葛ノ葉VS葛ノ葉

 そこはまるで祭壇だった。

 埃一つない新築のような場所。最奥に豪華で綺麗な祭壇がある。

 教会に近い作りかもしれない。


『正直驚いたぞ。儂の傑作すらも軽々と消せるか』


 相変わらずよくわからん声だな。

 驚きと喜びが混ざっているような、なにか不思議な声色だ。


「リリアは返してもらう」


『ならぬ。葛ノ葉は誰にも縛られることはない』


「お前も葛ノ葉なんだよな?」


 こいつの正体がわからん。なぜ機関やヴァルキリーと一緒なのか。

 服からして和服だし、よく考えれば何も知らんな。


「あやつは久遠」


「くおん?」


「葛ノ葉久遠。一族の力を盲信し、神を超え、人を超えることだけを追求した異端児。一族から離れ、消息不明になったものがいると聞いたことがあるのじゃ」


 異端児ね。まあ異常だろう。いまだに気配がぼんやりしている。

 おぼろげってのはこういことかね。


『左様。我が名は久遠』


「なぜ同族であるリリアをさらった?」


『一族の力は、高めれば高めるほどに強くなる。リリアよ、儂と来い。その才、持て余し捨てるは勿体なかろう』


「早い話がスカウトじゃな。お断りじゃ」


 ある種の確信がある。リリアは俺の元から離れない。

 だからこそ、俺は異世界を安心して満喫できるのさ。

 手放す気はない。必ず連れ戻す。それが世界を越えようとも。


『拠り所はその男か。その力、その派手な鎧。只者ではないことは察しておる』


 ああ、ちょいと力が強すぎたか。

 幻影吹っ飛んじまってるな。鎧丸見えじゃないの。


「ならわかるはずだ。俺には勝てない。大人しくすべてを話せ」


『力をより効率よく使えるように、新たなる能力に開花するために、こちら側が一番都合がよい。好きな研究ができる。材料も山ほどある。それだけじゃ』


「つまり殺していいんだな?」


「あやつは悪人じゃよ。ここで消さねばならぬ」


 お墨付きが出た。

 実験ってのはどうせ非道な人体実験だろう。同情の余地はなし。


『ハルファス』


「ここに」


 ハルファス登場。部屋に隅っこにいた気配はこいつのものか。


「やっぱり敵側かい」


「わかりやす過ぎるのう」


「どこから疑っていた?」


「最初っから。初対面の人間は疑うタチでね」


 俺がフレンドリーとか気持ち悪いだろう。

 他人は疑う。人とかかわらない。それが俺でございます。


『わざわざ叡智を授けてやったというのに、無駄になったな』


「申し訳ありません。ワタシの不手際で」


 ハルファスの髪型が、いや顔つきまでも変化している。

 女のようだ。そういう特殊能力……じゃないな。


「艦長がやっていたやつだな」


『あの失敗作か。あれは人工的に葛ノ葉を作り出す実験だった。試しに霊的素質のある男とヴァルキリーを混ぜたが、所詮本物には程遠い。魔族ですらこのざまだ』


「最初から成功などせぬと知っておるじゃろう。そこまで無能ではないはずじゃ」


『可能性とは模索し続けるもの。そして駄作にも使い道はある。特別にお見せしよう』


 何やら長細い筒のようなものを取り出している久遠。

 なんだろう。どこかで見た注射器のような。


「まずい、止めるぞ!!」


『ルシファー』


 ハルファスの首筋に突き刺さった注射器から、暗く深い声がした。

 似ている。魔界でバティンに使われたものと。


『どうやら見覚えがあったようじゃな。どこで知った?』


「答える義務はない」


「オオオオォォォォォォ!!」


 ハルファスの姿が変わっていく。

 黒い六枚の翼と、全身に走る紫の入れ墨のような何か。

 憎悪や怨念ではない。もっと純粋な悪意そのもの。


「恐ろしいほどパワーアップしおったのう」


「ああ、あれはちと面倒だ。結界を強くしておいて正解だったな」


『さて、これで二対二。こちらに来るなら今じゃ』


 そう言って気配を消す久遠。だがもう見切った。

 リリアに触れる前に、腹に深く深く拳をめり込ませる。


『ぬぐっ……』


「もう二度と、俺のリリアに触れさせはしない」


『小癪な』


 致命傷にはならなかったようで、すぐさま距離を取られた。

 まあいい。リリアを守りながら戦おう。


「無意識なら言えるのじゃな」


「どうした?」


「なんでもないのじゃ。これはわしも本気を出さねばならんのう」


 圧倒的な魔力と妖気の波動が場に満ちていく。

 リリアの背後にしっぽが四本。膨大な妖気を携えていた。


『九尾の力か。素晴らしいぞ。それこそ葛ノ葉の証じゃ』


「敵なんぞに褒められても嬉しくないのう」


「オオオオアアアアアアァァァァァ!!」


「んじゃ、タッグマッチ始めるか」


 小手調べだ。光速の三倍まで加速。

 ハルファスの反応が遅れ、それを確認したリリアと同時に久遠を攻める。


『遅い』


