合宿続行と式神分身

 合宿所に来たやた子に状況を説明しなければいけないのだが。


「さて、話を聞くっすよ」


 椅子に座ってバスローブにサングラスでワイングラスゆらゆらさせているこいつは殴ってもいいのだろうか。


「不審者は排除しないとな」


「ちょっと雰囲気出したかっただけっす!」


「血反吐も出させてやる」


「ちゃんと話は聞くから大丈夫っす!」


 俺とリリアしかいないからって調子こきまくりじゃないか。

 神との面倒な話になるので、他のメンバーは全員外で自主練してもらっている。


「さてさてアカシックレコード案件らしいっすね」


「うむ、しれこと名乗っておった」


「しれこちゃんはお姉さま大好きっ子だったデス」


 やた子の胸辺りから、あれこの首だけが出ている。きもい。


「なぜ普通にできんのだお前ら」


「普通に飽きるくらい生きてるからじゃないっすかね?」


「ちょっと深い話っぽくするのやめろ」


「ええい横道にそれるでないわ。しれことはどういうやつじゃ」


「お姉ちゃんだいすきーみたいな子デス。あれこはあんまり仲良かったわけじゃないデス。産まれたのが早いほど、お姉ちゃん子になる可能性が高かったデスねえ」


 プレコは突然いなくなったらしいので、交流が少ないほど思い入れもないわけだ。

 あれこが選ばれたのは、前任者よりもプレコに執着していないからかな?


「絶大なカリスマと、明らかなオーバースペックの子だったと聞いてるっす。現在分担作業のアカシックレコードっすが、プレコたった一人で全部できるように設計されたとかで」


「強くて優しくて誰よりも優秀なお姉さんってかんじデスね」


「ほへー、なんでそんな娘が敵になったっすかねえ」


「やた子も知らんのか」


「会ったこと無いっす。本来あれこも含めて、最上級神の一部しか会えない秘匿された存在なんすよ。アカシックレコードに意思があって、自由に動けるとか、まあ揉め事起きるっすからね」


 そらそうだ。ぼんやりと世界の記録っぽい都市伝説としてあるもんだし、まさかこんな問題児連中とは思うまい。知りたくなかった気がするなあ。けど知らずに巻き込まれるのもしんどい。つまりどっちにしろしんどい。


「一回全部整理するっす。しれこはくれこと同じ、いなくなったアカシックレコードで、何か悪巧みをしている。裏にはプレコがいることがほぼ確定。ここまではいいっす。問題は何をしているかっすね」


「A2型というのはどんなだったデス?」


「気色悪い謎の女じゃったのう。結局どういう存在なんじゃ?」


「あれは体内に宇宙があった。だから死んでも転生できたんだ」


 鎧のおかげで分析は済んでいる。だがあれは異常だ。オルインでも完成させるのは難しいのではないか。


「うちらじゃなきゃ頭おかしい人だと思われる発言っすね」


「だろうな。詳しく説明すると、あいつの体内には宇宙があって、そこで輪廻転生が完結するんだ。だから死んだら体内にある天国だか冥界だかに行って、体内で転生するんだよ。そうやって生まれ変わっている」


「うーわー……無理っすね」


「そんなもの、人間に耐えられるはずがありませんわ」


 人間にそんなものを作るスペースも耐久力もない。だから人間じゃないか、無理矢理アカシックレコードの力で移植したんだろう。理屈は知らん。俺の考えることじゃない。管轄外だ。


