シルフィの過去
「ごちそうさまー。イロハのお料理は美味しいねー」
「良いお嫁さんになるのじゃ」
「だろうなあ」
「そうかしら、ありがとう」
クエスト報告を終えて、晩飯のイロハ特製焼き魚定食を食べ終えた。
味付けが俺好みだ。イロハが嫁に来る家はいいなあ。
家事とか完璧にしてくれるイメージよ。
やめよう、考えても俺のところに来るわけじゃない。
「それじゃあシルフィ。そろそろ話しましょうか」
「ん、そうだね……長くなるかもよ」
「いいさ。知っときたいしな。聞く準備はできてるぜ」
「そうじゃな。お茶とお菓子も準備してあるのじゃ」
テーブルにクッキーやらケーキやらがある。女というのは甘いもん好きだな。
「それじゃあなぜ死神と呼ばれるようになったのか。かしら」
「そうだね、そこから全部始まってるかな」
「わしらは静かに聞くのみじゃ」
「ゆっくりでいいぜ」
急かしてもつらいだろう。話したくないことを無理やり話させると負担になる。
少しでも和らげつついこう。
「二ヶ月位前かな。色んな学科が混合で先生監督でダンジョンに行く……まあ中等部卒業記念みたいなものがあってね」
「三十人近くで軽く行って、現場がどういうものか見て来る、ちょっと危険な遠足のようなものだったのだけれども」
卒業旅行みたいなもんかね。こっちの世界にもあるんだな。
「わたしはその時まだ超能力科にいて、イロハは忍者科にいたよ。科は違うけど、もう知り合いで」
「そうね、その時にはもう長いこと友達だったわ」
二人は傍目から見ても仲がいい。お互いを信頼しているのがわかる。
親友と言って過言はないだろう。
「先生二人の引率のもと、私達はそのダンジョンの三階で休憩をとっていたわ。敵が弱かったから、そのまま休憩して帰るつもりだった。みんな地図ももらっていたし。安全なはずだった」
「そうしたら……アイツは突然現れた。わたし達が見たこともないような化物で……」
シルフィの顔がドンドン暗く青ざめる。
「大丈夫か? 一回落ち着け。菓子食うか?」
目の前にチョコケーキの皿を差し出す。
「ありがと。大丈夫だよ。それふぁら、あふぁいふぁひはほほ」
「食いながら喋んな! 落ち着けってマジで!」
「そうよ、ティータイムはもっと優雅に楽しむものよ」
「論点はそこじゃない!!」
「もう……緊張した空気台無しじゃな」
なら大成功だ。そんな空気無くていい。
シルフィが辛い思いをするなら緊張感なんていらん。
「あはは、ごめんね。どこまで話したっけ?」
「正体不明の化物が現れたところまでよ。今でもアイツが何なのかはわからないわ。調べてみても、あのダンジョンに目撃報告が一つも無いのよ」
「新種か変異種ということかの?」
「わからないわ。目撃情報はそれっきり一回もないのよ」
「そらわけわからんな」
謎すぎる。そんなもんが都合よく出てくるとかダンジョン怖いな。
こちとらウサギと戦えるくらいだぞ。
「そのおっきい敵が先生二人がかりでも止まらなくて。わたし達は戦おうとしたんだけど」
「混乱した生徒が味方を盾にしたり、突き飛ばして逃げたりしだして、みんなバラバラに逃げたのよ」
卒業旅行気分で行ってそんなことになれば、しょうがないかもな。
「先生の一人が外に救援を呼びに行って、その間になんとか足止めをしようとして、どんどん死人が出て」
「逃げた生徒は全滅。私達の元まで、入口付近から死体がずっと続いていたわ」
「シルフィ達はどうして助かったんだ?」
言っちゃ悪いけど、先生がダメならほぼ勝てないだろ。
「シルフィの力が暴走したのよ。暴走したシルフィは超能力としか呼べない異様な力で戦っていたわ」
「暴走して倒せたは良いんだけど、その場に残っていた先生や生徒と、救援部隊はわたしが戦ってるところを見ちゃってね」
「その強さと、大量の生徒の死体で作られた帰り道を歩く、ダンジョンの化物たちの血を浴びたシルフィは中等部には怖かったんでしょうね」
助けてもらった恩よりも恐怖が勝つか。
「それからよ、シルフィが死神扱いされるのは。一緒に行くと死人が出るってね」
「知り合いのみんなは慰めてくれたけど、噂が届くとちょっと申し訳なくて……だからイロハと一緒にいたら勇者科からお誘いがあって転科して、それで入学式にアジュと会ったんだ」
「大変じゃったのう」
にしても救援部隊は先生や大人で構成されているらしいし、生き残った生徒は少数とのこと。
「そんな特定されそうな状況で噂流してどうするんだか」
「悪意があったかは知らないわ。起こった事をそのまま話しても十分怖い話よ」
