舞台と霊と疲れる俺

 トラブルが多すぎる呪われた劇場をなんとかしよう。

 いや俺が解決する必要ないんだけどさ。カムイとソフィアがどうなるかわからんので面倒なんだよ。


「あいつ斬っていいのか?」


「いや死体が出るのはちょっと……」


 NGが出ました。じゃあSPさんと警備に任せましょう。


「んじゃお願いします」


「了解。はっ!」


 泣きながら喚き立てる男に向けて、一切無駄のない動きで接近して気絶させるSPさん。やっぱ本職は制圧とか得意なのね。無力化する事に慣れている。


「お見事です」


「いえいえ、これくらいはできませんと」


 そして一件落着……のはずが、舞台から悲鳴が聞こえてきた。


「大変だ! 舞台の照明が!!」


 ざわめき出す役者さんたち。まあ事故なら俺には関係ないんだけども。


「落ちたの!? 怪我人が出たの!?」


「いや、照明が頭に落ちる直前で、突然止まったんだ。何もない場所でぴたっと。そこからゆっくり降りた」


 シルフィかな? 照明の時間だけ止めたのかもしれない。残してきて正解だったか。


「まただわ……またこの劇場で祟りが起きるのよ!!」


「そんな、あの事件は解決したはずだろう!!」


 さらにざわめき出す役者さん。何だよ祟りって。


「また起こるのよ……このミュージカルにかかった呪いが!!」


「いい加減俺もキレるぞ」


 もうさ……もういいじゃん。平和に終われよ。もうダイナノイエ悪いイメージつき始めているぞ。


「とりあえずお前ら状況報告しろ」


 ギルメンをまず確認して、めんどくさくなったら帰ろう。


『こちらシルフィ。問題なしだよ。でも嫌な感じがしてるから、何かあったら呼んでね』


『リリア、問題なし。楽屋荒らしは捕まえた。そっちに行くのじゃ』


『イロハ問題なし。SPと皇国軍が来たから、金庫破りもすぐ捕まるわ』


 どうやら問題ないらしい。あとはリリアが来たら決着つくだろ。

 近くのSPさんは呪いの事件とやらを聞いている。


「この劇場で死んだ元劇団員の霊よ……まさか実在しているなんて」


「まず建物は浄化されているはずだろ」


 この世界の主要都市というものは、まず間違いなく定期的な浄化作業が行われる。呪いだの霊だのが生存できる環境ではない。地獄のほうがましなはず。


「そうよ。だから役者の誰かの心に取り憑いて、復活の時が来たら事故を装って死者を出すの。惨劇の生贄を求めてね」


「なぜ身振り手振りが大げさなんだ?」


 変なところで役者根性出すんじゃない。つまり誰かに入った霊を潰せばいいらしいな。いや本当にこれが解決法か知らないけれども。


「舞台は続けるわ。役者は一人になった所を襲われるらしいの。だからみんなで舞台やっていたら平気よ!」


「さっき照明落ちたよな?」


「念の為皇国軍とともに警戒にあたる。君もできれば探してみてくれないかな? 権限は与える」


 クッソ迷惑なんですがそれは……しょうがないか、解決しないままってのも後味悪い。さっさと見つけ出して消してやる。


「了解。じゃあ少し探してきます」


「お願いしますね! これ以上の被害者が出ないうちに、惨劇を止めて!」


「しばくぞ」


 テンション上げるな。うざいぞ。あんたに取り憑いていないかなもう。


「さーてじゃあ下の階でも見ますかね」


 舞台袖から歩いて階段へ。下の方にも細工のための部屋とかあるだろう。


「ん? 何だ燃料切れか?」


 近くの明かりがチカチカしている。金持ち向けの高級劇場なのに、なんかケチがつくなここ。


「……誰だ?」


 下の階に男が立っている。下を向いているからか、顔は見えない。

 少し降りながら話しかける。


「劇団の人ですか? ちょっと聞きたいことがあるんですが」


 明かりが点滅すると、階段を一段上がってくる男。

 二度すると二段上がってくる。体幹がよすぎるのか、体が一切ぶれていない。足を動かしている所も見えないぞ。


「あぁ……あああ……」


 顔が青い。暗い水色っぽいんだけど。

 そして俺より二段下で止まった。


「魂……おいし……そう」


「アホか」


 来客用スリッパで頭をすぱーんと叩く。非常にいい音が出た。


「えぇ……」


「キモいから近寄るなアホ」


『ソード』


 いつもの剣発動。こいつが人間だとまずいが、霊なら消せばいい。


「よくもスリッパなんぞで叩いてくれたな……次の生贄はお前にしてやる!!」


「俺は役者じゃないぞ」


 剣に映る俺の背後に、金髪ロングの女が立っている。足音もしなかったし、髪で目も見えない。いくら俺でもここまでの接近を許すはずがない。

 そいつは白い服で、赤い模様が……この模様は血だろうか。


「そこから動くな。話ができないなら敵とみなす」


 一応振り向かずに話しかけてみる。だが無駄だった。ボロボロの手と牙をむき出しにして、俺に襲いかかってきた。


「シャアアァァァ!!」


「うるさい」


 振り向かずに裏拳を叩き込む。

 見事顔にヒットし、そのまま後ろに倒れ込む白い服の女。


「い……った……」


「こんなとこでシャアアとか言っていたら迷惑だろ。マナーを守れマナーを」


「よくも妻を。怨めしい……殺してやる!!」


「アホか」


 飛びかかってきたところを軽く切り裂いておく。


「ギャアアアアァァァ!!」


「そんな、あんたああぁぁ!!」


 俺を無視してのたうち回る男に駆け寄る女。いや邪魔だよ。存在が邪魔だよ。


「斬られたくなければ説明しろ。お前らが霊でいいのか?」


