リリアとふたりっきり

 シルフィに過去の話をされた三日後。四人での学園の草刈りクエストを終えてお昼時。

 俺とリリアは食堂で毒にも薬にもならない話をしている。

 前に行った場所とは違う、もうちょいガッツリ食える系の店だ。人も多い。


「いいね。肉料理としてはしょっぱいタレが美味いだけで高評価だよ」


 肉系の定食が食える場所は覚えておこう。

 しかもお値段控えめで、今食ってるやつはかなり美味い。


「肉ばかりでは、栄養偏るから程々にしなさい」


「わーってるよ。晩飯のことも考えて軽めの頼んだだろ」


「口の周りが汚れておるぞ。まったく子供かおぬしは」


 ハンカチで俺の口をふいてくれるリリア。不意打ちのスキンシップは照れるからやめろ。

 俺達が座っているのは、ながーい机の片側。不特定多数で使うタイプの席だ。

 そこに二人で並んで座っている。


「恥ずかしいからやめれ」


「なら恥ずかしい食べ方をするでないわ」


 今は俺とリリアの二人だけだ。

 シルフィとイロハは夕飯の材料買って帰るとのこと。昼飯も自宅で作ると言っていた。

 なら一緒に行くと言った所で拒否されましたとさ。

 夜の仕込みがあるし、何を作ってるかバレたくないとか、料理の勘を取り戻したいからだとか。


「しかしシルフィのやつなんで『晩ご飯は絶対わたしが作る』とか言い出したんだろうな」


「おぬしがイロハの朝ごはんを食べながら、料理ができるやつっていいよな的なこと言うからじゃ」


「イロハに料理で張り合ってると? なんのために? あいつら、そんなんでムキになるほど仲悪くないだろ」


「…………正気ですか?」


「なぜ敬語になる」


 なにかまずいこと言ったか?

