嫌なことは飯食ってしばらく忘れておこう

 同級生知り合い限定戦を明日に控えて、なんともアンニュイなお昼である。


「うおぉ……行きたくねえ……」


「ダウナーアジュくんだねえ」


「ずっとこんなんじゃよ」


 アンジェラ先輩の店で、ギルメンと昼のタダ飯タイムである。

 ここで少しでもやる気を回復しよう。


「そんなわけで、俺には気持ちの安らぐ飯をお願いします」


「よーし、お姉さんに任せなさい」


「お願いします」


 先輩は去っていった。きっと今日も極上の料理が出てくるだろう。


「ただで食えるってのはいいねえ」


「そうね。しかも質がいいわ」


「楽しみだねー」


「ああ、少しでもいいから俺の心をやる気で満たして欲しい。死ぬ前に」


「そんなに警戒しなくても、知り合いしか来ないのよ?」


「知り合いが全員強いか王族貴族だろうが」


 これ俺じゃなかったら心から胃が壊れるか、物理的に体がぶっ壊れるかだからね。


「疲れることはしたくない。だらだらのんびり、スローライフが目標だろう」


「ちょっと本気出してがんばればよいのじゃ」


「そうそう、真面目なアジュはかっこいいんだから」


「いいか。お前らはなぜか俺が実は強いとかいう、よくわからん幻想に囚われているが、それ全部幻だからね。アジュさんすぐ死ぬからね」


 基本的に体力もなければ、武術の心得とかもない。

 ごく普通の一般人なのだ。


「ガチ勢と勝負とか怪我するじゃん」


「実戦形式ならそうじゃな。鎧でも回復魔法でも使えばよいじゃろ」


「ちゃんと回復待機しているわ」


「見届人というか、誰か大人入れるか? 参加者にはしないでさ」


「ミナさんとコタロウさんにお願いすれば?」


 あの人らがいれば安定もするか。死ぬ前には止めてくれんだろ。

 つまり死にかけるのか。うーわ、なんだそれ。

 俺のゆったり異世界生活が。


「はーい、おまたせ。今回もガチ自信作っしょ」


「よし、食って忘れるか」


「これはまたうまそうじゃな」


 パスタっぽいが、ソースの量が多い。

 器の下に溜まっているけれど、こりゃなんだろう。


「今回は油控えめ、玉子とトマトメインのソースだよん。誰でも作れて、体にいいものを中心とする。ほんでこっちがサラダね」


「いいね。最近米中心だったし。うん、わかっちゃいたがうまいな!」


 実にコクが深い。なのにしつこさのない、胃にもたれない味だ。

 トマトの味はするが、酸っぱさを抑えてある。

 おかげで食いやすいぞ。


「おいしいです!」


「そうだろうそうだろう」


「いつも美味しい料理をありがとうございます」


「もっと褒めるっしょ!」


 口々に褒めながら食っていく。本当に何が来てもうまいな。

 シンプルなもんをしっかり作れるというのは、思った以上に大変なのに。


「でさ、ちょーっと足りなくない?」


「味は完璧ですよ」


「量ちょこっと少なめにしたんだよね。ごめん」


「やっぱりですか」


 ほとんど食い終わったが、確かに量が少ない。

 女性用メニューかと思ったが、俺たちに出す必要がないのだ。


「新メニューがこう……試作品なんだけど、あんまりうまくいかないっていうか」


「なるほど。味見してくれと」


「ガチお願い!」


 ギルメンを見る。頷いているか、肯定的な目だな。


「まあ報酬とはえいえ、ほぼ毎日タダ飯だからな。それくらいはいいですよ」


 まだ腹が満たされないし、ここならまずいもんは出てこないだろ。


「よっしゃ! ガチありがとう! 今持ってくんね!」


 やってきたのは……洋風の器に盛り付けられた、なんだこれ。

 乗っているのは上から、ソースかかった小さめにカットされた肉たち。

 キャベツだかキュウリだかトマトだかの野菜。そして白米かな。


「これにこれかけて食べるっしょ!」


 ソース入れた器が別に来た。この匂いと色はまさか。


「カレー?」


「正解! カレー屋さんとコラボ商品見当中さ!」


「ほほう、興味深いのう」


「カレーってあのナンにつけて食べるやつだよね?」


「あの辛いものよ」


 こっちじゃそれほどメジャーじゃないんだっけ。

 知名度アップも図っているのかな。


「ナンはおいしいねえ。けど窯が作れないのさ。店に専用窯を作るわけにはいかないっしょ」


「だから折衷案か」


「カレーと両方の店で扱っている食材と、サラダとメインを混ぜたのさ!」


「なんで混ぜちゃったのか知りませんけど、食うだけ食ってみますよ」


 まずはカレーをかけず、ソースと肉と白米を一緒に食う。

 口の中に濃くて酸っぱさとしょっぱさが広がる。

 一口目は美味しいんだよ。だがこれは。


「おっ、ううむ……まあ、うまいといえばまあ……」


「そうね、独特な味だけど……」


「こういう濃いめの味が好きな人もいると思います」


「あれだ。カレーかけてからが本番だよ」


「そうじゃな。軽くかけて、混ぜて食べるのじゃ」


 カレー投入。軽く肉と混ぜて食べてみる。

 酸っぱさとカレーの味が混ざり、濃厚かつ食いごたえが……。


「こりゃ悪くな……い……うん」


 全員一口目はいい感じ。だが二口目からもうしんどいって感じだな。


「はっきり言ってくれていいよ。ガチでどうにかしたいから」