「ウア……アァァ……」


 女の方が霊っぽい呻き声をあげていてうざいので、剣に魔力を込める。


「いやまあ一応夫婦でやらしてもらってます」


「普通に喋れんのかよ。夫婦で……えー……夫婦揃って霊かよ」


「シャ……」


 女が叫びそうになっているのでスリッパを構える。


「うるさい。次シャア言ったら殴るからな」


「すんません」


「妻はこう見えてナイーブなもんで、優しくしてやってください」


「知らねえよ帰れよ。地獄に帰れ」


 地獄に行かないからここにいるのかも。じゃあ地獄に行けが正解かな。いやどうでもいいわ。


「いやできればこう……天国行きたいなって」


「奥さんシャアア言ってんだぞ。どう見ても地獄行きだろこんなもん」


「いやあでもまだ呪いとか起こしてないんで。どうかお願いしますよー」


 なぜ食い下がる。無駄にフレンドリーなのが腹立つわ。


「いいからもう一番きつい地獄落ちとけようざったい。なんなら俺が魂とか踏みにじるって」


「踏みにじる必要がどこに?」


「なんでこの人こんな霊にアグレッシブなの……怖いわ」


 霊の人生相談とかやってられるかアホ。もう人生終わってんだろうが。


「もう苦しみながら死ぬか、地獄に落ちるかしてもらえる? 俺だるいんだよ」


「どっちにしろきついじゃないですか!?」


「霊の中でもちょっと意識が強いっていうか、はっきりしてる部類なんですよ僕ら」


「かなり強めのアホだな」


「アホとか言うのやめてください。僕ら魂だけなんで、直に言葉のナイフが突き刺さるんですよ、魂に」


「やったぜ」


「やってないです。なんでそこポジティブなんですか」


 とりあえず両方とも待機中の役者一同の前につれてきた。


「こいつらが霊っぽいです」


「なんで連れてきたんじゃ」


 リリアが呆れ顔である。他の人は少し距離を取って引き気味。


「俺呪いとか惨劇とか知らんからさ。説明が欲しくて」


 さっき呪いだと騒いでいた人が説明してくれそう。渋々聞いてみるよ。


「その昔、主役オーディションに落ちて落ちて落ちまくった才能のない、けど態度だけはでかい夫婦がいました」


「それが僕らですね。へへへ」


「次その照れ笑いしたら斬るからな」


「すべての役に落ちても飲み会だけは必ず参加し、役者論を語っては嫌われていたと聞きます」


「いやいや僕も妻も結構好かれてたと思いますよ」


 このおっさんの霊はなんのフォローに入っているの。今の所クズエピソードしか無いぞ。


「ある日自分主役のシナリオを思いつき、古参の特権で次の舞台にねじ込もうとして大顰蹙を買い、ふてくされて帰ろうとして二人とも階段から落ちたそうです」


「クソやん」


「その時に言ったそうです。必ずや怨念となって蘇り、自分たち主役の舞台ができるまで取り憑いて嫌がらせをしてやると」


「もう地獄行きでよいじゃろ」


 全員大きく頷く。こんな連中に俺の時間が無駄にされるのは気に入らない。


「そして長年パワーを溜めて、いよいよ嫌がらせデビューってわけですよこれ」


「そんなデビューすんな!」


「今までどうしておったのじゃ?」


「隙間風が吹いてきて寒くなったり、ドアの鍵がなかなか閉まらなくなったりさせてました」


「せっこいな!?」


 全エピソードがしょうもない。何か疲れてきたよ。


「照明落としたのもお前か? 右のライトの席でうろうろしていたな?」


「何の話ですか?」


「ずっと二人とも下の階にいましたよ」


「別件かよ!?」


「そっちはわしとSPで片付けたのじゃ。貴族を狙った殺し屋じゃ」


 しかも解決したらしい。お祓い必須だなこの劇場。


「あー……知らない団員がいると思ったら、あれ殺し屋だったんですねえ。てっきり僕らと同じ不遇な扱いをされている人かと」


「お前らは不遇なんじゃない。単にクズで無能なんだ」


「直球はやめましょう。ほんと心が痛いっていうか本当に痛いな……なんか僕のお腹に剣、刺さってません?」


「刺さっているな」


 もうめんどいから刺した。これで一番きつい地獄に行け。


「めっちゃ痛いんですけど。責任取ってなんとかしてください」


「責任とって地獄に落とすよ」


「ちょっと何するんですか! 私たちが何をしたというの!」


「どの面下げて言ってんだアホが!!」


 図々しいにもほどがある。こいつらは霊なんだからあの世に行くべき。ダッシュで行くべき。


「イヤアアアアアァァァ! 夢だったイケメン男優とのラブシーンがああぁぁ!」


「お芝居がしたかった……一番若くて綺麗な女優とのキスシーンだけでもしたかった……」


「完全に消えてなくなれえええぇぇぇ!!」


「おびゃあああああぁぁ!?」


 もう二度と復活することはない。これでアホ幽霊二匹は地獄に落とされたのだ。


「ありがとうございます。おかげさまで、この劇場は救われました」


「本当になんとお礼を言ったらいいか……」


 スタッフ一同でねぎらってくれる。SPさんからもお褒めの言葉をいただくが、ぶっちゃけもう疲れたので帰りたい。


「疲れた……マジで疲れた……」


「うむ、トラブルしか起きない国じゃな」


「だがしばらくは休めるだろ。カムイとソフィアが芝居を見ている間は……」


『こちらシルフィ、お芝居終わったから二人がご飯に行くみたいだよ』


「そろそろ泣くぞ俺」


 次のレストランでトラブルが起きたら帰ろう。そう誓った。

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