突撃 逆さフウマ城

 フウマ封印術式によって、凍った湖に半径五メートル程度の穴が開いた。


「それじゃ、行ってくる」


「妻と共に作り上げた結界、そして因縁。今こそ清算の時だ」


「足手まといにならないように頑張るわね」


 俺、イロハ、コタロウさんは準備完了。結界の穴へと飛び込んだ。

 結構深そうなので、一応ロープを持って降りている。

 別に壁伝いにゆっくり降りたりしていないし、飛べるので帰ることは可能だけど、まあ念のためだ。


「備えは必要よ。なにがあるかわからないもの」


 イロハがぎゅっと俺に抱きついている。着地に失敗してもアホだし、同じ場所に落ちるためだ。

 まあ多分抱きつきたいだけなんだろうけど。


「見えてきたぞ。床、いや天井だ」


 コタロウさんに言われて下を見ると、確かに天井が床だ。本当に逆さなんだな。


「十秒ちょい落ちていた気がするなっと」


『エリアル』


 エリアルキーで三人の足元に魔方陣を出す。

 ゆっくり着地してみると、不思議な硬さだ。

 天井を踏みしめるという未知の感覚が不思議でならない。


「城の中だな。木造の床と天井だ」


「フウマ城に似ているのね」


 逆さフウマ城ってくらいだしな。まるっきり西洋風だったら逆さもクソもないし。

 ちょっと空気がよどんでいるくらいの差でしかない。


「ほぼ構造は変わらんさ。さて、早く移動するでござる」


「ござる口調でしたっけ?」


「昔はね。なんだか昔の血が騒ぐよ」


「本音は?」


「もっと拙者も個性を出したくなったでござる」


 大丈夫かフウマ一族。不安だけど今は先へ進もう。目指すは天守閣だ。

 階段があったので一階下へ降りてみる。階段は普通に下へ向かって伸びている。


「階段も位置は同じみたいですね」


「そうだな。わかりやすくて助かるでござる」


「わかりにくい相手が来たわよ」


 待ち受けていたのは、簡単に言えば骸骨だ。

 刀を持ち、戦国時代のような軽鎧を着込んだ異形。


「あれが敵か」


「うむ、あれに金棒を持った鬼もいるでござる」


 骸骨の後ろに三メートルくらいの人影。よく見れば二本の角に赤い体。目玉がどろっと垂れ下がり、体もなんだか崩れ気味。トゲつきの金棒なんぞ持ってやがる。


「うわキモっ!? なんだよあれ!?」


「鬼を模したのだろうが……永く封印されているうちに、原型を忘れたのでござるな。アイデンティティの崩壊というやつでござる」


「自分を見失っているのね」


「そりゃ目玉がぷらんぷらんしてりゃあ見失いもするわな」


 イロハキーは解除していないため、黒い忍装束に赤いマフラーのままだ。

 まず遅れを取ることはない。戦闘開始だ。


「ああ、言い忘れておったが、あやつら見かけより早いでござるよ」


 骨と鎧をかしゃかしゃいわせながら、猛スピードで突っ込んでくる骸骨さん。


「そういうことは早く言ってもらえますかね!?」


 回し蹴りで頭蓋骨をカチ割ってやる。ぱきゃっと小気味好い音が鳴り、骨が砂となって消える。


「ちょっと面白いな。どんどん鳴らせるぜ!」


 リズムを取ってぱんぱん割っていく。骸骨もそこそこ早いが、今の俺からすればスローも甚だしい。

 背後の敵をマフラーを伸ばして貫きながら、骸骨を割る。


「見事でござるな。いやはや拙者も血が滾ってきたでござる。霊体だけれども!」


 隣にいるコタロウさんが関心とばかりに頷いている。

 霊ジョークは笑いどころがわからないのでスルーでいこう。


「ご先祖様は……そもそもその体で戦えるのですか?」


 そういやそうだな。大丈夫かこの人。


「ふっふっふ、腐っても化けて出てもフウマ忍軍頭領でござるよ。ほれこうして鈴をちりんと鳴らせば拙者に注目するでござろう?」


 コタロウさんが手にした鈴を一回鳴らすと、異形が一斉にこちらを向く。


「ご先祖様、忍者が注目を集めてどうするのです?」


 イロハには見えなかったのだろう。鎧を着ていなければ俺にも見えなかった。


「よいよい、一瞬拙者に注目させる隙があれば……」


 周囲の異形の体がゆっくりとズレる。やがて真っ二つになった異形は黒い煙となってから消えた。


「こうして攻撃する時間を稼げるでござる」


 鈴の音に意識がいってからコタロウさんを見る。その本当にわずかな時間、意識せず本能で動いていると言っていい刹那で、全体に斬撃を放っていた。

 この人……めっちゃくちゃ強い!


