもんで、そういうの詳しくないんですよ」
「お腹の子が呼んでいます。もっと一緒に生まれたい。もっと欲しいって」
そう言って腹を撫でる女。特別膨らんでもいないし、妊娠しているわけじゃなさそうなんだが、さっきから嫌な予感しかしない。俺の勘がここまで明確に危険信号を送ることはめったにないぞ。
「すみません、俺も仕事なんで、どこの誰かがわからない人を家に上げるわけにはいかないんです。失礼を承知で、お名前と所属を教えてください。でなければお引取りください」
「そうですか、勇者科の前の前菜が欲しかったところです。いただきますね」
女の手から青い瘴気が飛び出してリリアを貫こうとする。
「無駄じゃ」
当然だがリリアにそんなもんは通用しない。消し飛ばすのを横目で見ながら鍵を使った。
『ヒーロー!』
女の顔に右ストレートを叩き込んで地面に激突させる。
「うがっ!?」
「立てよ。腹からきったねえガキ引きずり出して野良犬に食わせてやる」
死に繋がる攻撃を仕掛けられた時点でこいつは敵だ。目的を吐かせる。吐かなければ殺す。どのみちリリアに手を出した時点で生かしてはおけない。
「ああ痛い……ひどいです」
「初対面の相手に攻撃してそのセリフか? 他に言うこと無いんかい」
「いただきます」
地面から膨大な瘴気が吹き出してくる。そんなもんで鎧に傷はつかない。逃げられないように足ごと踏み潰して瘴気を散らす。
「うああぁ!?」
「無駄だ。おとなしく目的を話せ」
「ただ元気な子を……人類を新しく産みたいだけです」
狂っているのか? こいつも生き物じゃない。何か別の存在だ。
「危険じゃな。長引くようなら消すべきじゃ」
「ああ、なんと嘆かわしい。どうして愛の素晴らしさを理解してくださらないの?」
「狂人から事情聴取はできんか。消えろ」
雷光波で消しておく。不気味だったが、会話が成立しないんじゃしょうがない。
「ああ、死んじゃったんだね母さん。なら今度は私が産まないとね」
立ち去ろうとした背後から声がする。さっきの女と同じ声だ。だが顔が違う。逆に言えば顔以外は同じ。
「何だ……こいつ?」
「負けるとは思わなかったよ。けどいいさ、だからこそいい。学園の子供はおいしそうだ。きっと産めば強い子になる」
「目的を話せ」
「みんなを愛される家族にする」
やっぱり会話できないじゃないか。妙なおぞましさと嫌悪感があるやつだ。
「君も産んであげるよ」
光速を超えて拳が突き出された。その数千の質量を軽く弾き返すと、さらにスピードを上げて青く黒い瘴気が吹き上がる。
「もっと本気を見せていいんだよ」
「無駄にスペック高いなお前!」
光速の五百倍は出ている。俺の拳でダメージを与えているはずだが、損傷無視で打ち返してくる。こいつどういうことだよ。
「母なる海へ帰れ」
瘴気でできた洪水が周囲を飲み込んでいく。いかん家が飲み込まれる。
『ガード』
なんとか家を結界で包んだ。本当にめんどくさいな。
「さっさと散るがよい」
敵の背中から光の槍が突き出ている。そして爆散。リリアナイスアシスト。
「黒い瘴気が消えぬ」
「死んじゃいないってことか?」
「あぁ……また産まれてしまった。いい子だったのに、弱いせいで減ってしまうなんて、なんて哀れな子」
さっきの女に変わっている。なんなの。ひたすら不気味だよ。
「そうですか、若くして超人の域に至っているのですね。ならば本気で食しましょう。産まれてくる子のために」
世界が海へと飲まれていく。これは強制転移……じゃない。別の世界で世界が塗り潰されていった。俺たちを飛ばすことが不可能と判断して、世界側を改変している。
「リリア、俺から離れるな」
「心配するでない。おぬしも気をつけるのじゃ」
「しれこ様……どうか全能の力を今一度お貸しくださいませ」
そして三人だけの世界の時が止まり、時間軸から外れた場所へと変わっていった。
「これは……ちと厄介じゃな」
そこは黒く濁っていた。空も地面もぼんやりとしていて輪郭がつかめないが、動いていないことは確かで、止まっているというより時間の概念が無い気がした。妙な感覚だ。シルフィの操作とは根本が違う気がする。
「リリア、動けるな?」
「無論じゃ」
俺はどんな状況だろうと鎧が自動で無効化するし適応できる。
リリアを見れば、九尾の尻尾が三本出ていた。それほどやばいってことか。
「なぜ動けるのです? 動くという時間は存在しないはず。この世界における権能のすべては私にあるというのに」
「解説よろしく」
「時を止めるのではなく、根本の時間が存在しない。よって動こうとするという時間が来ないんじゃよ。そういう場所じゃ。生物は思考も許されぬ。対策を練る時間がないんじゃ」
「なるほど、それでもあいつを倒す程度はできるってことか」
「不可能です。人という生き物は時間の中から抜け出せない。思考も動作もどれだけ光速を越えようとも、刹那であろうと絶対に時間が必要です」
言っているうちに女の魔力が神話生物レベルにまで達している。
これはまずいぞ。こんなもんが俺たち以外に遭遇したら死ぬ。ここで確実に殺すしか無い。
「諦めろ。もうお前は死ぬしか無い。時間をかけてもいいし、一瞬で殺してもいい」
「しれこ様のお力を受けた私は無敵です。これこのように、あなたも殺してみせましょう」
女の手に黒い水が集まっていく。それは魔力ともまた違う、独特な雰囲気だった。あれは単純な物理攻撃じゃない。俺じゃなきゃ超人でも無理だな。
「あれは運命そのものじゃ。なるほど、なんとなく敵の正体が読めてきたのじゃ」
「これで終わりです。あなたに「敗北し瀕死になった」という結果だけを貼り付けます。生生流転も認めない、因果逆行の一撃です」
そんなもんで鎧をどうこうできる気がしないが、こいつを野放しにはできない。ここで必ず殲滅しよう。
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