 視界から久遠が消えた。

 だが移動先は読めている。


「それじゃあちょいと飛ばすぜ」


 さらに五倍加速。バックを取り、横薙ぎの手刀を放つ。


「合わせてやるのじゃ」


 リリアも同じスピードまで加速。

 久遠の正面から、扇子を強化して振り下ろす。

 そして久遠が消える。手応えはない。


「消えた? 確実に殺せる速度だったはず」


『その程度か。儂の見込み違いということじゃな』


「この期に及んで気配も殺気もないとは、面倒にも程があるぜ」


「まったくじゃもう」


 やはり葛ノ葉の一族。一筋縄ではいかないようだ。

 行動を勘で先読みできているが、どうやっても気配が探知できない。

 特殊体質なのか、魔法であるのかすら不明。


「クオオオオォォォォ!!」


 遅れていたハルファスが戦闘に追いついてきた。

 やはり成長しているのか。


「邪魔だ!」


 裏拳で横っ面をひしゃげさせ、壁まで吹き飛ばす。

 勢い余って壁を突き破り、屋外に出たようだ。


「今のうちかね」


 雑に魔力を集めて久遠へ放つ。

 だがこれもすり抜ける。今完全にすり抜けたな。


「これも効かないか」


「ならもっと試してみればよい」


 リリアおなじみ全種類魔法連射。

 だがどれもすり抜けつつ、また久遠が消える。


『茶番は終わりじゃ』


 声のした方向へ反射的に拳を突き出す。

 灼熱のビームが俺に迫っていたようだ。

 まあ効かないし、殴れば消せるが。


『……ほう』


 何だろうか。久遠が一歩退いた。

 無意識なのかもしれない。何かに驚いている?

 そんなに撃ち落とされたことがショックか?

 どう考えても全力ではないし、それが測れないアホでもないだろう。


「試してみるか」


 まだソードキーの効果は生きている。

 いつもの剣を呼び出し、光速の百倍で移動。

 久遠に理解させない速度で斬りつけた。


「ギイイィィィィィ!?」


 なぜかハルファスの腕を斬っていた。

 入れ替わったのか。身代わりの術みたいなもんかね。


「お前忍者だったりするのか?」


 見た目和服で狐面だしな。その程度では驚かないぜ。


「術と名のつくものに精通しておるだけじゃろ。葛ノ葉でも研究に熱心だったタイプじゃなきっと」


『その剣は危険じゃな。しかし、次は当たらぬよ』


 淡々と告げながらハルファスの腕を消し飛ばし、悪意が新しい腕を形成する。

 今の一瞬で対策を講じる判断力は褒めてやろう。


「リリア、こいつの戦闘スタイルわかるか?」


「さっぱりじゃな」


『今度はこちらからいこう。続け、ハルファス』


「オオオオオオン!!」


 光速移動とは違う。だが同等の速さで魔力の刀が迫る。

 剣を使えば刀は切れる。だが久遠そのものがよくわからん。

 しかも俺に切られないよう、絶妙に距離を開けやがる。


『まだまだじゃな』


「そいつはどうかな?」


「ほれほれ、そやつにだけ集中していると危険じゃぞ」


 剣戟の乱舞が続き、そこにリリアが介入。

 凶暴性を増すハルファスが飛び回り、全員が光速を二百倍ほど超えた。


「ガアアァァァ!!」


「ちっ、邪魔だっつってんだろ!」


 もはや紫と黒の鳥人間に近いハルファスへ拳を叩き込む。

 死なないのは想定済み。こちらも世界ごと壊さぬように手加減している。

 必殺技キーを使ってもいいが、なるべく久遠に手の内は見せたくない。


「しばらく寝てろ!」


 顔に踵落としを決め、更に踏みつけて地の底まで蹴り落とす。


『そこじゃ!!』


 ほぼ密着に近い距離で放たれる、魔力を一点集中させた拳。


「ウラアァ!!」


 すかさずこちらも魔力を高め、拳を合わせる。

 それだけで、学院の土地が丸々吹っ飛んだ。


『やりおる』


「あーあ、壊れちまった」


「加減をせんからじゃ」


「してるっつうの」


 かなりしている。それは久遠も同じ。

 ぶつかる瞬間、劇的に魔力が上がっていた。

 底が見えんな。リリアの血族というのは、ここまで強くなるものか。


「ギュオオオオオォォォォ!!」


 下に埋め込んだはずのハルファスだ。

 地面の戒めがなくなったことで、元気な姿を見せてくる。うざい。


「はいはいそうですか。ならもっと広い場所に行こうぜ」


 元々学院は消す予定だった。手間が省けただけさ。

 球体結界を維持したまま、宇宙へと飛んだ。

 ついでに四角に変えておこう。


「ここなら誰にも邪魔されない。被害を気にする必要もない」


「最早恒例行事じゃのう」


『よかろう。ここで雌雄を決するとしよう』


 うっすらとだが、攻略法は掴んだ。

 俺もリリアもまだ無傷。

 勝機はずっとこちらにある。

 そろそろ決めようか。

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