なにがどう噂になるかなんて予測できるもんじゃないか。
ちなみに誘ってくるヤツも少数いたが、死神の名を宣伝に使う気だったりして断ったと。
「フルムーンの名前のおかげで嫌がらせされたりはなかったけどさ」
「それでも知っているものには避けられるわ」
「だからね、本当はアジュとリリアを見かけた時に、全然見たことない人でちょっと期待したんだ」
「期待? 俺達にか?」
「うん、わたしのことを知らない人が勇者科にいれば、高等部にそんな人がいれば仲良くなれるかなって」
高校デビューみたいなもんか。
「ゴメンね。屋上で助けられた時にさ、この人ならわたしを助けてくれるんじゃないかなって。それで話しかけてみようかなってさ」
「気にするな。俺も……似たようなもんだよ」
俺と同じだ。元の世界で居場所なんか無くて、まったく違う場所に行けばやり直せるかもしれない。
そんな期待をして、この学園に来た。シルフィは俺と似てるんだ。
「似てる?」
首かしげるシルフィは相変わらず可愛いな。
「気にすんな。まあ、なんだ。辛いこと話させたな」
「いいよ、話したらちょっと楽になったし」
確かに動機は似てるんだろう。でもシルフィは俺と違ってやり直しが効く。
頭脳明晰、文武両道、そのうえ美少女でお金持ち。
いくらでもどこからでもやり直せる。
「シルフィが楽になればそれでよいのじゃ」
「俺達はよそ者だからな。言われてもピンとこねえよ。だから居たいだけここに居ろ」
「いいの?」
不安なんだろう。いつも元気なシルフィでも、中身は案外繊細なのかもしれない。
「約束したろ? そっちが嫌わない限り一緒にいるって。その程度で追い出したりしねえって」
「お言葉に甘えましょうか」
「ならわたしはここにいる。ここにいたい」
「うむ、歓迎するのじゃ。こやつも素直にならんだけじゃ。残って欲しいと思っておる」
余計なこと言わんで良いよリリア。
「そういうこと言わないよねアジュ」
「居て欲しいならそう言って欲しいものね」
「そっちが居たいかどうか、そんだけだ。嫌なら追わないさ」
「いなくなれば、へこむくせにのう」
無理。自分から行動して女の子をどうこうは無理。
イケメンってなんで普通に女を誘えるんだろうな。
「ちょっとわかってきたかも」
「はいはい、明日に備えてさっさと寝るぞ」
やり直して、結局シルフィ達がいなくなるとしても、今はここを四人の家にしたい。
俺の居場所がここしかないように。せめて楽しい思い出になるように。
「と、アジュは考えておるはずじゃ」
「…………別に考えてねえよ」
「考えてはいるのね」
「変な間があったね」
なにゆえ俺を辱める方向に?
「やめろ、そんなんじゃない」
「後ろ向きだねーアジュは。素直に俺と一緒になって欲しいって言えばいいのに」
「それ意味変わってくるだろ?」
「えー変わんないよ。変わらないから一回言ってみてよ」
「絶対にイヤ」
恥ずかしいセリフ禁止で。言った後も一緒に暮らすんだぞ。後先考えよう。
「本当にいていいのか、わかんないなー。だって迷惑かけるかもよ? 噂が消えたわけじゃないよ?」
茶化して聞いてはいるが、不安なのは声が震えているからわかってる。
「迷惑かけるのは俺もだろ。それに俺は噂じゃない本当のシルフィを知ってるからな。もったいねえだろ」
「もったいない、がよくわからないわ」
「二人とも十分な戦力だ。でも噂のおかげで近付いてくるヤツが少ない。この状況が続けば、ずっと二人を独占できるだろ」
「余計恥ずかしいこと言っとるのじゃ」
マジかこの野郎。出来る限り当たり障りのないように言ったぞ。
「要約すると、俺だけのものだからずっとここにいろ、ということね」
「なんでそうなった!?」
「アジュ検定三級をプレゼントじゃ」
「俺に承諾も無しで変な級を作るんじゃない」
よし、逃げよう。これはダメだ。何言っても裏目に出る。
「ふへへー独占されちゃうね。そっか、噂も悪いことばっかりじゃないなー」
「それを踏まえてもう一度、私達にどうして欲しいのかを……」
「じゃ、風呂入って寝るんで、これで」
ダッシュでリビングから逃げる。
「あー逃げたー!」
「ま、このくらいが今のあやつの限界じゃな」
「徐々に素直にさせればいいわ」
別に変な噂があろうと無かろうとシルフィはシルフィだ。
それでいいさ。忘れるにしても乗り越えるにしても、横で聞いてやるくらいはできる。
今はそれでいいさ。
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