「量産型を作られる前に、完全に破壊する必要があるっすね」


「敵のアジトがわからんが、見つけたら神が決着付けてくれ。こっちは試験中なんだよ。余計なことまでやっている時間はない」


「身内が失礼しましたデス。しれこちゃんはこっちで調べておくデス。痕跡とか行動範囲なんかも演算可能な範囲で捜索します」


「試験は過酷になっていくっすから、まずはそっちに集中してくださいっす。今回みたいな異常事態は、公表できないから試験を中止にはできないっす」


「まあアカシックレコードと神々が人類に攻撃しますとか言えないわな」


 まず大混乱だろう。そういうのを秘密裏に処理するのがやた子や鎧の役割なわけで、まあチートパワーもらった手前、暇なら協力もやぶさかではない。


「試験を優先するが、やた子には世話になっている。本気で困ったら言え」


「おっ、優しいっすね!」


「やた子はいつも頑張っておるからのう」


「まあなんとかうちらだけで解決してみるっす」


 やた子もかなり強いはずだし、ボロ負けすることはないだろう。逃げ足は早そうだしな。死にかけていたら助けてやろう。


「それじゃあ勇者科の強化合宿がんばってくださいっす!」


「勇者システム適合率、みんなゆーっくり上がってるデス。今年の一年は優秀なのデス。応援してるデスよ」


「わかった。覚醒のきっかけとかわかるか?」


「そこまでは微妙デス。あのエルフの子とちっこい子は不安定デス。もしかしたら上振れ育成ができるかもデスけど、主人公補正は気まぐれデスよー」


 フランとイズミか。あいつらは戦闘続きだったからな。元々の素質があるやつが順当に覚醒し始めているわけだ。戦力増加は嬉しいので、素直に伸びてくれ。


「可能性があるだけたいしたもんだろ。こっちはこっちでなんとかするから、ヒメノによろしくな」


「任せてくださいっす!」


「デス!」


 二人は去っていった。これで少しでも解決に向かってくれることを祈ろう。


「お話は終わりましたか?」


「ああ、次はお前らの修行だ」


 ここからまた夜までリリアと戦うわけか。みんな大変だねえ。俺はゆっくり式神札の調整でもするか。いい感じの岩に座って修行を眺める。


「リリアせんせー、修行サボろうとしてる人がいまーす」


「そやつは人生サボっとるから修行だけではないのじゃ」


「余計だめじゃないスかね?」


「これはこれで修行なんだよ。この術見た目よりずっとデリケートだからな。十代の乙女より繊細な俺が繊細さで負けそうだよ」


「おぬし何なら勝てるんじゃ」


 むしろちょっと使えているのすごくね? 今日はじめての陰陽術よ?

 急急如律令とか聞いたことあるなーレベルからの分身よ?


「使えるの分身だけだけどさ、割りとすごくね?」


「それは普通にすごいのじゃ。えらいえらい。おぬし魔法のセンスと鍛錬だけはちゃんとしとるのう」


「そらなあ……楽しいことやっていたら成績にプラスされるんだぜ。いい場所だよ学園ってやつは」


「では鍛錬に励むのじゃ。さて皆の衆、少々事情が変わった。厳しくいくのじゃ」


 謎の女が勇者科を狙う、もしくは能力測定が目的なら、必ずどこかで出てくる。その時に足手まといな人質にでもなられたらうざい。殺せば批判されるし、成績に響きそう。だから知り合いなんて弱点は増やしたくないんだよ。


「がんばれー」


「すげえ……1ミリも気持ちこもってないスよあれ」


「アジュのことが気になって集中を切らせたら減点じゃぞ」


「そういう試練? そういう試練なの?」


 そして訓練という名のバトルが始まる。あいつらの重力を倍にして、それぞれの得意分野でちょっとだけリリアが上回る。あとは戦闘あるのみ。


「うおおおぉぉぉ!? 無理! これ無理ス!!」


「なんっで攻撃が届かないのよ!?」


「リリアさん強すぎませんか?」


 リリアはその場から動いていない。全員同時攻撃だろうと同時に返す。ひたすら続けて限界が来たやつに回復魔法をかけて続行させる。なんでそんなスパルタな……いや成長に必要なのかな。俺は絶対やりたくない。