「お見事です。真空の斬撃、研ぎ澄まされていますね」


「ほっほう! 見えたかね? 現役時代ですら見えたものは一握りだというのに! 流石フウマのお館様でござるなあ!!」


 心底嬉しそうな笑顔で俺を見るコタロウさん。ぱちぱちと拍手なんてしている。


「どういうこと? いつ刀を抜いたかすら見えなかったわよ?」


 鎧を着ている俺ですら早いと感じた。ならばイロハには見えないだろう。俺が今までに見た攻撃では、時間停止のようなイカサマなしじゃ文句なしにトップクラスだ。

 これがフウマ忍軍頭領の実力ってことか。


「ふむ、修練が足りんでござるなあ。いやはや面目ない」


「いや、イロハには助けられていますよ」


「なによもう……ご先祖様とばかり仲良くして」


 イロハさんがふてくされ気味なのでちゃんと戦おう。イロハも影人形の軍団でがんがん数を減らしてくれている。ちゃんと役に立っているさ。


「仲良くしているってほどか?」


「ふうむ、ちと大人気なかったでござるな。年甲斐も無くはしゃぎ過ぎたでござる」


 それからも鈴が鳴るたびに五十近い敵が崩れていく。

 鬼を殴るのは、どろっとした部分が飛び散りそうなので遠慮したいし、倒してくれるのはありがたい。


「別に気にしていないわよ」


「仲良きことは美しいのでござるよ。それほどお館様を好いておるのでござる」


「それも半信半疑にも程ってやつがあ……るってわけでもないな」


 戦いながら喋っているもんだから、無意識に本音が出た。これはやばい。


「はあ……まだ疑われているのね」


「あんまり怒っていないのか?」


 めっちゃ不機嫌になると思っていただけに肩透かしだ。


「どうせ疑われているだろうと思っていたわ。どうせ好きだと言っても伝わらないと……」


 反射的に近くにいた岩石の鬼をぶん殴ってどーんと音を立てる。鬼は粉々になった。


「悪い、鬼ぶん殴った音で聞こえなかった」


 ここまでほぼ条件反射である。殴って気付いたけど、なんか言ってしまった。

 一連の行動をギャグとして流してくれるかもしれないと期待してのボケでもある。


「それは私達以外に告白された時の手段でしょう?」


 はっきりイロハさんから黒いオーラが見える。なんとかごまかそう。


「おっ、階段があるぞ。下に行かないとな」


「もう……なにが不満なのかしら?」


 階段を下りながら質問される。なにって言われてもなあ……どう答えたもんかな。


「いい機会だからはっきりさせましょう。どうすれば信じてもらえるのかしら?」


 下にいたのはコウモリっぽい羽と牙のある人型だ。やっぱり顔が崩れている。


「信じるってかさ、なんで俺なんだ? 俺をす……まあそうなったきっかけはなんだよ?」


 俺を好きになった、とか言えるわけがない。どんなイケメン様だ。


「どこと聞かれると難しいわね」


「ゆっくり考えろ。コタロウさん。あの敵はなんです?」


「うむ、いわゆる吸血鬼のコピーでござるな」


「つまりザコですね」


 やることは変わらないわけだ。頭吹っ飛ばして、死ななきゃみじん切りでいい。


「ザコでござるか。まあ弱点が多すぎでござるな。拙者の敵ではござらん」


「日光にも弱いし、血なんて入手しにくいもんを吸わなきゃいけない、ちょっと力が強いだけ。人間もどきのカスでしょ」


 力が増したり、不死だったりするらしいが弱点も多い。

 なった時点で成長限界がくる。そこからパワーアップもできない。

 明らかに人間の時より制限かかっている。

 所詮は人間様を超えられない醜いアホである。さっさと殺して次にいこう。


「めんどいな。無駄に数だけ多いぞ。こいつら光に弱かったりする?」


 ひたすら吸血鬼の群れを殴る作業に飽きた。楽して倒したい。


「うむ、魔のものでござる。当然でござるな」


「んじゃ一気にいこう」


『リリア!』


 リリアキーでクリスタルっぽい光の鎧へチェンジ。

 光を発し、取り込み、無限に輝きを増す。