「味が……味が濃すぎる気がします」


「やっぱりそこかー……それでも薄くしたんだけど」


 これはもうきっぱり言うしかないか。

 どこから言ったもんかなこれ。


「まず一口目はうまいです。お、これは新しい味、って感じです」


「ふんふん」


「けど後味までしっかり同じ味じゃ。濃すぎる。そして量が多いのじゃ」


「あとなんでサラダと混ぜちゃったんですか。わたしメイン食べてるのか、サラダ食べてるのかわかんないです」


 サラダで腹が満たされていくような気がする。カレーと肉と白米あるのにだ。

 頭が混乱する。この料理に向き合う方法がわからん。


「ヘルシー路線で女性客狙うために、むしろ野菜足そうかと」


「こんなボリュームでヘルシーもなにもないでしょ」


「とにかく味が全部残って主張してくるんです」


「水でリセットできねえレベルの主張だ」


「じゃあサラダと分けるとして、量は?」


「サラダは少なめでいいです。カレーは辛いもんだし、ソースはサラダか、じゃなきゃ肉に少しだけかけましょう。混ざった時の味も悪くはないので」


 そう、別に壊滅的にまずいわけじゃないのだ。

 ただどっちも量が半端ないから、主張しあってきっつい味になる。


「なるほどねい……でも味薄すぎやしないかい?」


「初心者に食わせるなら、どぎつい味は控えましょう」


「そっかー……コラボって派手にやるもんだとばっかり思ってたねい」


 そっち方面は疎いのか。

 料理関係何でもできる印象だったが、普通に学生っぽいとこあんのね。


「じゃあもっとコラボ案考えるっしょ。もうすぐシフト終わるから、実験用の厨房借りるぜ!」


「面白い話をしているな、我が友よ」


「えー……このタイミングで来たー」


 ヒカル来店。ベルさんもいる。いやいいけどさ、セットでいるのはいいけどさ。


「なんだアジュと飯屋被っちまったのか。妙な縁だな」


 ヴァンたち三人組も来た。

 ヒカルと出会って、一緒に飯食おうとしていたらしい。


「ご安心をアジュ様、わたくしもおりますわ!」


 ヒメノとやた子とフリストがいる。どうしてこうなった。


「友と偶然出くわす。これも愛の縁だな」


「いいこと言いますわね! 愛の縁ですわ!」


「いやもう呪いだろこれ。俺のくつろぎ飯屋にどんどん変なやつ来てんじゃねえか」


 やめろ。ここは本当に飯うまいし、ゆったりできるスポットなんだよ。


「尾行されていた……? いや、これこそが呪いの効果か?」


「旦那、これは偶然でございます。他意はございやせんぜ」


「そうっすよ、ただ神がかり的に運がいいせいで、自然とこうなったっす」


「アジュ様も感じていますわね? 運命を!」


「ストレスだよ。ストレス以外の全部を感じることができなくなったよ。お前のせいで」


 飯食ってる時に胃にダイレクトアタックかますんじゃねえよ。


「見つけたぞアマテ……ヒメノ。勝手にすたすた入っていくんじゃない。団体行動を乱すな」


「急に入っていっちゃうんだもん、びっくりしちゃったわ~」


 女媧とヘスティア追加入りましたー。

 よりにもよってそっち方面が増えるんかい。


「俺の……俺のまったりランチが……」


「あはは……人増えてきちゃったね」


「台無しね。せっかくアジュと一緒だったのに」


「やれやれじゃな」


 やれやれで済むのかこれ。確実にうるさくなるだろ。


「アジュくん知り合い多いんだねえ。ガチ驚いたよ」


「気にしないでください」


「それで、何やら新メニューを作ると聞こえたが?」


「おいやめろヒカル。取り返しつかねえぞ」


 このメンバーでそんなもん作るな。作れるわけねえだろ。


「アジュ様のピンチですの? いいえ、ピンチはチャンス。家庭的なところを見せるチャンス到来ですわね」


「お前の首をはねるチャンスはいつ来るんだよ」


「いやいや、お客さんにそんなことさせるわけにはいかないですよー」


 いいぞアンジェラ先輩。そのままやんわり断ってくれ。


「いえいえいえ、アジュ様がお世話になっているみたいですもの、お手伝いは当然ですわ」


「ミナさん、いたら来てください」


「お呼びですか?」


 ナイスメイド魂。呼んだら来てくれた。

 ちょうど暇だったんだろうか。俺にも運が向いてきた。


「あいつらがうるさくしそうなので、フォロー入れてください」


「………………できる限りやってみます」


 なんか決意を込めて言われた。ミナさんでもきついんかい。


「旦那、あっしとやた子もおりやす。なんとかしやすぜ」


「オレも協力する。オレら三人はまともな方だと思うぜ……多分な」


「よし、俺たちだけそーっと帰ることも考えておこう」


「アジュくんアジュくん、なんかみんな協力してくれるってさ。ガチで!」


 こいつらにまともなメニューとか作れるのか?

 いやだよ面倒なことは。


「ではまず食事を頂いて、それから参加させていただこう」


「楽しみね~」


 そしてなんやかんやあって、なんとか新メニューは完成し、家に帰ったのだが。


「もう……明日の戦闘行きたくない……」


 無駄に疲れたのだった。誰か俺の休日を返してくれ。

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