 ジト目でこっち見るリリア。おそらく馬鹿にされているのだろう。


「イロハの料理ベタ褒めしたのが原因じゃ。家庭的な女性はいいよなとか。これが毎日食えたら幸せだとかのう」


「それで責められる理由がわかんねえって。飯が美味けりゃ嬉しいだろ。お前が褒めろと言ったから褒めたんだし」


 メシマズというのは害だ。レシピ見てしっかり作れば少なくとも食えるはず。

 そのうえ上手ければ言うことはない。


「ならちゃんと褒めてあげるのじゃな。料理は愛情じゃ」


「俺に出される料理にそんなもん入ってねえよ。あと愛情は言い訳に使うもんじゃない」


「愛があれば食べられるじゃろ?」


「料理において愛情は調味料だ。味見をせず、料理下手の言い訳に使えば使う程、味が崩れて不味くなる」


 自分で料理やってみればわかるけど、調味料なんて入れすぎれば醤油ですら不味くなる。

 あの万能な醤油ですらだ。


「イロハもついておるし、昨日できると言うとったのじゃ。期待しておれば良い」


「そんなもんかね」


「女の子の料理というものはそれだけでレアじゃろ」


「共同生活してなかったら絶対に手に入らないレアアイテムだな」


 楽しみにしてるさ。何が出てくるか予想もつかないけどな。

 シルフィ育ち良さそうだし、上品なものが出てくるかもな。

 飯食い終わってゆっくり立ち上がる。


「俺達も行くか。そろそろシルフィも下準備くらいできてるだろ」


「帰り道はゆっくりでよいぞ。歩けば晩ご飯にいい具合じゃろ」


「だな、なんだか四人でいるのが普通に感じてる自分がいるわ。本当は一人ぼっちのはずなんだけどな」


「なあに、二人に捨てられてもわしがおる。感謝するのじゃ」


 ここでこうしていられるのもリリアのおかげだな。


「一番感謝してるのはリリアさ。俺を学園に連れて来てくれて、こうして世話焼いてくれるしな」


「そういう感謝は小出しにせんか」


「恥ずかしいので拒否します」


「一度にドーンと来るとこっちが恥ずかしいのじゃ!」


 残念だが俺は小出しでも恥ずかしいんだよ。よってこれからも言える時に纏めて言おう。

 二人で店を出てチンタラ歩き始めた。露店の並ぶ場所を進む。


「どうする? おみやげでも買っていくかの?」


「毎回そんなことしてたら金なくなるぞ。買うならなんか遊べるものが良いな」


「オセロとかどうじゃ? 安い盤面売ってるじゃろ」


「オセロあるんかい。ついでに将棋の駒とかねえかな」


 あればかなり暇潰しができる。ネット将棋そこそこ強い方だったからな。

 とりあえず9×9マスの盤面発見。しっかりしたものじゃなく、板になってる安いやつゲット。


「これで将棋の駒があればいいな。んーどうすっかな。別に文字さえ入ってればいいんだけど」


「駒に文字入れてくれる職人でも探すかの」


「そこまでしなくてもいいさ。よし、なんか欲しい物買ってやるよ」


「えぇー急に何じゃ。何狙いじゃそれ」


 警戒された。別にリリアルート攻略しようとしてるわけじゃない。


「感謝は小出しにして欲しいんだろ? 高いもんは無理だけど、何か買ってやるよ」


「ほうほう、良い心がけじゃ。さて何が良いかのう」


 露店をキョロキョロ見回すリリアは、祭りの夜店ではしゃぐ子供みたいで可愛い。

 たまーに見た目通りに子供っぽいんだよな。


「安心せい。懐事情くらいわかっておるわ。ネックレスかリボン辺りじゃな」


「妥当なとこだな。リボンなんて結び方がわからんけど」


「そこはわしが教えるのじゃ。というかナチュラルに結ぶつもりかおぬし」


「まずかったか? ってまずいな。どうも警戒心が薄くなってるような」


 リリアは雰囲気もそうだけど、不思議なことに話しやすい。

 見た目がガキだから緊張しないんだと思っていたが、どうも違うような。


「よいよい、そうして女の子に慣れていくのじゃ」


「慣れる日が来るとは思えん。シルフィやイロハでもいっぱいいっぱいだぞ」


「こういう時に他の女の名前を出すでないわもう……そういう所も直していくのじゃ」


「へいへい。で、何買うか決めたか?」


「これとかどうじゃ?」


 リリアが見つけたのは黒いリボン。


「髪が白いから黒が合いそうでいいな。でも地味じゃないか?」


 こいつは基本的に黒と白で構成されている。制服は別として最初に出会った時はそうだった。


「目の色以外が白黒なのが印象に残るじゃろ? わしの儚さとミステリアスさが引き立つのじゃ」


「そうかい、それじゃあ黒と、赤とピンクも買っとこうか」


「そんなに買ってどうするのじゃ? お土産にでもするのかの?」


「いや、結ぶ練習するんだろ? なら複数あっても良いさ。頭の後ろにつけてると似合いそうだしな。俺が勝手に買うだけさ」


 こいつは余程大人っぽいものじゃなけりゃ何つけても似合いそうだ。

 ま、大人っぽいのもギャップでいいかもしれんけど。


「ありがたく頂くのじゃ。にゅふふ」


「おうおう、貰っとけ貰っとけ」


 リボンを買って、ご機嫌なリリアと家路を急ぐ。両手でリボンの入った包みを抱きしめるている。喜んでくれてるみたいだ。

 もうすぐ日が沈む。帰ったら飯だな。


「んん? 誰か家の前におるのじゃ」


 本当だ。家の前に立っているのは帽子を被った、制服からして女だ。イロハと何やら話している。

 軽く手を振るとイロハがこちらに気づく。

 女が振り返り、そのままこちらに歩いて来る。


「どうも……」


 軽く会釈すると、あっちも少し頭を下げて通りすぎてゆく。

 こちらを振り返った女は。


「イロハ、また来るわ。覚えておいて。決断は早い方がいいわ」


 それだけ言って去っていった。


「知り合いか?」


「……ええ。まあね。それよりシルフィが待ってるわ。早くご飯にしましょう」


「何が出てくるか楽しみじゃ」


 いい匂いがしている。これなら本当に期待できそうだ。匂いだけで腹が鳴る。


「あ、おかえり、二人とも」


「ただいまなのじゃ」


「ああ、おう、ただいま」


 うおう、ただいま言うの恥ずかしい。なんでだ!?

 そしてエプロンのシルフィがヤバイ。なんだこの破壊力は。

 昨日は私服に着替えて普通に料理していたからわからなかったが、エプロンの女の子というのは可愛さマシマシだな。


「イロハ、お客さん誰だった?」


「昔の知り合いよ。何でもないの。ご飯にしましょう」


「ささっ、早く食べるのじゃ」


「おう、腹減ってるからガンガン食うぞ」


「はーい。それじゃあ座って待っててね」


 トラブルも無く、今日はいい日だ。こんな日が毎日来るように、ちょっとくらい強くなろう。

 そんな考えは腹の音にかき消されるのだった。

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