 つまり着ているだけで無限に力が上がり続ける便利な鎧だ。


「鎧フラーッシュ!!」


 適当に光のビームぶっ放すだけでがんがん敵が蒸発する。これは快適だ。


「よし、まあこんなもんだろう」


 アホみたいな必殺技名を叫び、インパクトある攻撃をすることで、イロハの話題をそらす作戦だ。


「で、どうして好きになったかという話だけれど」


 無理でした。光っていて目立つので普通の鎧にする。

 いや普通も目立つんだけどさ。


「最初に言っておく『人を好きになるのに理由は要らない』とかいうアホの言い訳は大嫌いだ」


「しっかり理由がないとダメなのね」


「あんなもん好きになった理由も経緯も説明できないアホが苦し紛れに使う戯言だ。俺は認めない」


 これを恋愛ものでやられると一気に冷める。

 ラブコメとかで決着がこれだとドン引き。


「まず龍からシルフィを助けてもらったわね」


 階段を下りながら昔話モードに入る。


「あの時に助けてくれた恩ができたわ」


「それは感謝であって、好意じゃない。俺じゃなくてもいいはずだ」


「難儀なお館様でござるなあ」


 それは俺もそう思う。けど女が俺に好意を向けるという状況が信用ならない。


「その時点で悪い印象はなかったわ。ゴーレムから助けてもらって、その時にちょっと汗をかいている匂いでほぼ好きになっていたはずよ」


「妻も匂いに敏感だったでござるよ」


「遺伝か。鼻を軽く押し付ける感じでじゃれてくる時がありますね」


「それは匂いを嗅いでいるのではなく、親愛の情というか、信頼していますというサインでござる。狼の習性でござるな」


 ああ、セクハラ目的じゃなかったのかあれ。ちょい反省。


「それはすまんかった。知らなかったんだよ」


「別に匂いも嗅いでいたから問題ないわ」


「別の問題が出てきたな」


「で、フェンリルと戦ってくれたでしょう? あの時の会話は全部こっちに聞こえていたわよ?」


「…………マジすか?」


 なにを言ったのか覚えていないが、なんとなくやばい気がする。

 そういう時の俺はテンションが上がっているからな。


「あれが決定打ね。あそこではっきりと自分の恋心を自覚したわ」


 自覚できるもんなのか。俺にはそこらへんがまだよくわからない。


「初めて会った時からの積み重ねよ。一緒に暮らしている時間もあって、好感度が徐々に上がったと考えれば良いわ」


 俺に対してマイナスよりプラスの印象が勝っているということか。有り得るのかそれ?


「そして影として寄り添うと言ったら、お抱え忍者契約と思われたわけですよご先祖様」


「そういうお館様と知っているならもっと外堀から埋めるでござる」


「そのために里に連れて来たのです」


「ふむ、ではなんとかして一夜を共にするより他ないでござるな。精進するでござるよ」


 なんか怖い話をしている二人は触れないでおこう。

 話に加わったら俺の身が危ない。

 考え事の邪魔をするように着物を着た白い顔の鬼が襲ってきた。


「なんだこいつ? ツノあるし、こいつも鬼か?」


 長い爪と腕で引っ掻こうとしてくるので、腕を蹴り砕いて顔も砕く。


「般若でござるな」


「ああ、言われてみりゃ……お面の般若だな。容姿が女っぽいけど?」


「元々は嫉妬や憎悪が集って鬼となった存在でござる。特に女の恨みがこのような化け物になったのでござるな」


 般若はキイイィィ! とか叫びながら、狙いも定めず爪を振り下ろしてくる。

 素早いけど見切りやすい動きだな。鎧の敵ではない。


「いつまでも先延ばしにしていると、私も般若になってしまうわよ?」


「洒落にならんな。それまでには結論を出す……出せたらいいなあ」


「そこで弱気にならないの!」


 俺が素直になるまでは、逆さフウマ城の最下層までの道のりより長いのだろう。

 

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