「マジで頑張れ」


「ちょっと気持ちこもったわね」


「想定を遥かに超えて過酷。的確に弱点をついてくる」


「打ち返すのも飽きたのう、少し小細工するから死ぬでないぞ」


「少しの小細工で死ぬ危険が!?」


 空間丸ごと温度を下げたり、突然木が生えてきたり、重力を五倍から一気にゼロにしたりとやりたい放題である。


「なんか空間が歪んでますけど!?」


「重力五倍という概念を固めてゴーレムにしたのじゃ」


 透明で歪んだゴーレムに触れた魔法が、勢いよく地面に落ちる。ほほう、あれ面白いな。概念固めるとか可能なのか。


「もしかしてこれ……やっぱりスか!」


 ガンマが上から投げたナイフも落ちる。つまり斬りかかると武器が重さでやばい。


「これどう勝つの?」


「それを考えるのも試練じゃ」


 ただ体を動かすだけじゃなく、常に何か試行錯誤させる方針らしい。


「あっくんはこういう訓練してるの?」


「いや全然。絶対無理」


 秒で死ぬわボケ。会話できる程度にスタミナ残っているお前ら凄いわ。学園の生徒ってやっぱ天才とか特殊な才能持ち多いのね。


「筋トレとか魔法の訓練に付き合ってもらうことはあるが、俺はギルメン最弱だ。ちなみにシルフィとイロハならリリアとバトルできる」


「つまり私たちは戦闘の形にすらなっちゃいないわけか……」


「ふざけた切り札ジョークジョーカーは伊達ではないのじゃよ。単独で勝確にもっていける禁止カードでなければならぬ」


 言いながらも決して油断はしていない。普通に攻撃を捌き切っている。少し離れて観察することで、改めて強さを実感できた。


「ふーむ、死ぬ寸前でなければ覚醒せんか。追い込むしかないのう」


「今やばい発言出ましたけど」


「ルナたちギリギリまで追い込まれるよこれ」


「もう限界ギリギリッスけど」


「環境を変えるか。アジュの式神とバトルじゃ。イズミとガンマとフラン、あっちで戦ってきなさい」


 なぜこっちに話を振るかね。俺は勇者科でも弱いんだぞ。怪我とか超怖いだろ。


「やめろ俺がこいつらに勝てるわけないだろうが」


「じゃから本体への攻撃は禁止じゃ。分身の戦闘を経験するべきじゃぞ」


「そういうマジの理由はずるいぞ」


 こいつらも俺と戦う方が楽じゃん! みたいな顔している。そして頼むから少し楽な試練にさせてくださいと目が語っている。

 まあ俺としても陰陽術は試せる機会が欲しいし、これはこれでありだな。


「常世に蔓延れ、我が意を得よ、雷分身……急急如律令!!」


 よしよし、精度が上がっている。これ一体だけならイメージ強めたら服装変えるくらいはできそうだ。できることが増えるのはマジで楽しいな。


「完全に知らない魔法ね。雷でその変な形の紙は燃えないの?」


「これは雷っていうか生命力というか、まあおまじないっていうか、俺もよくわからん。あとで聞いておく」


「よくわからん力をなぜ制御できるんスか」


「本当にわからん」


 とりあえず分身三体をちゃんと動かせるように頑張ろう。


「ぼちぼち始めるか」


 分身をそこそこのスピードで接近させて殴りかかる。適当にキックとか混ぜて接近戦の形にしてみよう。


「当たらんものだな」


 もちろん全員避けてカウンターを仕掛けてくるわけだ。こっちはまだ精密操作ができないから、バックステップとかで三体同時に動かすしかない。


「やっぱ切っても効果薄いスね」


 分身の腕が切られた。不意打ちで口からビームとか出してみるが、それも避けられる。なんか見るからに動きがいいなこいつら。


「リリアの攻撃で目が慣れた。迎撃可能」


「特訓の成果出しやがって」


 軽いジャブの連打とかしてみるが、持ち前の動体視力と運動神経で避けやがる。

 なら戦法を変えるぞ。正直同時進行はきつい。三体をガンマにだけ向かわせて囲んで殴る。


「おおっと、避けるしかないのが厄介スねえ」


「ガードすりゃ電撃が流れるぜい、ひっひっひ」


「本当にそういう戦法好きね」


「当然だ。できる限り安全圏から自分の手を汚さず、最小限の体力しか使わず、敵にのみ大打撃を与える。これが戦闘というものだ。汗水垂らして必死こく必要なんかないんだよ」


 被害なんて出ないに越したことはないのだ。こっちの損害ゼロで敵が壊滅するほど美しいものはないぞ。芸術性すらある。


「まあ間違ってはおらぬな。戦において人も物も消耗しないならそれがよい」


「あれスね。アジュさんは戦場だと一定の理解者がいるけど、学生じゃ批難されるタイプかもしれませんね」


「俺が生き残ればどうでもいい」


 会話しながらガンマレベルと戦うなら、二体を操作するので限界だ。こりゃ少し強いやつ相手にするのはまだ無理だな。


「混ぜるか」


 分身をくっつけてでかくする。頭と腹に紙を移動させて直列させてみた。


「それほど強くならんな。ちょっと魔法撃ってみてくれるか?」


 腕を伸ばしたり、体から棘をはやしたりしてみるが、アサシンとして訓練を受けている者には効果が薄いみたいだ。


「こうかしら?」


 火炎の弾が飛んでくるので、分身のパンチで迎え撃つ。

 ぶつかって片腕が消えるけど相殺は可能だな。少し魔力を送って復元させた。


「これはフランの魔法が強いのか?」


「フランは強い。魔法に関してかなり優秀」


「うっし、じゃあ最後に魔法でこいつ消してみてくれ」


「そのくらい簡単よ。フレアストーム!」


 火球と炎を含んだ風が分身を包む。なるほど、復元の猶予がないほど波状攻撃されると詰むね。


「よしデータ取れた。倒していいぞ」


「了解」


 イズミの針が式札を突き刺すと、そこから崩れて消えた。なるほどこうなるのね。分身の継続を札に委任しているから、核を貫かれるとやられる。まあ安定した出力になるならありだな。


「はー……まだこっちのほうが楽ね」


「リリアさんの特訓はきついスからね。主に精神が」


「限界を少し超えると突破できる絶妙のさじ加減。それを全員同時に見極めてくる」


「それが最効率なんだろきっと。あいつはそういうことができる」


「うむ、間違いなくレベルアップしておる」


 ちなみにリリアが相手していた組は、座り込んで動かない。きっと疲れているのだ。そっとしておいてあげよう。


「では女子は大浴場に集合じゃ。男子は晩御飯の準備。手を洗ってからじゃぞ」


「了解ッス」


「わかった。あまり長いようなら先に食っているぞ」


「……覗かないでよ?」


「興味ない」


「女子の裸は男に見せるためのものじゃないスね」


 俺もガンマも興味なし。運動して頭も使うと腹が減る。

 さっさと晩飯作るとしましょうかね。

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